39:クラーゴン退治
一度別れ、それぞれ旅の準備をし終えると、いざクラーゴン退治に向けて出航した。
「クラーゴンが出没するのは西の海だったわよね」
「あっ! あの船がたくさんある辺りかしら?」
「うん、いたいた! あれがクラーゴンを倒しに来た船団ね。乗組員の中にキナイがいるはずだわ。ねー、あなたたち! そっちにキナイって人いるー?」
シルビアが声を張り上げだ。辺りにクラーゴンがいる気配はない。だからこそシルビアものんびり声をかけたのだが、何やら船団たちの様子がおかしい。必死に身振り手振りで何かを訴えかけようとしている。
「あら、何が言いたいのかしら。遠くてよく見えないけど、う……うずら……?」
「うずらって何でげすか、シルビア姉さん!」
一人ツボに入ったアリスが豪快に笑っている。耳と目を凝らして船団を見つめていた一行だが、その意図に気づいたのはカミュだ。ハッとして上を見やり、声を張り上げる。
「上だー!!」
咄嗟に真上を見上げるイレブンたち。しかしその時にはもう遅く、大きな船が空から落ちてくるのをただただ茫然と見ていることしかできなかった。幸いなことに、船はシルビア号に直撃はせず、すぐ近くに落下した。だが、それでもその衝撃は決して小さいものではなく、シルビア号自体も大きく揺れた。
よろけて転びそうになったベロニカを支え、顔を上げたダイアナはあっと声を上げた。船の甲板――そこに、いつの間にか巨大なイカの足が乗り上げている。ゆっくりゆっくりと本体も海面から姿を現し、ついには半身まで乗り上げた。
「おい……嘘だろ!?」
「ブギシャー!!」
クラーゴンと対峙するのは何もこれが初めてではない。だが、久しぶりに見るとその大きさに圧倒される。
気圧され、皆が動けずにいる中、シルビアが階段を駆け下りて大砲の前に立った。
「また会ったわね、暴れん坊さん……。ダーハルーネでの借り……お返しするわ! みんな、耳を塞ぎなさい!」
シルビアは大砲に火をつけた。そして勇ましいかけ声と共にドカンと空砲を打ち上げる。
「スルメにおなり!!」
実弾ではないが、そのあまりに大きな音に、耳を塞いでいたイレブンたちでさえクラクラしてしまうほどだ。
「怯んだわ! 今がチャンスよ! 皆でマリネにしちゃいましょ!」
シルビアの声すら少し篭もっている。だが、彼の言うとおり、今がチャンスだ。シルビアのバイシオンを受けてまずイレブンが走った。だが、右足に左足、本体とクラーゴンのどこを攻撃すればよいか戸惑い、立ち止まる。
「まずはあのやんちゃな足を何とかしましょ!」
シルビアの言葉を受け、イレブンは左足を切りつけた。一太刀で断ち切れるほどクラーゴンの足は軟弱ではなかった。空砲で混乱しているようだが、まだ元気に蠢いている。
「今のうちに畳みかけるぞ!」
そう叫び、左足に向かって駆けていくカミュの手にはイーグルダガーが二刀――二刀!?
「食らいやがれっ!」
一回、二回と確実に左足にヴァイパーファングで切りつけるカミュ。惜しくも毒にはならなかったが、立て続けの攻撃に左足は弱っている。
「カミュよ、おぬしいつの間に二刀流に?」
「両利きなのを活かせないかと思ってな。航海中訓練してたんだ。イレブン相手にな」
「それで……」
言われてみれば、気がついた時にイレブンもカミュも姿を消していることがよくあった。シルビア号は広々としているので、たまたま鉢合わせしないだけかと思っていたが、二人で示し合わせていたのだろう。
「老いぼれも負けてはいられんわいっ! ドルマ!」
強力な闇の魔法が左足に直撃する。あと一息だ。ダイアナは大きく深呼吸し、弓を構えた。
「さみだれうち!」
矢継ぎ早に矢をつがえ、ダイアナは敵全体に矢の雨を降らせた。既に虫の息だった左足はそれで息絶える。カミュは驚いたように短剣を下ろした。
「ダイアナ、お前――」
「私だって練習してたのよ。海には空飛ぶ魔物がたくさんいたから」
カミュに対抗するように笑ってみせる。ダイアナはダーハルーネ以降、カミュはグロッタ以降だろうか、ますます戦闘に身を投じるようになったのは。二人とも、仲間たちに食らいつきたい一心なのだ。
「――皆様! 混乱が解けたようです! スクルト!」
セーニャの声に皆がまたハッとしてクラーゴンを見やる。振り上げた右足はマルティナに当たるが、事前のスクルトによってそこまで大きな痛手ではない。
――と思っていたら、クラーゴン本体の攻撃がまだ残っていた。大きく息を吸い込んだかと思えば、辺りに凍り付くような息が吹き荒ぶ。辺りに霜が降り、海も若干だが表面が凍っている。それだけで威力がうかがい知れる。あの巨体から出された息なのだ、今までも他の魔物から似たような攻撃を受けたことはあったが、その比ではない。
「いやしの雨よ!」
「ベホイミ!」
ロウとセーニャが手分けして回復に回る。だが、受け身ばかりではいられない。
助走をつけて走り出したマルティナが回転しつつ右足に強烈な蹴りを放った。
「ムーンサルト!」
マルティナのその一打が反撃の糸口になり、ベロニカがイオ、イレブンが二回連続での攻撃、カミュが二刀流で切りつけた。
一連の猛攻に右足も耐えることができず、へなへなと甲板から退いていく。後は本体のみだ。
「さあ、追い詰めたわよ~!」
ムチをしならせ、近づいていくシルビア。その時だった、クラーゴンが動きを止め、徐に目を瞑ったのは。
「何やってんだ……?」
「眠っ……てる?」
「いや、違うぞ! 回復しておるのじゃ!」
ロウの言葉はまさしく正しかった。引っ込んでいた右足、左足が、いつの間にかまた甲板に姿を現していたのだ。全快というわけではなさそうだが、しかしこちらに攻撃してくるだけ体力は回復している。
「自己再生しやがったのか!? なんて魔物だ!」
「こうなったら本体を攻撃するしかないようね……。食らいなさい!」
本体めがけてシルビアが鞭を振るった。だが、すんでの所で右足がガードに入り、攻撃は届かない。
「何てこと、本当に厄介!」
「こうなったら、隙を見て攻撃するしかなさそうじゃのう――」
「いや、じいさん。その必要はなさそうだぜ」
ニッとカミュが笑った。見る者が見ればすぐに分かる。彼はゾーンに入ったのだ。その向こう側にいるイレブンもパワーに溢れているのが分かる。
「おぬしら――」
言いかけたロウもハッとする。自身に漲るこの力に。
「よし、パワー全開じゃ! 行くぞ、イレブン、カミュよ!」
――黒炎陣!
イレブンとカミュのれんけい技を見て、「わしもイレブンとれんけいできたらのう」とロウが呟いたのを皮切りに習得した技。元は、火炎陣を改良し、呪文の得意なロウに魔力を注ぎ込んでもらえば更に強い魔方陣が組めるのではないかと発案したカミュがきっかけで出来上がったのだ。
カミュの狙い通り、少し動くだけで発動する黒炎陣は、万全ではない右足、左足の体力をすぐに減らした。そこにダイアナのさみだれうち、ベロニカのイオが入ればまたも虫の息だ。
好機とばかり、ロウが本体にルカニを唱え、セーニャも皆が動きやすいようにピオリムをかける。邪魔な足がいなくなり、イレブン、カミュ、マルティナも楽に本体へ攻撃を仕掛けることができた。だが、これをむざむざ見過ごすクラーゴンではない。懐までおびき寄せたのは故意か偶然か。クラーゴンは大きく息を吸い込む。
「構えろ! また来るぞ!」
またあの冷気が来るのかとカミュは叫ぶが、吐き出されたのは、頭の中が溶かされそうなほど甘ったるい息。クラクラと目眩を起こし、その場に三人が崩れ落ちる。
「ちょっとちょっと、起きてちょうだい!」
シルビアが近寄り、三人をザメハで起こそうとしたが、それよりも先にクラーゴンが船にへばりつき、船体を揺らした。
「わ、わわっ!」
船体を持ち上げたり、左右に激しく揺らしたり。セーニャとロウは何とか近くの柱に掴まることで事なきを得たが、ダイアナ、ベロニカ、シルビアの三人は体勢を崩して転び、そのまま吹き飛ばされて壁にぶつかった。
「い……ったあ!」
体勢を崩され、すぐには動けないのを良いことに、クラーゴンは更にばくれつけんを放ってきた。強力な攻撃を行ってくる足は倒したものの、イカの足は何も二本だけではないのだ。後方に控えていた足で目にも止まらぬ速さで打ち付けられ、皆は大ダメージだ。この攻撃でようやく前衛の三人も目を覚ましたようだが、何が何だかまだ自体は把握できてないようだ。
今回復を――とセーニャが手を振り上げたところでシルビアが立ち上がった。なぜかラッパを手に抱えている。
「アタシの腕の見せ所ね! ハッスルダンスよ~!」
ラッパを吹き鳴らし、シルビアが軽快にステップを踏んだ。一体何を――と不思議に思う間もなく、みるみる仲間たちの傷が癒やされていく。
「な、なに今の!? シルビアさん!」
「全体回復よん。心当たりがあるって言ってたでしょ~?」
ラッパをしまい、シルビアはウインクした。彼もまた航海中に新しい特技を習得していたようだ。あまりにも暇な海の上、皆考えることは同じというわけだ。
「さあ! 反撃開始よっ!」
勇ましいシルビアのかけ声と共に、皆はまたクラーゴンに猛攻を仕掛けた。一時はヒヤリとさせられたが、ザメハやハッスルダンス、黒炎陣と、もともとの布陣に穴はない。クラーゴンの攻守に長けた戦い方に翻弄されてはいたものの、全ての攻撃を見尽くしてしまえば怖いものはもうない。
「ブ……ブギ……シャアアアア!」
「グッバイよ、暴れん坊さん」
シルビアの投げキッスと共に、クラーゴンは目を回しそのまま海の遙か奥底へ沈んでいった。
「お疲れ様でした」
疲れているだろうに、セーニャは皆にベホイミをかけて回ってくれた。「ありがとう」とシルビアは礼を述べつつ、物憂げにため息をつく。
「それにしても、クラーゴンちゃん、状態異常が厄介だったわね……。ツッコミやザメハもあるけど、それじゃ受け身だものね……」
そもそも、状態異常を解ける者が、その異常にかかっていない前提での話になるのだ。万一を考えれば、どんな状態異常にもかからない守りのようなものがあれば良いのだが。
シルビアの呟きに考え込むセーニャだが、そんな妹には気づかずベロニカはハッとして手を打った。
「そうよ、イレブン!」
「……?」
「あんたもさり気なく新しい特技習得してたじゃない! あれ、なんなの? 二刀流じゃないわよね?」
「はやぶさ斬りだ。オレと一緒に練習してたんだよな」
カミュに言われ、イレブンは照れたように頷く。どうやら、この相棒たちは互いに互いを練習相手としていたようだ。仲が良いことで――と、ここまで考えたベロニカはそうじゃない! と首を強く振った。
「新しい技を見せるなら何か言いなさいよ! 皆に気づかれないまま流されるところだったわよ!?」
きょとんとしたイレブンは、「別に流されてもいいけど……」とありありその本心を表情に映し出していたが、何やらちょっと怒っている風のベロニカにそう言い出す勇気も言語力もなく、大人しく次からは何か言うことを約束していた。
後々、この時のことを少し後悔するのはカミュやダイアナ、マルティナたちだ。この一件以来、何か新しい技を使う際、大きく声を張り上げて仲間たちに注目してもらい、そして褒めてもらうという謎な風潮が出来上がってしまったのだ。割と常識人な部類である三人は大層恥ずかしい思いをする羽目になるのだが、それはまた別の話だ。