27:デルカダールの孤島

 一向にベッドに臥せっているダイアナを気遣ってだろう、シルビアはダーハルーネより東に進んだ先、ちょうどデルカダールの南に位置する孤島へ船を寄せた。

「やーん、こんな所でバカンスも素敵じゃない? ちょっと休憩していきましょ」
「さんせーい! セーニャ、あっちの方へ行ってみましょ! 浅瀬があるわ」
「お姉様、待ってください!」

 地に足をつけた途端元気よく駆け出していく双子。浅瀬につくや否や、裸足になって砂浜を駆けたり、綺麗な貝殻を探したりする。

「あいつらもガキだな。おい! 魔物には気をつけろよ!」

 憎まれ口を叩きながらも、短剣を装備しながら近くで待機しているのがカミュの優しいところだろう。

 ダイアナも弓を背負いつつ、しゃがんだり草を刈ったり忙しいイレブンに近づいた。

「良い素材は見つかった?」

 こくりと頷き、イレブンは集めた素材を見せてくれる。怪しい赤い土に、奇妙な形をした草。何に使えるのかはさっぱりだが、きっとイレブンの頭の中では様々なレシピブックが展開されているに違いない。

「おい、イレブン。あっちの方に宝箱があるぜ」

 カミュに言われて向かった先には、確かにポツンと宝箱が置かれている。中には「世界の指輪図鑑」というレシピブックが入っていた。サマディーできんのゆびわを作って以降、イレブンはアクセサリー作りにもハマってしまったらしいので、これには彼も嬉しそうだ。

「ダイアナ様、具合はどうですか?」

 宝箱を囲んでワイワイしていると、セーニャがやって来た。裸の足には砂粒がたくさんついていて、満喫具合が窺える。

「ええ、もう大分良くなったわ。ありがとう」
「それは良かったですわ。船酔い……というのがどういう感覚かはまだ分かりませんが、すごくお辛そうでしたもの」

 セーニャには、船酔いに効くかもしれないといろいろと薬を調合してもらっていた。ダイアナはもう一度「ありがとう」と述べた。

「ねえ、見てよ! 可愛い貝を見つけたわ」

 裸足のまま、今度はベロニカが駆けてきた。彼女の小さな手の中にはくるくると綺麗に巻かれた巻き貝がある。

「まあ、巻き貝! 可愛らしいですわ」
「ね、一緒にもっと探しましょっ。船に飾るの! ダイアナも!」

 手を引っ張られ、ダイアナは苦笑しながらついて行く。「ガキか……」とまたぼやくカミュの声も小さく聞こえた。

 砂浜で裸足になるのは開放的だった。砂の上を歩く感覚が物珍しかったし、冷たい波が寄せては返すのも気持ちが良い。

 砂浜にはたくさんの貝が落ちていた。淡いピンクの貝や大きな巻き貝。ちょっと掘ってみると、身の詰まったモモガイも発見した。

「今日の夕食は焼きモモガイで決まりね」
「焼くだけなら私たちにもできそうですものね」
「いつもカミュに任せっきりだし、今日は私たちだけで作ってみない?」
「賛成!」

 そうと決まれば、三人は手分けしてモモガイを探した。目的は入れ替わってしまったが、途中綺麗な貝も見つけたので、もちろん拾っておく。ベロニカの言う通り、ダイニングに飾ったら雰囲気が出てさぞ可愛くなるに違いない。

 つい貝集めに夢中になっていたダイアナだが、ふと顔を上げると、イレブンはどこか遠くの方でまだ素材を探していたし、シルビアは船から持ってきたらしいハンモックを木に吊して優雅に過ごしている。

 カミュは……と辺りを見渡すと、小高い丘の上で何やら木の方を見上げている。視線を感じたのか、不意に彼はダイアナの方を振り返り、目が合うと、いたずらっぽく手招きした。何事かと思ってダイアナはブーツを履き、彼の方に駆けた。

「どうしたの?」
「あそこにマトみたいのが見えねえか?」
「あ、本当ね」

 目を細めると、確かに木の陰にごくごく小さなマトがある。あんな小さいものよく見つけられたものだ。

「さすがにあんなに離れたマトには射られねえだろ?」

 まるで挑発するかのようにカミュが聞いた。返事をする代わりにダイアナは弓を取り、構える。そして僅かばかりもしないうちにマトを射貫いた。カミュが小さく口笛を吹く。

「さすがだな!」

 そのあまりの調子の良さに、ちょっとお膳立てされたような気分になる。意趣返し、とまではいかないが、ダイアナは悪戯心で尋ねてみた。

「カミュもやってみる?」
「オレが?」

 ダイアナは頷いて弓を差し出した。

「カミュは器用だからなんでもできそうな気がして。やってみると楽しいのよ。どう?」
「まあ、試しに一回くらいは……」

 一つ咳払いをし、カミュは弓を受け取った。

「意外に重いんだな」
「軽いものもあるのよ。それぞれ弦の強さやしなり方も違うから、買い換えた時は慣れるまでに少し時間がかかるけど」
「へえ、なるほどな」
「左利きでも右に構えないといけないの……そう」

 さすが器用なだけあり、弓を構える姿は様になっている。

 矢をつがえると、カミュは勢いよく弓を引いた。軽々とダイアナ以上に弓を引くので、少し羨ましいくらいだ。

「こんな感じか?」
「もうちょっと肩を開いたらいいかも。そう、そんな感じ」

 始めの一射は全く見当違いな方向へ飛んでいった。カミュは照れくさそうに笑う。

「やっぱり難しいな。全然当たんねえ」
「最初から当ててたらそれこそ奇跡よ」
「命中させたらきっと気持ちが良いんだろうな」

 カミュはまた矢を一本取り出すと、マトに狙いを定める。

「弓は右も左も同じくらい筋力が必要なんだけど、カミュって、もしかしてそんなに左右に差がない?」
「ああ、実は両利きなんだ。盗みには両手が使えた方がいいから、昔は重宝してたんだぜ」

 正直今もじゃないか、とダイアナは思った。鍛冶のための素材が足りないと嘆くイレブンのために、カミュがせっせと魔物から盗むのはよくあることだ。相棒ならぬ夫婦のようだとは、ベロニカ談である。

 そんな風に思われていることとはつゆ知らず、カミュはまた弓を構えた。

「矢はぎゅっと握るんじゃなくて、軽く指先だけで支えるイメージよ。すぐに放てるように。そう、真っ直ぐ引いて……」

 二度目の矢は、一度目よりもマトに近づいた……ような気がする。

「くっそ……悔しいな」
「もっと近くのマトで練習してみたら? あれは難易度が高いと思うの」
「……言われてみたらそうだな」

 明らかに「マト」と見られるものに向けて射ていたが、元はダイアナに挑発するように射させたマトだ。初心者のカミュが命中させられるわけがない。

 マトを近くのものに変えてからは、カミュも少しずつ命中させられるようになってきた。楽しくなってきたところで、間延びしたシルビアの声が聞こえてきた。仲間たちは顔を上げ、彼の方を見やる。

「みんな~、ちょっと手伝ってちょうだい」
「なんだ? どうしたんだ、おっさん?」

 ハンモックから降り、シルビアが対峙していたのは大柄な男とその手下三人だった。ものものしい武装をし、妙なマスクを被っている。

「このカンダタちゃんって子が、どうやら誰かから黒コショウを盗んだみたいなの。悪い子にはお仕置きしなきゃね」

 シルビアがムチをしならせた。それを見てカンダタは一瞬怯むが、気を取り直して叫ぶ。

「どうせすぐに出ていくと思って息を潜めていたが、何なんだお前ら!? 優雅にバカンスを決め込みやがって! 貝殻集めにハンモックでお昼寝だあ!? 特にお前ら二人は弓だ何だってイチャイチャしやがって! 旅してるんならさっさと出て行けよ! そしてお前!」

 最後にカンダタはイレブンに指を突きつけた。

「お前については……特に何も言うことはねえ。一人寂しく砂なんか集めて、見てるこっちが悲しくなってきたぜ。ちゃんと仲間に入れてって言えるようになれよ」

 同情を込めたカンダタの言葉にイレブンはガン! とショックを受けた顔になった。彼だけではない。カンダタの悲痛な叫びは、六人に旅の目的を思い出させた。シルビアは気まずげに咳払いをする。

「……と、とにかく、今はカンダタちゃんたちから黒コショウを取り戻しましょうか」

 みな神妙に頷くと、戦闘を開始した。まずベロニカのイオが猛威を振るう。相手が四人もいるので、全体魔法が効果的なのだ。ベロニカほどではないが、イレブンもイオを使えるので攻撃ではなく魔法に回る。

「マホトーン!」

 小規模ではあるが侮れない爆発攻撃に右往左往していたカンダタたちだったが、態勢を整えたところで厄介な呪文を唱えた。イレブンとカミュがマホトーンにかかったが、あまり意味はない。二人とも本来は攻撃が主だからだ。

 敵は主に物理攻撃ばかりなので、ダイアナとセーニャが手分けをしてスカラをかけた。その後は、カミュがカンダタに急所を入れ、かいしんのいちげきを出したのを皮切りに、シルビアがムチ、ベロニカが再びイオ、セーニャがバギで攻める。多種多様な攻撃に翻弄されるカンダタ団。ダイアナは弓を引きながらカンダタの急所を狙っていた。

 つい先ほど、カミュがいちげきを出した所と同じ場所――動いているせいで少し狙いにくいが、場所さえ分かれば問題ない。

 狙いを定めて矢を放てば、カンダタは悲鳴を上げて倒れる。かいしんのいちげきが出たのだ。

「ナイス!」

 カミュに褒められ、ついダイアナの口元が緩む。かなりの手応えにダイアナはその後すっかり気が抜けてしまった。だが、残るは子分たちだけなので問題ない。ベロニカが全体魔法で一掃した。

「ひっ、ひいいい……!」
「あ、待ちなさ~い!」

 戦意喪失したカンダタ団は目にも止まらない速さで逃げていく。慌ててシルビアが追おうとしたが、彼らの逃げ足は侮れない。岩場の陰に止めていたらしい小舟に向かって駆けていく。

「ダイアナ、やるじゃねえか。見事ないちげきだったぜ」

 短剣を鞘に戻し、カミュが近づいてきた。ダイアナは照れて下を向く。

「カミュが狙った所を真似しただけよ」
「それでもだよ。狙う場所さえ分かればってことだろ?」
「今回のは、本当にたまたま……」
「んな謙遜すんなって」

 邪気なく笑うカミュの笑顔が眩しい。頬を染めてダイアナが目を逸らすと、どこからか「だからイチャイチャすんなって言ってんだろ!」と聞こえてきたような気がした。

 カンダタ団を追うのは諦め、戻ってきたシルビアは屈んで何かを拾いあげた。

「それが黒コショウ?」
「ええ。黒コショウはとっても高価でね、コショウ一粒は黄金一粒って言われるくらいの一級品なのよ」
「黒コショウ……」
「黄金一粒……」

 イレブンとカミュは気もそぞろに呟いた。シルビアは慌ててコショウを持ち上げ、二人の視界から外した。

「駄目よ! これは盗まれた人に返してあげなきゃ」
「でも、カンダタ団はさっさと逃げ帰っちゃったし、持ち主はどうやって探すの?」
「そうねえ。でも、やっぱり人の物だし、手をつけるのはよくないわ。しばらく持っていて、もしそれでも持ち主が現れなかったら、その時に考えましょ」
「素材……」
「黄金……」

 まだ名残惜しげに呟いている者が二名いたが、シルビアは意に介さなかった。

「さ、そろそろ日も暮れるわ。船に戻りましょうか。明日からはまた長い航海の始まりよん」
「今度は船酔いしないといいわね」
「ベロニカもね」

 ダイアナとベロニカは笑い合った。

 孤島でのバカンスは半日ほどで終了し、それからはまた真面目に虹色の枝を追う旅に戻った。