47:プワチャット遺跡
誘拐のこともあり、ダイアナはイレブンと共に情報収集することにした。道行く人に、遺跡のことやオーブのことを聞いてみるが、それらしい手がかりは何も得られない。
「ひとまず遺跡へ行ってみましょうか。皆ももう行ってるかもしれないわ」
そうしてやって来た、とてつもなく急で長い階段。ダイアナは制服なので軽装だが、重装備のイレブンはかなりきつそうだ。せめてもと彼の荷物を持とうとしたが、断固としてイレブンが断った。そこは勇者としての――いや、男としての矜恃があるらしい。
階段の途中にあるベンチで、見慣れた姿があると思ったらロウだった。ふうふうと荒い呼吸をしている。
「ロウ様、大丈夫ですか?」
「おお、ダイアナ。――いや、大丈夫じゃよ。カミュたちは既に遺跡へ向かったようじゃ。わしはしばし休憩してから向かう故、おぬしらは気にせず先に進むが良い」
それでも、心配なものは心配だ。ダイアナはロウの荷物を代わりに持って上ることにした。だが、それすらもイレブンはひょいと代わりに取り上げる。
「これくらい大丈夫よ。私、持てるわ」
「…………」
これも男の矜恃か。
ダイアナはそのままお言葉に甘えることにして、二人して頂上を目指して上った。
ようやくとたどり着いた先は、村が一望できる素敵な場所だった。火照った身体に涼しい風が気持ちいい。
「夜になったらさぞ綺麗な眺めでしょうね」
まだ点灯していない提灯。夜になれば、一転ロマンチックな景観に早変わりするのだろう。
「……ほら、泣かないの。大丈夫よ」
「パパ……ママ……ぐすっ」
風に乗って話し声が聞こえてきた。近づいてみると、泣いている女の子の前でシルビアが屈んでいるのが見えた。
「シルビアさん?」
「あら、二人とも。ちょうど良い所に来たわ。この子ったら迷子みたいなのよ。……アタシたちがついてるわ。ね? だからお名前を教えてちょうだい?」
シルビアの優しい声に、女の子はようやく顔を上げた。泣き腫らした顔で不安そうに言う。
「……メル。わたし、メルって言うの……。ここにはパパとママと一緒に何日もかけて来たの。でも……」
言葉を詰まらせ、また女の子は顔を歪めた。シルビアがよしよしと彼女の頭を撫でる。
「へきがのごりやくでお金持ちになるんだって……そう言ってパパもママもどこかに行っちゃったの……ぐすっ。ねえ、お兄ちゃんたち、お願い……メルのパパとママを……」
「大丈夫よ。安心なさい。アタシたちがあなたのパパとママを探してきてあげるわ」
ポンポンともう一度女の子の頭を撫でると、シルビアが立ち上がった。
「アタシは村の方を探すから、遺跡の方を見てきてくれないかしら。いいでしょ、二人とも?」
「もちろん」
笑顔で頷くと、シルビアは喜んで腕を組んだ。
「さっすが~! じゃあ遺跡の方はよろしくね。アタシも村の方を探したら後を追うから」
シルビアは軽やかに階段を降りていった。ダイアナはメルに片手を差し出した。
「じゃあメルちゃん。遺跡の方を探してみましょうか」
「ううん、メル、ここで待ってる。パパとママが来てくれるかもしれないから」
「でも……」
メダ女の制服を着ていたから狙われたダイアナだが、小さな女の子が誘拐されないとも限らない。ダイアナはイレブンに向き直った。
「じゃあ、私もメルちゃんと一緒にここで待つことにするわ。イレブン、遺跡の方を探してきてくれる?」
こくりと頷き、階段を降りていくイレブンを見送る。メルはどうしてかソワソワしている。
「お姉ちゃんも行ってきて。わたし、ここで一人で待てるから」
「こんな所で一人なんて危ないわ。大丈夫。二人で待ってたらあっという間だわ」
「ちっ」
舌打ちのようなものが聞こえた気がしてダイアナは目を瞬かせた。でも、絶対に気のせいだ。だってここにはメルちゃんしかいない……。
メルを見ると、彼女はにっこり微笑んだ。ダイアナも笑みを返す。まさか彼女がそんな訳もないだろうし、気のせいだ。
視線を外すと、足下に白く小さな花々がたくさん咲いているのが見えた。ダイアナはパッと笑みを浮かべる。
「そうだ、メルちゃん。花冠作ってあげるわ。私、作るの得意なの」
「はなかんむり?」
「ええ。ちょっと待っててね」
ダイアナは屈み、花を摘み始めた。真っ白い冠もいいが、色とりどりでも可愛いだろう。ダイアナは手を伸ばしてピンクの花も摘んだ。
「小さい頃ね、お城の――えっと、お庭でよく作ってて。メルちゃんは作ったことある?」
「ない……」
「じゃあ作り方教えてあげるわ。メルちゃんもお花集めてくれる? とっておきのを作って、できたらママにプレゼントしましょう」
「うん」
ちょっと落ち込んだ様子ではあるが、メルも花を摘み始めた。一緒に花冠を作って、少しでも彼女の寂しさを紛らわすことができたらという思いだったのだが……。
「ほらっ、退け、邪魔だ!」
ちょうどその時、階段を上っていた一行がシッシと手を振りながらやって来た。村の入り口でも遭遇した男だ。メルが転びかけたので慌ててダイアナが支える。
「こんな所で花摘みってビンボーくさっ」
一行は笑いながら遺跡の方の階段を降り始めた。壁画を見に来た観光客だろう。ダイアナはメルが落とした花を集めた。
「大丈夫?」
「うん……」
「なんて人たち」
壁画を見て幸福が訪れたとしても、根が変わらなければ意味がない。ダイアナがむっと一行の後ろ姿を見ていると「欲に塗れた塗料風情が」とボソッと聞こえてきた気がして振り返った。
「……? お姉ちゃん、どうしたの?」
「……ううん、なんでもないわ」
メルに愛らしい笑顔を向けられ、ダイアナはまた苦笑した。ちょっと耳の調子が悪いようだ。
気を取り直して、ダイアナたちはまた花摘みに戻った。メルに喜んでもらいたくて、ダイアナは特に可愛い花を集めるのに夢中になった。だが、それがまずかった。時間にするとほんの僅かだっただろうが、振り返るとメルがいなかった。もしかして崖から落ちてしまったのかと青い顔で覗き込むが、幸いなことにメルの姿はなかった。だが、彼女が行方不明であることには変わりない。
「メルちゃん? メルちゃん!」
物陰も少ない頂上を探しきるのはあっという間だった。それでも彼女はどこにもいない。待ちきれず、両親を探して一人遺跡の方へ行ってしまったのか。
血相を変えてダイアナは階段を駆け下り、遺跡へ向かった。遺跡の前ではイレブンたちが集まっていて、ダイアナは泣きそうになりながら駆け寄る。
「イレブン! メルちゃん! メルちゃん見なかった!?」
「メルちゃんって……イレブンが話してた女の子? 探してるのはその子の親じゃないの?」
「そうなんだけど……でも、目を離した隙にメルちゃんがいなくなっちゃって……どうしよう、誘拐でもされたら……」
「ひとまず手分けして探そうぜ。まだ村からは出てないはずだ」
「イレブンちゃーん!」
カミュの言葉に皆が動き出そうとしたところで、遠くからシルビアが駆けてきた。
「駄目。こっちは収穫なし。イレブンちゃんたちの方は?」
「シルビアさん、それが、メルちゃんまでいなくなっちゃったの。私が花を摘んでて目を離しちゃったから」
「あら……それは心配ね。でも、アタシも階段を上ってきたけど、メルちゃんの姿はなかったわ。不思議ね」
シルビアは首を傾げるが、考えていても仕方がない。村への方へ向き直った。
「じゃあ皆でまた村の方を探してみましょう。メルちゃんとそのご両親。大丈夫よ、ダイアナちゃん。もしかしたらメルちゃん、パパとママを見つけて行っちゃったのかもしれないし」
「……ええ……」
僅かでもメルから目を離してしまったのが悔やまれる。怖い目に遭ってなければ良いのだが……。
村へ続く階段を降りていると、途中、ロウとマルティナにも遭遇したので、一緒にメルの捜索をお願いした。総勢八名での捜索だったが、それでもメルも、そしてその両親の姿も見つからなかった。
「イレブンも駄目だった?」
力なく首を振るイレブンに、ダイアナは焦燥感を禁じ得ない。
「もしかしたら村の外に出ちゃったのかも……。私、ちょっと見てくるわ」
そうでなくとも、誘拐の可能性だってある。ダイアナは客引きに掴まっているカミュの横を足早に通り過ぎた。
「うふ♡ サービスするわよ」
「いや、オレはだな……って、ダイアナ? どこへ行くんだ?」
「外を探してみるわ。もしかして外に行っちゃったのかもしれないし……」
「さすがに頂上から外まで歩いていたら誰かが見てたはずだぜ。もう暗いし、今日は一旦休もう。この子が働いている宿屋は村一番の宿屋らしいぜ。村人から話を聞いても手がかりは掴めそうもないし、な、イレブン?」
「おやおやー。あなたたち、旅の人だよね? 宿をお探しで?」
急に話しかけてきた男性に三人はきょとんとする。男性はカラカラと笑った。
「……ありゃ、これは失礼。わたしゃこの村で商人やってるボンサックと申します」
「私たち、宿も探してるけど、迷子の女の子も探してるんです。メルちゃんっていうこのくらいの背丈の子、見ませんでしたか?」
「この村で人を探してると? いやー、ちょうど良かった! あなた方は実に運が良い!」
「何かご存知なんですか!?」
勢い込んで尋ねるダイアナを、ボンサックはまあまあと押し止める。
「ええ、知ってますとも……ウチの嫁がね。あいつはこの先で宿屋をやってましてね。職業柄か耳が早いのなんの! 人の出入りならなんでも知ってる! あの宿に泊まれば迷子だろうが思い人だろうが、すぐに見つかりますよ。しかもフカフカのベッドまでついてくる! 今後もごひいきにしてくださるなら、初回に限ってなんと宿泊料をタダに! これはもう泊まるしかないですよね!?」
商人らしく、ボンサックはあまりに早口だ。ダイアナがポカンとしているうちにカミュとイレブンが相談して決めた。
「どちらにせよもう遅いし、泊まらせてもらおうぜ。タダなのはありがてえ。女の子の情報も聞けるかもしれねえし」
「はい、決まりー。ウチの嫁には伝えておきますので、いつでも好きな時にいらしてくださいな!」
ボンサックは手を振ると、颯爽と宿屋の中へ入っていった。
「……じゃあ私、先に宿の方に行ってくるわ。メルちゃんのこと聞きたいの。イレブンたちは皆に知らせてあげて」
イレブン、カミュと別れ、ダイアナも建物の中へ入った。一階は大きな酒場になっているらしく、大変賑わっている。邪魔にならないよう、二階へ続く階段を上る。
受付へ行くと、女性が朗らかな笑みで出迎えた。
「いらっしゃいませ。こちらは宿屋になります。主人から連絡は受けております。宿泊のお客様ですね?」
「こんにちは。ボンサックさんから、あなたが迷子のこと、何か知ってるかもって聞いたんですが……」
「……え、私が迷子の行方を? 一体何のことでしょう? ……あっ! さてはまた主人の仕業ね。あの人ったらお客さんを呼ぶためにすぐ適当なことを言うんですよ」
申し訳なさそうに謝られ、ダイアナは肩を落とした。そんなにうまい話があるかと思っていたが、やっぱりこうなってしまうとは……。
「ごめんなさい……。私にはその迷子のことは分かりません。……お詫びといってはなんですけれど、初回の宿泊料は無料で結構ですので、ぜひ泊まっていってください。何名様でご宿泊ですか?」
「あ、でも八人なんです。さすがにそんなに大人数は申し訳ないので――」
「とんでもありません! 主人がご迷惑をおかけしてこちらこそ申し訳ありません。ちょうど空き部屋もありますし、お部屋の準備もできていますよ。ぜひ泊まってください」
「じゃあお言葉に甘えて」
宿泊料が無料なのは素直に嬉しい。だが、やはりメルを見つけることができなかったのが残念だ。何事もなければ良いのだが……。
イレブンたちとも合流し、一行はそのまま宿に一泊することにした。食事も酒場で済ませ、後はもう寝るだけと皆は部屋に向かうが、ダイアナは一人その流れに逆らってこっそり宿を出た。どうしてもメルのことが気になって仕方がないのだ。最後にもう一度だけ高台を見に行ってみようと思っただけなのだが、後ろから声をかけられる。
「どこに行くつもりだ?」
「カミュ……」
「女が夜中に出歩くもんじゃねえ。それにイレブンに聞いたぜ。お前、今日誘拐されそうになったんだろ?」
「…………」
「気持ちは分かるが、この暗闇じゃ見つかる者も見つからねえよ」
カミュの厳しい監視の目があっては、高台を見に行くこともできなさそうだ。項垂れ、諦めようとした矢先、カミュが先にため息をつき、唐突に歩き始めた。
「えっ、どこに行くの?」
「高台。見に行きたいんだろ?」
「いいの?」
「今回だけだぜ」
「ありがとう!」
途端にダイアナは元気になって、カミュの隣まで足を速めた。
「そもそも、不思議なもんだよな。ちょっと目を離した程度で姿を消すなんて」
「もしかして、抜け道があったり……?」
ちょうど誘拐犯がその話をしていたので――もちろん嘘の可能性は大だが、ないとも言い切れない。
「かもしれないな」
そうして足早に高台に向かった二人だが、やはりメルの姿はない。月明かりの中、手探りではあるが、抜け道がある様子もない。
「あんまり気に病むなよ」
「……ええ」
カミュにそう声をかけられるが、それでもダイアナは浮かない顔で高台から村を見下ろす他なかった。