16:城下町の散策

 部屋の外から元気な声が響いてきたので、ダイアナはイレブンたちが帰ってきたことを知った。寝入ってしまったカミュを置いて外に出ると、ベロニカが不思議そうに話しかけてきた。

「カミュと一緒じゃなかったの? 買い物について行くって言ってたのに、あいつったらどこをほっつき歩いて……」
「ちゃんと来てくれたわ。でも、熱中症みたいで、今はベッドで休んでるの。そっちの部屋で大樹の枝の話聞かせてくれない?」

 真向かいの、女性用として予約した部屋でイレブンたち四人はそれぞれ椅子やベッドに腰を下ろした。

「ファーリス杯の準備で忙しそうだったから、王様には枝の話ができなかったんだけど、代わりにファーリス王子と約束をしたの。今夜サーカスを観ながら話をしようって。なんでも、王子の頼みを聞いたら虹色の枝のことを王様に掛け合ってくれるそうよ」
「虹色の枝?」

 聞き慣れない呼び方にダイアナが尋ねる。

「サマディーではそう呼ばれてるそうよ。国宝らしいわ」
「頼みごとを聞けば枝を譲っていただけるかもしれないなんて、ファーリス王子はとても親切な方ですわね」
「私も数回しかお会いしたことはないけど、国民思いの優しい方だったわ」
「精悍な顔つきをしていらっしゃって、まさに王子様って感じでしたね」

 ふわっとセーニャが笑う。実はここにも一人王子様がいるのだが、彼女はもしかしたら忘れているのかもしれない。

「とにかく、枝のことはうまくいきそうだし、人気のサーカスは観られそうだし、夜まで暇だから買い物もできそうだしで、いいことづくめね!」
「でもお姉様、ファーリス王子とお会いできないダイアナ様は、サーカスを観られないんじゃ……」
「あ、そうだったわね! ダイアナの分のチケットも買わなきゃ!」
「私はいいわ。お金ももったいないし、お留守番してるから」
「駄目よ! 今は人気の旅芸人が来てるらしいじゃない? せっかくここまで来たんだからサーカスを楽しまないと」

 そう意気込んだベロニカは三人を引き連れてサーカステントまでやって来たのだが……生憎とチケットは全て完売していた。

「ねえ、そこを何とかできない? 一人だけでいいのよ。ちょこっとでも空いてない?」
「人気の旅芸人が来るってもんで、朝一には売り切れちゃったんだよ。悪いね、お嬢ちゃん」
「むむむ……」

 ベロニカは悔しそうに歯噛みするが、どうにもならないのは仕方がない。ダイアナは苦笑して彼女の手を引いた。

「ベロニカ、私はいいわ。ありがとう」
「せっかくだから皆で観たかったのに……」
「後でお土産話を聞かせて。ねえ、それよりも買い物をしましょうよ。防具屋に涼しい服が売ってるらしいわ」
「……そうね、切り替えていきましょ!」

 腰に手を当て、ベロニカはまた元気よく歩き出した。お財布兼荷物持ち係のイレブンは三人の後ろから寡黙についてくる。

 防具屋は城下町東の角にあった。道具屋の主人が言っていたように、店内にはサマディーの気候にあった涼しそうな服や防具がたくさん売られている。

「まあ、見てくださいお姉様! これ、とっても可愛いです!」

 セーニャが指差したのは、紫を基調としたおどりこの服だ。確に可愛い……が、随分と布面積の少ない服だ。涼しくはなるのだろうが、些か色気がありすぎるような気もする。

「ホント、可愛いわ! きぬのローブじゃ守備力が足りないと思ってたところなのよね。……って、あたしは着られないじゃない! どうしてサイズがないのよ」

 そう言って怒るベロニカだが、彼女の見た目年齢でこれを着るのはさすがに駄目だろう。

 ダイアナはそう思ったが、火に油を注ぐことにならないよう胸の内に秘めておく。

「せっかくだから試着してみなさいよ」

 ベロニカに勧められ、セーニャはおどりこの服を試着した。セクシーな服だが、清純な雰囲気のセーニャと何故だかとても相性が良かった。

「バッチリ! セーニャ、似合ってるわよ」
「本当ですか? イレブン様はどうですか?」

 男性側の意見も欲しいと思ったのか、不意にセーニャがイレブンを見れば、彼も頷いて褒めた。

 ただ、ダイアナだけはやはりまだ消極的だった。

「セーニャ……本当に大丈夫? ねえ、ベロニカ。やっぱり止めさせた方がいいんじゃない? 肌が……」
「あんたも心配性ねえ。このくらいの露出、なんてことないわよ。サマディーじゃその辺にたっくさんいるじゃない」
「それはそうだけど……」
「ダイアナは着ないの? サイズも在庫もあるでしょう?」
「む、無理よ無理! 私にはとても着られないわ」

 お腹と胸元と二の腕を曝け出す服は、さすがに恥ずかしくて着られない。いくら暑くても我慢しよう、とローブを守るように握る。

「でも、きぬのローブじゃ守備力が物足りないでしょ? 皮のドレスはどう? 少しは上がるわよ」
「そうね……。このくらいだったら」

 ローブよりは身軽かつ涼しそうだ。ドレスの値段を確認していると、ダイアナは上の棚に飾られているものに目を留めた。白いターバンで、中央にある紫色の石がアクセントになっている。

「ねえ、カミュにはこれをお土産にしない? 暑いの苦手みたいだから」
「そうね。あのツンツンヘアーにも意外と似合いそうだわ」
「イレブン様は? 何か買われないのですか?」

 セーニャに言われ、女三人の前で影を薄くしていたイレブンが前に進み出る。彼が気になっていたのは盾のようだ。後衛を三人も抱えているため、それだけ前衛であるイレブン、カミュの守備力は重要になってくる。

 イレブンはしばらく悩んでいたようだったが、やがてせいどうの盾を購入することにした。

 四人はそれぞれ新しい防具を新調することになったが、ベロニカは何も買わなかった。みのまもりを考慮していつも彼女には一番後ろで援護してもらってはいるが、それでも守備力が低いままなのは気にかかる。だが、ベロニカはあまり気にしてなさそうだった。

「気に入ったものがなかったから、あたしはいいわ。その代わり、武器屋で新しい杖を新調してもらおうかしら」

 そう笑ったベロニカは、宣言通り、武器屋でようせいの杖を買ってもらい、ご満悦だった。彼女を先頭に歩きながら、ダイアナはコソコソイレブンに近づく。

「イレブン、実は渡したいものがあるの」

 不思議そうな顔をするイレブンに、ダイアナはさっと後ろからあるものを取り出した。

「じゃん! レシピブック!」
「……!」
「宿屋の本棚にあったから、軽く写してきたの。でね、中にまじょの服とまじょのターバンの作り方が書かれていたから、ベロニカにどうかなって思って」

 イレブンの目がキラリと輝いた。どうやら、彼もベロニカだけ防具を揃えられなかったことが気がかりだったらしい。

「ねえ、そこ二人。何してるの? 早く夕食食べに行きましょ」
「あ、はーい!」

 ダイアナとイレブンは駆け出し、ベロニカたちに追い付いた。

「ねえ、夕食はどうする? たくさん店があって、どこがおいしいのかさっぱりだわ」
「それなら、サボテン亭っていう酒場はどう?」
「酒場? でもあたし、この身体じゃお酒飲めないのよね」
「安心して。サボテンジュースもあるし、何よりサマディー名物、サボテンステーキがとってもおいしいらしいの! サボテンは健康や美容にも良くて女性に大人気なのよ」
「へえ。ダイアナって詳しいのね。もしかして、あたしたちがお城に行ってる間に調べてくれたの?」
「私、もともといろんな国のことに興味があって調べてたの。どこが観光地だとか、何がおいしいだとか。だから、ちょっとだけ詳しいかも」
「まあ、では新しい町へ行ってもダイアナ様がいらっしゃれば一安心ですね」
「そこまでじゃないけど……」

 謙遜しつつ、ダイアナは照れくさそうに下を向いた。実際、ダイアナは本で読んだことくらいしかないので、本当にちょっと詳しいだけだ。ただ、あそこへ行ってみたい、ここはどんな所なんだろうという好奇心だけで調べ物が進む進む。いつか行ってみたいとは思いつつも、きっと叶わないだろうと諦めていたのに、まさかこんな形で身を以て様々な土地の文化を体験できるとは。

 調べ物については完全に自分の趣味だったが、こうして誰かの役に立つと誇らしい気分だ。

 それから、急遽サボテン亭へ向かった一行だが、生憎とサボテンステーキはメニューになかった。店主によると、ステーキは絶賛改良中でお休みしているらしい。困っている様子の彼の話を聞き、イレブンは一人、改良のためにゴールドサボテンを手に入れてくることを約束していた。

「全く、お人好しなんだから」
「イレブン様は勇者様にふさわしい方ですわ。困ってる方を見過ごせないなんて。お姉様もそう思ってらっしゃるでしょう?」
「ちょこっとね」

 お目当てのステーキはなかったものの、城下町で一番賑わっているサボテン亭の料理はどれもすばらしくおいしかった。特に女性陣に人気だったのがサボテンサラダだ。サボテンは初めて食べたが、少しネバネバしていて山菜のような食感だった。さっぱりとした酸味で、食べれば食べるほど癖になる味だ。

「はーっ、もうお腹一杯! これ以上食べたら太っちゃうわ」
「お姉様の場合、もっとたくさん食べないと背が伸びないのでは?」
「セーニャ……。あんまり適当なこと言わないでちょうだい。あたしがその言葉を信じて食べ過ぎちゃったらどうするのよ」
「コロコロ太ったお姉様も可愛らしいと思いますわ」
「あんたに言ったあたしが馬鹿だったわ」

 テーブルで頭を抱えるベロニカを横目に、イレブンは会計を済ませた。すすすとその隣に並び、ダイアナはもう一つサボテンサラダを持って帰りたいことを店主に願い出た。これもカミュへのお土産だ。サラダなら食欲がなくても食べやすいだろう。

 カミュはまだ寝ているかもしれないので、サラダはイレブンに預けて部屋へは入らないつもりだったのだが、ベロニカが勢い余って突入した。

「カミュ! もうすぐ王子との約束の時間だけど、体調はどうなの?」
「ったく、騒がしいのが帰って来やがった」
「何よ、人が心配してるのに失礼な男ね」

 ぷんぷん怒ってはいるものの、ベロニカも本気ではない。ぬるくなったスライムゼリーをヒャドで冷やしてあげている。

「サラダを持って帰ってきたの。食べられる?」
「ああ、ちょうど腹が空いてたところだ。助かったぜ」

 カミュはサラダを受け取り、しゃくしゃく音をさせながら勢いよくサラダをかっ込んでいく。この様子では、すっかり本調子に戻ったようだ。

「お土産もあるのよ。ねえ?」

 ダイアナがイレブンを見ると、彼は頷き、ターバンを取り出した。カミュの表情が明るくなる。

「おっ、ターバンか。こりゃいい。悪いな」

 早速カミュはターバンを身につけた。よく似合っており、仲間たちからも好評だ。ただ、セーニャだけが少し悲しそうだ。

「でも、お揃いじゃなくなるのは寂しいですわ。私、イレブン様に作っていただいたはねぼうし、お気に入りだったんですが」

 そう言うセーニャは、頭にうさみみバンドをつけていた。おどりこの服にうさみみバンドという奇妙な組み合わせだが、守備力を重視した結果、そのようなコーディネートになったのだ。

「でも、魔物もどんどん強くなってくるし、仕方ないわ。あたしもあのぼうしは好きだったけど」

 ベロニカにも惜しまれるはねぼうしだが、カミュは正直おさらばできてちょっと嬉しく思っていた。はねぼうし自体に罪はない。問題はお揃いであることの方だ。

 五人で連れ立って歩いていると、「仲良いのね」とすれ違い様声をかけられることもしばしばあったのだ。そんな時、カミュはいつも恥ずかしかった。女子はまだいいだろうが、男だとそうはいかない。特にイレブンのことは理解できない。同じ男として、なぜわざわざお揃いを作ろうと思うのか。相棒たるイレブンの理解できない点の一つだ。

 あまり荷物を増やすのも得策ではないので、イレブンには悪いが、はねぼうしは売ってしまって路銀の足しにしよう。

 はねぼうしをそっと鞄に戻したカミュ。だが、彼は見た。セーニャに対して、良い笑顔で親指を立てるイレブンを。何を作るのかは分からないが、イレブンの夜更かしが決定し、そしてまたお揃いの呪縛から逃れられないことを悟った瞬間だった。