04:一大決心

 デルカダール兵に保護されたダイアナは、事実上の軟禁を余儀なくされた。しばらくしてもダイアナが正気に戻った様子はない――つまり、混乱状態ではない。本気で悪魔の子を擁護しているのだと判断され、部屋に閉じ込められたのだ。

 イレブンやカミュはどうなったのだろう。

 そんな状況でも、ダイアナの心配は尽きない。

 あれほどまでの高さから落ちたのだ。いくら下が川だと言っても、助かるとは思えない……。万一助かったとしても、デルカダール兵が総力を挙げて捜索しているのだ。その捜索網を掻い潜るのは並大抵のことではない。

 何かできることはないだろうか。

 そこまで考えて、ダイアナはイシの村のことを思い出した。イレブンの故郷。ホメロスとグレイグ、二人もの将軍が向かったという事態に物々しさを感じずにはいられない。勇者について事情を聞くだけに留まらないだろうことは、さすがのダイアナにも想像がつく。

 意を決して、ダイアナはテキパキと身支度を始めた。今までたびたび城下町までお忍びで出掛けたことはあれど、町の外へ出るのは初めてだ。魔物だっているだろうし、間違いなく武器は必要だ。

 ダイアナはきぬのローブに着替えると、愛用の弓矢を背負い、護身用の短剣も腰に差した。鏡の前に立って全身をチェックする。これでいっぱしの冒険者らしくなっただろうか。

 しかし、腰まで届く父親譲りの金髪が少々目立つ。ダイアナはポニーテールにして髪の毛をまとめると、フードの下に押し込んだ。

 これなら少しはマシだろう。

 うんと頷くと、ダイアナはベッドの下に潜り込み、床下を通って地下に出た。

 デルカダール城には、非常事態を想定し、こうした秘密経路がいくつか作られている。ダイアナもほとんどその経路を把握しているし、それは父もそうだろう。それなのに部屋に軟禁とは……。

 きっと、父は抜け道のことを忘れているに違いないというのがダイアナの予想だ。彼は娘のことに興味がないのだ。だから脱獄に手を貸しても、怒ったり話を聞いたりするのではなく、とりあえずの処置を施しただけであって。

 だが、そのおかげで今こうしてイシの村へ向かえるのだから好機と思わなければ。

 いつものように城を抜け出すと、城下町で馬を一頭借り、デルカダールの丘を下った。道中、すれ違う魔物はたくさんいたが、気づかれたとしても素早く横を通り過ぎればいいだけなので、ほとんど戦闘になることはなかった。ただ、問題は村へ続く渓谷へ到着した時だ。当然のようにそこには見張りの兵がいる。ダイアナは緊張の面持ちで馬から降りた。

「姫様! なぜこのような場所に……」
「通らせてもらうわね」
「いけません! 王様よりご命令を賜っております。何人たりともここを通すなと」
「それは旅人の話でしょう? 駄目とは言わせないわ」

 できるだけ威厳を保ってダイアナは言い切った。一般兵に王女の行動を阻む地位も権力もない。本来であれば、ダイアナはすぐにここを通してもらえる予定だったのだが――。

「何事だ?」
「グレイグ将軍!」

 形勢を逆転しうる存在の登場にダイアナは苦い顔になった。父への忠義に厚い彼を説き伏せられるとはさすがのダイアナも思わない。

「姫様……こんな所までおいでになったのですか。イシの村へは誰も通すなとご命令を受けているのです。たとえ姫様と言えど、お通しするわけにはいきません」
「心配だったのよ。村の人たちが何をしたって言うの? 村をどうするつもりなの?」
「姫様がお気になさる必要はありません」
「気にしないわけがないじゃない! 人の命を些末に扱う人が王族でいていいわけがないわ!」
「……それは、王様へのご忠言と受け取ってもよろしいのですか?」

 静かに問いかけるグレイグにダイアナは詰まった。だが、勢いが殺されたわけではない。

「私は、理由が知りたいのよ。なぜあなたたちがこんなことをするのか……。グレイグ、さっき言ったわよね? イレブン一人の命で大勢の命が救えるのであればって。その大勢の中に、この村の人は含まれていないの?」
「…………」

 グレイグは何も答えない。彼だって分かってはいるのだろう。イレブンに何の罪もないことくらい。ただ彼が勇者だということに全ての罪があるのだ……。

 その時、村の方から怒号が聞こえてきた。グレイグはまたダイアナに向き直る。

「姫様、もうお行きください。村人が反乱を起こしたのやもしれません。ここは危険です」
「村の人たちにひどいことはしないわよね?」
「善処いたしましょう」
「約束よ」

 グレイグはじっとダイアナの目を見つめ、やがてゆっくり頷いた。

「さあ、お帰りください。護衛をつけましょう。少しお待ちください」
「一人で大丈夫」

 ダイアナはまたひらりと馬に飛び乗った。グレイグは慌てる。

「そんなわけには参りません。おい、誰かいないのか! 姫様を護衛するのだ!」

 グレイグが護衛を呼びに言っている間に、ダイアナはさっさとその場を後にした。これからも抜け道は何度も利用するだろうに、今回のことでバレてしまっては大変だ。

 デルカダールの南門へは、ちょうど日が落ちた頃に到着した。物々しい数のグレイグの部下が警備に当たっている。ただ、彼らが探しているのは二人組の成人男性なので、フードを深く被ってさえいれば、誰も王女とは気づかずに通してくれるだろう。

 無事城下町に入国した後は、城前広場への階段を上る。ここの脇道から地下、私室へと繋がっているのだ。辺りを捜索している兵に気づかれないうちに足早に通り抜けようとしたダイアナだったが、ふと聞こえてきた声に足を止めざるを得なかった。

「一度、イシの村にも……」
「もちろんだ。南門は兵がごまんといるから、面倒だが、デルカダールの丘の南の裏道を抜けて行こう」
「アニキ、あっちから行くって言うならくれぐれも気をつけてよー。あの先に広がるナプガーナ密林は迷い込んだら二度と出られない危険なジャングルって言う話なんだよー」

 コソコソと話をする人影の数は三人。フードで顔を隠してはいるが、その中の一人は間違いなく――。

「イレブン、カミュ……!」

 反射的にダイアナは飛び出し、イレブンの手を取った。

「良かった、死んでしまったのかと思ったわ。生きていたのね。本当に良かった……」

 目を丸くし、呆気にとられていたイレブンだが、やがて穏やかに笑った。カミュも横から顔を出す。

「あれから何ともなかったのか?」
「特にお咎めはなしよ。ただ、イシの村がどうなったか知りたくて、城を抜け出して行ってきたの」

 「村は!?」と今までにない必死な様子でイレブンが尋ねた。ダイアナは力なく首を振る。

「村への道は封鎖されてて、入れてもらえなかったの。ホメロスもグレイグも出兵していて、物々しい雰囲気だったわ」
「…………」
「でも、グレイグは優しい人よ。村の人たちにひどいことはしないって約束してくれたし、だから……」

 こんなことを話していても、所詮は希望的観測に過ぎないということは分かっている。イレブンの表情も晴れない。

 重苦しい沈黙を打ち破ったのはカミュだ。

「とにかく、行ってみるしかねえ。ナプガーナ密林を越えてイシの村へ行こう。デク、世話になったな。達者で暮らせよ」
「アニキも元気でね。あと連れの人も」

 再会を見守っていたふくよかな男性がにっこり笑ってイレブンとダイアナを見た。

「アニキの知り合いにこんな綺麗な人たちがいたなんて知らなかったよー。アニキも隅に置けないよー。ワタシの分もアニキのことよろしく」
「ったく、デクにんなこと言われちゃ立つ瀬がねえよ」

 やれやれといった様子だが、しかしカミュも少し嬉しそうだ。

「それじゃ、足がつかないうちに出発するか」

 デクと別れの挨拶を済まし、カミュはなぜか東の裏路地へと進んでいく。ダイアナは後をついていきながら疑問を口にした。

「どこへ行くの?」
「南門は突破できないだろうから、下層を経由して街を出るんだ」
「下層? 地下に行くの?」
「知らないのか?」

 カミュがちらりとダイアナを見た。

「まあ行けば分かるさ」

 そう言ってカミュは、奥まった場所にある薄暗い階段を降りていく。トンネルの先は、ダイアナの想像を超える場所だった。

「城下町を上層としたら、ここはもう下層と呼ぶしかねえ。ならず者たちが暮らす掃きだめさ」
「……こんな所があったなんて……」

 あちこちにゴミが散らばり、家とも呼べない急ごしらえの建物が所狭しと並ぶ路地裏。家がないのか、その辺りに寝転んで野宿する男、苦しそうに咳をしながらも店番をやめない女……。

 子供の声が聞こえてふと顔を上げたダイアナはあっと驚きの声を漏らす。建物の上に板を置いただけの橋で子供がぷらぷら歩いている!

「カミュ! あの子あんな所で――危ないわ、今すぐ降ろしてあげないと!」
「公園なんてないからああいう所で遊ぶしかないのさ」
「あ、遊ぶ?」

 てっきり降りられなくなったものと思っていたが、確かにカミュの言う通り子供はニコニコと橋を行ったり来たりしている……。

「おい、イレブン。今日はもう女将の宿で休もう。明日、日が昇らないうちにここを出るとしようぜ」

 目を瞬かせ、イレブンは困ったように鞄を抑えた。どことなく萎んでいる鞄を見てカミュは何かを察した。

「今日はもう店はしまってるだろうし、明日準備する方が良いと思うぜ。今日使い切ったやくそうも明日またな」

 くあ、とカミュは大きく欠伸をした。

「姫さんももう帰った方がいい。どうやって抜け出したのかは知らねえが、見つかったら今度こそ閉じ込められるんじゃないか?」

 カミュに追随するようにイレブンも頷いたが、ダイアナの顔は晴れない。

 今日一日だけでダイアナは何度無力感を味わったことか。王女という身分を持ちながらも、それはただの見せかけだけなのだ。

 地下水路のドラゴン、デルカダールの下層地帯、そして悪魔の子……。何もかもが初めての情報で、翻弄されてばかりだった。満足にイシの村の人々を守ることできず、たった一人の勇者でさえ牢屋から出すことしかできなかった……。

「カミュはイレブンについて行くのね?」
「ああ。勇者様を助けろっていう予言を受けたことだしな」
「…………」

 ダイアナは、自分の本当の気持ちに気づいていた。だが、それを決行することはできない。してはいけない。国王が退位したならば、ダイアナはホメロスと共にこの国を守っていかなくてはならない。今は王の方針に納得できなくても、耐え忍ぶしかないのだ。そうして、いざ王妃になった時に、この国をより良く発展させることができるように、今はただ、何事もなかったかのように――。

「そうね、もうお城に帰るわ」

 歩き始めると、イレブンも後ろからついてきた。どうやら、送っていってくれるらしい。だが、ダイアナは慌てて言う。

「大丈夫! 大丈夫……明日も早いんでしょう? 一人で帰れるわ。おやすみなさい! 何の力にもなれなくてごめんなさい」

 無理に笑うと、ダイアナはまるで逃げるかのようにその場を去った。

 路地裏のトンネルへと向かわなければいけない足は、後ろ髪引かれるかのようにどうしようもなく重たい。ついには立ち止まってしまったダイアナは、踵を返し、行く当てもなく辺りを彷徨う。今は、どうしても城に帰りたい気分ではなかった。

「ダイアナちゃーん!」

 ふと飛び込んできた声にダイアナはビクッと身体を揺らし、反射的に顔を上げる。

「待ってましたあ!」
「ヒューヒュー!」

 一瞬自分の正体がバレてしまったのかと思ったが、どうやら違うらしい。男たちが歓声と共に取り囲んでいたのは酒場の踊り子のようで、ただ単に同じ名前だというだけだ。

「お嬢さん、一杯どうだい? うちの看板娘、ダイアナの踊りはいいよ~」

 酒場の店主がニコニコしながら近寄ってきた。夜の町を闇雲に歩くのも危ないと思ったので、ダイアナは一杯だけ飲んでいくことにした。

 酒場というのは立ち飲み屋らしく、ダイアナは隅の方に立ってグラスを傾けることにした。全体的に陰気な雰囲気の漂う下層だが、ここだけは活気に溢れている。お酒を飲んでいるのもあるだろうが、何よりも看板娘の踊りが皆を元気にしているのは確かだろう。

 少し水っぽいお酒で喉を潤しながら、ダイアナの表情がふと陰る。

 イレブンたちは、きちんと逃げ仰せるだろうか? イシの村の人たちは? まだ村にグレイグたちがいるのであれば、二人は見つかってしまうのではないだろうか?

 不安だけがふつふつとこみ上げてくる。こんな状態では、城に戻ってもいつ元の生活に戻れるかは分からない……。

「ハーイ、隣、いいかしら」

 顔を上げれば、看板娘の踊り子が歩いてくるところだった。グラスを掲げ、彼女は微笑む。

「どうかしたの? そんなに暗い顔をして」

 ダイアナは僅かに微笑むだけに留めた。自分の境遇は明かせないし、何からどう話せばいいのかも分からない。それに、自分と関われば彼女にも迷惑がかかるかもしれない。

「誰かにとにかく何かを話したいって顔してるわ。もし私で良かったら」

 踊り子は壁に背を預けた。どうやら、本格的に話を聞いてくれるらしい。ダイアナは少し戸惑ったものの、恐る恐る口を開く。

「私……どうしても果たさなければならない義務があって……。でも、同時に助けたい……力になりたい人たちもいるの」
「その二つの間で迷ってるのね?」

 ええ、と肯定すると、踊り子はお酒を飲み干し、口元に笑みを浮かべた。

「その義務っていうのは、今すぐに果たさないといけないものなの?」
「え……?」
「あなたを今必要としているのはどっちなの? それが分かれば、あなたのやるべきことも自ずと分かるはずよ」
「…………」
「ダイアナ」

 急に声色が変わった。ダイアナは金縛りに遭ったかのように動けず、ただただ目の前の踊り子の瞳にじっと見入る。

「勇者に力を貸すのじゃ。さすればおぬしの望みは果たされるじゃろう。そして二つの命をも救われる」
「どうして、私の名を……」

 ハッとして顔を上げた時、目の前には誰もいなかった。忽然と、まるで霞のように消えてしまった同じ名の女性――いや、彼女はいる。少し離れた場所で、今もなお男たちに囲まれながら踊っている。

 そこにいる彼女が本物だと言うなら、じゃあ、私が今まで話していた「ダイアナ」は誰だったというのか?

 呆然としていたら、本物の踊り子が近寄ってきた。

「ハーイ、おかわりはいる?」
「大丈夫……。代金はこれで足りる?」
「あ、もう行っちゃうのね。ええ、大丈夫よ。また来てね」

 ダイアナは覚束ない足取りで酒場から離れた。短く呆気ない夢のような出来事だったが、しかし、彼女が残していった言葉は胸にしっかり刻まれていた。

 ――あなたを今必要としているのはどっちなの?

 自分なんかで彼らの力になることができるのかという不安はもちろんある。だが、それでもダイアナは咄嗟に駆け出していた。宿屋の看板が提げられている建物に向かって。

 カウンターに立っていたのはふくよかな女性だ。ダイアナのことを見て愛想良く笑う。

「泊まりかい?」
「いいえ……。ここに、青い髪の男の人とブラウンの髪の人は泊まってるかしら?」
「お嬢ちゃん、よそ者かい? この町は他人の詮索はご法度なんだけどねえ」
「知り合いなの。どうしても話したいことがあって」
「……まあ、お嬢ちゃんは悪い子には見えないからいいか。二階へ上がって右の部屋だよ」
「ありがとう!」

 足早に階段を駆け上ると、教えられた部屋の前に立ち、ダイアナはちょっと息を吐く。思い切ってノックをすると、少し遅れて返事がある。

「はい」
「ダイアナだけど……入ってもいい?」

 ダイアナが扉を開けるよりも早く、中からイレブンが出てきた。奧にはベッドの上で身を起こし、大きな欠伸をしているカミュも見える。

「あ――ごめんなさい、起こしちゃった?」

 イレブンは首を振る。その落ち着いた瞳を見ながら、ダイアナは思いつめたように拳を握った。

「あの後、私もいろいろ考えたんだけど……あなたたちについて行ったら駄目かしら?」
「――はあ!? 姫さんがどうしてわざわざ?」

 ダイアナの言葉ですっかり目が覚めたのか、カミュが起き上がってやって来た。言葉に詰まりつつも、ダイアナは自分の本心を素直に吐露する。

「私、あなたたちの力になりたいの。この国で何かおかしなことが起こってるのは分かってるわ。勇者っていうだけで迫害を受けるのは間違ってるもの。でも、理由が分からない……。なぜこんな根拠もないことを言うようになったのか。真実を見つけないといけないわ」

 逃げ回るだけじゃ駄目だ。デルカダールの軍事力、グレイグの指揮、ホメロスの知略があれば、いつかきっと見つかってしまう。その前に、何としてでもこの状況を覆す何かを見つけなければ。

「私――ロトゼタシアの地図や歴史は頭に入ってるし、武器も弓なら扱えるの。魔法も少しだけ。ホイミやラリホー。後方からの援護になると思うけど……」
「弓か……」

 ちょっと興味をそそられたようにカミュが呟いた。もうひと押しだ、とダイアナは勢い込む。

「あと、剣術も少しだけ。グレイグに教わったの」

 本当に少しだけど、とダイアナは小さく付け加えた。言い換えれば剣術は苦手という意味なのだが、ここで詳しく言う必要はないだろう。弓の方はちゃんと扱えるのだから。

「だが、追われる身になるわけだから、満足に宿に泊まることもできねえ。そんな生活、姫さんに耐えられるのか?」
「もちろん! 旅はしたことがないから、最初は迷惑をかけるかもしれないけど、足手まといにはならないわ」

 キッパリと言い切れば、カミュは頭を困ったように掻いてイレブンを見た。

「オレたちはどっちも近接だから、後方支援はありがたいが……お前はどう思う?」

 縋るようにダイアナが視線を移すと、イレブンは神妙な面持ちで俯く。

「私、絶対に足手まといにならないようにするわ! だから駄目……?」

 黙ったままのイレブンにダイアナは次第に不安で押し潰されそうになる。だが、何かに気づいたカミュが間に入った。

「もしかして、お前のこと心配してるんじゃねえか?」
「え?」
「オレたちを助けるってことは、つまり国を裏切るってことだろ。それでもいいのか?」
「……その覚悟はしてきたわ。間違ってる方の味方をすることは、私にはできない」

 イレブンはじっとダイアナを見つめ、そしてゆっくり頷いた。交渉成立……ということだろうか?

「じゃ、決まりだな」

 カミュが後押ししてくれるが、それでもダイアナは信じきれない。

「いいの? 本当に一緒に行ってもいいの?」
「ああ」
「ありがとう!」

 嬉しさのあまりダイアナはは顔を綻ばせる。そんな彼女を横目で見ながらカミュはまた欠伸をし、そして突然床に寝そべった。どうやら、今夜は床で眠るつもりらしい。さっきまでベッドで寝ていただろうに――。

「どうして床で寝るの?」
「どうしてって、二つしかベッドがないんだから仕方ねえだろ」
「それなら私が床で寝るわ。私が突然押し掛けたようなものだし――」
「一年も薄い藁ベッドで寝てたんだ。オレにとったら大して変わりゃしねえよ。それよりももう寝させてくれ。眠たくて仕方がねえ」

 ごろんと寝返りを打ち、カミュは壁の方を向いてしまった。

 どうしたものかとダイアナはおろおろイレブンを見たが、彼も困った笑みを浮かべると、徐に自分のベッドに横になる。

「じゃ、じゃあ……ありがとう」

 恐る恐る言い、ダイアナはありがたくベッドに横になった。イレブンが伸び上がって明かりを消し、部屋が真っ暗になる。

 暗闇の中、やがて二つの寝息が聞こえ始めたが、それでもダイアナは眠れない。人生で初めての一大決心に、ダイアナはその日なかなか寝付くことができずに夜を明かした。