04:おつかい任務
カプリ島を早々に脱出した一行は、ネアポリスのワイン畑にある隠れ家にやって来ていた。コソコソと移動してきたので、前の畑にあるワイン農家ですらここに八人もの男女がやって来たとは思いも寄らないだろう。
だが、隠れ住むにしても、食料や日用品、更にはトリッシュが所望したものを買いにいく必要がある。そこで抜擢――いや、雑用を押しつけられたのがニーナだった。
「ニーナ、買い物は頼んだぜ。オレたちが女物を買うわけにはいかねーだろ?」
「えっ、うん、いいよ!」
面倒ごとは体よくニーナに押しつけろと言わんばかりのミスタだが、生憎ニーナは仕事をもらえたとウキウキするばかりで気付いていない。待てよ、とここで待ったを入れるのがアバッキオだ。
「こいつ一人に任せるわけにはいかねえだろ。そもそも運転できねえじゃあねえか」
「電車かバスを使うよ」
「ガキの使いじゃあねえんだぞ。追っ手がいるかもしんねえのにのこのこ公共の場に出て行けるか!」
「じゃあどうしろって……」
「ナランチャに運転を任せよう」
横からブチャラティが言う。ナランチャはきょとんとした。
「オレェ?」
「ああ。ナランチャのスタンド能力なら、尾行者がいたとしても阻止するのに最適だ」
「確かに!」
ブチャラティとニーナの持ち上げにナランチャは照れたように腕を組んだ。
「そっかなー? でもま、ブチャラティがそこまで言うなら、オレ行ってもいいぜ!」
「ブチャラティ……本当に良いんですか? ぼくは二人に任せるのはどうにも心配ですが……」
「何をぅ!」
「じゃあ何を買ってきたら良いか分かってるんですか?」
鋭く問いかけるフーゴに、ナランチャとニーナは勢いよく頷く。
「もちろんだぜ! ハンカチに雑誌に水、あとなんか、女が履く薄いの……」
「ストッキング! 頬紅! あとケーキ! トリッシュとジョルノの歓迎会をしなくちゃ!」
「ふざけるんじゃあないぞ!」
意気揚々と答える二人をフーゴは一喝した。
「太腿に補強の入っているストッキング、ジバンシーの二番の頬紅、イタリアンボーグの最新号に、フランス製のミネラルウォーターだッ! あとニーナ! ケーキを買ってくる余裕があったら食料と日用品を買ってこいッ!」
「そ、そんな……歓迎会……」
みるみるしょぼくれるニーナ。ふんと腕を組むフーゴだが、ふといつの間にか階段からトリッシュが顔を出しているのに気づいた。だが、何を言うでもなく、彼女はそのままそっと部屋に戻っていく。
「……?」
――確かに買ってきてと頼んだものの、こうも鮮明に覚えていられると少し抵抗がある。トリッシュのフーゴを見る目が冷めてきたのもいざ知らず、フーゴはナランチャの脇腹を突っつき始める。
「ぼくはやっぱり、コイツらに買い物行かせんのは心配です!」
「いぎっ、ちょっとアバッキオォ! フーゴに突っつかないように言ってよォ!」
「突っつく突っつかねえは勝手だが、コイツらが行くのはブチャラティの指示だ」
アバッキオが味方についてくれたので、ナランチャは嬉しそうにふんぞり返る。
「ナランチャとニーナ、どっちか一人で行くってよりはマシだろ。……マイナスとマイナスがプラスになるかはさておき」
「今の聞き捨てならないんだけど!」
「男が女物を買い漁っていれば目につく。オレたちはどうしても目立つことを避けなければならない。ニーナ、頼めるな?」
「……はーい……」
ブチャラティの頼みとあっては、受けないわけがない。
ナランチャはフーゴ、ニーナはアバッキオをじっとり睨みつけながら隠れ家を後にした。
「買い物よし! 周りよし! えーっと、この後は……」
「地図あるよ!」
ニーナが差し出した地図を二人して仲良く覗き込む。
「ここを通って、ここを曲がって、この道を戻るだろ?」
「そして反対方向に向かう、だよね? バッチリ!」
車に乗り込むと、ナランチャに運転を任せ、ニーナはキョロキョロ見渡しながら周囲を警戒した。
――なんてことない、ただの穏やかな昼下がりだ。おかしなものなど一つもない。だが、どうしてだか視線を感じる気がする。
「ねえ、ナランチャ……」
「お前も感じてたか?」
ナランチャは車を止め、外に出た。ニーナもならって外に出る。
「おかしい……。つけられてる様子はねえけど、なんか妙な感じだ。これじゃあ、フーゴが用意してる別の車に乗り換えるのもなんっかヤな感じだ」
「はあ……」
どこからか聞こえてきたため息に、ナランチャはすぐさま振り返り、ニーナを見る。ニーナは慌てて首を振る。
「しょうがねえなあ! いつまでもよォ。一体どこへ行こうとしてんだよ? なあ、ナランチャ?」
「下から聞こえた!?」
「ナランチャ! 車に乗ってる!」
先ほどまでは誰もいなかった――はずなのに、車の後部座席には見慣れぬ男が座っていて不気味に笑っている。
「なあお前ら、どこへ向かってんだよ? さっきからよォ、チラチラ後ろ気にして誰かに尾行でもされてんのか?」
「何だテメェ降りろ!」
ナランチャはナイフを取りだし、突きつける。男は慌てて両手を上げた。
「おいおいおい、怖いなあ! 質問してんのはオレなのによォ。質問を質問で返すなよ! 礼儀に反するってもんだぜェ?」
「やかましい! 降りろって言ってんだッ、ボケー!」
ナランチャの怒声に男はやれやれと頭をかく。
「はあ、しょうがねぇな……。オレの名はホルマジオ。組織のメンバーだ。昨日ポルポが死んだのはもう知ってんだろ?」
「――っ!」
「ナランチャとニーナ! お前らはやっと見つけたが、何でだ? ブチャラティや他の仲間はどこにいる? オメーらよォ、なんで幹部の葬式があんのに雲隠れしてんだよ!」
「そ、それは……」
ホルマジオの剣幕にナランチャが怯んだ。だが、ニーナは逆にグッと顔を上げる。
「……それは、今日がアバッキオのお誕生日だからでしょうがッ!!」
「――っ!?」
「生憎うちは仲良しチームでやらせてもらってるんでね! 誰かのお誕生日の時は毎回盛大にお祝いしてるの! 今日はアバッキオのお誕生日会だから、たとえ幹部のお葬式でも出るわけにはいかないの!」
「誕生日会……だとォ! ガキじゃああるめーし適当言ってんじゃあねえ!」
「うっ!」
実際、前回ブチャラティ主催で誕生日会を開いてもらったニーナはちょっと傷ついた。誕生日会といっても、チームがいつも根城にしているリストランテにブチャラティが皆を集め、ケーキを出してもらっただけだったし、プレゼントもブチャラティ以外、みんな全然用意しておらず、テーブルにあった紙ナプキンだとか、たまたま持ってた湿ったハンカチだとか、プレゼントとはほど遠いものをもらったりしたのだが、それでも誰かにこんなに祝ってもらったのは久しぶりだったので、とてもとても嬉しかったのだ。だからその気持ちを侮辱されたような気がして、ニーナは躍起になる。
「ガキじゃあないし嘘でもないしッ!」
「だいたいよォ、誕生日会っつーのは誕生日のヤツが主催するもんだろォ? なんでお前らが準備してるんだよ!」
「ア、アバッキオはシャイだからそういうのやらないタイプなのッ! だからわたしたちが主催するの!」
隣でナランチャが変な顔をしている。シャイなアバッキオを想像できないのだろう。ニーナも同じくだ。でももう高らかに宣言してしまっては後戻りができない!
「チーム全員のお誕生日はちゃんと把握してるし、もうプレゼントだって買ってるしッ!」
「へっ、そーなの?」
「う、うん。ナランチャのはね――」
「ま、待て待て! 言わなくていい! 当日の楽しみだろォ? そういうの!」
「へへ……そうだね」
急にほっこりした雰囲気になったので、ホルマジオは袖から出た腕をさする。
「鳥肌が立ってきたぜ……。あー、分かった。本当に誕生日会をやるってんならそれでもいい。そんならこのオレも参加させろよ」
「はああァァ?」
思いっきり嫌そうな顔をしながらナランチャは詰め寄る。
「なんでアバッキオの誕生日会にお前が参加するんだよ。てかお前誰だ? オレ名前も知らねえよ!」
「だからホルマジオだっつったろーがッ!」
ニーナも両手でバツ印を作る。
「残念ながらプレゼントがない人は参加できません!」
「プレゼントはよォ、どっかその辺ですぐに買ってくっからそれでいいだろ? 参加人数は多いに越したことはねえぜ?」
「うっ」
「ん? それともなんだ? オレを連れていくのはまずいってのか? オメーも参加したいよな?」
ホルマジオが、誰かニーナの更に後ろに問いかけるように聞いた。新たな追跡者かと咄嗟に二人は振り返ったが、誰もいない。呆気にとられる間もなく、ナランチャとニーナは頬に切れるような痛みを感じた。
「ぐわっ!」
「いったあ!」
「あっははは! 二人揃って引っかかりやがったあ! しょうがねえなあ! 喋ってもらうぜェ。尾行すんのも参加すんのも無理ならよォ! 色んなことを今喋ってもら――」
「い、いいよ……」
「あ?」
「参加していいよ」
ニーナの言葉にホルマジオは目が点になった。
「いいのか? オレ部外者じゃあねえか」
「ホルマジオさん……だっけ? 名前も分かってるし、アバッキオも人数多い方が嬉しいだろうし……いいよ、来ても」
「…………」
誕生日会なんて行ったことのないホルマジオは突然の歓迎に急に緊張し始めた。ポケットに手を突っ込み、あらぬ方向を見やる。絶対嘘だと思っていたのに、何だか本当に誕生日会に参加するような気分になってきた。
「あー……なら、よ。プレゼントどっかで買ってくるわ……」
「うん、必需品だからね。アバッキオはこだわりが強いから消耗品がいいよ」
「おう」
ちょっと嬉しそうなホルマジオには悪いが、ニーナは彼を隠れ家に連れて行って、逆に皆で人質に取るつもりだった。なぜ自分たちを尾行していたのか、目的は何なのか、仲間はいるのか、スタンドは――そういったことを聞き出そうとあくどい計画を建てて、かつそれがうまくいきそうなので内心ほくそ笑んでいた、のだが。
「テメェ……テメェ! ぶっ殺す!」
頬を切られたことでナランチャの怒りスイッチが入ってしまったようだ。彼のスタンド、小型のプロペラ戦闘機が現れる。
「エアロスミス!」
「スタンド使いかッ! リトル・フィート!」
ホルマジオは車の窓を閉め、更にはスタンドを出して迎え撃とうとしたが、エアロスミスの機動力には敵わない。大きく旋回し、攻撃を避けると窓に向かって機銃を発射する。
「うわああ!」
「ちくしょうッ!! こんなに血が出てるじゃあねえかッ! よくも! よくも! よくも! ぶっ殺す! ぶっ殺す! ぶっ殺ーすッ!」
一度火がついたナランチャは抑えようがなく、激情の赴くまま車を狂ったように蹴り続けている。ニーナがこっそりと後ろから怪我を治したが、それすらも気付いていないようだ。
ホルマジオはスタンドで辛うじて攻撃を避けていたようだが、狭い車内の中でエアロスミスの爆弾には耐えられまい。
ニーナが頭を抱えて離れる中、車体が揺れるほどの爆破が起こった。煙も上がっている。
「どうだ! どうだ! くたばったかッ! ぐっ、いってェ! チクショー! やったかあ!?」
「ナランチャ、落ち着いて! ホルマジオがいない!」
「なっ、爆発でぶっ飛んだのか!? いやでも、死体の欠片一つねえぞ! ど、どこに行った!?」
「そういえば、車に乗ってきた時も気配すらなかった……。突然現れたみたいだったよね?」
「今度はどっかに隠れちまったってことかッ? それがあいつのスタンドか!?」
二人は辺りを見回すが、どこにもホルマジオの姿はない。気配すら。
「ヤロー! この近く、どっかにいる! とことんオレたちを尾行するつもりだろうな! だけどッ! 必ず見つけ出してぶっ殺す! 尾行されないで帰りゃあいいんだろ! 命令は守るッ!」
「ナランチャ! わたしたちならできるよ! ここで返り討ちにしてやろう!」
戦闘能力はないに等しいニーナだが、啖呵を切って前を見据えた。全ては、マイナスと評したアバッキオを見返すためだ!
【STAND MASTER】
ナランチャ・ギルガ

エアロスミス