44:怪鳥の幽谷
メダル女学園のホテルでしっかり身体を休めた後、いよいよ怪鳥の幽谷に向けて旅立った。人が立ち入らないと言われているだけあり、細い橋を渡ったり、切り立った崖を歩いたり、谷へ向かうだけでなかなか骨が折れる。
いざ谷へ到着しても、一筋縄ではいかない。怪鳥の幽谷、と名がついているだけに、生息している魔物は鳥が多く、飛ばれると、イレブンやカミュの攻撃が届かない。とはいえ、そんな時に大活躍だったのがダイアナの弓だ。逃げ惑う魔物にも、頃合いを見計らって隙を突こうとする魔物にも的確に矢を射ることができた。今までになくダイアナは張り切って先頭に立った。
しかし、順調に進んだのも序盤だけ。目の前に立ちはだかる大きな崖には、為す術もなく足を止める他なかった。
「どうやって先へ進めばいいのかしら。さすがにこの崖は登れなさそうだし……」
辺りを見回したダイアナは、しかしすぐにあるものに目を留めてにっこり笑った。
「マルティナお姉様、安心して。こういう時こそイレブンの出番よ」
「イレブンの……?」
勇ましいかけ声と共に、イレブンが今まさにパールモービルを仕留めたところだった。ぐったりするパールモービルを容赦なくこじ開け、イレブンは中へ身を滑り込ませる。
「――何をしてるの!?」
「イレブン、おぬし正気か!?」
「マルティナちゃんとロウちゃんは見るの初めてよね」
しみじみとシルビアが言う。彼もまた、イレブンの大胆な奇行にかつて驚かされた一人だ。
呆気にとられるマルティナ、ロウを置いてけぼりに、イレブンは上手にパールモービルを操作し、見事崖の上までジャンプした。パールモービルから降り立ち、得意げに見下ろしている。
「……? イレブンの出番って、でも、私たちもあそこへ行くには同じようにしないと……なのよね?」
「そういえばそうですわね」
こてんとセーニャが首を傾げる。何だか誇らしい気持ちでイレブンの所業を見守っていたが、彼一人だけが先へ進めるようになっても意味がない。自分たちだって崖の上へ行かなければ。
「……私たちも、あの中に?」
躊躇いがちにマルティナが言う。彼女の言葉が身に染みて皆の中に入り込んでくる。
そういえば、これまでイレブンが魔物に乗っている姿は幾度となく見てきたが、自分たちが乗ったことは一度だってない……。乗らないと、いけないのだろうか?
「ええい、ままよ! こうしてはおられぬ、わしも孫に続くぞい!」
近くを歩いていただけの哀れなパールモービルを倒し、ロウは崖の上まで飛び上がった。さすがはイレブンの祖父。思考に柔軟かつ操縦も上手すぎる。
ただ、ロウの言うことも一理ある。いつまでもこの場でうだうだしているわけにもいかない。カミュやシルビア、女性陣も、躊躇いがちではあるものの、何とかパールモービルを操縦して崖まで上がってくることができた。たったこれだけのことなのに、なぜかものすごく疲れたような気がする。
「さあ、先へ進もうぜ」
カミュに促され、皆はぞろぞろと洞窟へ向かった。その傍らには「危険! 無闇に立ち入るべからず!」と書かれた不吉な看板もある。
こんな看板が設置されるくらい、ここのごくらくちょうは凶暴なのね、と改めてその危険性を認識したダイアナはあっと足を止めた。看板、看板――メダ女の新聞!
急いで看板の裏に回ってみれば、そこには確かにメープルの言っていた壁新聞が貼り付いていた。湿気にあてられ、少し字が滲んではいるものの、それでも読めないことはない。
「イレブン、見つけたわ」
イレブンの服の裾を引っ張り、ダイアナは囁いた。イレブンは頷き、こっそり皆の後ろにつく。ブリジットの頼み事は、たとえ仲間といえど、無闇やたらに話すものではないだろう。
皆が洞窟の中へ入って行ったのを確認し、二人は新聞に目を通した。
〜お悩みその1 質問者プリプ♡リップ〜
年上の種族も違う男性に一目惚れをしてしまいました。ですが、彼の隣にはとてもお似合いな女性がいて、二人で旅をしていたようなんです。一時は諦めようとも思いましたが、彼のサラサラストレートヘアが忘れられません。わたくしは一体どうすればよいでしょう。
プリプ♡リップちゃん、こんにちは。あなたのお悩みの答えは簡単ね。愛に年の差や種族は関係ないの。たとえその彼にお相手がいたとしてもね。だって、まだその彼女が恋人かどうか分からないんでしょう? 恋はアタックあるのみよ! 何がきっかけで振り向いてくれるかも分からないんだから。まずは、どんなことでもいいからその人と秘密を共有してごらんなさい。人は秘密を知るとドキドキするの。そのドキドキを恋と思い込ませてしまえば、プリプ♡リップちゃん、あなたの勝ちよ! 頑張って! 成功を祈っているわ!
全てを読み終えると、ダイアナは目を閉じ、頭を抱えた。
――分かってしまった。ブリジットの恋のお相手が誰なのか。
ダイアナはそーっとイレブンの方を盗み見る。何やら彼は非常に嬉しそうだが、これは確実にブリジットに良い報告ができることへの満足感故だ。あのイレブンがこの新聞の真実に気付けるわけがない。
ふうとダイアナは再び新聞に目を戻す。
ここに出てくる女性とは、確実に自分のことだろう。イレブンを見るたびに顔を赤らめ、そしてダイアナと話すイレブンを見て何度悲しそうな顔をしていたことか。その理由がこれなら、考えるまでもない。彼女はイレブンに恋をしているのだ。
ブリジットがわざわざイレブンに新聞のことを相談したのも気になる。彼女は、イレブンに恋心に気づいてほしかったのだろうか? そして、ダイアナには宣戦布告というか……ライバル宣言がしたかった……とか?
ややこしくなってきてダイアナはむむっと考え込む。まずは新聞の回答を伝えた上でブリジットの誤解を解く必要があるだろう。彼女の恋を積極的に応援するわけではないが、ダイアナも片思いをする身。ありもしない誤解に頭を悩ませて苦しませるのは胸が痛い。
どのように誤解を解くべきか、うんうん唸りながら考えていると、洞窟の奧からベロニカの声が響いてくる。
「ちょっと、二人とも~? そんな所で何してるのよ。置いてっちゃうわよ」
「今行くわ!」
ひとまずこのことは後で考えることにして、ダイアナたちは皆の後を追った。
洞窟を抜けた先は大きな川が流れる谷になっていた。両側にそびえ立つ崖は険しく、パールモービルでも登れそうにないので、仕方なしに川沿いを南に下る。
「これ、進んでることになるのかしら? 入り口の方へ戻っちゃってない?」
「どこかに上へ上がれる道があれば良いのですが……」
人が立ち入らない場所だからこそ舗装もされていないのだ。ごくらくちょうの住処は、きっと高い場所にあるはずだ。となると、最悪この崖を登るしかないのか。
「崖……崖?」
ふとダイアナは考え込む。崖というか、壁というか、とにかくまさかそんな所を登ってきたのか、と驚き戸惑ったことがかつてあったような……。
とその時、視界に飛び込んできたのは、骨でできた乗り物を乗りこなす魔物。ダイアナはあっと叫んだ。
「イレブン! エビルドライブ! エビルドライブだわ!」
「どうしたのよ、急に」
見れば分かるわよ、とベロニカに突っ込まれるも、ダイアナは気にしない。
「前みたいに、エビルドライブに乗れないかしら? ほら、地下迷宮の時みたいに」
「あっ!」
イレブンだけでなく、カミュ、ベロニカも合点がいったと頷く。宝箱に目を眩んだイレブンが何度も落とし穴に嵌まったことは、仲間が八人にも増えた今になってみればかなり昔の話だが、それでも強烈に記憶に残っている。イレブンとカミュがスカルライダーに乗って壁を駆け上がってきたことも。
「地下迷宮の話は分からないけど、パールモービルの時と同じように乗るってことね?」
いち早く事態を察したマルティナが、かけ声と共にエビルドライブに蹴りを放った。魔物の方は尻尾を巻いて逃げだし、骨の乗り物だけが残る。
「でも、本当にこんなに高い壁を登れるんでしょうか? それに、操縦が難しそうですし、もし落ちてしまったら……」
セーニャが不安そうに言った。山育ちの彼女だが、高い場所が苦手でないわけではない。そんな時、イレブンがポンとセーニャの肩に手を置く。
「え? 一緒に乗ってくださるんですか? ありがとうございます! とても心強いですわ」
戦闘も鍛冶も操縦もピカイチなイレブン。セーニャは安心してイレブンの後ろに座った。そして怖くないようにギュッと目を瞑り、彼の身体に思い切り抱きつく。それを見ていたカミュは思わず「役得だな」と呟いた。
「なに、羨ましいの?」
「ちげえよ!」
「これだから男って」
ベロニカはやれやれと首を振る。カミュは腕を組んで口角を上げた。
「心配しなくても、ベロニカは妹にしか見えねえからな」
「あっ、そういうこと言うんだ」
ふーん、とすっかりへそを曲げたベロニカは、さっさとカミュから離れてロウに駆け寄った。
「おじいちゃーん! あたしと一緒に乗りましょ!」
「あ、おい、待てベロニカ! お前がそっち行ったら……」
イレブンたちが崖を登った後、次に向かったのはダイアナとマルティナだ。きゃあきゃあ言いながら崖を登っている二人は何とも楽しそうで微笑ましいが、しかし問題は――。
「じゃあアタシはカミュちゃんとね。カミュちゃん、よろしくね♡」
「…………」
残されたのがカミュとシルビアであるということだ。他の面々は、男女であったり、姉妹であったり、祖父と孫のような組み合わせであったり、微笑ましいものばかりなのに、自分たちは男同士――いや、男女?――なのは些か虚しい。
「なんでオレはおっさんとなんだ……」
「あらあ、カミュちゃん。アタシじゃ不満? 失礼しちゃうわねん」
しかも自分が後ろという屈辱感。シルビアがハンサムスーツを着ているせいもあり、後ろで掴まるカミュはまるで――。
「お姫様みた〜い」
崖を登り切った時、ベロニカがいち早く声をかけたのでカミュの機嫌は最悪だ。ムスッとしかめっ面をするカミュは、怖いどころかむしろ可愛く見えて、いよいよ自分も引き返せないところまで来たなとダイアナは遠い目をする。
「でも、もう日が暮れてきたわね。どこかで一休みできると良いけど」
「洞窟の入り口にキャンプはあったけど、さすがに今来た道を戻るわけには……」
「エビルドライブでまた戻ってこられないかしら?」
マルティナの意見に、皆は一旦崖の上から入り口の方へ戻ってみることにした。だが、先ほどの崖よりも更に急斜面なその崖は、エビルドライブで登るのは些か無謀にも思える。
魔物に襲われる危険性はあるが、この辺りでキャンプをするしかないかと思われた時、セーニャが楚々と一本の木に近づいた。
「皆様、ここにツルが茂ってますわ。これを下ろしたらまた戻ってこられないでしょうか?」
「セーニャ、やるじゃない! そういえば、ラムダでも同じような木があったわね」
「はい。小さい頃ツルで遊んだのを思い出して」
「登ったは良いけど、降りられないってセーニャが泣いてたのを思い出すわね」
しみじみと言うベロニカは、イレブンの後に続いてツルを降りた。目の前がすぐキャンプ地だったので、日が完全に落ちないうちに一行はキャンプの準備を始めた。
「そういえば、この八人でキャンプするの初めてじゃない?」
「言われてみれば……」
船を入手してからというもの、陸路を旅することは少なくなったし、イレブンのルーラも非常に便利で、町と町を行き来する中でわざわざキャンプをすることもない。ロウとマルティナが仲間になってから初めてのキャンプと言えるだろう。
「マルティナと二人で旅をしていた頃と比べると、随分賑やかになったものじゃ。ほっほ」
「賑やかすぎて飯作るのも大変だけどな」
料理が苦手な人が多いので、いつの間にか料理担当になりつつあるカミュが口を挟む。イレブンやベロニカはそーっと視線を外した。
その日の夕食についてはカミュとマルティナがテキパキ料理を作り、その他の面々はテントを建てたり水を汲んだりと雑務をこなして夕食が出来上がるのを待った。
一段落つくと、焚き火を囲って各々が丸太の上に腰を下ろす。トロトロに溶けたチーズをパンに挟みながら、突然口火を切ったのはロウだった。
「そういえば、イレブンはガールフレンドが一人もおらんのか?」
何となく場がシンと静まりかえる。少しだけ緊張感も走った。何せ、ロウとマルティナが仲間になるまで、シルビアを除き、皆が十代のこのパーティーにおいて、恋という浮いた話は今までにほとんどなかったのだから。女性陣同士で話す機会はあれど、異性がいる中での話題となると初めてだ。気恥ずかしいというか気まずいというか、「仲間」という間柄だからこその絶妙な均衡が今、ロウによって崩されようとしている。
「恋はいいぞ~。心を豊かにしてくれるのじゃ。わしがお前くらいの時にはそれはもうモテモテじゃったからガールフレンドはたくさんおったぞ。イレブンはガールハントをせんのか? わしがお前くらいの歳じゃったら、メダ女の生徒さんみんなとお友達になるがの~」
「ロウ様、イレブンに変なことを教えないでください」
マルティナに窘められ、ロウは口を噤んだ。だが、それで諦めたわけではない。マルティナの守備範囲外を狙ったのだ。
「カミュはどうじゃ?」
突然自分に矛先が向けられ、カミュは気まずい顔で短く答える。
「いねえよ」
「好いた女子もおらんのか?」
「いねえって」
恋人、いないんだ……。
ダイアナはゆるゆると頬が緩んでいくのを堪えるので必死だった。まあ、考えてみれば、カミュは一年デルカダールの地下牢にいて、旅に出てからもそんな素振りはなかったので、これでいると言われたらショックだ。でも、きっちり彼自身の口で否定してくれたので、ダイアナは胸の辺りが落ち着かなくなった。
「なんじゃ、おぬしたちはみんな草食系とな? つまらんのう。そんなんじゃ楽しみがないじゃろうて」
「じいさん、オレたちそんなことにうつつ抜かしてる場合か?」
「それはそれ、これはこれじゃ。恋に落ちたら人は抗えぬものじゃよ」
そ、そんなこと……。
カミュの生真面目な言葉にダイアナは勝手にダメージを負い、ロウの言葉に少し元気を取り戻した。恋愛にうつつを抜かしている場合ではない――確かにそうだ。だが、ダイアナとてカミュに恋をしたのは不可抗力なのだ。恋をしているからといって、旅の目的を阻害するようなことはしていない……と思うので、どうか見逃してほしい。
ただ「恋をすると心が豊かになる」というロウの言葉は胸にしみじみと染みた。デルカダールで暮らしていた頃と比べると、仲間との旅はそもそも賑やかで楽しいものだったが、カミュのことが気になり始めてからというもの、自分が自分でないような、いつも浮き足立っているような、そんな新鮮な感覚になることばかりだ。
カミュの言動に一喜一憂する自分が気恥ずかしくもあるが、楽しくもある。彼の傍にいられて、彼と話ができて、彼の優しさや気遣いに触れるたびに心がふんわり温かくなる。その毎日が何物にも代えられない、ダイアナにとっては大切な宝物なのだ。
――でも、カミュに恋人ができたらこんなことも言ってられなくなるのかしら。
そう考えると、ダイアナは再び落ち込んだ。カミュに恋人ができた時の自分は、きっと目も当てられない有様になるだろう。
ちら、と視線を上げてカミュの方を見ると、偶然にもその時ちょうど視線を巡らせていたカミュと目が合った。思いがけない偶然にダイアナは動揺を抑えられない。
「…………」
にへらっと笑うと、おかしな奴だな、と言わんばかりに小さく笑い返し、カミュはそのまま何事もなかったかのようにイレブンに話しかけた。
せっかくの偶然だったのに、そこで話しかけられないから私は駄目みたい、とダイアナはため息をついた。
カミュとどうこうなりたいというのは今はまだ考えられないが、世界が平和になり、この旅に終わりが来た時、もしも勇気が出たら……。
そんな未来を想像しながらダイアナはその夜眠りについた。ブリジットやロウの恋バナに当てられ、すっかりその日は恋愛脳になってしまっていた。
キャンプで英気を養い、一行は翌朝元気よく出発した。
崖を降りたり、洞窟を進んだり、川を渡ったり……。最後に岩場を登れば、ようやく最奥と見られる場所にたどり着いた。
八人を待ち受けるは、中央の大木で羽を休めていた巨大なごくらくちょう。
「キーッ! 何をしに来た、人間め! このお宝は渡さないぞ!」
大木の足下にはキラキラ光る何かが置かれている。それを隠すかのように二体、新たにヘルコンドルが舞い降りた。
「そう簡単には渡してくれないってわけね。イオラ!」
開幕一番、ベロニカが勇ましく爆発を巻き起こした。だが、そこはさすが身のこなしの軽い鳥の魔物。空高く羽ばたいて爆発を躱すと、激しいベギラマで反撃に打って出た。危うく服が焦げ付きそうだったシルビアは慌てて身を翻す。
「いやん、もう! お行儀の悪い子にはお仕置きしなきゃね♡ マルティナちゃん!」
シルビアのバイシオンを受け、マルティナは素早く駆け出し、ヘルコンドルたちとの距離を詰める。そして枯れ木を足場に空高くジャンプすると、ヘルコンドルに強い一撃を与えた。空飛ぶ魔物と戦っているとは思えない軽い身のこなし。だが、マルティナが態勢を整える隙を見計らってか、ごくらくちょうがその鋭い爪でわしづかみにしようとしてきた。マルティナもその一撃はヤリで防ぐも、背後からのヘルコンドルの爪には気付かない。
「お姉様!」
鋭い弓矢が走り、ヘルコンドルの羽の付け根に直撃した。
「キエーッ!」
甲高く、苦しげな悲鳴にマルティナはハッと身を翻し、ヤリをくるりと持ち替え、ヘルコンドルに切りつけた。
「助かったわ、ダイアナ!」
「お前の相手はオレたちだ!」
またもごくらくちょうがマルティナを狙っているので、カミュとイレブンがその間に割って入る。そして息を合わせ、矢継ぎ早に攻撃を繰り出していく。はやぶさ斬りと二刀流、少しずつ、しかし確実にその攻撃はごくらくちょうの体力を奪っていく。
「ええい、小癪な!」
羽ばたき、風を巻き起こしてイレブンたちの視界を阻害すると、ごくらくちょうはベホマラーを唱えた。みるみる彼らの傷が癒えていく。
「そうはさせません!」
セーニャがバギマで対抗し、今度は魔物たちの体勢を崩した。そこにロウのヒャダルコが追撃する。ごくらくちょうが怒りの咆哮を上げる。シルビアがハッとして叫ぶ。
「あっついのがまた来るわよ!」
「マジックバリア!」
すんでの所でベロニカが張ってくれたバリアに守られ、イレブンとカミュは再び攻勢に転じた。ダイアナとベロニカ、そしてロウの遠隔の援護もある。ごくらくちょうが悲鳴を上げて地に伏すのは早かった。
「ハーッ!」
華麗なムーンサルトを決め、マルティナはトンッと地面に降り立った。ほぼ同時に目を回したヘルコンドルがバッタリ倒れた。もう一体の残りのヘルコンドルも、バイシオンで力を攻撃力を強化したイレブン、カミュの攻撃に太刀打ちできず、尻尾を巻いて逃げ出した。
「ふう。なかなか手強かったわね。目覚めないうちに早く確認しましょう」
ごくらくちょうらの脇を通り、マルティナが屈んでガラクタの山から光る何かを取り出した。ベロニカがあっと声を上げる。
「シルバーオーブ! ついに手に入れたわね! まさかこんな所にオーブがあるなんて思ってもみなかったわ」
「これでまた命の大樹に一歩近づきましたわね」
「それにしてもおっさん、さっきの戦い、どうしたんだ? 攻撃はやたらオレたちに任せて……。調子でも悪かったのか?」
「うっ」
確かに、言われてみればシルビアは補助ばかりだった。いつもならイレブン、カミュに合わせてムチで援護することもしばしばだったが……。
「アタシ、苦手なものってあんまりないけど、鳥だけはどうしても駄目なのよ。アタシの瞳が宝石のようにきらめいているのが原因かもしれないけど、鳥にはよく突かれちゃうのよねえ」
冗談めかして言っているが、鳥が苦手と言われればすんなりと納得してしまった。怪鳥の幽谷というだけに、ここは鳥の魔物が多かったが、シルビアはずっと後方からの支援ばかりだったのだ。
「なるほどな。でも、それに比べて、ダイアナは随分頼もしかったな。かいしんのいちげきも出せるようになってきたし」
「そ、そう……?」
カミュに褒められ、ダイアナは照れ照れと笑った。もともと弓は空を飛ぶ魔物にはとても相性が良く、イレブンやカミュの刃先が届かずとも、羽を狙って撃ち落とすことも可能だ。そういうこともあり、ダイアナは船上やこの幽谷でも率先して先陣を切っていたのだが、その効果が出てきたのだろうか。
回復も補助もちからも何一つ抜きんでず、誰にも敵わなかったダイアナだが、弓なら。急所を狙うことに関しては。
失いかけていた自信を取り戻し、ダイアナは晴れやかに笑った。