■繋がる未来―秘密の部屋―
24:本当の友達
懲戒尋問を終え、恐る恐るホグワーツに戻ってきたハリエットだが、予想に反し、古城は浮かれていた。どうやら期末試験がなくなったことで気が抜けているようだ。ビクビクしていたハリエットとしては拍子抜けだった。グリフィンドール寮に行くと、皆が温かく迎えてくれて心からホッとしたくらいだ。
「石になった奴らも皆元通りで、おまけに期末試験もなし。そんなの浮かれないわけないだろ?」
ジョージがハリエットの肩を叩く。とはいえ、クィディッチ杯が中止になってしまった件については至極残念そうで、特にオリバーなんかは抜け殻のようだった。
一段落の後、ハリエットはその後すぐに石にさせられてしまった被害者たちに謝りに行った。
ペネロピーは「あっという間の出来事で、あまり覚えてないから大丈夫よ。それよりもパーシーとのこと、驚かせてごめんなさい」と逆に謝られてしまった。ほとんど首無しニックは「あなたにもぜひ私の絶命日パーティーに参加して頂きたかった」とウインクしてくれた。ジャスティンは、むしろ石にされたときのことをもっと事細かく聞きたがって、熱心に操られていたときのことを聞いてきた。コリンは謝罪よりもツーショットとサインをほしがった。
ミセス・ノリスはなかなか見つからなかった。警戒しているのか、ハリエットと遭遇するたび、彼女はすたこらと逃げてしまうのだ。ハリエットは足繁く彼女の元に通って、何度も謝罪をした。始めはうんざりだと言わんばかりにあしらっていたミセス・ノリスだが、最後には目を合わせて鳴いてくれた。許したと言ったように聞こえたのは、ハリエットの自惚れだろう。
……そして最後は。
「スキャバーズ」
大広間でようやく会えた。この小さなネズミはいつもハリエットから逃げるようにして生活しているようで、自分がそうさせたのだと思うと罪悪感がこみ上げてくる。
「あの……今までごめんなさい」
齧っていたナッツから顔を上げ、スキャバーズはじっとハリエットを見上げる。
「ずっと私たちのこと助けようとしてくれてたのよね? 私がリドルに操られた時も、ハーマイオニーが石にされそうなときも」
躊躇いがちにハリエットは人差し指を差し出した。ピトッと小さな手がその指に重なった時、ハリエットは嬉しそうに顔を綻ばせた。
「ありがとう」
「でも、これでこいつも喜ぶよ」
ロンは寂しそうに言った。
「本来の飼い主のところに戻れるんだし……」
「ううん、これからもロンがペットとして飼ってあげて」
スキャバーズがびっくりしたようにハリエットの方を見たが、それには誰も気付かなかった。
「スキャバーズもロンのこと好きだと思うし、それにウィルビーとは相性がよくないと思うの……」
「確かにハリエットが別に愛情を注ぐペットがいると分かったら、途端に対抗心を燃やしそうだよね」
ここにウィルビーがいなくて良かった。スキャバーズも咄嗟に辺りを警戒し始め、そそくさとハリエットから離れた。
「スキャバーズ……僕でいいの?」
スキャバーズは最初こそ戸惑っていたが、やがてロンの手の中に収まった。
そうしてまた和やかに食事が再開されたが、実はもう一人、ハリエットがなかなか会えない人物がいる。ドラコ・マルフォイだ。
もともとそうだったのか、今だけなのかは分からないが、彼は一番人が集まる時間帯に大広間を利用しないようで、顔を合わせる機会がないのだ。
とはいえ、会ったところで、ハリエットは彼になんて言葉をかければいいか分からない。そもそも、確信がないのだ。なぜ彼が助けてくれたのか、その理由が分からないのだ。だから信じることができない。
ドラコはジェームズを誰よりも憎んでいる。その娘であるハリエットをなぜ助けようとしたのか。それも父親を危険な目に遭わせてまで。
『今回の件がルシウス・マルフォイが仕組んだことだというのは察してはいるね?』
リーマスの言葉が頭を過ぎる。
『ドビーが証言台に立てたのは彼が自由になったからだ。彼を開放することのできる人はマルフォイ家の者のみ。ルシウス・マルフォイがするはずもないし、ナルシッサも同じくそうだろう』
確かにそれはそうだ。ドビーを自由にできるのは、消去法でドラコしかいない。
『なぜドラコがドビーを解放したかは分からない。もしかしたら何も知らずに解雇したかったのかもしれないしね。でも、私にはそうは思えない。ハリエットなら何か分かるんじゃないかな』
そう言われても、ハリエットには見当もつかなかった。彼とは、今年少しだけ話す機会もあったが、それ以上もそれ以下でもなく、友達ですらない関係なのに――。
『もしかしたらドビーがルシウスの仕業だと口を滑らせるかもしれない。そうじゃなくとも、ジェームズが勘付いてルシウスをアズカバン送りにしようとするかもしれない――ドラコの心境は察して余りある』
リーマスの言葉が身に染みる。なぜ、なぜそこまでして……。
ハリエットとて、同じ状況になったら、彼と同じ行動ができるか自信がない。誰かを助けるために、ジェームズが危険な目に遭うなんて。
思考の海に沈み込んでいたハリエットは、目の前に何かが降り立ったことになかなか気付かなかった。ロンの声でようやくと顔を上げる。
「なんだこいつ。生意気そうなふくろうだよ」
テーブルの上に、賢そうなワシミミズクが止まっていた。ロンのトーストの皿に堂々と鎮座している。
「そのふくろう、ハリエットにお届け物みたいだよ」
ハリーに言われ、ハリエットは慌てて荷物を解いた。自由になったふくろうはまた颯爽とどこかへ飛んでいく。
包装を解くと、中から現れたのはぬいぐるみだった。ハリエットはあっと声を上げる。
「私のぬいぐるみ!」
皆の声が吹き込まれたぬいぐるみ。どんなに探しても見つからなかったが、そういえば、ドラコが自分が持っていると言っていたような、言っていなかったような……。バタバタしていたのですっかり忘れていた。
ということは、さっきのはドラコのふくろうということだ。
ハリエットは反射的にスリザリンのテーブルを見やったが、ドラコの姿はない。
「見つかって良かったね。誰が拾ってくれたんだろう」
「それに、どうして持ち主がハリエットだって分かったのかしら?」
「そりゃ、ひとりでに話し出すジェームズ・ポッターの声で想像つくでしょ」
『何か言ったかい?』
ほら見ろ、と肩をすくめるロンにハリーは苦笑いを返す。ハリエットはほとんど何も聞いていなかった。ぬいぐるみをじっと見、そしてまたスリザリンの方を見――突然立ち上がった。
「ハリエット?」
きょとんとする兄の声を置いてけぼりに、ハリエットは走って大広間を出た。あれだけこっそりぬいぐるみを返そうとしていた彼のことだ、皆が朝食を食べに大広間に出向いている間に配達を頼んだに違いない。となると、彼が今いるのは――。
「ホウッ!」
主人の存在を嗅ぎつけ、嬉しそうに飛んできたウィルビーを撫でながら、ハリエットはふくろう小屋の階段を上る。その足音に気付いたのか、ドラコはふいと顔を上げた。
「…………」
何か言いたげに口を開けながら、しかしハリエットはそこで固まってしまった。何から、どんな風に言葉を紡げばいいか分からない。
一番は、お礼を言いたかった。ハリエットを助けてくれたお礼を。しかし、彼の立場では素直に受け取ることもできないだろう。ハリエットを助けるために、父親を危険な目に遭わせたのだ。恐怖や後悔や自己嫌悪や、きっと今彼の中ではいろんな感情が渦巻いているに違いない。いつ父親に追求の目がいくか気が気でない今の彼に、自分の気が済むからと一方的に感謝を告げるのは何だか違う気がする。
そう思うと更に言葉が詰まり、ハリエットは何も言えなくなってしまう。
ドラコも何を言うでもなく、最後にワシミミズクを一撫でし、そのまま横を通り過ぎようとする。ハリエットは咄嗟に「待って!」とその腕を掴んだ。
「ありがとう」
そしてようやく出た言葉はやはり感謝の言葉だった。ハリエットは慌てて早口になる。
「ち、違うの。ぬいぐるみ! ぬいぐるみ、返してくれたのあなたでしょう? この子、本当に大切にしてたから――」
ドビーを証人に送ってくれてありがとう。
「本当にありがとう……」
助けてくれてありがとう。
一番言いたいことは胸にしまうことしかできなかった。それでも様々な感情が込み上げてきて、ハリエットはポツポツと泣いてしまった。
突然泣き出したハリエットを見てドラコはギョッとしたようだが、それでも泣き止むことはできなかった。
――ずっと怖かったのだ。退学どころか、アズカバン行きになってしまうのかと。もう永遠に家族や友達に会えなくなるかもしれないと。
父親があんなに狼狽える姿を初めて見た。母親があんなに泣きそうな顔で祈るのを初めて見た。絶望的な状況の中で現れたドビーにどれだけ心が救われたか。
「ありがとう……」
ただそれだけを繰り替えするハリエットに、ドラコはようやく自分を取り戻した。
「もう怪しいものに心を開かないことだな」
こくりと頷きながら、ハリエットは袖で涙を拭いた。
「私――トムのこと、ずっと大切な友達だと思ってたの。でも、トムはそうじゃなかったのね。私のこと都合のいい駒だとしか思ってなかったのよ」
ハリエットを慰め、相談に乗り、甘い言葉を囁き、そして裏切った。対するドラコは、いつも意地悪なことばかり言ってきて、ハリーに突っかかり、喧嘩を売ってきて、それでも最後には助けてくれた。
ハリエットはもう一度顔を拭き、ようやく真正面からドラコを見た。
「私、あなたと友達になりたい」
今度こそドラコは素っ頓狂な顔になった。あまりに唐突だったかもしれない。ハリエットは言葉を探したが、うまく言えそうにない。
「友達になってくれない?」
突然友達の作り方が分からなくなってしまったようだ。今までこんな風に誘って友達になったことはなかったのに。
「ドラコって呼んでもいい?」
あんまり彼からの反応がないので、ハリエットも下手なりに距離の詰め方を誤ってしまったかもしれない。ますますドラコがたじろいだ気がする。
「夏休み、手紙を送るわね」
だが、無罪を勝ち取った今のハリエットは無敵だった。ドラコの無反応も何のその、一方的にそう宣言すると、勝手に満足して笑った。
「ちょっとでも気が向いたら、返信してくれると嬉しいわ。じゃあまた新学期にね、ドラコ!」
バイバイと手を振って、ハリエットは階段を降りていった。ドラコがあっと何か言いかけた気がしたが、ハリエットはそのまま軽い足取りで寮を目指して歩いて行った。