03:ボスからの第一指令
ミスタとジョルノ、二人が上陸してしばらく、ミスタの合図があったので、ヨット組もカプリ島に上陸することとなった。いつもは大きく見えるミスタがヨットで近づいてもなお小さく見えたので、彼が負傷して身体を縮こまらせていると判断したニーナは、船着き場に完全に着く前にヨットから飛び降りた。
「ミスタ!」
「おー、早速来てくれたか」
「怪我したの?」
「自分で撃った弾丸にやられちまったんだがな」
スタンドを出し、急いでミスタを回復する。怪我は治ったが、お腹に血がこびりついている。拭こうとする前にミスタが立ち上がった。
「ありがとうよ。オメーのスタンドはスゲーよな。一発で治る」
「ホ、ホント!?」
誰かに褒められるのは滅多にないので――ブチャラティ以外だ――ニーナもウキウキ立ち上がる。ミスタは凝り固まっていた腕を回した。
「ったく、それにしてもジョルノの奴どこへ行ったんだ? オレが腹に風穴開けてる時によぉ」
「一緒に戦ってたんじゃあないの?」
「いや、敵がトラックに乗って逃げようとしたからよ、ジョルノが来る前にオレも飛び乗ったんだが……」
少し見渡してみたが、ジョルノの姿はどこにもない。やがてヨット組が合流した。
「ミスタ、怪我はないか? ジョルノはどうした?」
「それがよォ、いねーんだ。どこで迷子になってんだか……」
最後に見たきりというボート監視小屋までやって来たが、そこにもジョルノの姿はなかった。もしかして敵に遭遇したのではと呆れが心配に変わりつつあった時、坂道からブーンとトラックが降りてくるのが見えた。助手席に座っているのはジョルノだ。トラックが止まると、ジョルノが慌てて降りてくる。
「ミスタ! だいじょ――」
「ジョルノ! 一体どこをほっつき歩いてやがった!」
キレるミスタに、ポカンとするジョルノ。
「い、いえ、ぼくもミスタを追ったんですが――」
「言い訳するんじゃあねえ! ったくよォ、人が怪我して頑張ってる間によォ!」
そのままミスタはツバを飛ばす勢いで運転手にまでキレ散らかす。
「オメーもなに呑気にジョルノ乗せてんだ!」
「ええ……」
完全なる八つ当たりをされている運転手はもはや泣きそうだった。ニーナとしては普通にジョルノのことも理不尽で可哀想に思った。分かる、分かるよ……確かにミスタは人の話を聞かないところがある。
ニーナはポンポンとジョルノの肩を叩いておいた。
そうしている間にもぎゃあぎゃあ騒ぐミスタをフーゴがなだめすかし、代わりにブチャラティが運転手の前に進み出た。
「部下が迷惑をかけたようで失礼した。怪我はないか?」
「怪我は……心の怪我が……」
「怪我があるのかッ!? ニーナ、看てやってくれないか!?」
「ブチャラティ……たぶんわたしにも治せないよ……」
ごにょごにょニーナは言う。だが、ブチャラティの心配そうな顔に耐えられず、ニーナはスタンドを出して運転手の容態を看てみたが、やはり怪我はない。
「お気をつけて!」
「あんたらが言うか……」
ブチャラティに見送られ、運転手は涙ぐみながらトラックに乗って去って行った。ブチャラティはようやくと皆に向き直る。
「みんな、よくやってくれた! お前たちのおかげで無事カプリ島に着くことができた。早速隠し金の在処へ行こう」
「おっ、ようやくだな、ブチャラティ!」
ワクワクとした顔で一行は坂道を登っていく。百億リラがこの小島のどこへ隠されているのか。宝探しのような気分で歩いていたのだが、いざブチャラティに連れられてきた場所は小高い丘に設営されているただのトイレで、ナランチャは特にがっかりだ。
「こんな時に小便かよ……。ブチャラティ、早くしてくれよ」
「トイレをするんじゃあない。用があるのは、まさしくこのトイレなのだッ」
「小便じゃんよォ! もしかして大便の方か!?」
くだらない問いかけにもブチャラティは真面目に答えようとしたのだが「シッ!」とナランチャは一人急に真面目顔に戻った。そして素早くトイレから出ると、いつの間にか現れた清掃員二人に話しかける。
「おいお前ら! 中にまだいるからよォ。なあ? 掃除なら後にしてくれよ!」
まだ若そうな清掃員が小首を傾げた。
「あんたの名前……公衆トイレ?」
「ああ? 何だって?」
「あんたの名前が公衆トイレってんなら、ここはあんたの家ってことだ。自分の家なら命令するのは自由だ。けど……もしそうじゃあないんなら、あんたに命令される筋合いはないわけだ」
言いながら、清掃員はトイレの中に入ろうとする。脅しでナランチャは彼女の喉にナイフを突きつけた。
「待て、ボケッ! 入んなって言ってんのが分かんねえのか!?」
「ま、待って待って! まだ敵だと決まったわけじゃあ――」
だが、止めに入るまでもなかった。素早い動きで清掃員はナランチャの腕を捻り上げ、その頬にナイフを突き返したのだ。
「テッ、テメー、何のつもりだあ! ぶっ殺してやるッ!」
女だからと手加減していたナランチャは、目の色を変えて更にもう一本ナイフを取り出したが、それを制止するのはブチャラティだ。
「待て!! みんな、ナランチャを止めろ! もしかするとその二人は!」
「うん? その声……待たせたようだなあ」
「全員、礼だ!」
ブチャラティの声に、皆が一斉に頭を下げた。ブチャラティが進み出る。
「彼はパッショーネの幹部、ペリーコロさんだ!」
「百億リラを受け取りにきたぞ、ブチャラティ」
どうやら、島に上陸する時にブチャラティが連絡していたようだ。ポルポに対しては、殺されても仕方ないとか、死んだ理由はどうでもいいとかいろいろひどい言い草だったのに、今回は扱いが全く以て違う。まあ、もちろんポルポが目の前にいたとしたら、ブチャラティも同じように丁重な対応をしただろうが。
「わざわざお越しいただき、ありがとうございます」
「いやいや、わしのほうからこの島に来たいと言ったのじゃ。みんな、顔をあげてくれ――っと、君が例の新人か」
一人ひとり視線を滑らし、ペリーコロはジョルノのところで目を留めた。
「はい」
「ブチャラティから聞いとるぞ。パッショーネの一員となった以上、家族も同然。わしのことは気兼ねなくペリーコロさんと呼びたまえ」
「ありがとうございます」
次にペリーコロはニーナに目を留めた。ふっとその顔が和らぐ。
「チョコレートをやろう」
「ありがとうございますっ!」
「あっ、ずっけぇ!」
ナランチャが指さしてきたので、ニーナは得意げに笑う。ペリーコロさんは会うといつもチョコレートをくれるのだ!
「孫みたいに思えてのう。ほれ。君もさっきはすまなかったなぁ。こいつは自分の体に触れられるのが苦手でなあ」
流れるような動作でペリーコロはナランチャにもチョコレートを渡す。
ガキかよ……とアバッキオが漏らした声については聞かなかったことにする。
「ペリーコロさん、なぜ掃除人に変装などを……」
「訳があってな、あとで話す。それより、本当にあるんじゃろうなあ。組織に収める金、百億リラは……」
「はい、ちゃんとここに」
そう言ってブチャラティが指し示したのはトイレだ。
――苦労して探し求めた百億リラがここに!
皆が一斉に男子トイレの中に入る中、ニーナはちょこんと首だけで中を覗く。
「便器しか見当たらないけど……」
そう漏らした瞬間、ブチャラティはスタンドを出し、便器の中にジッパーを取り付けた。中から溢れるように出てくるのは金銀財宝だ。
「おおぉぉ!」
「べ、便器の中にかあ!」
「安全っちゃあ安全だが、ここで小便してたヤツらはバチ当たりだぜ!」
ペリーコロは淡々と財宝の鑑定をし、頷く。
「うん、本物じゃあ。このネックレス一つだけで、七、八億は下らないじゃろう……。ブチャラティ、お前がどうやってこの大金を手に入れたのかは聞くのは止めよう。組織としては、金を収めてもらえばそれで文句はないのだからなあ」
「あれっ! も、もうしまっちゃうのぉ!?」
「ちょ、ちょっと触らしてもらえます? 匂いだけでも!」
ナランチャとミスタ、二人の素直な反応にペリーコロは愉快そうに笑う。
「この金が示す事実は、その者に然るべき頭脳と信頼があったという証……。おめでとう、ブチャラティ。君を幹部の地位に昇進させよう」
「や、やったあ! 幹部だ! ついにブチャラティが幹部になったぞォ!」
「死んだポルポが今まで仕切っていた縄張りの権利を君が受け継ぐものとする。ネアポリス地区の賭博の運営権、高利貸しの支配権、港の密輸品の管理、レストランやホテルの支配権などだ。上がりの五十パーセントが組織へ……五十パーセントが君の取り分とする」
――だが、ポルポは生前一つだけ仕事をやり残しており、当然それもブチャラティが引き継がなければならないとのこと。その上、誰も会ったことがないボス直々の命令ということで緊張感が走る。
「ここで君に伝えるぞ――ボスの娘を護衛すること……命を賭けて……以上じゃ」
「娘!?」
「護衛は今より始まる! 渡したぞ、ブチャラティ」
「ブチャラティ! まさかこの人はッ! おそらくボスの娘!」
ジョルノが見やるは、ペリーコロと同じく清掃員の格好をした少女だ。
「この人が、か!」
皆が押し黙って彼女を見つめる中、清掃員は手袋を外す。
「トイレ……行っても?」
「構わんよ、トリッシュ」
トリッシュが女子トイレへ入ったのを見届け、ブチャラティが動き出した。
「とりあえずガードにつけ! 命令は始まっている!」
「じゃ、じゃあ、とりあえず護衛? 護衛してくる……」
何をどうすればいいか分からないが、ニーナはとりあえずそう言って女子トイレの中に入った。トリッシュはちょうど着替えている最中だった。
「…………」
「…………」
絶賛人見知り発動中だ。というより、護衛対象に気軽に話しかけるのも駄目だろう、と無理矢理結論づけてトイレ内を無意味に眺めるうちに彼女の着替えは終わったようだ。
手を洗い、軽く振りながらトリッシュはニーナに向き直る。
「えっと、あなた……」
「あっ、あ、ニーナ・マリアーニ。十六歳」
「そう、トリッシュ・ウナよ。ハンカチ持ってる?」
「持ってない……」
「…………」
「……ご、ごめんね」
女の子がハンカチを持っていないなんて、とちょっと呆れられたような気がする。誕生日にフーゴからもらったお下がりハンカチを持ってくれば良かったと後悔したが、もう遅い。
落ち込んでトイレを出ると、そのフーゴがなぜか半裸だった。その上上着を地面に投げ捨てている。
「ハンカチないから買ってきてね……。それと、ストッキングの替えと、ジバンシーの二番の頬紅。ストッキングは太腿のところに補強が入ってないと駄目。イタリアンボーグの最新号もお願い。それとミネラルウォーター。フランス製じゃあなきゃ、死んでも飲まないことにしてるの、あたし。景色を眺めるの飽きたら早速買って来てね」
「…………」
スタスタ歩いていくトリッシュの後ろを、思い出したようにブチャラティもついていく。アバッキオがやれやれと首を振る。
「女って生き物を久しぶりに思い出したぜ」
「毎日見てるのがニーナだとなあ……」
「それどういう意味!?」
馬鹿にされたような気分だ。いや、実際馬鹿にしているのだろう!
ミスタに突っかかっていると、ブチャラティから叱咤が飛んできた。
「おいお前ら! 何してるんだ、早く来い!」
「はーいッ!」
ミスタの足を小突き、やり返されないうちにニーナはブチャラティの隣に並んだ。
【STAND MASTER】
グイード・ミスタ

セックス・ピストルズ