29:仮面武闘会予選

 翌日、観客の興奮が高まる中、いよいよ予選が始まった。

 第一試合目はハンフリー、イレブンチームと、ガレムソン、ベロリンマンチームだ。手強いハンフリーは後回しにし、まずはイレブンを狙う戦法で挑んできたようだったが、優男に見えて、イレブンもなかなかタフだ。盾で攻撃を凌ぎ、ベホイミで体力を回復する。ハンフリーも時々イレブンの援護に回ったが、それでもやはり相手を一人でも倒すのが先だと、こちらも一人を集中攻撃する。

 敵二人がゾーンに入り、れんけい技でダブルヒッププレスを決められた時はあわやと思われたが、何とかベホイミで凌ぎ、やがて一人、また一人と相手を倒し、イレブンたちは勝利した。

「やったわ、イレブン!」
「狙い撃ちにされた時はヒヤヒヤしましたが、勝てて良かったですわ」
「意外と耐えきる根性はあるのよね、イレブンったら」

 第二試合は、特別正体枠チームとカミュ、ミスター・ハンチームだった。

 こちらは、まず相手の出方を見るためにカミュが前線を張り、相手方も同じ戦法か、女武闘家が前に進み出た。

 カミュは高い素早さで相手に切りかかろうとするも、女武闘家の方も、目にも止まらぬ速さの足技で華麗に防御する。やがて攻守が逆転し、カミュは防戦一方になった。

 止まらぬ猛攻に一旦引き、体勢を整えるカミュだが、武闘家は息一つ切らした様子はなく、余裕たっぷりに微笑む始末。

 まずは女武闘家を倒してしまおうと二人がかりでカミュ、ミスター・ハンは戦いを挑むが、攻撃は綺麗に全て弾かれる。腕や関節を的確に足で捌き、いなされるのだ。やがて武闘家の後ろ蹴りがミスター・ハンの背中にヒットし、彼は大きく宙を飛んで動かなくなった。

「くっ――!」

 一人になってしまったカミュは、そういえばと辺りを見回し、少し離れた場所で佇んでいる老人を見やる。余裕たっぷりにニコニコ笑って三人の戦いを眺めているだけの彼。あまりに見くびりすぎだ。

 ――しかし、それはカミュもだった。老人に気を取られている隙に背後を取られ、女武闘家の一撃がカミュの顎にヒットした。

 特別正体枠チームの圧勝となり、会場がざわついた。

「あの姉ちゃん、相当できるぜ……」
「こりゃあ、ハンフリーもうかうかしてられねえな」

 カミュたちを圧倒した強さだ。せめてイレブンたちと当たることなく、と祈っていれば、その思いが通じたのか、イレブンとハンフリーは武闘家たちと当たることなく予選を勝ち進み、ついに決勝トーナメントへと進んだ。ついでにレディ・マッシブチームもトーナメント入りを果たしている。

「何とか本戦へ進めたようでホッとしましたわ」
「そうね……でも問題は」

 グロッタの宿屋の前にて。

 怖い顔でベロニカは待った。そして待ち人がやって来たのを見ると、ずいっと指を突きつける。

「ちょっとあんた、何やってんのよ! あんな女に負けちゃってさ! 予選落ちなんて見損なったわ!」
「待て待て! 相手が強すぎたんだ! あの女ただもんじゃなかったぞ!」

 一方的に言われて堪るかとカミュも言い返す。ベロニカは胸を反らして腕を組んだ。

「ふ~ん、そんなこと言っちゃってさ~。ホントは見とれてたんじゃないの? あの人すごいセクシーだったし?」
「はあっ!? んなわけねえだろ!」

 やいのやいの言い合う二人は非常に目立つ。声を抑えるようにダイアナは言うが、舌戦に力が入り聞こえていない様子だ。

 やがて、闘技場の方から女武闘家、老人の二人が出てきた。ひとまず騒がしいカミュたちは道の隅に押しのける。

「こんにちは」
「また会ったわね」

 女武闘家はダイアナに目を留め、立ち止まった。

「本戦入りおめでとうございます」
「ありがとう」

 その後も、何か言いたげに彼女は佇むが、「姫」と老人に声をかけられ、彼女は我に返った。そして急に真剣な表情になり、イレブンを見る。

「ハンフリーに気をつけなさい」
「……?」

 どういう意味かと問う間もなく二人は行ってしまった。ベロニカは首を傾げる。

「どういうこと?」
「今、この町では行方不明事件が起こってるらしいの」

 昨日の話を思い出し、ダイアナが説明した。

「なんでも、闘士が次々に姿を消してるって。昨日彼女が教えてくれたの。ハンフリーさんが事件に巻き込まれないか気をつけなさいってことじゃないかしら」
「かもしれねえな。ハンフリーがいなくなったら本戦に出ることもできねえ。イレブン、お前はハンフリーのとこへ行ってちょっと話を聞いてみてくれ」
「一人で大丈夫? 途中までついて行くわ」

 歩き出したイレブンの後をダイアナが追った。闘士の行方不明事件というのであれば、イレブンももちろん狙われる可能性があるということだ。レディ・マッシブの身も同じく危険かもしれないが、彼は良くも悪くも目立つ。人攫いという事件名が一番似合わない人物なので、おそらく大丈夫だろう。

 グロッタの下層は住宅街のようだった。魔物の襲撃に備えてか、グロッタは階段が多く、道も入り組んでいるため、これでは確かに攫おうと思えば攫いやすそうだ。

 何となくイレブンの護衛をしているような気で――実際そのためについてきたのだが――ダイアナは周りをキョロキョロしながら歩いた。

 対するイレブンは何とものほほんとしている。こうして見ると、つい先ほど果敢に戦った闘士の一人には決して見えない。

「今日の戦い、格好良かったわ。本戦出場おめでとう」

 そういえばまだ祝っていなかったとダイアナがおめでとうと言えば、イレブンは照れた様子で礼を述べる。

「明日に向けて、防具か武器は新調しないの?」
「…………」

 イレブンが言うことには、お店で買うにはお金が足りないらしく、ふしぎな鍛冶で補う予定らしい。何とも歯痒い懐事情である。

「あ、ハンフリーさんだわ。ここまで来たらもう大丈夫そうね。私も情報収集をしてくるわ。イレブン、気をつけてね」

 イレブンと別れると、ダイアナは下層の辺りをうろうろした。誰か怪しい人影は見かけないか、人攫いについて有力な情報は得られないか捜索するためだ。

 裏路地を注意深く歩いていた時、奥の方で何やら話し声が聞こえてくるのに気づいた。近づいてみると、二人組の男らしい。見たところどちらも闘士ではないようだが、どうも怪しい匂いがする。

「チケット買ってくれてありがとな。ところで……幸運グッズに興味はないかい? お安くしとくよ」
「武闘会のチケットだけじゃなく幸運グッズもお安く売ってくれるなんて、あなたはなんていい人さあ~」

 イレブン以上の田舎者の男と、手慣れた口調の男。どう見ても人攫いには見えないが、しかしその会話からはどうにも怪しい気配が漂っている。

「これを持っていれば女の子にモテモテになれるんだ。特別に12000ゴールドでどうだい?」
「こんなすごいもの、本当に買ってもいいさあ~? ばあちゃんが持たしてくれた金がまだ残ってるんだあ~」
「もちろんだとも! お得意先のあんたにだけ売るのさ――」
「少しいいかしら」

 こんな状況は見過ごせない。ダイアナは黙っていられず、二人の間に入った。

「この町では、物を売り買いする時は上層エリアでって聞いたことがあるわ。道端で売買するなんて、後ろめたいことがあるって言ってるようなものじゃないかしら」
「な、なんだあんたは!? こっちは今大事な話をしてるんだ! 向こうに行ってくれよっ!」

 怪しい男はシッシと追い払う素振りをする。ダイアナは大きな荷物を背負った田舎男に向き直った。

「ねえ、駄目よ、こんな怪しい幸運グッズなんて。おばあ様からもらった大切なお金なんでしょう?」
「あ……あっ……」

 だが、ダイアナと目が合うなり、彼はポーッと顔を赤らめさせ、両手に顔を埋めた。

「まだ買ってもないのに女の子に声をかけられたさあ~! モテたさあ~!」
「も、モテ……? そういうのじゃなくて、騙されてるって言いたくて――」
「買うさあ~! ぜひ買わせてほしいさあ~」
「あいよ!」

 田舎男は古びた巾着袋を取り出し、中からお金を取り出す。

 ――これでは彼を騙すのにダイアナが一役買ってしまったようなものだ。おろおろと見ることしかできずにいると、横からぬっと手が伸びてきて今まさに男が渡そうとしたグッズをかすめ取った。

「えー? 女にモテモテになれるグッズだって? オレにも詳しく聞かせてくれよ」

 背後から現れたのはカミュだった。グッズをジロジロ検分している。

「な、なんだあんたは! 返せ!」
「いいじゃねえか、別に減るもんじゃねえし……って、ん? それが幸運グッズだって? おかしくねえか? オレがそこの道具屋で買ったこれとそっくりじゃねえか」

 カミュがヒラヒラと振って見せたのは、全く同じもの――怒りのタトゥーだ。男はギクリと肩を揺らす。

「で? いくらだって? これは2500ゴールドだったぜ」
「……! ……!」
「それに、これは攻撃力の上がる魔力が施されてるもんだろ? あんたの言うモテモテってのはさっぱり分からねえんだが。ん? 強い男がモテるとか、そういうことが言いたいのか?」

 ここまで言われてしまえば、もはや言い返す術はない。男はカッとなって叫んだ。

「――商売の邪魔しやがって! 今度見かけたらタダじゃおかねえからな!」
「それはこっちの台詞だ。おっさん、次会う時は上層エリアでまともな商売しろよ」

 ヒラヒラ手を振るカミュ。男は吐き捨てるようにして言った。

「予選落ちした奴が偉そうに」
「はあ!?」
「女に負けてなっさけねえの。格好いいところ見せたかったんだろうが、残念だったな」
「黙って聞いてりゃ……。言ってくれるじゃねえか」

 完全にキレたカミュが男に近寄る。今にも胸ぐらを掴みそうなその雰囲気にダイアナは慌てて割って入った。

「カミュ、駄目よ。参加者が乱闘騒ぎを起こしちゃ……」
「予選落ちした奴にはトーナメントなんてもう関係ないもんな。やれるもんならやってみろよ」

 開き直った男はますます挑発する。カミュはグッと拳を握るが、ダイアナに必死になだめられ、その力を解く。今乱闘騒ぎを起こしたら、予選を勝ち抜いたイレブンにも迷惑がかかるという言葉が効いた。

「くだらねえ。お前とはやり合う価値もねえよ」
「尻尾巻いて逃げるのか。女に庇われて情けねえな」

 ギンッとカミュが男を睨みつける。ダイアナは落ち着かずにソワソワしたが、それでも彼が掴みかかることはなかった。

「次はもう粋がんなよ」

 馬鹿にしたように笑い、男は去って行く。

 あわあわと三人のやり取りを見ていた田舎男は、そうっと声をあげた。

「あのう……。幸運グッズはどうなったださあ~? 結局売ってくれなかったさあ~?」
「あんたまだ分からねえのか? あんたは騙されてたんだよ」
「騙され……!? でも、昨日は良い席の観覧チケットを安く売ってくれたさあ~」
「それも大方騙されてたんじゃねえか?」

 カミュに直球で言われ、田舎男はしょんぼりした。

「ナギムナー村からはるばる武闘会っちゅうのを観に来たけんど、都会にも良い人がいるって思ってたのに、まさかこんな目に遭うなんてさあ~」
「あの人は善人ではなかったけど、でも、全ての人がそうじゃないわ」

 慰めるようにダイアナは言う。今回のことで都会に苦手意識を持ってしまったらもったいないと思った。

「二人は良い人だって分かるさあ~。でも……オラはもう村に帰ることにするさあ。助けてくれてありがとうさあ~」

 落ち込んだ様子で去って行く田舎男の後ろ姿は寂しげで、ダイアナは少々気になった。だが、今は彼以上に気がかりが人物がいることもまた確かで。

「……さっきはありがとう」
「別に、たまたま通りがかっただけだ」

 笑顔でカミュを見たが、彼はこちらを見ないまま少しだけぶっきらぼうに答えた。あの男の言葉を気にしているのか。

 話を変えようと、ダイアナは明るい口調で話しかけた。

「それより、いつの間にタトゥーなんて買ったの? タイミングバッチリだったわ」
「買ってねえよ。あいつからくすねたんだ。在庫たくさん持ってるみたいだったから」

 カミュが後ろを指し示したので、つられて振り返ると、遠くの方にまだ小さく見える男の背中にはタトゥーが貼り付けられていた。あっと思ってカミュを見ると、彼の手の中は空だ。一体いつ貼り付けたというのか。

「さすがカミュね! すごーい!」
「馬鹿にしてるだろ」

 冗談っぽく言いたかったのだろうが、思いのほか声は固かった。それはカミュも自覚していたらしく、しばらくして「悪い」と口を開く。

「あんまり一人でうろつくなよ。闘士だけを狙ってるって決まった訳じゃねえんだから」
「それはカミュも一緒でしょう?」
「オレはいいんだよ。どうせトーナメントは落ちたんだしな」

 ハッと自嘲気味にカミュが笑う。ダイアナは立ち止まった。それを不審に思ったカミュが立ち止まり、振り返る。

「なんだよ?」
「卑屈なのはカミュらしくないわ」
「はあ? 別にそんなんじゃ――」
「嘆いてる暇があったら特技を伸ばせってカミュが言ったんじゃない。一回負けたからって落ち込むくらいなら、次は勝ってやるってもっと努力すればいいじゃない!」

 勢い余って言ってしまった後でダイアナははたと口を閉じた。励ましたかっただけなのに、偉そうにいろいろ物申した自覚はもちろんある。

 ダイアナはすっかり気が動転してしどろもどろになる。

「あ、あの、だから……。私もカミュにコツを教えてもらって何とか持ち直したから、そういうことが言いたくて……。ほら……ほら、ベロリンマンさんのぶんしん……とか。カミュは素早さがあるから、あの技を極めれば火力が単純に三倍になったり……しない……?」
「さすがにしねえだろ」

 大真面目にカミュが言う。ダイアナもなかなか大真面目だったのだが、そうか……。

 ちょっと良い案だと思っていたダイアナは内心落ち込む。ただ、カミュの言葉にはまだ続きがあった。

「でもまあ……ちょっと考えておく」
「…………」
「このままじゃいけねえってのは嫌でも痛感したしな……」

 そう短く零し、カミュは階段へ向かって歩いて行く。ダイアナはそれをハラハラした面持ちでじっと見つめていた。