43:メダル女学園

 ここより遙か西、海にそびえる光の柱の先に、少女たちが集う華やかな場所がありますわ――セレンの助言に従うまま、一行がやって来たのはメダチャット地方だった。

 立て看板を見てここがどこかを知ったダイアナは、急にソワソワし出した。

「ここ、メダチャット地方だったのね。女王様が仰っていたのはメダル女学園のことだったんだわ」
「メダル女学園って、ソルティコでも聞いた名前ね。有名なの?」
「ええ、とっても。立派なレディになるための学び舎なんだけど、全寮制で女性だけが入学できるの」
「私たちの母もそこの卒業生だって聞いたことがあるわ」

 マルティナの言葉にダイアナはこくこくっと頷いた。

「そう、それを聞いて私もメダ女に興味を持ったの。同年代の友達が欲しくてここに入学したかったんだけど、いろいろあって難しくて……」

 要は、父に反対され、叶わなかったのだ。だが、今思うとそれはそれで良かった。メダ女に入学していれば、今ここでこうしてイレブンや姉と旅ができていなかっただろう。

「結局一度も来ることができなかったから、こうして来られて嬉しいわ」
「しかし、何だって女王様は――メダ女だっけか?――行くよう言ったんだ? 学校に何があるってんだ?」
「メダル女学園の主――校長先生かしら。その方にお会いすれば何か分かるかもしれないわね」
「ね、早く行きましょう!」

 カミュ、マルティナの真面目な話などてんで耳に入っていない様子のダイアナ。いつになくはしゃいでいる。その勢いに引きずられるようにして一行は木立を進む。青々と茂った木々が立ち並ぶ小道は、まるで一枚の絵画のように美しい。

 ダイアナがほうっとため息をついた。

「ここも写真の通りだわ! なんて素敵な……あっ! あれがメダル女学園ね!」

 大きな門構えの先には、古風な建物が建っている。広々とした校庭に、丁寧に手入れされている花壇。さすが由緒ある女学園といったところか。

 校庭では、複数の女生徒が並んで立っていた。皆同じ制服を身に纏っている。ダイアナが黄色い声を上げた。

「あの制服! あれも憧れだったの! かの人気デザイナー、カルバン・ジャンポルテがデザインしたもので、とっても可愛いの!」
「カルバン……?」
「ジャンポルテ?」

 ベロニカとセーニャが思わずと呟く。聞き馴染みのない名前らしい。それともダイアナの勢いに圧倒されているのか。

 ダイアナがうっとりと眺める先では、小柄で恰幅の良い男性が中央に立ち、指揮を執って女生徒らが歌い始めた。

「しらかばの森にー♪ こもれびの花ー♪ スズランのベルを風が鳴らすよー♪」

 巷でも有名なその校歌は、旅芸人たるシルビアも知っているものだった。だが、さすがにダイアナが一緒に口ずさみ始めた時には苦笑するしかない。一体どれだけメダ女に憧れていたのか、と。

「はい、皆さん、よくできましたな。今日も一日素敵なレディを目指して頑張るのですな」
「きをつけ。ごきげんよう」
「ごきげんよう!」

 お淑やかに挨拶をした女生徒らは、しかし挨拶が終わるとピューッと駆け出して校内へ入っていった。先ほどまでのお嬢様然とした佇まいはどこへやら、である。

 しかし、彼女たちはまだ成人にも満たない少女たちだ。それを思えば微笑ましいもの。白髭を蓄えた男性も彼女たちをにこやかに見送った後、ようやくイレブンたちの存在に気づいた。

「やあやあ。お客さんとは珍しい。何かご用ですかな?」

 そうしてゆっくり歩み寄ってきた男性は、その視界にイレブンを映すとカッと目を見開いた。

「……むむむ! 旅の方! 分かります……私には分かりますなっ! すーーーーんばらしい!! あなたはとんでもない才能を秘めておりますな!!」
「おっさん……一体どうしたってんだよ」

 驚いて声も出ない様子のイレブンの代わりに――いつものことだが――カミュが尋ねた。男性は口を開きかけたが、しかしすぐに首を振る。

「話せば長くなります。こんな所で立ち話はなんですな。校長室にいらしてくださいな!」

 それだけ言うと、ルンルンとスキップしながら男性は校内へ入っていく。カミュは頭を掻いた。

「まさか、あのおっさんが校長……? 全然そうは見えねえな」

 だが、少なくとも好意的には見えたため、ひとまず校内へ向かうことにする。

 木造建ての学園は、板張りの床の上に絨毯が敷かれ、趣のある雰囲気だ。玄関で慌てて靴の汚れを落としたのはダイアナだけではない。

「全員で押し掛けるのもなんだから、アタシたちはここで待ってるわね、イレブンちゃん」

 校長室へ入って行くイレブンを見送り、他の皆はしばし手持ち無沙汰になる。ダイアナがまたもソワソワし出した。

「私、イレブンが戻ってくるまで校内を見学しててもいいかしら?」

 瞳をキラッキラに輝かせてそう言われ、駄目だと首を振れる人が一体どこにいるだろう。

 満場一致で了承を得ると、ダイアナは足取り軽く校内を歩き始めた。後ろからマルティナが小走りに寄ってくる。

「私も一緒にいいかしら?」
「お姉様! もちろんよ!」

 母の母校を姉と一緒に見て回れるなんて素敵な機会を無碍にするわけがない。ダイアナは喜んでマルティナと肩を並べる。

「お姉様はメダ女に来たことはあるの?」
「私も初めてよ。お母様から少し話を聞いたくらい。ここで得た友達は一生の宝物だって言ってたわ」
「宝物……」

 ポツリとダイアナは呟く。友達がいたことがなかったので、それと宝物がどうも結びつかない。だが、宝物と言われて、思い浮かぶものならある。

「私……じゃあ、みんなのことが宝物かもしれないわ。イレブンやお姉様や――みんな。不思議な巡り合わせだったけど、一緒に旅ができて嬉しいわ」

 パッとマルティナを見ると、彼女はきょとんとしていた。自分が何を口走ったのか徐々に理解し、ダイアナは頬を赤くした。

「……ちょっと恥ずかしいこと言っちゃったかも。みんなには内緒にしてね?」
「……さあ、どうしましょうか」
「お姉様!」

 距離が近くなってきたことの表れなのかどうなのか、マルティナは最近よくダイアナをからかってくる。嫌なわけでは決してないが――でも、ちょっとくすぐったい。

 マルティナにコロコロ笑われながらダイアナは西の扉を開けた。食堂と宿が隣接された場所のようで、客人にも開放されているようだ。ソルティコのホテルを思わせる内装で、生徒が一堂に会する場所のためか広々としている。入ってすぐに感じたのは、香ばしいお肉の香りだ。夕食の下ごしらえでもしているのだろうか。

「とっても良い匂い……。メダ女なら、きっと給食もすごくおいしいんでしょうね」

 昼食を食べたばかりだが、それでもダイアナは匂いに釣られて空腹を実感した。じいっとキッチンの方を眺める二人に、女生徒が一人近寄ってきた。

「お姉さんたち、メダ女の給食に興味があるの?」
「え? ええ。とっても良い匂いがするなって思ってたの」
「ここの宿に泊まれば給食を食べられるよ! わたしゃ、給食委員長のメイジーだわさー! 委員長としては、ぜひメダ女の給食の良さを世界に広めてほしいのさー!」
「そうなの? それは知らなかったわ。私も一度メダ女の給食を食べてみたいって思ってたの」
「イレブンと相談してみましょうか。次の目的地はまだ決まってないから、ここで宿を取っても問題ないと思うの」
「ええ、聞いてみる!」

 母の母校に泊まって給食なんて素敵すぎる。何としてもイレブンを説得してみようと思いを胸に二階へ続く階段を上った。

「見て、ダイアナ! これ、歴代の卒業生の写真よ。この中にお母様がいるかもしれないわ」

 階段を上った先の長い廊下――そこに、額縁に入れられた写真がずらりと並んでいた。構図はどれも同じだが、同じ写真は一つとしてない。校舎を背に、校庭で女生徒たちが並んで立っている。皆みずみずしい笑顔だ。

 一枚一枚見ていくと、やがて母が映る集合写真を見つけた。髪はマルティナそっくりだが、雰囲気や顔立ちはダイアナに似ている。

「綺麗な黒髪……真っ直ぐで艷やかだわ。ちょっと羨ましい……」
「あら、あなたの髪だって柔らかくていいじゃない。華やかだし、とても似合ってるわ」
「ありがとう……。でも、短くしてからよく跳ねちゃうの。癖っ毛だから……」

 デルカダール城にいた頃は、毎日丁寧に手入れしていたので――跳ねるほど短くなかったというのもあるが――それほど癖がつかず、緩やかにウェーブを描いていたのが、短くしてからというものの、朝は跳ね放題だ。乾くのが早いので、短いのも楽ではあるが、身だしなみを気にする年頃なので、もう少し落ち着きのある髪になってほしいとも思う。

 図書室や教室や、まだ他に気になる所はたくさんあったが、仲間を待たせるわけにはいかないのでそろそろ戻ることにした。

 一階の玄関まで歩いて行くと、ちょうどイレブンが戻ってきたところだったらしく、何やら騒がしい。見ると、イレブンが両手一杯にたくさんの品を抱えている。

「それ、どうしたの?」
「もらったんだと。ここの校長にちいさなメダルを渡せばいろいろ景品と交換してくれるらしいぜ。聞けば、ソルティコの交換所がここの出張所だったらしい」

 何でも、あの校長は、イレブンにメダル集めの才能を見いだし、声をかけたというのだ。とはいえ、メダル女学園は、その名の通り女子限定の学校なので、入学を許可するわけにはいかない――別にイレブンは入学したいとは一言も口にしていなかったが――そこで校長が思いついたのが、イレブンを客員生徒として認めるというものだ。その証としてイレブンは新たにメダルスタンプ帳にページを追加してもらい、集めたメダルの数に応じて、際限なく景品と交換してもらえるというのだ。

「メダルを集めれば景品と交換してもらえるってのは有り難い話だが……女王様はそのためにここへ行くよう言ったのか? どうも腑に落ちねえな……」
「ここは人も文献も多い。しばらく情報収集をした方がよいじゃろう。オーブについて何か情報を得られるかもしれぬ」
「それなら、今日ここに泊まるのはどうでしょう、ロウ様。長い船旅でしたから、キャンプよりはゆっくりできるかと」
「それは良いアイデアだわ!」

 マルティナの意見に一番にベロニカが賛成した。セーニャも追随する。

「いつ魔物が襲ってくるか、船上では気が気ではなかったですものね」
「じゃあアタシは校庭で生徒ちゃんたちとお話ししてくるわね。素敵なお庭だったもの」
「私は図書室に行ってくるわ。さっきは詳しく見られなかったから」

 口々に皆が言って散り散りになる。お姉様と一緒に私も図書室に行こうかしら、と歩き始めたダイアナは、向かいでイレブンがちょいちょいと手招きしているのに気づいた。

「どうかした?」

 尋ねてみれば、イレブンは徐に帽子を差し出した。なんでも、メダルの交換でもらった景品の一つらしい。

「私が装備してもいいの?」

 イレブンが頷いた。ダイアナは微笑み、有り難く帽子を受け取った。

「ありがとう。大切に使うわね」

 ダイアナは、未だはねぼうしを装備していた。欲しいと思う帽子がなかったのもあるし、ダイアナ自身、イレブンがお揃いで作ってくれた帽子が気に入っていたというのも大きい。

 しかし、船を手に入れ、新たな土地を冒険する中で、襲いかかってくる魔物のレベルがグンと上がってきているのもまた事実。いつまでもお気に入りにこだわっているわけにもいかないだろう。

 はねぼうしはバッグにしまい、風のぼうしを被ってみた。なかなかお洒落な帽子で、羽のようなものが側面についている。聞けば、キメラのつばさの効果もあるらしい。

「どう? 似合う?」

 イレブンが爽やかな笑顔で頷いた。ダイアナもはにかんで礼を言う。

 窓から暖かな木漏れ日が降り注ぐ廊下の片隅。両者とも制服は身に纏っていないが、爽やかなその光景は青春の1ページを思わせる。

 ――と、ちょうどその時、一人の女生徒が階段から降りてきた。女生徒といっても、リップスという魔物だ。制服は着ていないが、メダル女学園は女性であれば種の別なく誰でも受け入れる所なので、彼女もまたここの生徒に変わりはない。

 女生徒は、踊り場にてはたと足を止め、イレブンとダイアナとを交互に見つめた。そして泣きそうな顔になると、身を翻してまた階段を駆け上った。あっと驚く暇もなかった。二人はポカンとその場に立ち尽くす。一体どうしたのだろう。やけに悲しそうな表情だったが……。

 気にかかり、そのまま階段を上っていくと、窓辺に先ほどの女生徒が立っているのが見えた。物憂げな表情で窓の外を見つめている。困っている人を見過ごせないイレブンは、躊躇いがちにどうかしたのかと話しかけた。

「先ほどはすみません。わたくしはブリジット。お友達の誰にも相談できない深い悩みがありますの……」
「私たちで良ければ話を聞きましょうか? もし何か力になれたら……」
「――ありがとうございます」

 ブリジットは寂しそうに微笑んだ。だが、そうは言ったものの、彼女はなかなか口火を切らない。イレブンが気遣うように顔を覗き込んだので、ブリジットはポッと頬を赤らめさせ、急に早口で話し出した。

「あっ――あ、あなたたちはメダ女新聞をご存知かしら? 生徒に大人気の壁新聞ですわ。わたくしはその新聞の超人気コーナー、ルージュ先生の恋のお悩み相談室に誰にも言えない恋心を相談いたしました。けれど、今になって答えを知るのが怖くなってしまって、新聞を読みに行けずにいるのですわ……」

 最初こそ流暢に話し始めたものの、徐々に勢いを失い、最後に至っては掠れるほどに小さな声だった。

「そこで旅の方にお願いなのです。わたくしの代わりにルージュ先生の答えを見てきてくださいませんか?」
「もちろん! そういうことなら、ね、イレブン?」

 イレブンもしかと頷いた。女生徒はまたも寂しそうに微笑む。

「ありがとうございます……。では、よろしくお願いしますね」

 ブリジットと別れると、二人は掲示板があるという渡り廊下までやって来た。だが、そこに新聞はない。はあ、と肩を落とすおおきづちがいたので、ダイアナは話しかけてみた。

「こんにちは。もし知ってたら教えてほしいんだけど、ここに張られていたはずの新聞を知らないかしら?」
「それ、私たちが作った壁新聞のこと? 私、新聞部部長のメープル。時間をかけて作った新聞が突風で飛ばされちゃったの。新聞は怪鳥の幽谷の方に飛んでったから、探すに探せなくて」
「怪鳥の幽谷……? 怖い名前がついているのね」
「あそこには凶暴なごくらくちょうが住み着いてるんだ。だからそういう名前がついたの」
「私たち、どうしてもその新聞が読みたいんだけど、予備はないの?」
「手作りだから、一枚しかないの。私たちもそう言ってもらえるのは嬉しいけど、どうしても読みたいんなら、申し訳ないけど、自分で探しに行くしか……。運が良ければ、谷にあるどこかの看板に貼り付いてるかもしれないよ」
「分かったわ。ありがとう」

 メープルと別れると、ダイアナはイレブンと向き直った。

「怪鳥の幽谷か……。凶暴な魔物がいるらしいけど、行ってみるしかないわね。幸い今日はメダ女に泊まる予定だし、今から行けば夜までには間に合うかしら?」
「イレブン! ここにいたのね」

 イレブンの考えを聞く前に、パタパタとマルティナが階段を上ってきた。珍しく落ち着きがない。

「どうしたの?」
「オーブよ。その手がかりを見つけたの。ここよ」

 マルティナが差し出したのは、一冊の分厚い本だ。最近刊行されたのか、装丁は真新しい。

『メダチャット地方の東の外れには人の訪れを拒み続ける未踏の谷がある。それが怪鳥の幽谷。恐るべき巨大な鳥型の魔物ごくらくちょうの知られざる住処である。彼らは他の鳥類と同じようにキラキラと光る物を好み、時には窃盗とも言える手口で巣に集める。近年に報告された最も大きな被害は財宝シルバーオーブがとある大富豪の邸宅から一夜のうちに盗まれた事例だろう』
「怪鳥の幽谷!」
「なに、どうしたの?」

 思わず声を上げてしまったダイアナはマルティナに驚かれた。慌てて頭を振る。

「あっ、いいえ、ちょうど私たちもそこに用があって……。でも、すごいわお姉様! オーブの手がかりを見つけたなんて!」
「でも、まだ本当にここにあるかどうかも分からないわ。無駄足になる可能性も……」
「行ってみる価値はあるわ。未踏の谷なら、まだ誰にも見つかってない可能性もあるもの」

 本を図書室に戻し、三人は一階へ降りていった。仲間たちに嬉しい報告ができそうで足取りは軽かった。