01:新入りが来る

 今日も穏やかなリストランテで、ニーナは仲間と共に優雅なティータイムを過ごしていた。紅茶を楽しんでいると、ウェイターがやって来る。

「お待たせしました。イチゴケーキになります」
「待ってましたあ!」

 サイドテーブルに置かれる五つのイチゴケーキ。ニーナは我先にと一番大きいケーキを確保した。それを見てミスタがビシッとフォークを突きつける。

「お前なあ、ここは先輩からどうぞって可愛く言ってみせるのが――ッておい! 何の真似だニーナッ!」
「何ってケーキ取っただけじゃん……」

 イチゴをパクリと口へ入れるニーナ。何が気に触ったのか、ミスタは立ち上がって憤る。

「そこじゃあねえ! お前が先に取ったからケーキが四つになっちまったじゃあねえか! このオレに死ねっつーのかッ!?」
「はあ……またですか、ミスタ」

 ナランチャの勉強を見ていたフーゴが呆れて首を振る。ミスタは荒ぶって指を突きつけた。

「間抜けッ! 四つのものから一つ選ぶのは縁起が悪いんだ! 五つのものから選ぶのはいい! 三つのものから選ぶのもいい! だが四つのものから選ぶと良くないことが起こるんだ!」
「そんなの迷信ですよ。冷静に考えて一個ずつケーキが減っていったら、誰かはいずれ四つの中から選ぶ羽目になるんですよ」
「そこなんだ! こういう場合はレストランが気を利かして三個にすべきなんだ! サービスがなってねえぜッ」
「でも三個だったら三人しか食べられないじゃん。ミスタが我慢してくれるの?」
「イチゴケーキが食いてーんだよッ、オレはッ!」

 大の大人がイチゴケーキ、イチゴケーキと……。ニーナは食べかけのイチゴケーキをそっと差し出した。メインとも言える上のイチゴは既に食べてしまったが……。

「食べかけで良かったら――」
「イチゴがねーじゃあねえかッ!!」
「やったーッ!!」

 ミスタの大声に耳を塞いでいると、ナランチャが明るい声を上げた。フーゴが出した算数の問題が解けたらしい。

「終わったよー、フーゴ。どう?」
「ん? できたの? どれどれ……何これ」
「へへへ、当たってる?」

 フーゴの目の色が変わったと思ったら、瞬間彼はフォークを掴み、ナランチャの頬に突き刺した。

「このチンピラが! オレを舐めてんのかッ!? 何回教えりゃあ理解できんだコラァ、この腐れ脳みそがァ!」
「何だと……腐れ脳みそって言ったな? 人を見下す言い方は良くない……。殺してやる……殺してやるぜェフーゴ」

 目が据わったナランチャはフーゴの喉元にナイフを突きつけた。テーブルに頭を叩き付けられたせいで血だらけなのが余計にスゴ味を感じる。

「ちょっと二人とも、見てないで止めてよ」

 ミスタも最年長のアバッキオものんびりお茶を飲むだけで、一向に喧嘩を止める気配がない。こういう時に割を食うのは大抵ニーナだ。とばっちりを受けることもあるし、怪我をした時に治療しないといけないのもニーナだし――。

「テメーら何やってるんだ!」

 突然響いた声に、ニーナはビクゥッと身体を揺らした。反射的に背筋を伸ばして気をつけの姿勢になる。

「店の入り口まで声が響いているぞ! 他の客に迷惑だろうがッ!」
「ごっ、ごめんなさいぃ……」

 たぶん、いや絶対にニーナは悪くないのだが、思わず謝ってしまった。この場の誰もが謝罪を口にしないので、場を収めるためでもある。

 だが、ブチャラティはそれすらも理解しているのか、お前は悪くない、という労りの視線をニーナに向けた後――ニーナはとても感動した――さっと半身になった。

「昨日話した新しい仲間を連れてきた。紹介しよう、ジョルノ・ジョバァーナだ」
「ジョルノ・ジョバァーナです。よろしくお願いします」

 ブチャラティの後ろから現れた新入りはまだ少年だった。ふうん、とニーナは上から下まで彼を観察する。彫刻のように美しい顔立ちに、前髪をカールさせた絹のような金髪、柔らかで丁重な物腰――新入りにしては礼儀も悪くない。

 人見知りなニーナは偉そうに頷くだけに留めて、彼への対応は他の面々に任せることにした。だが、ようやく動き始めたと思ったら、ミスタは何事もなかったかのようにお茶を飲み出すし、アバッキオはヘッドホンの音楽に聴き入り、フーゴとナランチャも仲直りを始める。

 これにわなわなと震えるのはブチャラティだ。

「おいお前ら! このブチャラティが連れてきたんだ。愛想良くしろ!」
「ブチャラティさん」

 またまたお説教タイムに入りそうな気配だったが、ちょうどブチャラティに電話が入った。ジョルノを気にかけつつ、ブチャラティは席を外す。

「お前ら、ちゃんとジョルノに挨拶するんだ。いいな? ジョルノ、すぐに戻る。しばらくこいつらと自己紹介していてくれ」
「分かりました」
「ジョルノ君……だっけ? 立ってるのもなんだから座んなよ。お茶でも飲んで……話でもしようや……」

 さすがは最年長。アバッキオは率先してお茶を入れてジョルノをもてなした。とはいえ、ニーナはそれが若干気にくわない。アバッキオが他人のためにお茶を入れるなんて。わたしがチーム入りする時はそんなことしてくれなかったのに。

「アバッキオ、わたしにも入れてよ」
「お前には後でな。さあ、飲みなよ」

 やけに愛想良くアバッキオはティーカップを勧めた。よほどブチャラティの説教が響いたのか。

「あんた年いくつ?」
「十五です」
「十五!? なぁーんだ、オレより二個も下だぜ!」

 ジョルノの返答に、ナランチャのみならず、ニーナも驚いた。あまりに大人っぽいので、年上だと思っていたのだ。後輩かつ年下、これで完全に上下関係は決まった。ニーナは満足そうに頷く。

「いただきます」

 落ち着いた所作でそっとカップを持ち上げたジョルノだが、鼻先まで持ち上げたところでうっと顔を顰めた。何事か、そのまま固まってしまったので、アバッキオが訝しげに言う。

「どうした? お前はオレがわざわざ注いでやったそれをいただきますって言ったんだぜ。いただきますって言ったからには飲んでもらおうか。それともぬるいから飲むのは嫌か?」

 フーゴは噴き出し、ナランチャも堪えきれない笑い声が漏れ出ている。ニーナは状況が分からずミスタの袖を引っ張った。

「どういうこと? なんでみんな笑ってるの?」
「後で教えてやるって。なあ新入り? 仲間になりたくねーから飲みたくねーんじゃあねーの?」
「何やってるんだお前ら!」

 戻ってきたブチャラティも、この異様な雰囲気を感じ取ったようだ。だが、ジョルノは静かに言う。

「いえ、何でもありません。ぼくのためにわざわざお茶を入れてくれたんです」

 グイッと豪快にカップの中身を飲み干すジョルノ。途端に場が湧き上がった。

「嘘だろおいッ!」
「バッチィ! 飲みやがったコイツッ!」
「わっはっは! お前面白いな! ホントに飲んだのか?」
「違う、飲んでるわけはない。なあ、どうやったんだ! どこに隠したんだ!?」

 矢継ぎ早に話しかけられてもジョルノは落ち着いていた。得意げになるでもなく、ゆっくりと微笑んでみせる。

「さあね。君たちだって能力を秘密にしてるんだろう?」
「……ッ!?」

 ――つまり、スタンド使い!?
 ポルポの入団試験を通過したからには、彼もスタンドが使えるということになるが、今この場でスタンドを出したようには見えなかったので、トリックが全く分からない。

「物体を移動させる能力か!?」
「口を開けてみせろよ。穴空いてねえよな?」
「用心深いじゃあないか。感心だね」
「ブチャラティは知ってるのか?」
「まあね」

 何があったのかはニーナにはさっぱりだが、しかしジョルノは、荒くれ者が集うこのチームの心を一気に掴んだようで、それからは一気に話の中心だ。ニーナとしてはほんのちょっぴり面白くない。ニーナがブチャラティに引きつられて皆に会った時、ガキじゃあねえかとか、女にギャングが務まるのかとかやんややんや言われたというに、この差は一体何なのか。

 それに、ブチャラティの雰囲気がどことなく変わったように見えるのも心をざわつかせる一端だ。どこがとか、何がとかはうまく言えないが、とにかく何か吹っ切れたような――そう、まさにそんな雰囲気を感じる。最近は特にピリつき、一人で思い詰めるような様子を見せていたのが、ジョルノ・ジョバァーナと出会ったせいなのか、生き生きとしているように見える。

「…………」

 気にくわない。気にくわないぞ、この新入り。

 敬愛するブチャラティの悩みの種を払拭したのが彼だったとしたら、心の底から気にくわない。

 ジトッとした目で新入りを見つめていると、ブチャラティが声を張り上げた。

「お前ら、ふざけてないで出掛けるぞ」
「えっ、どこに?」
「ついてくれば分かる。急げ」

 本当に急いでいるようで、ブチャラティはさっと会計を済まし、外へ出て行った。ニーナたちも慌ててその後を追う。

「あ、ブチャラティさん!」
「ブチャラティ! 元気?」
「よお、ブチャラティ。今度またうちの店寄ってくれよ」
「そうさせてもらうよ」

 ただ通りを歩いているだけなのに、ブチャラティはいろんな人から声をかけられる。ギャング所属だが、一般市民から慕われているのが本当にブチャラティらしい。

 ブチャラティから視線を外すと、自ずとその後ろのジョルノが目に入る。

 ――ギャング組織パッショーネの所属であるこのチームは、ブチャラティが率いている。五人の部下の中でもニーナは最年少かつ新入りという立場だった。半年ほど前に加入して以降、新しいメンバーが入ってこなかったので、ずっと新入りという立場を甘んじて受け入れていたのだが……。

 本日ジョルノがチーム入りしてくれたおかげで、ニーナはようやく新入りから脱却できそうなのだ。嬉しくないわけがない。

 とはいえ、初めが肝心だ。舐められてはいけない。最初にお互いの立ち位置を認識させておくことが大切だ。

 ニーナは咳払いをし、そっとジョルノの隣に移動した。ジョルノは不思議そうにニーナを見やる。

「わたし、ニーナ・マリアーニ。十六歳。あなたより年上。そして先輩。分かる?」
「分かります、ニーナさん」

 人見知りのあまり片言になってしまったが、すごく物分りの良い新入りだった。ニーナはにこやかに右手を差し出した。

「これからよろしくね」
「ええ、よろしくお願いします」

 きゅっと握手をした後は、何を話せばいいか分からなくって、ニーナは逃げるようにミスタの隣に移動した。

「ねえミスタ、結局さっきのお茶って何が入ってたの?」
「ああ? お前にはまだはえーよッ」
「子供扱いしないでよ!」

 ぐりぐりと頭を撫で回され、思わずニーナは腕を振り回していた。途中騒がしくしてブチャラティから怒られることもあったが、そんなこんなのうちに、一行はいつの間にか港に到着していた。