36:バニー姉妹

 さて、ロウによってカジノの何たるかを熱く語られたイレブンは、スロットで着実にコインを増やしていた。ルーレットやポーカーもやり方を教わったのだが、性格的にスロットが一番合いそうだと思ったのだ。

 他のゲームよりも刺激が少ないのでロウは些か不満そうだったが、それでもいざスライムが揃ったりすると後ろで大盛り上がりだ。イレブンもイレブンで、ビギナーズラックとでも言うべきか、トントンとコインが貯まっていくので気分も良い。皆がカジノに夢中になるのも少し分かった気がした。

「どうじゃ、イレブンよ。コインも大分貯まったし、次はポーカーをやってみるというのは? ポーカーならわしも腕に覚えが――イレブン?」

 イレブンは、コインの貯まったケースを持ち上げ、立ち上がった。向かう先は景品交換所だ。

「なに、目標額まで貯まったからもういいじゃと? なんとつまらんのう……。カジノが面白いのはまだまだこれからじゃというのに」

 誰に似たのか、真面目なイレブンは路銀を散財することに抵抗があるようだ。その彼がカジノに足を踏み入れてまで手に入れたいものというのは――。

 イレブンが口にした景品名に、ロウの気は高ぶった。

「さすが我が孫じゃ! いやはや、血は争えんというが、まさかおぬしもバニーちゃんに興味があるとは思いもよらなんだ。今度わしのムフフ本を貸してやるぞい」
「……?」
「惚けんでもよい。わしとおぬしの仲じゃ。マルティナたちにはもちろん内緒にしよう。なんならカミュにも貸してやるとよい。旅をしているとなかなか手に入れる機会がないからのう」

 心からの老婆心でロウはカミュにまでお節介を広げた。イレブンはほとほと困り果てたが、とりあえず頷いておくのが無難かと首を縦に振った。これが後々面倒なことを引き起こすとは思いもよらず……。

 イレブンとロウがカジノを出ると、ちょうど武器屋から出てきたダイアナ、カミュ、マルティナとばったり出会った。

「随分長い間カジノをしていらしたんですね? 面倒ごとには巻き込まれませんでしたか?」
「わしという者がついておるのじゃ。そんなことにはならんわい」

 疑り深いマルティナに大慌てのロウ。

 ダイアナは妙に機嫌の良いイレブンが気になり声をかけた。

「どうしたの、イレブン? そんなに嬉しそうな顔をして。カジノで良いことがあったの?」

 そう優しく話しかける様はまるでイレブンの母親のようだが、しかし幸か不幸か、そのことに気付きもせず二人は話を続ける。

「え? 新しいレシピブックを手に入れた? 私とお姉様、お揃いの……?」

 みるみるダイアナの顔に笑みが広がっていく。見ていて気持ちの良いほど華やかな笑顔だ。

「嬉しい! ありがとう、イレブン! ――早速作ってくれるの? 本当に楽しみだわ……。あ、じゃあお姉様、私たちも一緒に宿へ行きましょう! せっかくだからすぐに着たいもの!」
「カジノの景品……?」

 今にも踊りだしそうな軽やかな足取りで姉の手を引くダイアナ。対するマルティナは訝しげだ。カジノの景品のレシピブック……。嫌な予感がするのは気のせいだろうか。しかしダイアナのこの嬉しそうな様子に水を差すわけにもいかない。ひとまずと宿に戻った二人だが、しばらく待った後、鍛冶を終えニコニコ顔のイレブンが手渡してきたのは。

「…………」
「…………」

 どこからどう見てもバニースーツだった。マルティナは一目で気づいた。ダイアナも、持ち上げてみて違和感を覚えた。妙に布面積が少ないのだ。服の下にはご丁寧にあみタイツとうさみみバンドまで用意してある。ここまできたらさすがのダイアナも、これがベロニカやセーニャのような可愛らしいお揃いとはほど遠いことに気づく。どちらかと言うとお色気ムンムンのオトナな衣装だ。

 こういうお揃いがしたかったわけじゃないわ……。

 みるみるダイアナの眉が垂れ下がっていく。だが、喜んでくれるものと期待の目でこちらを見てくるイレブンをがっかりさせるわけにはいかない。ダイアナは無理矢理笑みを浮かべた。

「――ありがとう。素敵な……素敵な服ね」
「そうね、今の装備よりも守備力が上がりそうだし、何より動きやすそうだわ」

 マルティナも遠い目でひとまず褒める。イレブンに厚意以外の何かがあるのならとっくに足払いをかけていたところだ。しかし幸か不幸か、この勇者様はそういうことに全く無頓着らしい。つい自分たちの方が気にしすぎだと思ってしまいそうなくらいだ。

 困った顔でバニースーツを見つめたままのダイアナにマルティナは心配そうに小声で話しかけた。

「嫌だったら着なくてもいいのよ。私が着るから」
「だ、だいじょうぶ……せっかくイレブンが作ってくれたんだから……」

 全然大丈夫じゃない声色でそう言うと、ダイアナは意を決して寝室へ向かった。ベッドにバニースーツを置くと、一息に服を脱ぎ出す。きっちりと身体全体を覆ってくれていたみかわしのふくに対し、バニースーツのなんたる頼りなさか。そのくせ、バニースーツの方が守備力が高いというので、なんという矛盾か。

 あみタイツを履き、バニースーツを着、うさみみバンドを装着したところで準備ができ、マルティナがドアを開けた。

 イレブンはどこか緊張した面持ちで入ってきたが、二人のお揃い姿を見て、嬉しそうに褒めてくれた。恥ずかしい格好ではあるが、それでも褒められて悪い気はしない。

「じゃあ、そろそろ着替えましょうか」

 お披露目も終え、ダイアナがそう言うと、イレブンが不思議そうな顔をした。ちょっと申し訳ない思いを抱きつつ、ダイアナは恐る恐る言う。

「せっかく作ってくれたのに悪いんだけど、この格好は少し落ちつかなくて……。ほら、町中でバニーの格好をしてる人はいないでしょう? 旅をしてる時に……船とか……自分の部屋とか……そういう時に着ることにするわ」

 こうは言っているものの、きっとこのバニースーツはお蔵入りになってしまう気がする……。だが、イレブンを傷つけないためにも時には嘘も方便だ。

 だが、イレブンはそれだと少し都合が悪いようだ。バニースーツを作るというアイデアをくれた老人にお礼がしたいと言うのだ。そのお礼というのは、二人のバニーガール姿を見せること。

「ど、どうしても外に行かなきゃ駄目? 宿に呼んでお見せしたらいいんじゃない?」

 バニー姿を複数の誰かに見られることがとてつもなく恥ずかしく思え、ダイアナは必死に代替案を出すが、マルティナが頷いてくれない。

「ダイアナ、それだと怪しい雰囲気がするから駄目よ」
「え?」

 老人を部屋に呼んだら二人のバニーガールが出迎える――あまりに外聞の悪い光景だ。そんな気はなくとも、第三者が見てどう思うか分からない。

 色よい返事を聞けず、イレブンは困ったように肩を落とした。もしやバニースーツが気に入らなかったのか……。

 そんな不安そうな顔をするイレブンにダイアナは慌てて取り繕った。

「違うの! ちょっと……ちょっとだけ恥ずかしくて……。もちろん、このば、バニースーツは可愛いと思うわ。でも、それを誰かに見られるのは……」

 だが、困っている人を見過ごせないイレブンだとか、老人の積年の思いだとか、いろんなことが頭を過ぎり、ついにはダイアナも頷くしかなかった。半ば放心状態になりながら宿を出る。たったそれだけの距離でも大した注目の的だ。それはそうだ。客引きじゃあるまいし、白昼堂々、どうしてバニーガールが二人も町中を歩いているのかと奇異に思う者は多いはずだ。当事者じゃなかったらダイアナだってそう思うはずだ。

 老人がいるという砂浜へは大通りを通らなければならなかったので、恥ずかしさもひとしおだ。ようやく砂浜に着いたと思っても、ピンヒールのままでは砂に足を取られ、思うように前に進めない。早く老人に見せて着替えたいダイアナとしてはもどかしいことこの上なかった。

「おお……! おねーさんたちを連れてきてくれたのじゃな!?」

 サングラスをかけた老人が興奮した様子で駆け寄ってくる。その勢いに気圧され、ダイアナは思わずマルティナの後ろに隠れる。

「こ……これはたまらん! なんと素晴らしい! 何と美しい! すらりとのびている背筋! 量感溢れる胸! 引き締まったウエスト! ハリのあるお尻! そして美しい曲線を描く長い脚! 彼女はまさしくバニーの中のバニー! いわばバニーちゃんの申し子じゃ!」

 マルティナの周りをくるくる回り、老人は彼女を絶賛する。存在を忘れられているようなので、ダイアナはこっそり帰りたくなった。そろそろと忍び足で後ずさり始めていたのだが、ふいと老人の目がダイアナを捉える。今度はダイアナの方に駆け寄ってきた。

「おお、おお……! 妹御もまたタイプの違うバニーちゃんで堪らんわい! 清楚さの中にセクシーさが垣間見えるこの絶妙なバランス! 小柄でも出るところは出ておるわい! しなやかな腕! 形の良い胸! 小ぶりじゃがふっくらしたお尻! わしの目に狂いはなかった! 妹御は着痩せするタイプじゃった!」

 あまりにもあけすけな老人に羞恥が勝り、ダイアナは俯き、まるで身を守るかのように二の腕ごと腕を組むと老人はますます吠える。

「こうして恥ずかしがる姿も興奮するのう!」
「ちょっと表現を控えていただけない?」
「お姉様……」

 ダイアナを守るようにマルティナが前に立った。老人の目が光る。

「し、姉妹……姉妹揃ってバニーちゃん……。我が生涯に一片の悔いなし!」

 ふらりと後ずさり、老人は砂浜に膝をつく。体調でも悪いのかとイレブンは心配そうに顔を覗き込むが、マルティナは冷ややかな目で老人を見つめるばかり。

 ソルティコの名所の一つ、白い砂浜に突如現れた二人のバニーは非常に目立っていた。賑やかな観光地であるソルティコ内に噂が広がるのはあっという間で……。

「てっきりわしらに一番に見せてくれるものと思っておったが、まさかこんな所におるとは……」
「ロウ様!?」

 砂浜を歩きづらそうに歩いてくるのはロウだ。だが、その後ろにいる人物を見てダイアナは固まった――今一番会いたくない人がそこに立っていたのだ。

「お前ら……そんな格好で何やってんだ?」
「か、カミュ……!」

 ――見られた見られた見られた!!
 ダイアナはバッと後ろを向いたが、それで見られてしまった事実をどうこうできるものではない。腰につけられたうさぎのしっぽがはかなく風に揺れるばかりだ。

 恥ずかしさのあまり何も言えないダイアナに代わってマルティナが説明する。

「このご老人が私たちのバニー姿を見たいと言うから着替えたのよ」
「バニー……」

 不思議そうに呟くカミュの一挙一動に、背を向けているからこそダイアナは敏感になっていた。慎みも何もない格好をしたダイアナを見て呆れたのではないか、似合わない格好をしてと思わなかっただろうか、それどころかお姉様と比べられたらどうしよう――。

「常々思っておったが、まさかダイアナもこれほどまでにバニースーツが似合うとはのう」
「あなたもバニーに精通しておるのか?」

 あれやこれやと頭を悩ませるダイアナに対し、ロウと老人の間には、何やら通じるものがあったらしい。老人の言葉に、ロウはしたり顔で頷いた。まるで内緒話をするかのように声を潜めるが、マルティナたちには丸聞こえだ。

「何を隠そう、わしはあのピチピチ★バニーを初版から読破し続けておるのじゃ」
「おお、おお……! まさかこんな所で同志に会えるとは! この麗しいバニー姉妹と共に旅ができるなぞ、なんて羨ましい。若人にも感謝せねばのう。おぬしがいなければおねーさんたちにバニーになってもらうことはできなんだ」
「我が孫が人助けとは、わしも鼻が高いわい――」
「なに、この若人はあなたのお孫さんかの? 何という偶然、何という巡り合わせ! 若人よ、おぬしも黙っていないで一緒にバニーちゃんについて語り合おうではないか」

 イレブンを引き込み、三人でムフフ話を展開させようとしたところで、いい加減堪忍袋の緒が切れたカミュが叱咤した。

「こんのエロジジイどもが! 少しは自重しろ! それにイレブン、お前もいくら頼まれたからってホイホイ協力すんな!」

 これに戸惑うのはイレブンの方だ。ダイアナとマルティナにお揃いの格好をさせてあげたかっただけだ、ともごもご言うと、カミュは呆れて空を仰いだ。

「あのなあ……お揃いっつーのは、ベロニカとセーニャみたいな可愛い感じの……だから……」

 男の自分が女の格好にどうこう口を挟んでいるのが気恥ずかしい。気付けばカミュは早口になっていた。

「少なくとも、バニースーツみたいなエロい格好じゃねえってことだ!」

 カミュの声が砂浜に響き渡る。妙な沈黙が場を支配し、カミュはたらりと冷や汗を流した。とんでもないことを口走ってしまった気がする……。

 助けを求めるようにロウを見やれば、彼はゆっくりと首を振った。

「カミュよ、それは違うぞい」
「はっ?」
「バニーちゃんとはまさしく芸術! 美の化身! エロいなどと簡単に片付けられる存在ではないのじゃ」
「最近の若者はすーぐエロと結びつけたがる。それではバニーちゃんに対して失礼じゃ。おぬしがバニーちゃんをエロい目で見るのは構わん。じゃが、わしらまで巻き込まんでほしい」
「なっ、なっ……いや!」

 あんまりな言いようにカミュは口をパクパクさせることしかできない。だが、自分の立場が危なくなっていることは分かる。このエロジジイたちにどう思われようと構わない。肝心なのは、女性陣からの目であって――。

 焦って振り返ったカミュは、ダイアナと目が合った。だが、すぐにサッと視線を逸らされ愕然とした。完全に誤解されている!

「ち、違う、ダイアナ! オレはそんなんじゃ――」
「近づかないでちょうだい」

 ピシリとマルティナが言い放ち、ダイアナを守るように立ちはだかった。それを見て更に興奮するのは老人だ。

「おおっ! これぞわしが見たかった光景じゃ! バニー姉妹!」
「姉妹でバニーというのも、また違った味があって良いのう」
「……ふう」

 マルティナは冷ややかな目で男たちを見つめながらため息を一つ。

「あなたたちがバニーを大好きなのは分かったわ」
「待て! その中にオレは入ってねえよな!? 入れるなよ!?」

 心外だと言わんばかりカミュは声を荒げるが、マルティナは静かに首を振るばかり。

「本当、男ってこれだから……」
「オレは違う!」
「ほっほっほ。美人は怒った顔も堪らんのう」

 カミュの焦りもマルティナの怒りもさらりと受け流し、老人はのんびり笑った。

「若人よ、良いものを見せてくれたお礼としてこれをもらっておくれ」

 そうして渡されたのは、ガーターベルト。イレブンはきょとんとしながら受け取り、そして逆にカミュは目を見開き、ダイアナとマルティナは固まる。

 きっと、イレブンはこれがどんなものか分からなかったに違いない。アクセサリーか、装備品か、はたまたただの衣服なのか……。田舎出身の純朴青年なのでそれも仕方がない。しかし、繊細なレース使いから、ひとまず女性が使うというところまでは想像ができたらしい。そして次に上がってくる問題は、誰が使うのかということ。

 マルティナはともかく、ダイアナは今回のことで何やらひどくショックを受けたようだというのはさすがにイレブンも分かる。だからこその贖罪の気持ちでもあったのだが――。

「…………」

 差し出されたガーターベルトを見てダイアナは固まった。皆も固まった。ほほう、と老人だけが感心したように顎に手を当てる。

「若人よ、分かっておるな。清楚な見た目にも関わらず、その服の下ではあらぬ格好をしているという、そのギャップ萌えを狙っているのじゃな?」

 もう限界だった。ダイアナはみるみる顔を真っ赤にさせ、その場から逃げ出した。メタルスライムもびっくりの逃げ足だ。

「あっ、ダイアナ! どこへ行くの!?」

 マルティナの呼ぶ声にすら止まらない。だが、砂浜に足を取られ、ダイアナはすぐに転んだ。ただでさえ歩きにくかったのに、走るなんて言語道断だ。うつ伏せに思い切り転び、その上足首を捻る。片足からピンヒールが脱げ、無情にもすぐ側に転がった。

「だ、大丈夫か?」

 恐る恐るといった声にダイアナはピシッと固まった。振り返ることができない……。

 一方で、カミュも正直追い掛けるかどうか、むしろこのまま一人にさせた方がいいんじゃないかとすら思ったのだが、美女二人のバニーガールは早くもソルティコの町で噂になっていた。今こんな姿で一人でいたらどんな目に遭うかも分からない。マルティナなら足技一つで切り抜けられるだろうが、弓を持たないダイアナは無防備すぎる。

「とりあえず宿に戻らないか?」

 優しい提案にダイアナは頷いた。ひとまず身を起こし、カミュが拾ってくれたピンヒールを履く。立ち上がろうとして、すぐにまた砂浜に尻餅をついた。捻った足首に痛みが走ったのだ。

「あ、あの……一人で帰れるから、先に行ってて」

 なんて情けないことか。頬が熱くなってダイアナは顔を上げられない。だが、幸か不幸か、カミュは察しの良い男だった。

「足を捻ったのか?」
「…………」

 答えられずにいたダイアナに、カミュは徐に己のマントを頭から被せると、背中と膝裏に腕を差し入れて一気に抱き上げた。突然訪れた浮遊感にダイアナは小さく悲鳴を上げる。

「なっ、なに!?」
「こんな所に一人で置いてけるわけねえだろ」
「でも――」

 はだとはだがふれあっている……。

 ダイアナは気が遠くなるのを感じた。お互いにいつもの格好だったら動揺はしても落ち着くことはできたのに。それに、カミュのマントを被っているせいで、彼の匂いも意識してしまって余計に顔が熱くなる。

 居たたまれなくなってダイアナは両手で顔を覆った。重くないかとか、面倒に思われてないかとか、いろんなことを考えてしまって思考が定まらない。早く宿屋に到着しますように、と祈ることしかできなかった。

 宿に着くと、カミュはベッドの上にそっと下ろしてくれた。人の目が無くなったのでマントを頭から外すが、しかし恥ずかしいやら申し訳ないやらで、ダイアナは顔を上げることができない。

「あ、ありがとう……」
「ったく、イレブンもイレブンだが、お前もお前だな。嫌なら嫌って言えよ? あいつはそういうの分からなさそうだしな」
「ええ」
「――じゃあもう行くな。ちゃんと手当てしとけよ」
「ええ。運んでくれてありがとう」

 ダイアナの格好が格好なので、長居することは憚れたのだろう。カミュは早々に退出した。彼の足跡が聞こえなくなった時、ダイアナはようやくマントの存在を思い出した。

「返すの、忘れてた……」

 本当なら、すぐに追い掛けて返すべきだろう。だが、今はそうしたくはなかった。妙にこのマントが愛おしかったのだ。

 追い掛けてくれたことも、マントを掛けてくれたのも、ここまで運んでくれたことも全部嬉しかった。でも、それをしてくれたのが、たとえばイレブンだったとしたら、ここまで恥ずかしい思いをしただろうか? ――たぶん違う。申し訳ない思いの方が強かったはずだ。

 こんな風に落ち着かず、胸が締め付けられ、身体が火照って熱いのは。

 ――認める、認めるわ。

 カミュのマントを胸にかき抱き、ダイアナは情けない顔でギュッと目を瞑る。

 ダイアナはカミュのことが気になっている。いや、もう好きだ。好き。カミュのことが好きなのだ。

 一度認めると、今までのことが走馬灯のように脳裏に蘇ってくる。

 カミュと話をすると妙に心が浮き足立ったり、彼の笑顔にいつも視線を泳がせてしまったり、不意に彼の声が聞こえてきたら思わず緊張してしまったり。

 そういうことも全て引っくるめてカミュが気になっていたからなのだ。自覚がなかったにもかかわらずここまでたくさんの前兆があったのだ。自覚をしてしまった今。

 明日からどんな顔をして会えばいいの……。

 王女という身分故、ろくに恋愛経験もないダイアナは、明日からのことを思い、途方に暮れてベッドに倒れ込んだ。


*****



 所変わって、ソルティコのビーチにて。

 美女二人のバニーガールが海辺のビーチに現れたというのは随分大きな噂になっており、そしてそこには、ちょうどデルカダールからバカンスのために訪れていた兵士もいた。

「さっきのバニーガール、とんでもなくエロかったな」
「黒髪の方が堪んなかった。カジノで働いてんのかな?」
「後で覗いてみようぜ」
「……でもさ、こんなこと言ったらグレイグ将軍に怒られそうだけど」

 彼ら二人はもちろんデルカダール王に仕える身であり、その娘の顔や彼女が今追われる身であることも知っている。だからこそ。

「金髪の方、ダイアナ姫に似てたよな……?」

 二人はとんでもない事実にたどり着いていた。一般兵士である彼らはそう何度もダイアナを見かけたことがある訳ではないが、それでも顔や雰囲気はそこらの市民よりもずっとよく知っている。

「でも、まさか姫様がこんな所で寄りにも寄ってバニー姿になるわけもないし……」
「だよな。いくらなんでも他人のそら似だよな?」

 ――そう、それでも自信満々にそうと言い切れないのは、彼女がバニースーツを身につけていたからだ。貞淑なダイアナとバニーがどうしても結びつかず、二人はうんうん唸る。

 バニーで確信が持てないのなら、一緒にいた男たちと手配書を見比べればとも思うのだが、正直あの時は美人なバニーにばかり目を奪われていて、若い男のことなどぼんやりとしか思い出せないのだ。悲しい男のさがである。

「でも、恥ずかしがってるようにも見えたし、それなら姫様にも思えなくはないというか……」

 もう一度よく考えようとバニーを思い出そうとすると「姫様のそんなお姿を想像するなど不敬だぞ!」と頭の中のグレイグが喚き散らす。だが、想像すればするほど、確かに先ほどのバニーはダイアナにそっくりだったのだ。

「一応、ホメロス様に報告しておくか……?」

 ポツリと零すと、もう一方の兵もこくりと頷く。グレイグにはそんな訳ないだろうの一言でたたっ切られそうなので、まずは冷静に聞いてくれそうなホメロスに報告することを決めたデルカダール兵であった。