02:ポルポの遺産を狙え!
抜けるような青い空、肌を刺すような暑い日差し、頬を撫でる潮風――ニーナたちはヨットに乗ってクルージングしていた。とはいえ、新入りジョルノの歓迎会というわけではなさそうだ。もしそうだったとしたら、わたしの時はなかったのにジョルノだけズルい! とニーナは抗議していただろう。
歓迎会でないのであれば、任務か何かだろう。音楽を聴いているナランチャ、雑誌を読みふけるミスタは休日気分のようだが、ニーナはしっかりとブチャラティの横に貼り付き、いつ彼が任務について話し出しても聞き漏らすことのないよう準備万端だった。それはもう、コーラだのスプライトだの二人が楽しそうな話をしていようとも我慢した。お菓子を食べ始めても我慢した。自分のお腹が鳴っても我慢した。だからブチャラティが話し始めてくれた時には待ってましたと言わんばかりニーナは姿勢を正した。
「行き先はカプリ島だ。今朝、幹部のポルポが自殺した。なぜ死んだのかはどうでもいい。ポルポは死んで当然のことをやってた幹部だからな。実は、ポルポには隠し財産がある。その額は百億リラだ。オレだけがその隠し場所を知っている。ポルポに命令されて隠したのはオレだからな。その金があれば幹部の座が手に入る!」
「……っ!」
ニーナは目をキラキラさせてブチャラティを見た。
何だかとんでもない話になってきた。確かにブチャラティは幹部になるべき素質と人望を兼ね備えている人物だ。だが、そこはやはりギャング組織。どれだけ人望があっても、それだけではやっていけないともどかしく思う部分もあったのに、百億リラでブチャラティが幹部になれば……!
「どこだ? カプリ島のどこにそんな金隠したんだよ、ブチャラティ!」
「それはまだ言えない。以前から隠し金の噂が組織の一部に流れている。金を確保するまで絶対に知られるわけにはいかないからな」
ブチャラティがそう言い終えた瞬間、ナランチャの姿がかき消えた。靴がポーンと宙を舞い、苦しそうな声が漏れ出る。
「ブッ、ブチャラティ……」
「おい……どうかしたか、ナランチャ!」
「ナランチャ!」
ミスタがすぐに駆け出し、ナランチャの下に向かったが、彼の姿は忽然と消えていた。片方の靴が残されているだけで、下に引っ張り込まれるようにしてナランチャはいなくなってしまったのだ。
「ま、まさか海の中に落ちたんじゃあ……」
ニーナは青ざめる。ニーナは生憎と泳ぎがあまり得意ではない。ヨットに乗っているからこうも余裕ぶれるだけで、もしもこの船が沈没してしまったら一番に死んでしまうのはニーナだろう。
「ナランチャーッ!!」
甲板に駆け出し、海に向かってニーナは大きく叫んだ――のだが、それ以降の記憶はない。身体に刺すような痛みを感じ、視界が回転して青空が見えたと思ったら、そこから意識が途絶えてしまったのだ。
次に目を覚ました時には、どうやら全てが終わっていたようだ。ナランチャ、ニーナ、ミスタ、フーゴ、ジョルノと順に敵に襲われたが、アバッキオのスタンド、ムーディー・ブルースで敵の正体を掴むきっかけを作り、ブチャラティが最後に敵を捕まえてくれたらしい。
「ブチャラティが助けてくれたんだ! ありがとう!」
「いや、オレはほとんど何もしていない。アバッキオのスタンドがなければ敵の正体を掴むこともできなかったし、ジョルノの覚悟がなければスタンドの謎を解くこともできなかっただろう」
「そうなんだ……」
いまいちジョルノのスタンドのことがまだ分からないが、それでも彼がいなければ皆は助からなかったと。
「やるじゃん」
「え? ああ、ありがとうございます」
後ろから小突くと、ジョルノはいたのかと言わんばかりに向き直った。その際、彼の背中から血が出ているのが見えた。
「あ、もしかしてそれスタンドに攻撃されたの? 治すよ」
「治せるんですか?」
「あったり前よ! 服脱いでくれる?」
「はい」
上着を脱ぐと、ジョルノは背中を見せた。肩に綺麗な星形のアザがあるのが見えたが、今はそれどころではない。視線を下に向けると、痛そうな刺し傷を見つけた。
「ニルヴァーナ!」
ニーナの背後からスタンドが現れ、その手がジョルノの背中に触れると、少しずつ傷が塞がっていく。
「どう?」
「不思議ですね。たぶん治りました。痛みも消えていますし」
「たぶんじゃなくて本当に治ったの!」
「ニーナ! オレのタンコブも治してくれよ!」
「はいはーい!」
ナランチャからお呼びがかかったのでニーナはいそいそと走って行く。その後ろ姿を見ながらジョルノはブチャラティに話しかけた。
「女性のギャングは珍しいですね」
「オレもニーナにはパッショーネに入団してほしくなかったんだがな。性格的に向いていないし、勝手にポルポの試験を受けに行ったと聞いた時は驚いた……」
回復系のスタンドは珍しく、すぐに殺傷沙汰になるギャングとしては大歓迎だ。だが、どう工夫を凝らしても彼女のスタンドは戦闘向きではないし、性根もギャング向きでないとくれば、心配が勝るブチャラティとしてはどこか安全な場所で平穏に暮らしてほしかったのだが……。
「イテテ……そこだよ、そこ……」
「ああ、できてるねえ、結構大きいよ。ニルヴァーナ!」
再びスタンドを出し、ナランチャのコブも治した。痛みがなくなり、ふう、とようやく落ち着いたナランチャは、すぐさま目の色を変えて立ち上がった。
「チクショーこの野郎ッ!! よくもやってくれたなコラァ! 覚悟はできてんだろうな!」
ナランチャが遠慮なくガンガン蹴り始めたのは、地面に転がされた敵スタンド使いだ。ブチャラティによって頭と身体を分離させられ、更にはご丁寧に口にまでジッパーをつけられていて叫ぶことも呻くこともできない。
「全く、調子こいてくれたな!」
「この野郎ッ!」
ついでとばかりフーゴとアバッキオまでそれに参加しだしてニーナは呆れた目になる。
ギャングになってから半年になるニーナはともかく、まだ初日のジョルノがその光景を見ても平然としているのが何だかおかしい。
「何か落ちましたよ」
止めるでもなく怯えるでもなく、ジョルノは敵のポケットから出てきた落とし物を拾った。
「えーっと、マリオ・ズッケェロ。住所はローマ。ローマのチンピラさんか」
「チンピラさん……」
ジョルノの可愛い言い方を余所に、ミスタたちは拷問に移行したようである。痛そうなのが苦手なニーナはブチャラティの隣に避難した。ジョルノと共に望遠鏡で海を眺めている。
「ブチャラティ、そろそろ上陸のコースに進路を取りましょう。つけてくる船は一つもない。この船がカプリ島に向かっていることは誰も知るはずがありません」
「ああ、一つもない。だが、あの男が誰から隠し金の噂を聞いたかだ……。一人だけで追ってきたとはどうしても納得ができないな」
ブチャラティはアバッキオと目配せすると、船室へ移動し始める。その途中でニーナは拷問を目撃してしまった。
ズッケェロが瞼を釣り針で吊され、更にはメガネで太陽光を――!
「痛そうッッ!」
右目を押さえて悶えていると、ニーナはアバッキオにぶつかってしまった。アバッキオは呆れた目でニーナを見下ろし、長いため息をつくとミスタたちを一喝した。
「テメーらいつまでも遊んでんな! ったく……こっち来てこいつを見てみろ。こいつ船の無線を使ってるぞ」
いつの間にかアバッキオはスタンドを出していたようだ。皆でリプレイを見る流れかと思いきや、アバッキオは突然首だけズッケェロを殴り飛ばし、更にはジョルノに指を突きつけた。
「ジョルノ! オメーにもオレのスタンドを見せるつもりはねえ。後ろ向いてな。大サービスで声だけは聞かせてやる」
ジョルノは反論もなく、黙って後ろを向き、少し離れた場所まで移動した。アバッキオの新入りに対する敵意むき出しの態度は今に始まったことではない――ニーナは自分よりも人見知りが激しいのではと思っている――だからこそ初めて遭遇するだろうアバッキオの態度にジョルノがちょっと可哀想だと思ってしまった。先輩として後輩を慰めようと、ニーナはジョルノの側に駆け寄る。
「気にしちゃ駄目だよ? 声だけって時点でもう半分心許してるみたいなものだし、なかなか懐かない猫だと思って……」
「気にしてないので大丈夫ですよ」
本心だろう。すました顔で答えるジョルノにニーナはもう何も言えなくなった。この新入り、意外と肝が据わっている。
「なら良いけど……」
やっとそれだけ言うと、ニーナはアバッキオの側に逃げ帰った。ニーナがわたわたしているうちにリプレイが始まっていたようだ。ズッケェロはもう一人の仲間に行き先がカプリ島であること、二時間以内に到着することを報告していた。仲間の方は、高速艇で先にカプリ島に回り込む作戦のようだ。
「何てことだ……ヤバいぞ! 高速艇ならネアポリスから三十分で島まで行けます!」
「完璧先に島に着いてるぜ! ――何としても! この野郎に今の男の正体をゲロさせてやるぜ!」
「いや、そいつは筋金入りのギャングだ……。口を割らせるのに時間がかかりそうだ」
「どうするんだ、ブチャラティ」
アバッキオの言葉を皮切りに、皆がブチャラティを見た。混乱していた場が静まりかえる。ブチャラティも険しい表情をしている。
「――この船が入港する前に」
沈黙を遮って口火を切ったのは、意外にもジョルノだった。
「誰かが先に上陸して、その男を探して始末すればいい」
「何言ってんだ、こいつはよぉ! お前頭悪いんじゃあないのか? この船より先に上陸だって? 泳いででも行くってのかよ!?」
「はい」
「はあ?」
混乱するナランチャを余所に、ジョルノは甲板を歩いた。
「ぼくはこの浮き輪を魚に変えられます。そいつに引っ張ってもらえば、このヨットより早く島に着けます」
彼の足下にあった浮き輪が見る間にピチピチの魚に変化した。あっという間の出来事だ。
「もちろんぼくのスタンドだから、行くのはぼくです。――このジョルノ・ジョバァーナには夢がある。ぼくは百億リラが欲しい。その金でブチャラティに幹部になってもらい、ぼくらはのし上がっていかなくっちゃあいけないんです!」
「ジョルノ……」
太陽光がジョルノの背後から後光のように差している。あまりにも堂々としたその態度に、ニーナは一瞬見とれてしまった。
「フッハッハッ!」
時が動き出したのは、アバッキオの笑い声からだ。
「お前が行く? それはいいだろう。なかなか良いアイデアを出す坊やだ。だが、惜しいことにそいつの顔も名前もお前は分からない。カプリの港は観光客だらけだぜ。その中からどうやってそいつを見つけるつもりだ?」
「オレはジョルノの言うことに賛成だぜ」
不意にミスタが声を上げた。
「男の正体は分かんなくてもよ、そいつが、ズッケェロがこの船で港に着くのを待ってるっつうならよぉ、結構可能性はあると思うんだ。男の攻撃を待ってるより――」
ミスタは拳銃を構え、弾丸を装填した。
「こっちから攻撃だぜ。オレのスタンド、セックス・ピストルズは暗殺向きだ。オレも行くぜッ!」
「ウリャーーッ!」
ピストルズたちもやる気満々だ。最終的にブチャラティが判断を下し、ジョルノとミスタは魚に掴まって先に島まで行くことになった。
二人の姿が小さくなっていくのを見ながら、ニーナは呟く。
「夢……夢かあ……」
「あ? ニーナ、お前まであいつに触発されたのか?」
途端にアバッキオに噛みつかれ、ニーナはあわあわする。
「そっ、そんなんじゃあないけど、夢があるって格好いいなって思って……」
「格好いい、か」
「ブチャラティはある?」
すぐには答えず、ブチャラティは水平線を眺めた。
「……ある。いや、できた。オレにも夢がある」
「……そっか……」
聞いてみたかった。ブチャラティの夢を。でも、今のニーナにはそんな覚悟はなかった。それを聞いたら、ニーナも何か決断しないといけないような気がして。
「わたしにもできるかなあ」
「できるさ」
これにはすぐ返答が返ってきて、ニーナはくすぐったくなって笑った。
【STAND MASTER】
レオーネ・アバッキオ

ムーディー・ブルース