28:グロッタの町

 孤島で束の間のバカンスを楽しんだ後、気が遠くなるような航海を経て、一行はついにバンデルフォン地方に到着した。長い間船で揺られていたために、いざ陸地に足をつけてもまだ揺れている感覚があった。

「この先を道沿いに歩いたら宿屋があるんですって~! ひとまず向かってみましょ」

 ふらふら、ふらふらと使い物にならないイレブンたちの代わりにシルビアが聞き込みをしてくれた。アリスに船の整備を頼み、一行は崖沿いを道なりに進む。しばらくすると、パッと視界が開く場所に出た。辺り一面草原と麦畑が広がる田園風景だ。大きな風車がぽつぽつと点在しているのものどかさに拍車をかけている。

「きっとあれが宿屋ね」
「久しぶりに地上で休みたいところだけど、まだ日は長いし、先へ進みましょうか」

 黄金色の小麦畑を進むと、やがて廃墟と化したバンデルフォン城跡にたどり着いた。廃墟となったのは何十年と昔のことだが、未だ辺りは物々しい瓦礫の山が積み上げられている。

「バンデルフォンって、確か魔物に滅ぼされたのよね」
「英雄王ネルセンが建国したとされていて、かつては花と芸術の都とも呼ばれていた美しい国だったそうよ。でも、三十年前魔物に襲われて……」

 かつて本で読んだ内容をダイアナは口にする。バンデルフォンは、グレイグの生まれ故郷でもある。魔物の襲撃により家族と故郷を失った彼は、やがてダイアナの父デルカダール王に拾われ、城で暮らすことと相成ったのだ。

「魔物たちはバンデルフォンの軍事力を恐れて襲ったのだと言われているけど、詳しい理由は分かってないわ」
「なるほどな」

 カミュのとうぞくのはなが反応していたようだが、さすがに今の話の後ではお宝お宝と口に出せるわけもなく、一行は先へ進んだ。

 ネルセンの宿屋で聞き及んだグロッタの町は、険しい岩山に囲まれた要塞のような町だった。町へ入った際一番に目についたのは中央の巨大な建造物だ。剣を構えたグレイグの像が飾られている。

「ちっ! ここでもグレイグが英雄扱いされてるってわけか。全く、胸くそ悪いぜ」

 バンデルフォン王国、ユグノア王国と立て続けに滅ぼされたこの地方において、かつてグロッタの町は孤立していた。魔物の襲撃も激化の一途を辿っていた時、グレイグが兵を引き連れて魔物の群れを殲滅してくれたのだという。グロッタの町民たちがグレイグに感謝と尊敬の念を抱くのも無理はない。

「ついに来たわね! 屈強な男たちが集まる町、グロッタ!」

 シルビアが両手を組み合わせてうっとりする。

「どこもかしこもイイ男ばかりじゃな~い!」
「何だか前の方が騒がしいわね。何かあるのかしら?」
「ちょうど今は仮面武闘会が開かれる時期だわ。きっとその参加者たちじゃないかしら」
「仮面……武闘会? 踊る方のじゃなくて?」

 ベロニカは不思議そうに首を傾げた。初めて聞く者なら戸惑うのも当たり前だろう。

「ええ、戦う方のよ。グロッタの名物なの」

 六人でワイワイしていたのが目立ったのか、一人の女性がチラシを持って近づいてきた。

「ハ~イ、格好良いお兄さんたち。仮面武闘会に興味があって来たの? 腕に自信があるならぜひ参加してみてね~」

 そう言って女性はイレブンにチラシを渡して去って行く。カミュが横から覗き込んだ。

「なになに……血湧き肉躍るタッグマッチ、仮面武闘会開催のお知らせ。優勝者には豪華賞品を贈呈! か……」

 豪華賞品、の所でカミュのテンションが上がった。お金になりそうな匂いを察知したのか。

「屋上にある闘技場でやるみたいね。ちょっと覗いて行きましょ」

 そうして道なりに進んだ一行は、受付ロビーの右手側、テーブルの上に輝く枝が飾られているのを発見した。

「あっ、あれ見て! あれって虹色の枝じゃない!? 行商人に売られた虹色の枝が巡り巡ってこの大会の優勝賞品になってたのね」
「ということはお姉様。あの枝が手に入れば大樹への道が……」
「そうね! 絶対優勝するしかないわ! 優勝して何としてでも虹色の枝をゲットするのよ!」

 グッと拳を握った後、ベロニカはイレブンの足を小突いた。

「と、いうことで頑張ってね、イレブン!」
「おいおい、お前らは参加しないのか?」
「レディに参加させるつもり? あたしたちは応援を頑張るわ、ね?」
「そうですね……。激しい戦いはちょっと……」

 セーニャの顔色が悪い。聞けば、この町は汗と鉄の臭いが籠もっていて少し気分が悪いらしい。山育ちのセーニャには確かに辛い状況だろう。……正直、ダイアナも同じ気持ちだった。窓も何もないので、外の空気を吸いたい場合は町から出るしかないのだろう。

 強制参加となったイレブン、カミュと別れ、女性陣は闘技場へ向かった。今から抽選会が開かれるため、それを観覧するのだ。

「イレブンとカミュがペアになったら怖いものなしなんだろうけど、抽選だもんね」
「くじ運に恵まれることを祈りますわ」
「ねっ、シルビアさんはもしイレブンとカミュが戦うことになったらどっちを応援する? って、あれ? シルビアさん?」

 振り返ると、つい先ほどまで一緒に歩いていたはずのシルビアが消えている。

「シルビアさん……?」
「もしかして、イイ男を見かけてそれについて行っちゃったのかしら」

 あり得る、と三人は黙り込んだ。

「……とりあえず先へ行きましょうか」

 シルビアのことは後で探すことにして、三人はコロシアムへ向かい、席についた。今日はまだ抽選会だけで、予選が始まるのは明日からだというのに、観客席はもうほとんど満席だった。会場全体が熱気に包まれている。

 一人の男がステージに立ち、声を張り上げた。

「レディースアンドジェントルメン! 今年もホットな季節がやって来たぞ! グロッタ名物仮面武闘会、いよいよ開催です! それでは、早速皆様お待ちかね! 運命の大抽選会を行います!」

 男は恭しく箱を掲げると、中からボールを一つ取り出し、そこに書かれている数字を読み上げる。

「番号11! おーっと、最初に選ばれたのは初参加の11番の方でした! さあ、ステージにどうぞ!」

 イレブンの番号は11だ。まさかいきなり選ばれるとは思いもよらず、ダイアナは思わず息を詰めた。イレブンがステージに上がり、続いて読み上げられた数字は8番だった。

「よろしくね」

 優雅な足取りでステージに上がったのは、すらりとした体躯の綺麗な女舞踏家だ。引き締まった身体としなやかで無駄のない筋肉、優雅な立ち居振る舞いだけで相当な手練れだと分かる。

「まあ、強そうな方! あの方なら、イレブン様もきっと大丈夫ですわ」
「どうかしら。見とれちゃってそれどころじゃないかも。――ダイアナ、どうかした?」

 難しい顔でステージを見つめるダイアナにベロニカが声をかけた。ダイアナは首を傾げる。

「あの人、誰かに似てるような……」
「ちょっと待ったあ!」

 そう言ってステージに乱入してきたのは小柄な老人だ。司会に向かって堂々と抗議する。

「どこの馬の骨かも分からん奴に姫の相棒など任せられん。この抽選は取りやめてもらおう」
「何よ、あのおじいちゃん! どこの馬の骨かも分からないって失礼ね!」
「そうですわ、イレブン様は、れっきとしたイシの村出身ですもの」
「し、しかし、これは規則ですので……」

 司会が戸惑う中、老人は彼に何やら耳打ちした。途端に司会が顔色を変え、一旦奥に引っ込む。戻ってくるのは早かった。戻ってくるなり、女舞踏家と老人、二人は特別正体枠として出場させることになったと宣言したのだ。これには観客、特に参加者は文句たらたらだ。

「おい、一体どういうことだ!」
「汚えぞ! 公平にやりやがれ!」
「姫って、あの人もどこかの国のお姫様なのかしら?」

 腕を組んでベロニカが疑問を口にした。

「ダイアナ、知ってる?」
「分からないわ……。私、あまり他国の王族とはお会いしたことがないの。交流があったのはファーリス王子だけだったから。クレイモランは若い女王様がいらっしゃるって言うけど、さすがに大会には参加しないでしょうし」

 イレブンのパートナーは選び直しになったが、嬉しいことに、前大会のチャンピオンであるハンフリーが選ばれた。

 皆の驚きように、彼はよほどすごい人なのだと予想がつく。現に、その逞しい身体つきや盛り上がった筋肉は見るからに頼もしい。二人で並ぶと、割と背の高い方であるイレブンが小さく見えるくらいだ。

 続いてカミュの番号が呼ばれた。彼のパートナーになったのはミスター・ハンという旅の武闘家だ。

「女の人じゃなくて良かったわね」
「何がですか? お姉様」
「ううん、こっちの話」

 ベロニカがからかうように言ってきたが、ダイアナは素知らぬふりを決め込んだ。ステージでは、ビビアン、サイデリアという二人の美女コンビが決定した瞬間だった。

「んーっ、これでもう抽選会は見る必要もないわね。ね、この後どうする? さっき聞いたんだけど――」
「お次はー! こちらも大会初参加、レディ・マッシブとマスク・ザ・ハンサム! 魅せる技で対戦者を翻弄するか!?」

 ステージに上がったのは、派手なマスクをした二人の男。そのうちの一人は、明らかに……。

「し、シルビアさん!? どうしてあんな所に!」
「え? あの方、シルビア様なのですか? 大会に参加したかったのなら言ってくだされば良かったのに……」

 観客席に向かって無駄にポーズを決めるシル――いや、レディ・マッシブとマスク・ザ・ハンサムは、傍から見ても息がバッチリに見えた。ある意味、一番タッグが似合う二人だろう。

 抽選はその後も続き、司会が読み上げる数字にある者は喜び、またある者は嘆き、会場は熱気に包まれたまま抽選は終了した。

 闘技場を出たダイアナたちはまた一階へ戻り、イレブンたちと合流した。途中ガレムソンとベロニカがぶつかり、一騒動あったのだが、ハンフリーの仲裁で事なきを得る。孤児院で子供たちを育てているというハンフリーは、チャンピオンというだけでなく、その人柄も町人たちから一目置かれているらしい。

 そのまま宿の前で話し込んでいると、仮面を外したレディ・マ――シルビアが戻ってきた。カミュはニヤリと笑って一番に話しかける。

「まさかシルビアのおっさんも参加するつもりだったとはな」
「カミュちゃんたら、何のことかしらん? アタシは参加しないわよ~。レディ・マッシブっていう素敵な参加者はいたみたいだけどね♪」
「へいへい」

 シルビアのノリに乗るのも面倒なのか、カミュはやれやれと肩をすくめた。

 大会の初参加者は無料で宿に泊まれるらしく、お金を浮かせたい一行としては嬉しい情報だった。イレブン、カミュのの宿代はタダになるのは当然として、なぜシルビアの宿までもが無料になったのか、皆はツッコまなかった。

 夕食は、グロッタの上層にて食べることにした。東の階段を上った先は広々とした憩いの場が広がっており、様々な酒場や露店が建ち並んでいる。

「でっかい酒場だな。ちょっと飲んでいくか」
「明日は予選なんだから、あまり羽目を外しちゃ駄目よ~」

 出店もあるので、ちょこちょこ食べ歩きをするというのも楽しそうだ。

 匂いに連れられていろんな店を覗いてみれば、ぶとうハンバーグにぶとうオムライス、ぶとうパンにぶとうステーキ……。とりあえず「ぶとう」をつけておけば良い、のような適当なセンスが感じられるメニューばかりだった。だが、それはそれとして、とてもおいしそうではある。さすが観光地グロッタといったところか。

 食べ物だけではない。他にも骨董品や絵画、日用品、食料も売られていた。中でも闘士たちのグッズが人気らしく、覗いてみると、ハンフリーグッズが一番の売れ行きらしい。

「もしイレブンが優勝したら、ここに姿絵が飾られるのかしら」
「追われる身としては、それはぜひとも避けたいところだけど……」

 秘伝のぶとうエキスがかけられているぶとう串焼きを食べながら歩いていると、セーニャが黄色い声を上げた。

「まあ、お姉様! あのフワフワした雲みたいな食べ物はなんでしょう!? あんな食べ物、ラムダにはありませんわ!」
「ぶとう綿あめ……ですって! 何それ、おいしそう!」

 ダイアナは頭が痛くなってくるのを感じた。武闘と綿あめなんて天と地ほども違うというのに、なぜそんなネーミングになってしまったのだろう。

 きゃいきゃい騒いでいると、後ろから二人連れが歩いてきた。

「すまんのう、おぬしたち。ちょいと道を開けてくれんか」
「あっ! ごめんね、おじいちゃん!」

 特別正体枠とやらに抜擢された武闘家の女性と老人のコンビだ。キラキラした目で綿あめについて語り合うベロニカ、セーニャの傍らを微笑ましく通り過ぎる老人。――と、ダイアナはふと視線を感じ、顔を向けると、武闘家の女性がじっとこちらを見つめていた。ダイアナと目が合うと、女性はハッとしたように視線を逸らす。

 紫がかった瞳がやけに印象的で、ダイアナもつい彼女を見つめていた。

「――姫よ。もう今日は遅い。明日に備えて……姫?」

 いつまで経ってもやって来ない連れを振り返り、老人が呼んだ。女性は軽く頷く。

「今行きます」
「ちょっと、セーニャ! 先着三十名様までは割引ですって! こうしちゃいられないわ。早く行くわよ!」

 ベロニカに腕を引っ張られ、ダイアナは慌ててついて行く。振り返った時には、もう彼女は歩き出しているところだった。

 その後もしばらく食べ歩きをしたが、甘い物は別腹の双子がぶとうケーキ巡りをするというので、そろそろダイアナは降りることにした。宿に戻ろうかと考えていると、バーで一人グラスを傾けているカミュが視界に映る。帰っても特にすることはないので、ダイアナは彼の元へ向かった。

「カミュ、まだここで飲んでたのね」
「おう。ダイアナ、これうまいぞ。お前でも飲めるんじゃないか?」

 カミュが機嫌良く持ち上げたのは、半分ほど減ったグラスだ。薄く紫に色づいたサワーがゆらりと揺れる。

「一番人気の武闘会名物ぶとうサワーさ。ゴリゴリのマッチョマンが精魂込めて絞った極上のブドウ酒なんだぜ。お姉ちゃんもどうだい?」
「じゃあいただこうかしら」

 ダイアナが微笑むと、バーテンダーは張り切ってサワーを用意した。

 薄付きの紫が美しい。

 光にかざして色合いを楽しみ、ダイアナは一口飲んだ。

「あ、おいしい」
「だろ?」

 甘酸っぱい口当たりで、こくりと喉を鳴らすと、ブドウの風味が口の中でパッと広がる。とても飲みやすく、甘いジュースのようなお酒だ。

「イレブンとシルビアさんは?」
「イレブンは、どこかその辺でばあさんの話し相手になってる。なんでも、孫に似てるとか何とかで……」

 果たしてイレブンで話し相手になるんだろうか、とダイアナは若干失礼なことを考えたが、しかしまあ、聞き役としては抜群なので、きっと気に入られていることだろう。

「おっさんは……どこだろうな。さっきまで一緒に飲んでたんだが」

 さすが流浪の旅芸人。カミュに気取られることなく姿を消すなんて。

「お隣、いいかしら?」

 不意に影が差し、ダイアナの隣に誰かが腰掛けた。落ちてきたポニーテールをさらりとかき上げ、優雅に微笑むのはつい先ほどの武闘家の女性だ。

「あなたは……」
「こんばんは。二人でいるところを邪魔してごめんなさいね」
「構わねえよ」
「ありがとう。……それ、おいしい?」

 ダイアナが飲んでいるグラスに目を留め、彼女は尋ねた。ダイアナはにっこり微笑む。

「ええ。甘くてスッキリしてるわ」
「じゃあ私も同じのをいただける?」
「はいよ」

 美女の微笑みにまたしても張り切った一杯を置くバーテンダー。一口飲み、武闘家がグラスを置いたのを見てカミュが話しかけた。

「連れのじいさんと言い、あんたと言い、ただもんじゃなさそうだな。もし当たったらよろしく頼むぜ」
「ええ、こちらこそ。……抽選会の時はごめんなさい。あなたたちの仲間にケチをつけるつもりはなかったの。ただ、ロウ様は心配性だから」
「世界中の闘士が集まるだけに、あらくれ者も多そうだからな。気をつけるに越したことはねえよ。じいさんの心配もよく分かる」
「この町では、最近闘士の不審な失踪が続いているの。あなたたちも気をつけた方が良いわ」
「忠告ありがとな」

 話が途切れ、少しの間沈黙が漂う。カミュがサワーを飲み干し、カランと氷が音を立てた。

「――あなたは武闘会に参加しないのね」

 武闘家が、どこか緊張した面持ちでダイアナに話しかけた。

「ええ。対人戦でうまく戦えるか自信がなかったから」
「普段は武器は何を使うの?」
「弓よ。後はちょっとサポートの呪文が使えるくらい」
「弓?」

 意外そうに彼女は尋ねた。ダイアナは困ったように笑う。

「最終的に行き着いたの。私、剣の才能はからきしだったから」
「ああ、ごめんなさい。そうじゃないの。私の周りに弓を使っている人がいないものだから、少し驚いてしまって。そう、弓を使うのね」
「そういうあんたはヤリ……か?」
「ええ。後はかくとうを少々」

 話の流れで聞いておいて何だが、こんなにもポンポン無警戒に情報を明かしてしまっても良いのだろうか、とカミュは少し呆れる。予選の相手が誰になるかも分からないのに。

 だが、溢れ出る彼女の自信から、きっとそんな些末なことは考えてもいないだろうことは想像がついた。たとえ相手が前大会チャンピオンのハンフリーでも果敢に挑むに違いない。

「楽しそうなことやってるじゃな~い。アタシも混ぜて♪」

 聞き覚えるある声が聞こえたと思ったら、高らかなラッパの音と、人々の歓声が響いてくる。カミュがギギギ、と振り返った。

 つい先ほどまで、少し離れた先のステージでは二人の男がひっそりと音楽を奏でていたのが、今やド派手なシルビアがラッパを奏でながら乱入し、ある意味で大盛り上がりとなっていた。誰もシルビアの正体には気づいてないようだが、それでも彼がラッパを吹きながら見事なダンスをするので一躍人気になっている。

「おっさん……オレたちには羽目を外すなって言ってたくせに、あんな……」
「あの人もあなたたちの仲間?」
「ああ、嬉しいことにな。……ちょっと行ってくる。ダイアナ、くれぐれも飲み過ぎんなよ」
「ええ」

 代金をおいて行き、カミュはステージの方へ駆けていった。真面目が故に苦労性なカミュ。この後、人助けばかりして夕食すら食べることができずにいるイレブンをいい加減連れ戻してくる未来も容易に想像がついた。

「ダイアナ……」

 細い声で呼ばれ、ダイアナは振り返った。武闘家の女性と目が合うが、彼女はハッとして笑みを取り繕った。

「ごめんなさい。なんでもないの」

 女性はグラスを傾け、喉を潤す。よほど喉が渇いていたのか、彼女は一息に飲み干した。

「あなたは――どうしてここにいるの?」

 そして、酔った勢いか何なのか、彼女は唐突に質問した。

「え?」
「あ――違うの。そうじゃなくて……どうして、旅をしてるの?」

 問われて、ダイアナは少し考える。理由はいろいろある。だが、一番は。

「助けになりたいって人たちがいたから」
「あなたの仲間たち……?」
「ええ。初めて会った時はいろいろあったけど、この人たちなら信頼できるって思ったから」
「旅は、楽しい?」

 躊躇いがちに彼女は尋ねる。

「仲間は良くしてくれる?」

 まるで旅をする娘の心配をする母親のようだ。ダイアナは苦笑した。

「ええ、とっても。私、デルカダールを出て良かったわ」

 つい口が滑ってしまったと慌ててダイアナは噤むが、しかし女性はさほど気にならなかったようだ。考え込むような表情でじっとテーブルを見つめている。

「姫」

 彼女のパートナーである老人が声をかけてきた。ダイアナを見て微笑む。

「姫のお相手をしてくれたようじゃな。感謝する」
「いえ、そんな……」
「じゃが、明日も早い。そろそろお暇するとしよう」
「――はい」

 女性は立ち上がると、テーブルにお金をいくらか置き、バーテンダーに目配せした。

「彼女と青い髪の彼の分も一緒に」
「あ、そんな、駄目よ。悪いわ」
「いいの。話に付き合ってくれてありがとう。……ダイアナ」

 右手を差しだし、彼女は握手を求めた。ダイアナは戸惑いながらその手を握る。

「明日はあなたの仲間と戦うかもしれないけど、全力を尽くすわ」
「ええ」
「さようなら」
「さようなら……」

 じっとダイアナを見つめ、そして微笑を浮かべると、武闘家の女性と老人は去って行った。何となくもの寂しい気持ちでダイアナはその後ろ姿を見つめていた。