24:囚われの身

 つい先ほどまで大通りの露店はほとんど準備中だったのが、少し洞窟に行っている間に、すっかり賑やかになっていた。

 店だけではない。観光客もたくさん訪れているようで、ゴンドラも特に予約で一杯のようだ。

「や~ん、ロマンチックじゃない♪ もうすぐあのステージの上にイイ男たちが勢揃いするのね♡」

 奧のステージは、着々と準備を終えようとしていた。コンテストが始まる頃には、きっともっと煌びやかになっていることだろう。

「ねえ、イレブンちゃん、カミュちゃん。ヤヒムちゃんの顔も見たいし、さえずりのみつはアタシたち女四人で届けてくるわね。その代わり、あなたたちはコンテストの場所取りをしておいてほしいの。良い男がよく見える場所を取っておいてね♡」

 言うが早いか、ルンルンと軽い足取りで去って行くシルビア。カミュははあーっとため息をつく。

「面倒くさい仕事は全部男任せかよ……。まあいいや。やることもないし、とりあえず広場まで行ってみようぜ」

 イレブンと連れだって広場へと進むカミュ。何となくその後ろ姿を見ていたら、ベロニカがダイアナの足を小突いた。

「一緒に行きたかったら一緒に行ってもいいのよ?」
「遠慮します」
「素直になってもいいのよ?」
「ベロニカ!」

 思わず怒ると、ベロニカはピューッと走ってセーニャの元まで避難した。姿だけでなく足の速さまでネコになったかのようだ。全くもう、と三人を追い掛けようとしたダイアナだが、ふと目の端を横切ったものに固まり、足を止める。

 階段を上った先――ちょうどその曲がり角の所で兵士が歩いて行くのが見えたのだ。ただの兵ではない。デルカダールの兵だ。

 サーッと血の気が引くのを感じた。デルカダールの鎧を着た兵が一人でこんな場所にいるわけがない。グレイグかホメロスか――とにかくどちらかと共に来たに違いない。何のために? もちろんイレブンを捕まえるためにだ!

 ダイアナはできる限り顔を隠しながら三人の元まで走った。そして物陰まで引っ張る。

「ダイアナ様? どうされたのですか?」
「デルカダールの兵がいたの」

 ただそれだけの言葉で、三人はすぐに理解してくれた。

「ヤヒムちゃんにみつを渡して、アタシたちは早くここから逃げないとね」
「私はイレブンたちに伝えてくるわ」
「私もご一緒しますわ!」

 シルビアとベロニカ、ダイアナとセーニャに別れ、速やかに移動した。すぐにでもダイアナたちは中央の会場に行きたかったが、荷車が道を塞いだり、違法に露店が建っていたりで、全く前に進めない。

「私は上の道から行ってみるわ」
「では、私は入り口から回り込んでみますわね」

 一旦セーニャと別れ、ダイアナは会場を目指した。所々道は塞がれているものの、この調子なら会場へ行けそうだ――と思ったのも束の間、よそ見をしていたダイアナは人にぶつかりそうになる。

「あ――ごめんなさい」
「これはこれは……。やはり姫様でしたか」

 美しくも冷たい声。

 一瞬にして身を固くして顔を上げれば、そこにはやはり見まごう事なきホメロスの姿があった。

「逃亡者は人混みに紛れるもの。コンテストを利用し、悪魔の子を炙り出そうと画策していましたが、その必要はなかったようですね」

 ダイアナは咄嗟に逃げだそうとしたが、一手先を読んだホメロスに二の腕を掴まれる。振りほどこうともがいても男の力には敵わない。

「あなたがここにいらっしゃるというのであれば、やはり悪魔の子も一緒なのでしょう? さあ、私と共に来ていただきましょうか」
「いや……離して!」
「しばらく見ないうちに随分お転婆になられましたね。髪も切られたのですか。長い方がお似合いだったのに」

 ホメロスの長い指がさらりとダイアナの髪をさらっていく。何故だかぞわぞわと鳥肌が立つのを感じた。

「お願い……聞いて、ホメロス」

 震える身体を押さえ込み、何とか彼を説得できないかとダイアナは引き留める。

「イレブンは悪魔の子なんかじゃないわ……。あなたも直接話せばきっとよく分かる。お人好しで優しくて、好奇心が一杯で……。これまでイレブンがどれだけの人を助けてきたか数え切れないくらい。お願い、助けて……見逃して……」
「イレブン、イレブン……」

 嘲笑の響きでホメロスは笑う。

「姫様も随分肩入れされているようですが、あの者の人となりなどどうでも良いのです。勇者というだけで罪。生まれてきただけで罪。そこに人の情などいりません」
「あなたは……」

 一体いつからそんな人になったの? もしかして、私が気づかなかっただけで最初から?

 戦慄が走ったダイアナを、ホメロスはそのまま引きずるようにして連れて行った。逃げだそうにも片手だけでは弓を扱えず、攻撃呪文も覚えていない。ダイアナにはなすすべもなかった。

 東から回って会場にたどり着いた二人は、その中央で騒ぎが勃発していることに気づく。たくさんのデルカダール兵に取り囲まれているのはイレブンとカミュだ。

「姫様を人質にするまでもありませんでしたね」

 薄笑いを浮かべながらホメロスは二人に近づく。

「まさか人目も憚らず堂々とコンテスト会場にやって来るとはな。愚かなネズミ共よ」
「――ダイアナっ!?」

 イレブンとカミュは随分と体力を消耗しているようだった。倒しても倒してもキリがなく、後から後からいくらでも兵がやって来るからだろう。

「聞きたまえ、ダーハルーネの民よ!」

 ホメロスは声を張り上げた。コンテスト会場にて物々しい戦いが繰り広げられているのは町民の注目の的で、皆が彼を見つめた。

「私はデルカダール王の右腕、軍師ホメロス! そして……あの者こそ悪魔の子イレブン! ユグノア王国を滅ぼした災いを呼ぶ者だ!」

 ホメロスは真っ直ぐイレブンを指さす。町民から悲鳴が上がり、皆の彼を見る目ががらりと変わる。

「ちがっ――」

 咄嗟にダイアナは否定しようとした。自分も名乗りを上げ、イレブンは悪魔の子などではないと、間違っているのはデルカダールの方だと叫ぼうとした、しかし。

 ――声が……出ない?

「――っ、――っ」

 咄嗟に喉に手を当てようとしたダイアナは、すぐにホメロスの手とぶつかった。彼は撫でるようにダイアナの喉に触れた後、何事もなかったかのように手を戻す。

 ダイアナは、呪いを受けたというヤヒムのように口をパクパクさせることしかできなかった。まさか、ヤヒムも彼が――?

 もの言いたげに何かを訴えかけるダイアナを皆が不思議そうに見つめる。もどかしくなってホメロスを睨むも、彼はこちらを見ていなかった。

「この方はデルカダール第二王女、ダイアナ姫であらせられます。しかし、悪魔の子によって拉致され、あまつさえこのように恐ろしい呪いで声を奪われる始末。我が婚約者にこのような仕打ち、私が悪魔の子捕縛に名乗りを上げるのは当然でありましょう!」

 ホメロスの切なる演技に、町民はわっと怒り立つ。

 誰しもがイレブンのことを悪く言う。違う、本当は違うのに――!

「無駄な足掻きは止めるんだな。さあ、大人しく――」
「待ちなさ~いっ!」

 兵に合図をし、ホメロスがイレブンたちを捕縛させようとしたところで、黄色い声が乱入した。この声は――とダイアナの顔が期待に輝く。

「アタシの仲間ちゃんたちにおイタする子はお仕置きよっ!」
「お仕置きよっ!」

 派手な衣装を着た旅芸人に、可愛いネコのきぐるみを着た女の子。

 肩の力が抜ける出で立ちをした者の登場につい毒気を抜かれた兵たち。ホメロスはすぐさま一喝した。

「おい、何だあいつらは! 警備の者たちは何をやっている!」
「ほらほらっ! さっさと退かないと火傷するわよ!」

 手の中で火の玉を作り出し、ベロニカはホイホイッとそれを兵たちに投げつけた。それに逃げ惑う兵たちはすっかりイレブンたちのことを失念しているようだ。

「……ちっ、まだ仲間がいたとはな。お前たち、何をしている! さっさと取り押さえろ!」

 シルビア、ベロニカの姿はあった。もう一人、セーニャは……?

 こっそり辺りを見渡したダイアナは、西の灯台から回り込んで近寄ってくる彼女の姿に気づいた。ベロニカたちに気を取られている今のうちなら逃げ出せるかもしれない――しかし、すぐ側にホメロスがいる。どうにかして彼の注意を逸らさないと。

 ダイアナは、咄嗟にホメロスの腰に腕を回し、剣を抜くと、彼に突きつけた。思っていた以上にその剣は重く、左腕だけでは震える。ホメロスは薄く笑った。

「まさか、私を脅すおつもりですか? その細腕で? 笑止千万!」

 二人が逃げ出すまでの時間さえ作れればいい。自分のことはどうでも良かった。ここまで一緒に旅ができただけで幸せだ。デルカダールに連れ戻されても、たぶん――きっと、殺されはしないだろうから――。

「――置いてけるわけねえだろ!」

 カミュの声がした。と思った瞬間、ホメロスが腕を押さえて後ずさっていた。カミュのヴァイパーファングが腕に、イレブンのかえん斬りが急所に入っていた。

「来い! 逃げるぞ!」

 ダイアナの手を取り、カミュが駆け出した。イレブンはその前を走っている。更にその先には、手を上げるセーニャもいる。

「逃がさんぞ!」

 すぐに追い掛けようとしたホメロスだが、足下の魔方陣が発動し、たたらを踏む。カミュが事前に仕掛けていたジバリアが行く手を阻んだのだ。

「くっ、小癪な!」

 闇の力を右手に集め、ホメロスは狙いを定めた。こうなってしまっては、狙うはただ一人、悪魔の子のみ――。

 第六感が働き、振り返ったカミュは、咄嗟にダイアナを押しやった。そしてイレブンの前に身体を投げ出すようにして飛び出す。

「危ねえ、イレブン!」
「カミュ!」

 強力なドルマを食らったカミュはそのまま地面に倒れ込んだ。ダイアナはよろめきながら彼に駆け寄り、ホイミをかけようとしたが、はくはくと口を開くことしかできず、無力を痛感する。

 カミュはダイアナの手を振り払って叫んだ。

「オレのことは構うんじゃない! 早く逃げろ!」
「――いけません、イレブン様! カミュ様の思いを無駄にしては!」
「ダイアナ!」

 早く行け、とカミュが押しやるも、ダイアナは動かない。そこから立ち上がることができなかったのだ。ポロポロと涙を落とし、カミュの手を握る。

 置いていけるわけないじゃない……。

 もう誰も死なせたくはなかった。イシの村のようなことはもう二度とあってはいけない。あんな悲しいことは、もう二度と……。

「随分と手こずらせてくれたものだ」

 影が差し、ホメロスの声が降りそそいだ。いつの間にかたくさんの兵が取り囲んでおり、倒れたままのカミュを上から兵たちが押さえつける。ダイアナも両側を兵士に固められた。

「連れてこい」

 両手をがっちり押さえられ、カミュは無理矢理歩かされる。王女ということもあってか、身体には触れられなかったものの、武器を取り上げられ、声すらも奪われたダイアナは無力でしかなかった。

 ふと顔を上げると、辺りはもう薄暗い。いつの間にか太陽が隠れ、月が昇り始めていた。港町に夜が訪れようとしていたのだ。