51:次なるオーブ
プチャラオ村でオーブの手がかりを見つけることはできなかったが、メルトアを倒した際、思いがけずまほうのカギが手に入った。
翌朝、朝食の席でロウがじっくりカギを観察する。
「……うむ、これは紛れもなくまほうのカギじゃろう」
「まほうのカギ……。本で読んだことがありますわ。まほうのカギで開けられる扉には、カギを模した独特な模様がついているのだと」
「その通りじゃ。わしの記憶が確かならば、この不思議な模様はネルセンの宿屋の近くにあるバンデルフォン王国跡、白の入り江から船で遙か北に進んだ地にある北の魔法国家、クレイモラン……。そういった所の扉に描かれていたはずじゃ」
これまで世界各地を旅してきた博識なロウだからこその情報だ。残りのオーブの手がかりが見つからない今、行ってみる価値はあるだろう。
「クレイモランは遥か北。まずはバンデルフォン王国跡へ向かうとしよう。イレブンよ、一緒に来てくれるかのう?」
一度訪れたネルセンの宿屋はイレブンのルーラであっという間だ。イレブンが頷くと、シルビアはパンッと手を叩いた。
「じゃあその間、アタシたちは船旅の準備ね。また長い航海になるわ〜」
「航海……もう船酔いしなきゃいいけど」
「オレはイレブンたちについて行くぜ。二人だけじゃどうにも心配だからな」
「なんじゃ、カミュは心配性じゃのう」
ほっほっほと笑うロウ。だが、マルティナも同じことを思っていたところだったので、カミュの提案は渡りに船だ。
「決まりね。カミュ、二人のことお願いね」
「ああ」
昨夜酔い潰れてしまったことなど微塵も見せずにマルティナはテキパキと言う。ダイアナが絡まなければ彼女も一端の、というか仲間の中で一番頼れる人なんだが、とカミュは遠い目になる。
イレブンら三人を見送った後は、ダイアナたちは手分けして船旅の準備を進めた。水や食糧の確保、装備の買い換え、そして何よりオーブの情報収集……。プチャラオ村では、メルトアに振り回され、ほとんど何もできていないのだ。慌ただしく準備をする一行だが、それにしても村が何だか騒がしい。いや、騒がしいのはいつものことだが、てっきり昨日の騒ぎで今日くらいは静かなものと思っていたが――。
「ダイアナ、これあげる」
両手に食料を抱えたダイアナは、それから更にベロニカに板のようなものを載せられる。
「なに、これ?」
「壁画の複製よ。これからは呪いの壁画ってことで売り出すみたい。ボンサックさんがお礼だって押しつけてきたのよ」
あたしを子供だと思って~~! とベロニカは地団駄を踏んでいる。そういうところが彼女を見た目相応にさせているのだが、火に油を注ぎそうなので口は閉じておく。
「服も調達しないとだから、あたしそっちを手伝ってくるわ」
「ええ。私も一旦宿に置いてきたら行くわね」
クレイモランは遠い北の地にある。これまでのような軽装で向かえば命に関わることもあるだろう。ロウの助言を経て、一人一人温かい服を購入することになったのだ。
温かい格好と言えば、一番に思い浮かぶのはベロニカのネコのきぐるみだ。ソルティコやナギムナー村など、これまでは比較的暑い場所を旅していたため、しばらくその格好は拝めずにいたが、これを機にまた着てくれないかしらとダイアナはこっそり思った。
宿までの道のりを歩きながらキョロキョロしていたダイアナだが、不意に聞き馴染みのある声を耳にし、前を向くと、イレブン、カミュ、ロウの三人が話しながら歩いてくるのが見えた。ダイアナは思わずパッと笑みを浮かべる。
「おかえりなさい!」
見たところ、三人とも怪我はなさそうだ。オーブのことを聞こうとしたが、イレブン、カミュが両側から荷物を持ってくれたので少し慌てる。
「あ、ありがとう。でも一人で持てるわ。あなたたちだって遠くに行って疲れてるでしょうに」
「ルーラでひとっ飛びだからそうでもねえよ。でもそうだな。ダイアナには代わりにあれを持ってもらおうぜ」
ちょっと気取った様子でカミュがイレブンに目配せする。「あれ」で通じたらしいイレブンが鞄から取り出したものにダイアナは目を丸くした。
「オーブ! 見つけたの!?」
「ああ。バンデルフォンの地下にまほうの扉があってな。そこの宝箱に入ってた」
「綺麗……」
パープルに輝く艶やかなオーブ。ずっしりと重たいそれは、ダイアナに旅の目的を再認識させる。
「無駄足にならなくて良かったぜ。グロッタに向かう時もとうぞくのはなが反応してたから、何かお宝があるとは思ってたけどな」
「そうなの? どうしてその時言わなかったの?」
ダイアナは純粋な気持ちで尋ねた。対して、カミュは気まずそうな顔になる。
「あの時、お前バンデルフォンの滅ぼされた理由がどうのって話してただろ? そんな話の後にお宝お宝って言えねえよ」
「そう……?」
うーんとダイアナは首を傾げる。別に悪気がある訳ではないからいいのではないか。目をキラキラさせて「お宝お宝!」と言われたら子供みたいで可愛くて許してしまいそうだが、それじゃ駄目らしい。
実際にカミュが言う場面を想像してみると、やっぱり可愛い。空気が読めないことをベロニカには呆れられそうだが、それでもダイアナは可愛いと思ってしまっただろう。恋の力は偉大だ。
緩んだ思考が表情にも表れてしまったのだろう。なに笑ってんだよ、とカミュがぶっきらぼうに突っ込む。
「だって可愛くて」
「……オレがかっ!?」
驚きのあまり足が止まるカミュ。
やっぱり可愛い。クスクス笑っていると、カミュがますます仏頂面になる。
「一体オレをどんな奴だと思ってるんだ」
「……可愛い盗賊さん?」
「ダイアナ!」
怒られると思ってダイアナはサッと逃げ出した。だが、可愛い盗賊はもちろんダイアナよりもずっと足が速い。後ろを気にして走っていたダイアナは、小さな段差に躓き、よろめいた。
「――っ!」
オーブだけは守らないと!
ギュッと胸にオーブを抱き、しかしそのせいで顔から階段に突っ込みそうな所を、カミュがさっとその腰を引き寄せた。
激しく転ぶことは何とか避けられ、ホッとしたのも束の間、カミュが勢いを取り戻した。
「お、おまっ、ヒヤッとさせんな!」
「だ、だってカミュが追い掛けてくるから~~!」
「悪かったよ……」
と一旦は素直に謝ったカミュ。だが、すぐにハッと正気に戻った。
「いや、元はといえばお前が悪いんだからな?」
「私?」
「お前が可愛いなんて言うからだろ!」
「褒め言葉なのに……」
「どこがだよ!」
わいわい騒ぎながら、カミュはさり気なくダイアナの手からオーブを持ち上げた。
「ダイアナに持たせたらまた転ぶからな」
「もう転ばないわ! ……でも、オーブじゃなくて荷物を持つことにする」
「両手は開けとかないとだろ」
「転ばないって言ってるでしょう!」
軽快にやり取りをする二人に対し、何故だかイレブンは声をかける気になれなかった。気配を殺して二人の後を歩いていると、ロウが追い付いた。
「青春じゃのう」
「……?」
分かっていなさそうな孫の肩をポンと叩き、ロウはしたり顔で提案する。
「わしらはゆっくり行くとしよう」
こくりとイレブンも頷く。再び前を見ると、西日のせいもあるだろうが、やけにカミュとダイアナの後ろ姿が眩しく見えた。