■繋がる未来―秘密の部屋―
46:偉大な魔法使い
トンネルの奥にはヘビの彫刻が施された扉があった。ここでもまた蛇語が合言葉となっており、ハリーは一人部屋へ足を踏み入れる。
薄暗いその部屋はシンとしており、物音一つ聞こえない。ヘビが絡み合う彫刻が施された柱が何本も立っており、一目では何者の居場所も掴めない。
杖を取り出し、そろそろと注意深く歩き始めたハリーは、やがて巨大な石像のすぐ足下に誰かが倒れているのを見つけた。
「ハリエット!」
バジリスクのことなんて頭から吹き飛び、更には杖すら放り出してハリエットを抱き上げた。
「目を覚まして、ハリエット!」
揺すっても、軽く頬を叩いてもハリエットは何の反応も見せない。まるで人形のようだ。
「ハリエット……」
「その子は目を覚ましはしないよ」
背の高い、黒髪の少年がすぐ側の柱にもたれてハリーを見ていた。まるでゴーストのように輪郭がぼやけている。ハリーは警戒するように立ち上がり、杖を構えようとしたが――ない。
途中で放り投げたことを思い出し、地面に視線を走らせるが、そこにもない。
「捜し物はこれかな?」
少年がハリーの杖をクルクル弄んでいた。
「返してくれ」
「杖を手放すなんて魔法使いのやることかい?」
「お前がハリエットをこんな風にしたのか? お前が継承者なのか?」
「質問ばかりだな、ハリー・ポッター。それよりジェームズ・ポッターはどうした? 一緒に来なかったのか?」
「何のことだ?」
ハリーが問いかけると、少年はふっと笑みを零した。
「あの愚図なふくろうは満足に手紙を届けることもできないのか? まあいい。お前たちを餌にしたらそのうち嫌でもやって来るだろう」
「お前は何者だ? ゴーストなのか?」
「いいだろう、ジェームズ・ポッターが来るまでの暇つぶしだ。君の質問に答えてあげよう。僕は記憶だ」
少年は巨大な石像の足下を指さした。小さな黒い日記帳が開いたまま置いてある。
「日記の中に五十年間残された記憶だ」
「記憶がどうやってハリエットを操ったんだ?」
「実に簡単だったよ」
急に少年が笑い声を上げた。
「彼女がこんなことになったのは、怪しい日記に心を開き、胸の内を洗いざらい曝け出したせいだよ。自分で言ってたのにね。闇の魔術がかかってるかもしれないものを信用してはいけないって。僕が少し弱さを出したらすぐに同情してきたよ」
ジェームズの言葉だ。
ハリーは睨みつけるように彼を見つめる。
「喧嘩中の父親の言いつけよりも僕を信用させるのはとても容易かった。自分で言うのもどうかと思うけど、ハリー。僕は必要となればいつでも誰でも惹きつけることができた。でも、それにしたってハリエットは寂しい子だね。両親ともに健在で、同じ寮に兄もいるのに、相談相手が日記一つなんて」
グッとハリーは詰まった。図星だった。二年生になってから、ハリーはハリエットの一体何を見てきたのだろう? 具合が悪そうだとか、寝不足そうだとか、そういう表面的なことしか見てこなかった。そのツケが今回ってきたというのか。
「ピーター・ペティグリュー」
その名に、ハリーは更にギクリとした。
「彼のことでハリエットはずっと悩んでいた。自分をずっと責めていたよ。何もできなかった自分を、足手まといだった自分を。彼が死んだことよりも、『死』に対して恐怖したのを後ろめたくも思っていたらしいよ。まあ、目の前であんなむごたらしい死に方をされたら誰だってトラウマにもなるだろうけどね」
全部全部ハリーの知らないことだ。
ハリーは愕然とした。一体どれだけハリエットは彼に信頼を寄せていたのか――いや、違う。兄たるハリーがそうたり得なかったのか。腫れ物に触れるかのような扱いに、ハリエット自身が遠慮したのだ。
ハリーは、ピーターの死にひどく落ち込むハリエットになんて声をかければいいか分からなかった。どんな風に接すればいいか分からず、そっとしておいた方がいいと思って、ピーターの事件なんてなかったかのように振る舞った。それがいけなかったのか。ハリーとてまだ十一歳だったというのは言い訳に過ぎない。
「ピーターのことでたがが外れて、ハリエットは何でも僕に言うようになった。僕に心を打ち明けることで自分の魂を僕に注ぎ込んだんだ。僕は次第に力をつけ、充分に力が満ちた時、僕の秘密をハリエットに少しだけ与え、僕の魂を彼女に注ぎ込み始めた……」
「そうして操ったのか?」
「そうさ」
ハリーは己の杖が少年のポケットにしまわれるのを見た。
「途中から――あの忌々しい坊ちゃんのせいで僕を信用しなくなったのは腹立たしいが――しかしもうその時には遅かった。僕はこうして完全に外に出ることができた」
坊ちゃん――?
少し気にかかったが、しかし今重要なのはそこではない。早くハリエットをマダム・ポンフリーに診せなければ。
しかし、杖も持たない今の状況では、バジリスクに襲われたらひとたまりもない。ハリーは少年の気を逸らそうと質問を続ける。
「お前の目的は何なんだ? マグル生まれを石にしてホグワーツから追い出そうってのか? でもお前の行動は全て無駄だった。もうすぐマンドレイク薬ができあがる。みんな元通りになるんだ」
「当初の目的はそうだったさ」
イライラしたように少年はハリーに向き直った。
「穢れた血の連中を殺すことは、もう僕にとってはどうでもいいことなんだ。この数ヶ月間、僕の新しい狙いはジェームズ・ポッターだった」
「父さん?」
「傲慢な正義感を振りかざす一介の魔法使いが、偉大な魔法使いをどうやって打ち破ったと言うんだ? ヴォルデモート卿の力が破られたのに、奴の方はたった一つの傷跡だけで逃れたのはなぜだ?」
「なぜお前がそんなことを気にするんだ? ヴォルデモートは君の記憶にはない人だろう」
「ヴォルデモート卿は」
少年はポケットからハリーの杖を取り出した。
「僕の過去であり、現在であり、未来なのだ……ハリー・ポッター」
そして空中に文字を書き出す。三つの文字が、揺らめきながら光っている。
『TOM MARVOLO RIDDLE』
少年――リドルが杖を一振りすると、文字が並び方を変えた。
『I AM LORD VOLDEMORT』
「分かったかい? この名前はホグワーツ在学中に既に使っていた。もちろん親しい友人にしか明かしていないが。穢らわしいマグルの父親の姓を僕がいつまでも使うと思うかい? 母方の血筋にサラザール・スリザリンその人の血が流れているこの僕が? ハリー、答えはノーだ。僕は自分で名前をつけた。ある日必ずや、魔法界の全てが口にすることを恐れる名前を。僕が世界一偉大な魔法使いになる日のために!」
ハリーの頭は冷静だった。リドルの口調に熱がこもればこもるほど、不思議とこちらの熱が冷めてくる。
「君が?」
端的に、しかし静かに問いかけるハリーにリドルの余裕の笑みが消えた。
「君は世界一偉大な魔法使いじゃない」
そしてその顔が大きく歪んだ。
「世界一偉大な魔法使いはアルバス・ダンブルドアだ。誰もが口を揃えてそう言うよ。君が最も力を持っていた時でさえ、ホグワーツを乗っ取るどころか手出しすらできなかったじゃないか。記憶の君だって、ハリエットを操ってチマチマ生徒を石にしていくことしかできなかった。もし世界一偉大な魔法使いが君だって言うなら、その君を破った父さんはもっと偉大だってことになるけど――残念ながらそうは思えないな」
たかが娘との喧嘩におろおろする父親は、間違っても世界一偉大、なんて言葉とはほど遠い。ジェームズは確かにヴォルデモートを打ち破ったとして尊敬されているが、長い間ヴォルデモートを牽制してきたダンブルドアはもっと高みにいる。きっとジェームズ自身もそう言うだろう。世界一偉大な魔法使いは、自らをそう呼びはしない。他者がそう呼ぶことで成立するのだ。
「ダンブルドアが世界一? 僕の記憶に過ぎないものによって追放され、城からいなくなったのに?」
「そう思ってるのは君だけだ」
不思議とハリーは堂々と言ってのけた。その挑発に口を開きかけたリドルだったが、不意に固まる。どこからともなく聞こえてくる音楽に気付いたのだ。この世のものとは思えないような旋律は次第に大きくなってくる。そしてそれはハリーの頭上で最高潮になると、突然炎が燃え上がった。
そこから現れたのは、白鳥ほどもある大きな深紅の鳥だ。金色の尾羽根を輝かせ、旋回すると、ハリーの手にボロボロの何かを落し、自分はその肩に止まった。
「フォークス?」
ダンブルドアの部屋で見かけたことのある不死鳥だ。そして不死鳥が持ってきたものは――組分け帽子だ。つぎはぎだらけの小汚い帽子。
リドルが高らかに笑い声を上げた。
「君の敬愛するダンブルドアがくれたのはそんなものか! 歌い鳥に古帽子! ハリー・ポッター、これでさぞかし心強いだろうな。だが、もう君は用なしだ。ジェームズ・ポッターは二人の子供の死体と対面することになるだろう」
リドルは高い柱の間に向かうと、スリザリンの石像に向かって何やら呟いた。蛇語だ。巨大な石の像が動き、奧からズルズルと何かが這い出してくるのが見えた。
咄嗟に目を閉じたので、それ以上は状況が分からない。だが、ついにバジリスクが現れたことだけは分かる。
「あいつを殺せ」
リドルの指示で大蛇がズルズル近づいてくる。ハリエットを石像の後ろに横たえ、ハリーは手を伸ばし、手探りで進む。その滑稽な姿にリドルは笑い声を上げた。
目の前の段差に躓いて転んだ時、ハリーはいよいよ駄目だと思った。シューシューという鳴き声がすぐそこまで迫ってきている。――とその時、すぐ目の前まで来ていた大蛇が悲鳴を上げてのたうち回るのが聞こえた。苦しげにシューシュー鳴き声を漏らし、尾を柱に叩き付けている。
好奇心に負け、薄ら目を開けると、フォークスが大蛇の周りを飛んで気を引いているのが見えた。フォークスの嘴にはどす黒い血が付着し、そしてその血はバジリスクの両の目からしたたり落ちている。大蛇の最大の武器とも言える目が、不死鳥によって潰されたのだ。
「鳥に構うな! ポッターは後ろだ!」
ハリーは瞬時に立ち上がり、柱の影を通りながら逃げ出した。直視できるのであれば、ハリーにも分がある。あちこちに点在する巨大な柱を軸に逃げ回れば、いくら大蛇でもそう簡単にはハリーを捕まえられない。
「ちょこまかと――もういい。バジリスク、ハリエット・ポッターを殺せ。匂いで分かるだろう! 噛み殺せ!」
逃げるハリーを唯一躊躇させるものはハリエットの存在だ。毒蛇はすぐに進路を変え、真っ直ぐハリエットの方へ向かっていく。
「妹を見殺しにして自分だけ助かるか? それとも仲良くあの世へ行くか?」
リドルの挑発よりも早くハリーは動いていた。フォークスもハリエットを守ろうと大蛇に攻撃を仕掛けるも、その外皮は想像以上に硬く、嘴は刺さらない。
途中、フォークスを追い払おうと身じろぎしたバジリスクの尾が組分け帽子を吹き飛ばし、ハリーの元まで飛んできた。藁にも縋る思いでハリーはそれを被る。
どうにでもなれとのやけっぱちと、一抹の期待が脳裏を過ぎる――『わしが本当にこの学校を離れるのは、わしに忠実な者がここに一人もいなくなった時だけじゃ。ホグワーツでは助けを求める者には必ずそれが与えられる』
なんでもいい――とにかく助けて! 僕たちを助けて!
ハリーの祈りが通じたのか、何か固くて重たいものが頭にガンと落ちてきた。一瞬意識が飛んでしまったが、帽子の中に手を入れ、引き抜いた。
それは目映い光を放つ銀色の剣だった。柄には大きなルビーが煌々と輝いている。
「僕はここだ」
剣の柄を握ると、不思議と力が湧いてくる気がした。バジリスクもハリーの匂いを捉えたのか、鎌首をもたげ、ハリーに突進してくる。
一度目は危うく躱すが、二度目もすぐにやってくる。丸呑みにする勢いで開けられた口にずらりと鋭い牙が並んでいるのが見えた。
臆することなく、ハリーは全体重を乗せてバジリスクの口蓋に剣を突き刺した。激しい悲鳴が耳元で鳴り響くが、その手を緩めることはしない。だが、同時に焼け付くような痛みを覚え、己の腕を見ると、毒蛇の牙が深々と突き刺さっていた。バジリスクの血とハリーの血とが地面に混ざり合って落ちる。
バジリスクは痙攣しながら倒れたが、ハリーもまた、壁にもたれたまま崩れ落ちた。傷口が激しく痛む。
「君はもう終わりだ。ダンブルドアの鳥にさえそれが分かるようだ」
見ると、フォークスが真珠のような涙をこぼしているのが見えた。艶やかな羽毛を伝ってハリーの腕にまで滴っている。
「ジェームズ・ポッターは来なかったな。君たちは見捨てられたのか」
不思議とハリーは自分に終わりが近づいていることに確信を持てなかった。痛みすら和らいでいるような気がする。これこそが「死」の兆候なのだろうか?
だが、ぼやけていた視界がはっきりしてきて、ハリーは何度も瞬きをしながら傷口を見やった。見間違いでなければ、傷が綺麗に消えている。フォークスの涙の跡が残っているのみだ。
「不死鳥の涙……」
唖然とリドルが呟いた。
「そうだ、癒やしの力――忘れていた」
ハリーが起き上がると、リドルはさっと杖を振り上げた。しかし、いつの間にかその場を離れていたフォークスの羽音に二人は気を削がれ、更には彼がハリーの膝に何かを落としていく――日記だ。
一瞬日記をマジマジと見つめた後、ハリーは流れるように傍らに落ちていたバジリスクの牙を日記に突き立てた。
突如、耳をつんざくような悲鳴が響き渡った。日記からはおびただしい量のインクが迸り、流れ落ちる。
リドルは悲鳴を上げながらのたうち回り――そしてかき消えた。
ハリーの杖が床に落ちてカタカタと音を立てる。まだ落ち着かない気分で歩き、杖を拾い上げた時、足音が響いてきてすぐに振り返った。走ってくる音だ。ロンかハーマイオニーか――しかし開け放たれていた扉から現れたのは予想だにしない人物だった。
「ハリー! ハリエット!」
「父さん……?」
「無事か!? ハリエットは!?」
「ハリエットも大丈夫だよ。でも、マダム・ポンフリーに診せないと」
ジェームズは倒れているハリエットに駆け寄り、そして大蛇の死骸に気付くと息をのんだ。
「お前が倒したのか?」
「フォークスのおかげだよ」
「ハリー! 血だらけじゃないか!」
「大丈夫。これもフォークスのおかげで傷が癒えたんだ」
何てことないように微笑むハリー。しかし、この惨状を見ればいかに激しい戦闘だったかがよく分かる。フォークスがいたとはいえ、たった十二歳の子供がバジリスクと戦うなんて――。
「また私は遅刻したんだな。お前たちの危機に……」
痛ましげに己を見るジェームズに、ハリーは困った顔を向けた。
「それより、どうして父さんがここに?」
「トム・リドルという者から手紙を受け取ったんだ。ハリエットを助けたくば一人でホグワーツ三階の女子トイレにある秘密の部屋へ来るようにと――」
ハリエットを背負ったジェームズは、更にハリーの腕を掴んで支えようとした。だが、怪我も治ってピンピンしているハリーは首を振って遠慮する。
「――扉の開け方はハリーが知っていると。寮にもいなかったから、仕方なくトイレへ向かったんだ。扉が開いてたからそのまま来たけど――扉には、鍵穴も何もなかった。どうやって開けたんだ?」
ハリーは一瞬言葉に詰まったが、すぐに早口で言う。
「合言葉があったんだ。事前にリドルに教えてもらって」
「そうか……」
合言葉なんて簡単なものなら手紙に記せばいい。そうしなかったのは、ジェームズとハリー二人共に用があったからだろうか?
まさかハリーだけが使える「合言葉」だとは思いもよらず、ジェームズはそう結論づけた。
「ところで、どうしてお前たちだけでハリエットを助け出そうとしたんだ? 怒っているわけではない。ただ――ハリエットの居場所が分かっていたなら、大人たちに助けを求めるべきだった」
「ハリエットの無実を証明したかったんだ。ハリエットのせいじゃないってことを……」
「一体……」
「ハリー! ハリエット!」
部屋を出た二人は、すぐさまロンとハーマイオニーに遭遇した。少し離れた場所でポツンとロックハートが立っている。
「血だらけじゃないか! 歩いて大丈夫かい!?」
「ハリエットは? 無事なの!?」
「僕たち二人とも無事だよ。この血も大丈夫。フォークスが治してくれたんだ」
いつもと変わらない笑みを浮かべるハリーにロンはホッと胸をなで下ろした。ハーマイオニーもハリエットの顔を覗き込み、泣きそうになりながらその手を握った。
「僕たち、君たちが通れるよう穴を掘ってたんだ。そしたらおじさんがやって来てあっという間に岩を吹き飛ばしてくれた。すぐにでも僕たちも行きたかったんだけど」
「あの人がなかなかついてきてくれなかったのよ」
ハーマイオニーが指し示す方にはロックハートがいた。気の弱そうな笑みを浮かべている。
「やあ、辛気くさい所だけど、ここに住んでるの?」
「――記憶を失くしてるみたい。忘却術が逆噴射して自分にかかっちゃったのよ。一人にしておくと怪我をしそうで放っておけなかったの」
「なぜ忘却術をかける必要があったのか非常に気になる所だけど、今は聞かないでおくことにするよ。さあ、上へ戻ろう」
とはいえ、途方もない長さのパイプを上ることは容易ではない。ジェームズも一人二人ならいけるが、五人ともなると――。
その時、フォークスがスッと六人の前に飛んできた。ビーズのような目が何かハリーに語りかけてくる。
「もしかして、上まで連れて行ってくれるの?」
「でも六人もいるんだよ」
「フォークスは普通の鳥じゃないんだ」
既に何度も窮地を助けられたハリーは断言した。皆で手を繋ぎ、フォークスに掴まると、次の瞬間には浮遊感に包まれていた。風を切って空を飛び、パイプの中をグングン浮上していく。
「すごい! まるで魔法のようだ!」
はしゃぐロックハートを余所に、楽しい空の旅はすぐに終わりを迎えた。
パイプを通り抜け、トイレの湿った床に着地すると、すぐさまリリーやマクゴナガル、他の教師らが駆け寄ってきた。
「ハリー、ハリエット!」
「無事だよ。みんな無事だ。それよりどうしてここに?」
「いてもたってもいられなかったのよ。先生方に手紙のことをお話しして、あと少しあなたたちが帰ってくるのが遅かったら私たちも行くつもりで」
リリーは血だらけのハリーに一瞬驚くが、怪我がないことを知ると安堵して抱き締めた。そしてジェームズに背負われた娘に頬を寄せる。
「ああ、ハリエット……」
「すぐにマダム・ポンフリーに診せたいんだ」
「私が連れて行くわ」
リリーがハリエットを抱き抱え、すぐにトイレを出て行った。マクゴナガルが杖を振ってハリーの格好を綺麗にしてくれた。
「ひとまず私の部屋へ。聞きたいことは山ほどあります」
マクゴナガルの部屋へ向かうと、着席もそこそこにジェームズが口火を切った。
「さて、ハリー。話してくれるかい? なぜ秘密の部屋の場所が分かったのか、トム・リドルが何者なのか、そして――ハリエットが連れ去られたのは私に関係があるからかどうなのか」
一人だけ他の犠牲者と扱いが違ったハリエット。そして己に届けられたトム・リドルからの手紙――。
自分が原因で娘が拉致されたのではと不安なのだろう。沈痛な表情のジェームズを前に、長い夜になりそうだとハリーは感じた。