06:ナプガーナ密林
イシの村へは長い道のりだったが、追っ手と遭遇することもなく、危なげなく先へ進むことができた。
道中何度も魔物と遭遇することはあれど、イレブンが前を張り、カミュがその素早さで敵を撹乱、後衛からダイアナが補助をする流れが型にはまった。回復役は二人もいるし、攻撃呪文や補助呪文、設置型の魔方陣など、互いに使える呪文は多岐に渡り、安定して戦うことができたのだ。
それはナプガーナ密林でも同様だ。ただ、ここにはバブルスライムが多く生息しており、攻撃を受けるたびに毒にかかってしまうのが厄介だったが、ダイアナがキアリーを覚えていたので事なきを得ることができた。
しかし、あまりにもその数が多い。やがてダイアナ、イレブン共にMPが枯渇し始め、買いだめしていたやくそうに手をつけ始めた頃になって、森の奥地に女神像が見えた。ぽっかり空いたその空間は、不思議と魔物がよりつく様子はない。
「おっ、キャンプか。ちょうどいい。イシの村がある辺りはまだまだ先だからな。今日はここで休んでいこうぜ」
「ここでって、こんな森の中で? 森を抜けるまでもう少し行った方がいいんじゃないかしら」
「女神像は神聖な力が宿っていて魔物を寄せ付けないんだ。だから見張りもいらねえし、ゆっくり休める」
「そんな効果があるのね」
見れば、確かに女神像からは神々しい光が出ている。今までお世話になってきた旅人が手入れしているためか、とても綺麗な状態だ。ダイアナはその女神像に祈りを捧げ、後でまた自分も掃除をすることを決めた。
水を汲んで戻ってくると、カミュがキャンプの準備をしていた。薪を拾ってきたイレブンも帰ってきた。
薪に火をつけると、カミュは野菜を取り出した。
「お前ら、料理はできるのか?」
顔を見合わせたイレブンとダイアナは、一様に首を振った。二人ともがあんまりしょんぼりした顔だったので、カミュは思わず噴き出す。
「そんな顔すんなって。聞いてみただけだ」
「カミュはできるの?」
「一通りな」
「すごーい!」
これまた同時に顔を輝かせる二人。何だか姉弟みたいだな、と思いながらカミュは小さなナイフで人参の皮を剥く。
「何か手伝えることはある?」
「じゃあ芋を洗っといてくれ」
「分かったわ」
せめて役に立とうと、二つばかりしかないジャガイモをお互いに一つずつ持って川へ洗いに行くイレブンとダイアナ。いや、一人で充分なんだがという言葉はカミュの胸の内に秘めておいた。
ピカピカに洗われたジャガイモの皮を剥き、一口大の大きさに切ると、鍋に油を引き、肉を炒めた。それだけでジュワッと香ばしい香りが辺りに漂い、ダイアナたちの食欲をそそる。
「何を作るの?」
「シチューだ。途中で良い牛乳が手に入ったことだしな」
「イレブン、シチューが好きなの?」
向かいでイレブンの目が輝いたのを目撃し、ダイアナは尋ねた。彼はこくりと頷いた。ついで、母さんの得意料理で、と懐かしそうに口にする。
牛乳は、ナプガーナ密林で遭遇した乳牛から採取したものだった。明日の天気を教えてくれる不思議な牛と出会ったことにも驚いたが、徐にカミュが乳を搾り始めた時はもっと驚いた。
『各地にこういう牛がいるもんだから、見かけるたびに少しばかり牛乳をもらってるんだ』
そう言うカミュの乳を搾る手つきは手慣れていて、これまたイレブンとダイアナは二人揃って感心したものだ。
「そりゃ腕によりをかけて作らねえとな」
そうして出来上がったシチューは、まろやかでコクのある素晴らしい味わいのものだった。キャンプで食べるという状況も相まってだろうが、それを差し引いても文句なしの出来映えだ。
「おいしい……。ジャガイモがほろほろで口の中で蕩けるみたいだわ」
「褒めすぎだっての。別にこれくらい普通だろ」
「そんなことないわ」
照れるカミュを口々に褒め称えながらイレブンとダイアナは何度もおかわりをし、鍋に一杯あったはずのシチューはすぐさま底をついた。
お腹も膨れて大満足の一行は、パチパチとはぜる薪を眺めながら、緩やかな時間を過ごす。
「それにしても、デクの野郎がいっちょ前に店なんぞ開いてるとはな。しかも町の一等地に嫁さん付きだぜ? あれでオレと盗賊やってたなんてな……。人生分からねえもんだぜ」
「そういえば、婚約者は……?」
ふいっとダイアナにイレブンが尋ねると、その向こうからカミュがギョッとして身を乗り出した。
「婚約者!? お前、そんなのいんのか!?」
「こ、婚約って言っても、まだ正式には決まってなかったの。もちろん、こんなことになってホメロスには申し訳ないと思ってるけど……」
「ホメロスっていいや、デルカダールの軍師の? そりゃまたすごい奴が婚約者なんだな。まあ、お姫様なんだから当然か」
「でも、ぞっこんだったって」
何食わぬイレブンの言葉にダイアナはまたパンを喉に詰まらせた。いつかのように、イレブンが慌てて水を差し出す。
「違うの! 本当に違うのよ。どこからそういう話が出たのかは分からないけど、ホメロスとは政略結婚よ。私だってあの店で聞いた時は驚いたもの」
ダイアナはしみじみ頷いた。婚約の話が漏れていたことにもだが、自分がホメロスに惚れ込んでいるというのは一体どこから流れた噂なのだろう、と。
「でも、そういうイレブンもいつも大事そうにお守りを身につけてるよな。女からのプレゼントなんじゃないか?」
「――っ」
イレブンが分かりやすく動揺した。これ幸いとばかり、ダイアナもカミュの勢いに乗じて話に乗る。
「もしかして、村に残してきた女の子?」
「実際のところどうなんだ?」
ただの幼馴染みだと答えるイレブンに、カミュは膝の上に片肘をついてニヤニヤ笑った。だが、珍しくイレブンが口をへの字に曲げているのに気付き、それ以上の追求は止めておくことにした。
「ま、村にそんな奴がいたら心配にはなるわな」
どこか遠い目をしながらカミュは言う。その表情がやけに物憂げだったが、そのま彼はさらりと次の話題に移った。
「そういやイレブン、何かとくぎが使いたいって言ってたよな?」
さすが、迷い込んだら二度と出られないと言われているだけあって、生息している魔物も格段と強いナプガーナ密林。ここに来てから、イレブンは火力不足を嘆くことがよくあった。
「必殺技……とまではいかねえだろうが、獲物は片手剣で、お前はメラも使えるから、かえん斬りがいいんじゃないか?」
「かえん斬り?」
「ああ。刀身にメラを沿わせるイメージで剣を振るうんだ。物理と魔法、二つの威力が乗るから大ダメージになるぜ。そこでやってみろよ」
イレブンは立ち上がり、側に置いてあった片手剣を抜いた。
「剣を握ってる手から刀身へメラを出すような感じだな。本来は呪文はいらねえが、最初のうちはメラを唱えながら剣を振るうとイメージがつきやすいかもな」
二人の特訓を邪魔するのもあれなので、ダイアナはこっそり立ち上がり、鍋と食器を持って立ち上がった。そろそろ川へ洗い物に行こうと思っていたのだ。
女神像の効果がこんな所まで効いているわけではないだろうが、川の近くにはあまり魔物の気配はなかった。これ幸いと地面に膝をつき、覚束ない手つきで食器を洗い始める。
洗い物を終えると、ダイアナは少しキャンプの方を気にしながら、ついでに持ってきたタオルを水に浸した。思いのほか冷たい水に身を震わせながらも、軽く身体を拭いていく。
ナプガーナ密林は湿気が多く、思いの外汗をかいてしまったのだ。本当は温かいお風呂に全身浸かりたい気分だったが、旅の途中なので、贅沢は言えない。髪も洗いたいところだが、さすがにこんな所で一糸纏わずというのは無警戒すぎるだろう。
少しだけさっぱりすると、ダイアナはまた荷物を持ってキャンプ地に戻ってきた。近づくにつれ、男同士、何やら盛り上がっているのが見て取れた。
「今のがかえん斬り!?」
「おお、上出来じゃねえか! さすが勇者様はセンスが良いな」
「私にも見せて!」
ムズムズとした好奇心を抑えきれず、ダイアナは食器をバッグに戻して早々頼んだ。イレブンが稀に見る満面の笑みで頷き、剣を構えた。
「はっ!」
一瞬にして刀身に炎が宿ったかと思えば、イレブンが剣を振るうと共に炎が再び燃え上がる。とても綺麗で、そしてとても強力な技に見えた。ダイアナは思わず手を叩く。
「すごーい! 剣が燃えたわ!」
「ったく……大はしゃぎだな」
まるで子供のようにはしゃぎまくる二人を見てカミュもようやく落ち着きを取り戻した。人の振り見てなんとやらとはよく言ったものだ。
「そろそろ剣はしまっとけよ。明日になっても疲れが取れなかったら困るからな」
大人しくカミュの助言に従い、イレブンは剣を鞘に戻した。次に彼が顔を上げた時、目の前には年季の入った鍛冶台があり、カミュが得意げにポンポンと叩いていた。
「そういや、一つお前にやるものがあるんだ。今までいろんなお宝を手に入れてきたオレとデク、とっておきの逸品だ。その名も、ふしぎな鍛冶台! こいつの上に素材を乗せて不思議なハンマーでトンカン叩けば、なんとびっくり! 金属の剣はもちろんのこと、木のブーメランになんと布の服まで! 材質を問わずあらゆる装備が作れちまうんだ。すげえだろ!」
饒舌にカミュが説明するのは、割と大きな金属の鍛冶台だ。身軽に見えたカミュが一体どこから取り出したのだろうという疑問はさておき、興味津々のイレブンに説明するカミュはまるで宝物を見せびらかす男の子のようで、ダイアナは微笑ましく眺めていた。
「ほとんど使ってない奴だし、お前にやるよ。お前なら使いこなせる気がするんだ」
「ありがとう」
イレブンはイレブンで、玩具をもらった子供みたいに喜んでいる。可愛いなあ、とダイアナは丸太に腰掛けた。
「でも僕、鍛冶なんてやったことがなくて」
「心配するな。そもそも、ふしぎな鍛冶をするには作りたい装備の素材と専用のレシピブックが必要なんだ。オレも一つ持ってるから、ますは作ってみろよ。作り方も詳しく書かれてるから、初心者でも安心だぜ」
カミュが取り出したのは「ふしぎな鍛冶入門」と書かれたレシピブックだ。早速イレブンは真剣な顔で読み込んでいく。ダイアナも後ろから眺めながらカミュに問いかけた。
「レシピブックも持ってたのに作ったことないの?」
「汗水垂らして鍛冶に励むのは柄じゃなくてな。いわゆる宝の持ち腐れって奴だ。ダイアナも作りたかったら使っていいぜ」
物作りなんて生まれてこの方したことがなかったので、カミュに言っておいて、自分も性に合うかしらとダイアナは苦笑いで頷いた。
一方で、あっという間にレシピブックを読み込んだイレブンは、集中を途切れさせないまま鍛冶台に向き直った。どうのこうせきとつけもの石を鍛冶台に乗せ、ハンマーを構える。
トンカントンカン、カンカンカン……。
そのあまりの真剣さに、ついカミュとダイアナも固唾を呑んで見守る。
そうしてやがて出来上がったのは「せいどうのつるぎ+1」だ。
「初めてにしてはやるじゃねえか」
「すごーい! 本当に剣が出来上がったのね!」
盛り上がる二人を尻目に、イレブンはまた腕まくりをし、新たにどうのこうせきときよめの水を設置した。どうやら、まだまだ作り足りなかったらしい。
トンカントンカン、カンカンカン……。
そう間を置かずに出来上がったのは「せいなるナイフ+2」だ。
「こいつ……どんどん腕を上げやがる」
「『+2』ってすごいの?」
「そりゃすげえさ。数字が大きくなればなるほど性能も上がる。だが、かいしんのてごたえを出すのは難しいんだ。それをやってのけちまうなんて――」
「カミュの目に狂いはなかったのね。イレブンにぴったりのお宝だわ……イレブン?」
難しい顔でせいなるナイフを見つめていたかと思えば、イレブンは再び懐からどうのこうせきとかぜきりのはねを取り出す。
「まだやるのかよ……」
呆れてカミュは肩をすくめた。ダイアナももはや苦笑を浮かべるしかない。
カミュは短剣を研ぎ、ダイアナは明日の準備をしていると、ようやくイレブンが全ての鍛冶を終えた。「できた!」と満足そうな顔で宣言する。そうして、カミュにはせいなるナイフを、ダイアナには「どうのやじり+3」を渡した。
「『+3』……?」
「大成功じゃねえか! お前、センスがあるどころじゃねえぞ!」
イレブンは気恥ずかしそうに笑った。
「この鍛冶、すごく良いね」
「だろ? 旅の間に見つけた素材で手軽に作れるし、作る側の腕前でもっと性能が上がったりするしな」
「でもイレブン、こんなにたくさんの素材どこから集めたの? 確かに魔物が落としたりはしてたけど」
「デルカダールに来るまでの間集めてたんだ」
もしかしたら売れるんじゃないかって、とイレブンは付け足す。カミュはうんうん頷いた。
「お目が高いな。素材はそういう身近な所から集められるのも魅力的だよな」
イレブンとカミュはすっかり意気投合したようだ。物作りには男のロマンが詰まっているらしい。
「ありがとう、イレブン。替矢がほしいと思ってたところだったの」
「オレもありがとな。この短剣じゃ、そろそろ力不足を感じてたんだ」
切れ味が悪くなっていたのか、しょっちゅう刃を研いでいたカミュは、新しい短剣を器用に回して腰に差した。
「僕の方こそ、二人に何度助けられたか……ありがとう」
言われるがまま向かった先で「悪魔の子」と罵られ、牢屋にぶち込まれて……。今もなお、故郷の村がどうなっているか気が気でない状況で。
彼の境遇を思うと胸が痛む。しかも、彼がこうなったのはダイアナの父親のせいなのだ。余計に罪悪感が胸を込み上げる。
「気にすんなよ。オレたちはオレたちの目的があるからお前について行くんだ。なあ?」
カミュに振られ、ダイアナは曖昧に微笑むことしかできなかった。イレブンの方は見られない。「ありがとう」と小さく彼が口にするのが聞こえた。
「さ、意外と時間食っちまったな。明日も早いし、そろそろ寝ようぜ」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
薄い寝袋の中に入り込み、それぞれ身を休める。静かな森に、暖かな炎、清々しい空気。
少々地面が固いものの、眠るには充分な環境だったが、それでもダイアナはイレブンのことが尾を引いてしばらく眠りにつくことができなかった。