18:バクラバ砂丘
サソリの捕獲ということで、道中はお互いに何ができるかをシルビアと話した。聞くに、彼もなかなかの遣り手のようで、獲物は短剣や片手剣、ムチも扱えるらしく、呪文は攻撃力を少し上げることのできるバイシオンや、眠りや魅了などの状態異常を解除できるツッコミもできるようだ。
攻撃面だけでなく、サポート面も非常に頼りがいがありそうで、早速ベロニカも彼を見直していた。
西の関所を通り抜けると、奧にストーンサークルで囲まれたバクラバ石群があった。周囲にまほうつかいたちがたくさんいるのが少し不気味だ。
ただ、今回の目的はサソリなので、遺跡はそのまま通り過ぎ、奧へ奧へと進む。途中大きなオアシスがあったので、少し休憩もできた。バクラバ砂丘は、サボテンに擬態したサボテンボールがよく生息する土地で、イレブンはその魔物を見かけるたびになぜか積極的に戦闘を仕掛けに行った。どうやら、サボテン亭の主人に頼まれたサボテンゴールドを探しているらしい。
だが、サボテンゴールドのような転生モンスターはまれにしか現れないようで、嘆くイレブンをカミュが引きずることでようやく先へ進むことができた。
太陽が傾き始めた頃に一行はファーリス王子たちと合流した。ファーリスは木陰となっている岩窟でへたり込んでいる。イレブンたちがやって来たのを見て、彼は力なく手を上げた。
「とりあえず今日はここで休んでいくことにしたんだ。サソリを捕まえるのはまた明日ってことで」
「ええ、ここらで休むのは賛成だわ。サソリちゃんは手強いって噂だものね」
「なんだ、あなたも来てくれたのか」
「微力ながら、アタシも手伝わせてもらうわ」
一行はキャンプの準備を始めた。一緒にたき火を囲むところまでは良かったものの、問題は夕食についてだ。
「そうだ、シェフを連れてくるのを忘れていた! 今日の夕食はどうするんだ?」
「王子……さすがに戦地へシェフを連れてくるわけにはいきませんよ。夕食はパンです」
「パン? パンだけか? これで明日に備えろと?」
ファーリスは悲しそうにパンを口に詰める。だが、食べ終えても大してお腹は膨れなかったようで、イレブンたちの方を見やる。
「あなたたちの中に料理ができる人はいないのか?」
女性が三人もいることから、期待が大きいのだろう。だが、生憎とこの三人は皆が皆料理下手だった。ベロニカは自分たちの腕前について言及することはなく、カミュを指差した。
「カミュ、こう見えても料理上手なの。いつも作ってもらってるわ」
「でも、突然だったから材料も何も持ってきてねえよ」
「サボテンボールがいる」
ふとイレブンが呟き、皆は驚いて彼を見た。久しぶりに彼の声を聞いた気がする。
「そういえばそうね。確か、サンドフルーツを落とすのよね」
「サボテンボールがいる辺りは本物のサボテンもあるから、果肉を拾えるわ」
「そいつはいい! サボテンステーキとデザートが一気に手に入るじゃないか!」
ファーリスは嬉しそうに手を打つ。だが、カミュだけはイレブンの本意に気づいていた。
「お前、絶対にサボテンゴールド狙いで言っただろ? 正解だろ、ん?」
イレブンがそうっと目を逸らした。やはり正解だったらしい。
だが、食材が乏しいのは事実なので、仕方ねえかとカミュは腰を上げた。イレブン、シルビアもその後に続き、ダイアナたちも立ち上がろうとしたところでファーリスが制止する。
「女性たちにまで行かせるほどのことではないよ。お前たち、イレブンさんたちを手伝ってやってくれ」
「はい」
ファーリスの指示で配下の兵が立ち上がった。だが、ファーリスは相変わらずのんびり座ったままだ。
「すまないが、食材集めは頼んだよ! ボクはここで女性たちの護衛と火の番をすることにする」
いや、お前も来いよとカミュは内心でツッコむが、ただまあ、王子であることを考えたらこの待遇も当然か? と少し分からなくなってくる。
とはいえ、ファーリスがいても戦力になるかは怪しいので大人しく食材集めに旅立つ。
人数が人数なだけに、食材集めは意外と早く終わった。のだが、イレブンがサボテンゴールドに固執するあまり、逆に時間がかかったかもしれない。しかし、その苦労もあって、ついに念願叶ってサボテンゴールドと遭遇した。
事前に聞いてはいたが、転生モンスターであるサボテンゴールドには随分手を焼かされた。生粋の魔法使いベロニカ、たちどころに傷を癒やしてくれるセーニャ、状態異常を得意とするダイアナの三人が抜けていたのも大きい。
だが、代わりにサマディーの兵が四人増えているため、攻撃力という面では大幅に増加だ。短期決戦を仕掛け、こちらの体力を削られないうちになんとか倒しきることができた。
サボテンゴールドが落としたゴールドサボテンを拾い上げた時のイレブンの嬉しそうな顔と言ったらない!
これだけでちょっとお腹一杯になったカミュだが、もちろんキャンプに戻って来てちゃんとサボテンステーキを作った。サボテンを調理するのは初めてだったが、トゲトゲを抜いてそれらしく炒めれば充分だった。皆からも好評だ。
サンドフルーツは食べやすい大きさに切り、皆で囲んで食べた。甘酸っぱくてシャリシャリとした食感が楽しいデザートだ。ダイアナもつい顔を綻ばせて無心で食べていると、斜め向かいのファーリスがじっとこちらを見つめているのに気づいた。視線が合うと、ファーリスは慌てて笑みを取り繕う。
「ああ、すまないな、女性の顔をジロジロと。知り合いに似ていたもので……」
ハッとしてダイアナは俯いた。油断するなよと隣のカミュが小突く。頷き、ダイアナは更にフードを目深に被る。
「君たちは、シルビアさんも、いろんな所を旅してるんだろう? 一つお願いがあるんだが……」
ファーリスが重々しく切り出したかと思えば、次の瞬間、彼の口から出てきた言葉に五人は固まる。
「君たちは、悪魔の子の噂を聞いたことがあるか? 何でも、自称勇者がデルカダール王国に現れたため、牢に捕らえたら、そこの囚人と共に脱獄したらしい。今もどこかをうろついているんだとか。デルカダールから注意するようにと報告を受けたんだ」
「自称勇者……」
残念な肩書きにされてしまったイレブンは目を丸くしている。まだ悪魔の子と呼ばれた方がマシなくらいかもしれない。
「実は、勇者がしでかしたのはそれだけではない。デルカダールの姫も一緒に拉致したそうなんだ」
居たたまれなくて、ダイアナはもはや真下を向いていた。イレブンたちもどこか緊張の面持ちで黙って聞き入る。
「災いをもたらす悪魔の子や残忍な脱獄囚と共に、ダイアナ姫が今もなおどこかを連れ回されているのかと思うと、ボクは気が気でないんだ。もしひどいことをされていたらと思うと……」
「あなた、そのダイアナちゃんって子のこと、大切に思ってるのね」
「まだ数回しかお会いしたことはないんだけどね。でも、とても美しい人だった。悪魔の子がダイアナ姫に魅入られ、思わず連れて行ってしまったのも頷ける……」
そうなのか? と茶化すようにカミュがイレブンを見た。どういうつもりなのか、イレブンは大真面目に大きく頷いた。
「デルカダールの軍師ホメロスと婚約するのだと聞いた時はショックだったよ。だが、彼女が幸せならと諦めていた矢先、こんなことになってしまって……。本当に悪魔の子は憎たらしいことをしてくれたものだ」
ダイアナはもはや顔を上げられず、立てた両膝に顔を埋めていた。あまりに居たたまれない。
セーニャは、憂いの表情を浮かべるファーリスと、まるで嘆き悲しむかのように顔を上げないダイアナ、二人の様子を見てピンときた。思わずベロニカに囁く。
「お姉様、だからダイアナ様はファーリス王子に会いたくなかったんだと思いますわ! 顔を合わせたら想いが募って、旅を止めてしまいたくなるかもしれないから……」
「何言ってるの。お尋ね者だから会えないだけって言ってたじゃない」
「ああ、おいたわしや。心に思う方がいるのに、二回りも歳の離れた別の男性と結婚することになるなんて」
すっかり物語の世界に入り込んだセーニャはベロニカの声など聞こえていなかった。
「話は分かったわ。アタシもロトゼタシア中を巡って旅をしているところなの。もしダイアナちゃんのことが分かったらあなたに伝えるわ」
「ありがとう! そうしてくれると助かるよ」
「あー、ファーリス王子? あんたも疲れてるだろうし、そろそろ明日に備えて寝た方がいいんじゃねえか?」
「そうだな。そうするとしよう」
ダイアナを気がかりに思ってカミュが声をかければ、ファーリスは素直にその場に横になった。やがて、そう間を置かず気持ちよさそうないびきが聞こえてくる。寝付きが良すぎだ。ダイアナはようやく顔を上げることができた。
ファーリスとその兵たちが寝入ると、途端に辺りは静けさを取り戻した。パチパチとはぜるたき火を見つめながら、不意にシルビアが尋ねる。
「あなたたち、男女五人で旅なんてロマンチックじゃない? どうして旅なんかしてるの?」
「今はまだ全てが明らかになったわけではありませんが……」
例によってイレブンがシャイなので、セーニャが代表して口火を切った。
「勇者に纏わる伝説……その全ての謎を解き明かすために命の大樹を目指す旅をしているのです。もしかしたら、世界に災厄をもたらしたという邪悪の神と戦う日が、近い将来訪れるのかもしれません……」
「駄目よ、セーニャ! 見ず知らずの旅芸人にそんなことまで話しちゃ!」
シルビアが聞き上手なせいか、つい勢い余って余計なことまで話してしまったセーニャ。だが、シルビアは気にすることなくあっけらかんと笑う。
「へー! 皆の笑顔を奪おうとする邪悪の神ちゃんって悪い奴が復活するかもしれなくって、あなたたちはそれを倒すために旅してるって言うの? 何それ、面白そうじゃな~い!」
「こんな話を鵜呑みにするなんて、あんた変わってんな」
「そう言うシルビアはどうなのよ? なんで旅をしてるの?」
「ふふっ、アタシのことはいいわよ」
少しの沈黙の後、誤魔化すように笑うシルビア。ふわっと欠伸をしてそのまま地面に横になった。
「さっ、明日はサソリちゃんと決戦よ。お喋りはこれくらいにして寝ましょ」
「何だよ、もったいぶりやがって。ったく、変な奴だぜ」
そう言うカミュも自分のことに関しては秘密主義なのでシルビアのことを言えない……とダイアナは思わず彼のことをじっと見つめていたが、「何だよ」とカミュに見つめ返されたので、彼女もまた誤魔化すように笑うしかなかった。