34:おめかし三人組
一度燃え上がった鍛冶魂というのは、頬が落ちるほどの料理をたらふく食べても治まるようなものではないらしい。
イレブンは、ホテルで食事を終えた後、やっぱり鍛冶をしに一度宿へ戻った。自分たちの装備品を作ってもらっているというのに悠長に観光するほどベロニカたちの神経は図太くない。宿の近くで何とはなしにうろうろこれからの航海の準備をしていると、やがてイレブンが皆を呼びに来た。待ちに待った装備品一式が出来上がったらしい。
ベロニカ、セーニャ、カミュの三人は早速着替えに宿へ入っていった。ワクワク待つことしばらく。
最初に出てきたのはベロニカとセーニャだ。二人とも水玉のエプロンというのは同じだが、色違いだ。ベロニカは緑で、セーニャが赤。それぞれのイメージカラーを交換しての服装なので、なおのこと仲良し感、お揃い感が満載だ。
「可愛い~~!」
「ほっほっ、一気に場が華やいだわい。二人とも、よく似合っておるぞ」
「ええ、二人とも本当に可愛いわ」
手放しに褒められ、ベロニカは気恥ずかしそうに笑った。
「きぐるみも可愛くて好きだったんだけど、やっぱりこっちの方が動きやすいわね」
「お姉様とお揃いの服を着るのは久しぶりですわね」
「いいなあ、お揃い……」
ふとダイアナが呟いた。ベロニカとセーニャは、年齢こそ今となっては差ができてしまっているが、同じ金髪や顔形で姉妹なのだろうと判断できる。それに反して、ダイアナとマルティナは髪の色も顔も似ていないので、何も知らない人からすれば姉妹と聞いて驚くことの方が多いだろう。
――せめて、この二人みたいにお揃いの格好をしたら姉妹っぽくなるかしら。
羨ましげにベロニカたちを見つめるダイアナを、更にイレブンがじっと見ていたことに気づく者は誰もいなかった。
しばらくワイワイしていると、ようやく新衣装に身を包んだカミュのご登場だ。
「遅くなってわりいな。いろいろつける小道具が多くて迷ったんだ」
落ち着かない様子であちこち触りながら出てきたカミュは、グッとお洒落になっていた。お洒落に興味がないと自称するだけあって、普段のカミュは髪以外のことには無頓着だったのだが、新衣装に身を包むことによってそれが一掃されている。アラビアン風の衣装で、鉄製の防具が胸上部を覆っており、腹や腕が出ている分、暑がりの彼にはピッタリだろう。アラジンパンツ、ターバン、マントが同じ布でできており、まさにさすらいの大盗賊といった出で立ちだ。
「素敵ですわ、カミュ様! とってもよくお似合いです」
「これであんたもちゃーんとお洒落になれたわね」
「うるせーな! ……でも、この服は風通しが良くて気に入ってんだ。ありがとな、イレブン」
イレブンがうんと頷く。作った相手がこうして喜んでくれるだけで、作り手としては喜びもひとしおだろう。
皆がカミュを褒め称える中、ダイアナは一人口を噤み、視線を彼方へ向けていた。
――カミュの新衣装は、もちろんよく似合っている。似合っているからこそ問題なのだ。カミュが更に格好良くなってしまった。意識すればするほどまともに見られない。
それに何より、今回の衣装は肌の露出が多すぎる。しなやかな筋肉がついた腕に、引き締まったお腹、マントをしているので分かりにくいが、きっと背中も出ているはずだ。そんな彼の一体どこを見ろ!?
落ち着かずにあちこちに視線を向けていると、ベロニカと目が合った。彼女の大きな目が三日月になる。
「ダイアナはどうなの? 押し黙っちゃって」
「――っ!」
ダイアナは言葉に窮し、視線を更に逸らした。だが、あんまり黙ってもいられない。強引にベロニカが話を振ってきたせいで注目が集まっているのだ。――平静を装ってさらりと。普通に褒めるだけ。
だが、今のダイアナにとってはたった一言を口にするだけで精一杯だった。
「か……かっこいい……」
「……ありがとな」
なぜか照れながら言うダイアナに影響され、妙にカミュも気恥ずかしくなってくる。二人揃ってムズムズと落ち着かない様子になり、やがてそれに耐えられなくなったのはベロニカだ。
「もう! あんたたち何もじもじしてんのよ! 見てるこっちが恥ずかしいわ!」
「だって突然振ってくるから――!」
「突然じゃなくてももじもじするくせに~」
「ベロニカ!」
「まあまあ、二人とも」
からかう気満々のベロニカと、変に思われないか気が気でないダイアナ。二人を諫めるのはマルティナだ。
「それよりも、この後はみんなどうするの? 私は防具屋を見てみるつもりだけど」
「あたしはまだ観光するつもりよ。せっかくイレブンが作ってくれたんだから、この格好でソルティコを楽しまなくちゃね!」
「それは良い案ですわ! お姉様、私もご一緒しますわ」
マルティナ、ロウ、カミュは買い物を、ベロニカとセーニャは観光を継続するつもりのようだ。ダイアナは少し迷った後、ベロニカたちと行くことにした。憧れの町ソルティコは、数時間歩いただけではまだ堪能し切れていないのだ。
イレブンは、観光組、買い物組両者からの誘いを断り、一人砂浜を歩いていた。思い起こされるのはダイアナの小さな呟き。
『いいなあ、お揃い……』
アイテム収集癖のあるイレブンは、それだけ観察力もある。ダイアナの思わずといった声ももちろん拾っていたのだ。
ダイアナがお揃いに興味があるのは、ひとえにマルティナの存在が大きいだろう。十六年生き別れていた姉と再会し、しかしまだ十二分に仲良くなったとは言えない。少しぎこちなさが残る距離感をなくしたいというのは、イレブンにもロウに対して身に覚えのある思いだ。
お揃い自体にそこまで強力な効果があるとは言い切れないが、しかし少なくとも絆は強まるだろう。それに、レシピブックで特別な装備を作っていないのは彼女だけだ。シルビアも、最近ハンサムスーツというのを作ってプレゼントしたばかりだ。ヌルットアロエのお礼でもらったレシピブックで作ったもので、エメラルドグリーンの上衣に白いパンツというどこぞの貴公子という出で立ちになっている。
マルティナやロウにもまだ作れてはいないが、仲間になりたてなので、良いレシピブックさえ見つかればすぐに作ることができる。となると、問題はダイアナで……。
彼女には、デルカダールの頃から我慢や気を使ってもらってばかりだ。当然、ダイアナもお洒落をしたい年頃に決まっている。これを機に、ダイアナとマルティナ、二人お揃いの可愛い特別な衣装を作れれば良いのだが……。
黙ったまま砂浜を練り歩くイレブンの姿は、まさしく悩んでいる人そのもの。話しかける者など誰もいなかったが、ただ一人、同じく積年の悩みを抱える老人も何か感じるものがあったのか、ふと声をかける。
「若人よ、何を悩んでおるのかね?」
「…………」
「なに、仲間に特別な服を用意してあげたいじゃと?」
さすがこれまで様々な経験をしてきた老人といったところか、初対面にも関わらず彼は見事イレブンとの会話を成立させた。しかしそんなことに奢る様子もなく、ふむふむと彼は頷いてみせる。
「なるほど、なるほど……。ならば、わしに良い考えがある。若人よ、バニーちゃんは好きかね?」
「……?」
「答えずともよい。わしには分かっとる。その顔はバニーちゃんちゃんが好きで好きで堪らない男の顔じゃ。わしはバニーちゃんが大好きじゃ。誰にも負けないくらい大好きじゃ! 若き日にこの世のものとは思えないほど素晴らしいバニーちゃんに出会って以来、バニーちゃんを見続けてきた。残念ながら老いさらばえた今に至るまであの時と匹敵するほどのバニーちゃんには出会えんかったがな……。じゃが、わしはついに希望を見つけた! おぬしの仲間にいるべっぴんさん……そう! 武闘家のおねーさんじゃ!」
「……?」
「若人よ、頼む! 武闘家のおねーさんがバニーちゃんになるところをわしに見せてくれんか!? おぬしにとっても悪い話ではないぞ。特別な服を用意してあげたいと言っておったが、バニースーツこそまさに特別な服! 特別中の特別じゃ!」
「……!!」
イレブンは目を見開いた。特別中の特別――まさに今自分が探し求めていたものではないか!
「うむ、おぬしが乗り気になったところで、もう一つわしのささやかなお願いじゃ……。武闘家のおねーさんだけではない。まるでどこぞの姫君のようにたおやかなおねーさんがおったじゃろう、金髪の」
「……?」
「そう、そうじゃな。金髪のおねーさんは二人おるが、短い髪の彼女じゃ」
長い髪の彼女も捨てがたいがのう、と老人は付け足す。
「彼女は、武闘家のおねーさんと姉妹というのは本当かのう?」
こくり、とイレブンが頷く。老人は色めき立ち、雄叫びのような歓声を上げた。
「な、なんと贅沢な……! 若人よ! わしはぜひともあの二人が揃ってバニーちゃんになった姿が見たい! どうかお願いじゃ、二人にバニーちゃんの格好をさせてわしに見せておくれ!」
イレブンはしばらく思い悩む。バニースーツは特別な雰囲気がするのでとても良い考えだと思ったが、しかし売っているところを見たことがなかったし、レシピブックもない。どうやって入手すれば……。
そのことを老人に伝えると、彼はうんと大きく頷いた。
「安心せい! バニーちゃんに必要なアイテムがどこにあるか、このわしが知らんはずがなかろうて。よいか、バニーちゃんに必要なものは三つ! うさみみバンドとバニースーツ、そしてあみタイツじゃ! そしておぬしが持っていないというバニースーツのレシピブックは、ソルティコのカジノコイン500枚で手に入るのじゃ。本来ならばわしが用意したいところじゃが、なにせ上さんに出入りを禁じられておってのう……。バニーちゃん見たさにカジノに通い詰めてお金をスッたらこの末路よ。すまぬな、若人よ」
――カジノ。聞いたことはあるが、実際にやったことも入ったこともない場所だ。しかし、これもこの老人やお揃いがしたいというダイアナの願いを叶えるためだ。イレブンはグッと拳に力を入れると、凛々しい表情でカジノへ赴いた。
――そんな彼の姿を偶然目撃したのは、見晴らしの良いベンチで休憩していたカミュ、マルティナ、ロウの三人だ。
「おっ、いいな、カジノか! あいつ、真面目そうに見えて案外ああいう場所が好きなんだな」
「確かに生き急いで失敗するよりはバニーを見ている方が遥かにいいわい。ほっほっほ、さすがは我が孫じゃ」
「イレブンはああいうことに興味がないのかと思っていたわ」
「まあそう言うなよ。いつも追われてばっかで心が休まる時もねえんだし、たまには遊んで息抜きするのもいいかもな」
カミュ、ロウはイレブン擁護派だ。間近でロウを見ていたのもあって、マルティナもそこまでとやかく言うつもりはないが、しかし心配なことは心配だ。カジノで破産する者は多いし、勝負に目が眩んだ人は何をしでかすか分からない。
「誰かついていてあげた方がいいんじゃないかしら。彼、カジノって初めてなんでしょう? 何かあってからでは遅いわ」
マルティナは、イレブンの保護者たるカミュに言ったつもりだった。だが、名乗りを上げたのはロウだった。
「仕方ないのう。まだまだ青い我が孫にカジノとは何たるかを教えてくるかの」
「ロウ様、変なことを教えないでくださいね?」
むしろ余計に心配になってきたマルティナは念押しするが、ロウはヒゲを触って機嫌良く笑うばかり。
「ロウ様、もしかしてバニーガールが見たいだけですか?」
「ほっほっほ、どうかのう」
高らかに笑いながらロウは歩いていく。彼の姿がカジノの中へ消えてもなお、マルティナは不安そうにその方向を見つめていた。