21:ダーハラ湿原
一泊して充分な疲れを取ったダイアナは、とても清々しい気持ちで目覚めた。隣を見ると、ベロニカもセーニャもまだ夢の中だ。ダイアナはゆっくり身支度をしながら二人が起きるのを待つ。
「ふわ……もう朝?」
「おはよう、ベロニカ。イレブンたち、もう起きてるみたいよ。向こうの部屋が騒がしいの」
「お子ちゃまねえ……」
むにゃむにゃ言いながらベロニカは起き上がる。眠たそうに目を擦るベロニカも可愛くて仕方がなかったのだが、そんなことを口にすれば「子供扱いしないでったら!」と言われること間違いなしなので、胸の中に仕舞っておく。
「私、朝食を食べてくるわね。ゆっくりしてて」
「ありがと。あたしはセーニャを起こしてから行くわ。この子ったら、寝起きが堪らなくひどいの。――ほら、セーニャ、早く起きなさい」
「お姉様ったら気が早い……まだ夜じゃありませんか……」
「カーテンを閉めてるから暗いだけ! 外はもうとっくに朝よ!」
そんなやり取りを聞きながら、ダイアナは一階へ降りた。一足早く朝食を食べていたのはイレブンだ。
「おはよう。早いのね」
声をかけると、イレブンは場所を空けてくれた。有り難く隣に腰掛けると、彼はゴソゴソバッグを漁った。そして取り出したるは、輝くきんのゆびわ。
「わあっ……それどうしたの? もしかして、昨日作りたいって言ってた?」
こくりと頷き、イレブンは他に二つ取り出した。とても可愛いお揃いの指輪だ。
「くれるの? 残りはベロニカとセーニャに? ありがとう!」
パッと笑みを浮かべ、ダイアナは早速指に嵌めてみた。光にかざしてみると、キラキラ光って綺麗だ。ネックレスはよくしていたが、指輪はあまり身につけたことがなかったので新鮮な気持ちだ。
「可愛い……ありがとう。大切にするわ」
「マジか!? おまっ――イレブン! 何して……!?」
そんなほのぼのした空気をぶち壊したのはカミュの慌てた声だ。あわあわとイレブンとダイアナとを見比べている。
「お前ら、いつの間にそういう関係だったんだ!?」
「……?」
イレブンとダイアナは揃って首を傾げる。もしかして、指輪が羨ましかったのだろうか?
「イレブン、あなたにもあげる予定だって」
「オレにそういう趣味はねえぞ!?」
「男の人でも指輪をする人はたくさんいるわ。守備力だって上がるし、恥ずかしがらなくてもいいのに」
「は……?」
カミュは思考を停止する。ようやくと理解が行き渡り始めた頃だった。ダイアナの指にあるのはきんのゆびわだ。飾り気のない、ただ守備力を上げるためのもの。
「装備品……装備品な!」
早とちりしてしまったのが恥ずかしくてカミュは笑って誤魔化した。ぱふぱふのことと言い、指輪のことと言い、カミュはどうも昨日から失敗ばかりだ。いや、そもそもイレブンとダイアナが関わるからこんなことになっている気がする……と若干責任転嫁を始めたところで、ようやく残りの仲間たちも続々降りてきた。
「おはようございます……」
「おはよう、セーニャ。まだ眠そうだけど、大丈夫?」
「この子がこんななのはいつものことなの。あら? それはどうしたの?」
テーブルの指輪に目を留めるベロニカ。イレブンはそれを手に取って姉妹に渡した。
「くれるの? ありがとう!」
「お揃いのこと、気にしてくださってたんですね。嬉しいですわ。ありがとうございます」
「へ~、イレブンちゃん、鍛冶もできるのね。さすがだわ」
イレブンの向かいに座り、シルビアが感心したように言った。イレブンはもごもご何かを言う。
「時間が足りなくてカミュちゃんとアタシの分は作れなかったって? そんなの気にしなくてもいいのに~。え? 今夜作ってくれるって? やん、さすがは勇者ちゃん! 楽しみだわ~」
「シルビアさん、さすがただ者じゃないわ。早速イレブンと会話ができてる」
思わずベロニカが呟く。未だイレブンと会話をするのに苦労することがあるのに、仲間に加入して早々イレブンと会話を成立させるなんてなかなかの遣り手だ。
「三人で旅をしてた頃は、まだもう少し話していた気がするけど」
思い返すようにしてダイアナは言う。――うん、確かにイレブンの声を聞く機会はたくさんあった気がする。
「…………」
「どうやら、仲良くなればなるほど無口になっていくタイプらしいぜ」
イレブンの沈黙をカミュが説明した。ベロニカは呆れて空を仰ぐ。
「どういうタイプよ……。それに、今の沈黙でどうしてそこまで分かったのよ」
「カミュはイレブンの相棒だから、不思議と何が言いたいかも分かるのよね」
「相棒って言葉だけで片付けないでほしいわ!」
自棄になってベロニカが叫ぶ。だが、事実なので仕方がない。
イレブンとカミュ、二人の会話に聞き耳を立てている時、時々ではあるが、カミュの声しか聞こえない時があるのだ。イレブンの声が小さいというわけではなく、本当にカミュしか話していないのだ。ただ、会話は成立しているらしく「マジか!」とか「そうだよなあ」とかカミュの相づちを打つ声も聞こえてくる。一体二人の間でどんな会話が繰り広げられているのかつくづく不思議に思った瞬間でもある。
誰かがイレブンに質問した時、なんならカミュが代わりに答える時もある。イレブンもカミュの返答に相違あるわけでもない様子でうんと頷くので、誰もその状況に突っ込めずに流してしまっていたのだが。
「さすがは相棒ね」
そう機嫌良く言うダイアナに、ベロニカはじっとりした視線を向ける。
「自覚がないって恐ろしいわね」
「……ベロニカ?」
「あんただって時々同じ境地に達してることあるわよ」
ダイアナは目を見張り、おろおろ首を振った。
「そんなこと――私とイレブンは、ちゃんと会話して……」
「イレブン。一言も発してない時あるから」
「…………」
「あなたたちって、ホント面白いのね~」
シルビアの間延びした声により、この終わりの見えない会話は打ち切られた。
朝食を食べた後は、いよいよダーハルーネへ向けて出発した。西へ続く道にはまだまだ広大な砂漠が広がっていたが、ようやくと暑さに慣れてきた一行は、さほど苦労することなく関所を通過した。
岩窟を通り抜けると、その先はすぐ浅瀬と海が見えた。ついそこまで砂漠が広がっていたとは思えないほど雄大な海がずっと続いている。
途中でキャンプ地もあったため、休憩を取りつつダーハルーネを目指す。
やがて、緑豊かなジメジメした地――ダーハラ湿原にたどり着いた。湖の上に桟橋が架かった綺麗な場所だった。ここはまた今までと随分違う魔物が生息していたが、同時に思わずイレブンが歓声を上げるほどの素材の宝庫でもあった。イレブンのやる気に勝てる魔物はそこにはおらず、特にあおバチ騎兵はすぐさまイレブンに倒され、乗り物を奪われた。
「なっ――イレブンちゃん、何やってるの!?」
「さすがのシルビアさんも、これには驚かずにはいられないわよね」
「ああなった時のイレブン様は誰にも止められないんです」
「説明になってないわよ、セーニャちゃん!」
驚くシルビアを余所に、イレブンは辺りを周回して素材をかき集めた。満足して戻ってくると、待たせたことを皆に謝る。
「それはいいんだけど……勇者ちゃんって、意外と大胆なのね」
「追われる身なのに王子の代わりにレースに参加するような奴だぜ? 今に始まったことじゃねえよ」
何故だかカミュの言葉にストンと納得し、それ以降はシルビアも温かくイレブンを見守ることにした。
イレブンが消えるたび他五名は彼待ちで待機することになるのだが、その間も魔物が襲ってくることは多々あった。特に厄介なのがマドハンドの「なかまをよぶ」で、できるだけ仲間を呼ばれないうちに一気に殲滅したいカミュは、攻撃魔法を使えるイレブンを呼び戻しに行ったが、一体どこまで行ったのか、彼の姿は見る影もない。仕方なしにベロニカのイオラやセーニャのバギに頼る他なかった。
ダックスビルのさそうおどりも厄介といえば厄介だ。それほど攻撃も痛いわけではなく、落ち着いて戦えば勝てる相手なのだが、いかんせんこちらを強制的に踊らせる技を持っている。シルビアはこの耐性があまりないらしく、しょっちゅう踊らされていたし、そしてカミュは――。
「あんた、何よあの踊り! 格好つけちゃって!」
「うるせえ! ガキっぽい踊りよりはマシだね!」
「お二人とも、喧嘩は止めてください……。私だってあまりダンスは得意とは言えませんもの」
「もう……もうあの技は受けたくないわ……。皆が真面目に戦ってる時に、自分一人だけダンスだなんて……!」
「皆、ごめんなさいね。アタシ、踊りって聞くと居てもたってもいられない性格なのよ」
それぞれがそれぞれの個性溢れる踊りを披露してしまった五人。ホクホクした顔で戻ってきたイレブンに怒りやら呆れやらが向けられたのは言うまでもない。