14:情報屋ルパス

 デンダとの戦いで体力を消耗していた五人は、魔物との戦いを避けながらホムラの里を目指した。道中、セーニャとベロニカが勇者について話してくれた。

「大いなる闇……邪悪の神が天より現れし時、光の紋章を授かりし大樹の申し子が降臨す――私たちの故郷に伝わる神話の一説ですわ」
「邪悪の神は倒されたはずなのに、なぜ勇者がこの世に生を受けたのか……。それはあたしたちにも分からない。そこで、真実を突き止めるために、あんたを勇者と縁の深い命の大樹へ導く死者としてあたしたちが大抜擢されたってわけなのよ」
「命の大樹か。そこに行けば、全ての謎が明らかになるってんだな? じゃあさっさとそこに行こうぜ」
「あんたってホント考え無しね。命の大樹って空に浮かんでるのよ。簡単に行けると思ってんの?」

 これだからひよっこちゃんは、とベロニカは首を振る。カミュはぐっと堪え、何も言い返さなかったので、偉い偉いとダイアナは内心で褒めた。

「かつて邪悪の神と戦った勇者様は、空を渡り、大樹から使命を授かったそうですが、その記録も時の流れに埋もれてしまいました」
「なんだよそれ。あんたらにも分からないってことか? 命の大樹ねえ……うん? そういや、さっき助けてやったおっさん……」

 顎に手をあて、カミュがニヤリと笑った。

「ようやく思い出した。ルパスと言えば、有名な情報屋だったな。おっさんなら命の大樹について何か知ってるんじゃねえか?」

 早速行こうぜ、と言うカミュに、ダイアナが苦言を呈した。

「でも、ルパスさんも疲れてるはずよ。ルコちゃんもパパが戻ってきてくれてホッとしてるところだろうし、明日にしない?」
「そうですね。せっかくなのでもう一度蒸し風呂に行きたいですわ」
「休むのはあたしも賛成だけど、蒸し風呂はもう嫌よ? 魔物にさらわれるのはもう懲り懲り!」

 女三人にやいやい言われ、カミュは肩身狭く今日は宿を取ることで承諾した。この一連の会話に一切口を挟まないイレブンの存在にベロニカがようやく気づいた。

「イレブン、あんたさっきから全然話してないじゃない。具合でも悪いの?」
「イレブンは恥ずかしがり屋なの」
「全く知らない人には臆せず話しかけられるくせにな」

 ダイアナとカミュに保護者のようなフォローを受け、イレブンは神妙な面持ちで頷いた。ベロニカは呆れた顔で首を振った。

「まさか、こんなのが勇者様だったの……?」
「こんなのって……。少し無口でシャイなだけよ」
「いいじゃありませんか、お姉様。可愛らしくて」

 可愛い……。
 ちょっとイレブンが落ち込んだ。そんな彼を励ましているうちに、ようやくホムラの里が見えてきた。一行はすぐさま宿を取り、男女で別れる。

「だーかーら! 嫌だって言ってるじゃない!」

 蒸し風呂へ向かおうとするセーニャに引っ張られながらベロニカが抵抗する。よほど魔物にさらわれた時のことがトラウマらしい。

「でもお姉様、この先いつお風呂に入れるか分からないんですよ?」
「魔物のことを心配してるのなら安心して。弓も持って行くから」

 ダイアナは弓矢を背負って微笑む。空を飛んでいる敵には弓が一番だ。それはベロニカも分かっているらしく、ついには観念した。

「分かったわよ……。あたしだってお風呂に入りたくないわけじゃないんだから」
「じゃあ決まりですわね!」

 上機嫌なセーニャが一番に部屋を出た。やれやれと肩をすくめるベロニカ、苦笑するダイアナも後に続く。

 騒がしい三人に気づいたのか、カミュが隣室から顔だけ覗かせた。

「お前たち、本当に蒸し風呂に行くのか? 気をつけろよ」
「ええ、ありがとう。イレブンはどうしたの?」
「また鍛冶場に行ってる。精が出るよな。最近『+3』が出ずに不調だから、コツを聞きに行くんだと」
「イレブン……」

 本当に真面目な勇者様だ。彼が節約のためにふしぎな鍛冶のコツを習得する間、自分たちは優雅に蒸し風呂なんて……。

「ダイアナ、早く行くわよ」
「ええ!」

 だが、やはりお風呂の魅力には勝てない。ごめんなさい、と心の中でイレブンに謝ると、ダイアナはベロニカたちの後を追った。

 さすがに百名まで無料、という催しは終了したらしく、三人は通常料金を支払い、脱衣所に入った。時間が時間だけに、他の客の姿はない。

「それにしても、いつまで経ってもお姉様が戻ってこられなかった時は焦りましたわ。てっきり私を置いて先へ行ってしまったのかと」

 へにゃりと眉を下げたセーニャは服を折り畳んで言った。

「そんなわけないじゃない。魔物と戦いながらセーニャのこと呼んだのに、来てくれなかったのはあんたの方よ」
「まあ、そうだったんですね。すみません。私、ホカホカストーンに水を掛けるのに夢中で聞こえていなかったのかもしれませんわ」
「あんたねえ……」

 呆れたベロニカが振り返った。――と、あるものを目にして大きな瞳を丸くする。

「ダイアナ、あんた……」
「え?」
「意外とナイスバディなのね。着痩せするタイプなんだ」
「なっ!? なに、言って……!」

 ダイアナは思わず今脱いだばかりのきぬのローブで身体を隠した。だが、そんな羞恥も何のその、セーニャは遠慮もなしにマジマジとダイアナを見つめた。

「まあ、本当ですわね。一体何を食べたらそんな風に……」
「見ないで……」

 あわあわと動転し、ダイアナは後ずさった。こういうことにさっぱり免疫がなかったので、なんて返事をすればいいのかが分からない。ただただ恥ずかしさが募る。

 これ以上何か言われる前にとダイアナは蒸し風呂へ移動した。だが、もちろん二人もついてくる。

「セーニャはもう少し頑張らないとね。まだ成長できるかは分からないけど」
「お姉様、ひどいですわ! 今私とダイアナ様を見比べましたね?」

 頬を膨らませ、復讐とばかりセーニャはダイアナに囁いた。

「お姉様だって、私と同じような体型なんですよ?」
「そ、そう……」

 これまたなんて言えばいいか分からない。ダイアナが困ったように笑うので、ベロニカは腰に手を当てた。

「ダイアナってホント箱入りのお嬢様って感じね。どうしてイレブンたちと旅をしてるの?」
「えっと……」

 何からどう話したものかとダイアナは頭を悩ませるが、結局答えはまとまらず、正直に打ち明けた。

「……私、デルカダールの王女なの」
「……ええっ!?」

 思いも寄らない情報に、姉妹は声を揃えて驚いた。さすが双子と言ったところか、驚いたその表情はそっくりだ。

「でも、イレブンのことを悪魔の子だって言い始めたのは紛れもなく私の父で……。イレブンが牢獄に入れられた時、私、我慢ができなくてつい脱獄の手伝いをしてしまったの。だから、今は晴れて一緒に追われる身」
「そういう事情があったのね……」
「心中お察ししますわ……」
「でも、お父様とはこれまでも仲が良かったわけじゃないから……。だから、今はやりたいことがやれて清々してるの」
「不自由はしなさそうだけど、王女様の暮らしってちょっと窮屈そうだものね」
「でも、ちょっと憧れてしまいますわ。お姫様なんて……。隣国の王子様と結婚したりするんでしょうか?」
「王子様ではないけど……婚約のような話は……」
「あったんですね!」

 きゃっとセーニャが両手を握った。その表情はまさに夢見る少女だ。

「どういう方なのですか? 王様? それとも身分違いの恋?」
「デルカダールの軍師よ。でも、こんなことになったから、婚約の話もきっと無しに――」
「まあああっ! 身分違いの恋ですわね! 素敵!」
「ごめんなさい。セーニャったら、こういう話に目がないの。娯楽のない場所で育ったから、余計夢見がちな話に憧れてて」

 ベロニカが頭を抑えた。姉の言葉など聞こえていない様子でセーニャは眉を下げる。

「でも、お辛いですわね。いつか、晴れてお二人が結婚できれば良いのですが」
「政略結婚だからどうかしら……。ホメロスには私よりももっといい人が現れると思うわ」
「ダイアナ様は、その方のことお好きではないのですか?」
「いい人だとは思うけど、好きというわけでは……」

 まだ恋愛もよく分かっていないのだ。ダイアナは曖昧に答えるしかなかった。

「じゃあ、もしかしたらこの旅で運命の方と出会えるかもしれませんわね!」
「う、運命……?」
「ホンットごめんなさい。セーニャ、そろそろいい加減にしなさい」
「でもお姉様……」
「あたしたちの旅の目的を忘れたの? 楽しむのもいいけど、ほどほどにしないと!」
「はい……」

 しゅんとしてセーニャは静かになった。小さい女の子にセーニャが怒られている図がなんだかおかしくて、ダイアナはクスクス笑った。

「二人は本当に仲が良いのね。服装が色違いなのも可愛いわ」
「昔はよく髪型と服装を取り替えっこして皆を騙してみたりもしたんだけど、この姿じゃそんな悪戯もできそうにないわね」
「あと十年は待たないとできませんわね」

 ぽやぽやセーニャが言った。ベロニカが十歳成長する間にセーニャも十歳成長しているのだが、これ以上は突っ込まない方がいいだろう。

 その後も三人はとりとめのない話をしながら、蒸し風呂で気持ちの良い汗を流した。あんまり話が弾むので、長居しすぎてすっかりのぼせてしまったくらいだ。


*****



 翌朝、一行はルパスとルコを探した。てっきり宿屋に泊まっているものと受付の男に尋ねたが、まだ帰ってきていないという。また何か事件に巻き込まれたのかと焦るも、よくよく探してみれば、彼らは未だ酒場にいた。

「ねえパパ……もうかえろうよ。おみせのひとにめいわくだよ」
「あと一杯だけだから大丈夫だって」

 ぐでんぐでんに酔っ払ったルパスは、どうやらあの後一晩中ここで飲み明かしていたらしい。

「よう、おっさん。ご機嫌じゃねえか」

 ルパスのすぐ側のテーブルに手をつき、カミュは笑いかけた。

「オレさ、おっさんのこと思い出したんだ。あんた、裏社会では結構名の知れてる情報屋のルパスさんだろ? なんでも、生まれつきの不運を逆手にとって厄介ごとに巻き込まれちゃあ、そいつをネタに商売してるって話だが……違うか?」

 カミュの言葉にルパスは一瞬黙り、そしてくくくと笑い声を上げた。

「バレちまったならしょうがねえ。そうさ、天才情報屋ルパスたあ、俺のことよ。なんだ、何か知りたいのか?」
「ああ。おっさん、命の大樹を知ってるか? どんな情報でもいい。あんたが知っていることを教えてくれ」
「ほう……命の大樹とはデカいターゲットだな。いいだろう、あんたたちは命の恩人だし、とっておきのネタを教えてやる」

 こうして、ルパスはホムラの里に来るまでのことを話してくれた。サマディーの城でキラキラ七色に輝く枝を見かけたこと、彼の勘によれば、それこそが命の大樹! ……の、枝だということ。

「枝とは言え命の大樹。ずっと輝き続けてるってことは、勇者を導いてくれるに違いないわ」
「ひとまずサマディー王国に向かいましょうか」
「サマディーってのは砂漠にある国だろ? こりゃ念入りに身支度しねえとな」

 気候が読めないので、新しく防具を買うことは避け、とりあえずは水と食料、馬を調達した。女性陣は道具屋でスライムピアスの可愛さに盛り上がったが、余計な支出を避けるため、泣く泣く諦めた。

「お金が貯まったらぜひ買いに来たいわね」
「三人でお揃いにしたいわ」
「お揃いと言えば……イレブン様たちのはねぼうし、私、お揃いですごく可愛いなって思ってたんです」

 キラリとイレブンの目が光った。カミュが額に手を当てて空を仰ぐ。

「セーニャ……まずい一言だったぞ」
「え? え?」
「明日はイレブンの寝不足が決まったわね」

 ダイアナも難しい顔で嘆息する。ホムラの里で鍛冶への向上心がまた高くなった彼のことだ、セーニャの一言で、制作意欲に火がつくに違いない……。

 そんなこんなで、のんびり身支度を終えると、五人はいよいよサマディー王国に向けて出発した。南西には関所があり、サマディー王国の番兵が立っていたが、ベロニカたちが持っていたホムスビ通行手形を見せればなんなく通過できた。

 関所を通れば、その先は一転して果てしない砂漠地帯が広がっていた。カラカラと乾いた気候が身体中の水分を蒸発させ、刺すような太陽光もみるみる五人の体力を奪っていく。一度ここを通過したベロニカ、セーニャでさえ辛そうなのに、田舎者や箱入り娘、暑がりの盗賊は余計にだ。

「あちい……マジで死人が出るぞ……」
「情けないわね。これくらいでなによ」

 そう言うベロニカの顔は汗でダラダラだ。堪らず水筒を取り出して喉を潤していれば、目の端でカミュが胸元を広げたので噴き出しそうになってしまった。

「だらしない格好は止めなさいよ! レディがいるのよ、レディが!」
「あん? 見えないなあ、どこだ? レディは」
「こ・こ・に! いるでしょ!」

 ベロニカは怒ってぶんぶん杖を振る。カミュはヘラヘラ笑って聞く耳持たない。

「でも、私も目のやり場が……」

 目を伏せ、控えめにダイアナが言った。隣でうんうんセーニャも頷いている。

 同年代の女性にそんなに恥ずかしそうに言われると、途端に自分の方も恥ずかしくなってくる不思議。カミュはもごもご言いながら紐を締めた。

「男ってホント……」

 はああ、とベロニカがため息をついたが、カミュは聞こえない振りをした。