13:荒野の地下迷宮

 魔物のアジトは、ベロニカが言うようにひたすら長い階段を降りていった先にあった。どこかデルカダール神殿を彷彿とさせる造りとなっており、ここにも当然の如く魔物の巣窟と化している。

 外の魔物よりは手強いが、倒せないわけでもない。

 四人は順調に進んでいくが、通路を抜け、広々とした部屋に出た時、イレブンがあっと声を上げた。

「宝箱!」
「ま、待て、イレブン!」

 部屋と部屋とを繋ぐ通路にこれみよがしに置かれた宝箱。ど真ん中に置いてあるああいう代物は罠である可能性が高い。いたずらデビルの時のように中に魔物が隠れていたり、そもそも宝箱自体に化けている魔物だったり――。

 多くの旅人と同じように宝箱に目が眩んだイレブンは、カミュの制止の声も聞こえない様子で進んだ。――と、激しい崩落の音と共に、イレブンが立っていた地面が崩れ落ちた。

「イレブン!」
「大丈夫か!?」

 なんとか……と、弱々しい声が下から響いてくる。覗いてみると、イレブンがホイミをかけながら立ち上がっているのが見えた。ただの落とし穴ではないらしく、下にも通路が広がっているようだ。

「ったく、ヒヤヒヤさせやがって! その辺に階段か何かあるか?」
「近くにはないから、少しこの辺りを散策してみる」
「一人じゃ危ないわ」
「だよなあ」

 悩んだカミュは、バッグをダイアナに預け、身軽になると、穴からスタッと飛び降りた。そうして階下から見上げて叫ぶ。

「いいか? お前たちはそこから一歩も動くなよ。迷子が増えたら面倒だからな。いざとなったらリレミトを使うから、もしオレたちが一向に戻ってこなかったら入り口に戻ってろよ。いいな?」
「分かったわ。気をつけてね」
「全く、幸先が不安になってくるわね」

 ポッカリ空いた落とし穴からは、イレブンとカミュの元気な声が響いてくる。

「うわっ、こいつ、一体どこから現れた!?」
「倒しても倒しても復活してくる!」
「魔物は後だ! とにかく上へ上がる方法を探すぞ!」
「あっちに宝箱が――」
「んなもんは後でいい!」
「……あの二人の相手、大変でしょ?」

 やけに同情的な眼差しでベロニカが見てきた。ダイアナは苦笑いを浮かべる。

「そんなことないのよ。カミュは戦闘でも旅でも頼りになるし、イレブンは優しくて癒やされるの」
「ふーん……」

 今のところ、ベロニカの二人に対するイメージは「子供」相手でも突っかかってくる短気なカミュ、ボケボケッとしていて間の抜けたイレブンと、散々なものだ。満場一致でセーニャを助けると約束してくれた時は頼もしく感じたが、やはり気のせいだっただろうか。

 ふうとため息をつくと、ベロニカは壁にもたれかかった。


*****



 イレブンたちを待っている間、時々魔物が襲ってくることもあったが、そんな時はダイアナが弓で追い払った。

「ベロニカちゃ――ベロニカの故郷のラムダって、どんな所なの? 話には聞いたことがあるんだけど、詳しい情報が載ってる本を読んだことがないの」
「そりゃあ、険しいゼーランダ山をずーっと登った先にあるもの。旅人だって滅多に来ないから、情報が降りてこないのも当然よ」

 そう前置きをしてベロニカは語り始めた。

「ラムダは、かつてロトゼタシアを救った勇者ゆかりの地でもあるの。みんな魔法の腕に長けていているのよ」
「そうなのね。山の奥にあるなんて、とても神秘的な所なんでしょうね。ベロニカとセーニャちゃん、二人だけで旅をしてるの? ご両親は……」
「両親はラムダに残ってるわ。あたしたち姉妹には、果たさなくちゃいけない使命があるの」
「使命……?」

 もっと詳しく聞いてみたかったが、ゼイゼイと肩で息をしたイレブン、カミュが現れたので、そんなわけにもいかなくなった。

「おかえりなさい。大丈夫?」
「ったく、散々な目に遭ったぜ……」

 恨みがましげにカミュはイレブンを振り返る。ニコニコ笑っているイレブンのバッグが、落とし穴に落ちる前よりも膨らんで見えるのは、きっと気のせいではないだろう。

 それからも、たびたび一行は落とし穴の罠にはまった。盗賊の経験から落とし穴を見つけ出そうとカミュは躍起になるのだが、その矢先にイレブンが嵌ってしまうのだ。意外と苦労性のカミュが何度自ら落とし穴を降りていったことか。

 特に、三度目にイレブンたちが戻ってきたとき、梯子も何もない穴からスカルライダーに乗って壁を駆け上ってきた時は度肝を抜かされた。耐性のあるダイアナでも驚かされたくらいなので、ベロニカはなおのことだ。

「あ、あ、あんたたち、一体何やってるのよ!」
「何って……梯子がなかったから、魔物に乗って」
「魔物に乗るだなんて聞いたことがないわ! それに、仮にもあんた――」

 ベロニカは何かを言いかけたが、飲み込んだ。

「とにかく気をつけてよね。あたし、もう待ちくたびれたわ」
「そうよ。イレブンは宝箱を見つけても走りださない。素材を見つけてもふらふら行かない。カミュの言うことはよく聞く。いい?」
「……ごめん……」

 ダイアナの説教が効いたのか、それからのイレブンは大人しかった。その上、ここにも不思議な大樹の根っこがあったため、僅かだが落とし穴の場所が判明した。おかげで、それからは順調に進むことができた。

 大きな泉がある部屋に辿り着いた時、ベロニカは急に泣きそうな顔で駆け出した。

「セーニャ……セーニャったら! しっかりしてよ!」
「セーニャ?」

 泉の側には、ベロニカとよく似た緑色のワンピースを着た金髪の女性が倒れていた。だが、その年の頃は十七、十八くらいで、決してベロニカの妹と言える年齢ではないはずだ。

「どんな時もずっと一緒だって約束したじゃない。ねえ……返事してよ、セーニャ……」

 ベロニカがセーニャを揺すると、彼女はピクッと身体を動かし、やがて身を起こした。ふわあ、とのんびり欠伸をする。

「すみません、私、人を探していて、疲れて泉の側で休んでいたら、そのまま眠ってしまっていたようですわ。……まあ、お姉様!? なんというお労しい姿に……」
「え? あんた、あたしが分かるの!?」

 セーニャの驚きっぷりに負けず劣らず、ベロニカも目を丸くした。

「何年もお姉様の妹をしてますもの。ちょっと姿が変わったくらいで間違えたりしませんわ」
「も……もう! それは良いとして、紛らわしい倒れ方しないでよ! あたし、てっきりあんたが――」
「二人とも……。お取り込み中のところ悪いけど、私たち、何が何だか……」

 ダイアナたち三人はすっかり置いてけぼりを食らっている。「悪かったわね」とベロニカは三人に向き直った。

「実は、あたしとこの子は双子なの。こんな見た目になっちゃったのにはふかーい訳があるのよ。あたしをさらった魔物はね、ここをアジトにしてたくさんの人をさらっては魔力を吸い取って集めていたんだけど、魔力を吸い尽くされないように堪えてたら、どんどん年齢の方も吸い取られたみたい。それで今はこんな格好ってわけ」
「そんなことがあったのね……」

 これでベロニカがいやに大人びている理由がよく分かった。ダイアナがしみじみ呟くと、それに勢いを乗せてベロニカが腰に手を当てる。

「つまり、こう見えてあたしは歴とした年頃のおねーさんなの。これからは子供扱いしないでよね! 『ちゃん』付けも禁止!」
「ご、ごめんなさい……」

 ビシッと指を突きつけられ、ダイアナは落ち込んだ。ちょっとませた妹ができた気分だったのだが、そんなに世間は甘くないようだ……。昔はよく妹や弟がほしいと思っていたので余計にだ。

 先へ進むと、中央にまた大樹の根があった。だが、辺りにはもう落とし穴がありそうな通路もないので、そのまま扉へ向かった。押して開こうとすると、どこからともなく声が響いてくる。

「ココヲ通リタクバ合言葉ヲ言エ」
「合言葉? 何のことだ?」
「お姉様はご存じないのですか?」
「セーニャ……囚われてたあたしが知ってるわけないでしょ?」
「イレブン、大樹の根なら、何か知ってるかもしれないわ」

 頷き、イレブンは戻って大樹の根に手をかざした。何が始まるのかとセーニャはきょとんとしながら見つめている。

 やがて、先ほども大樹の根で見た影のような魔物が扉へ近づく様子が映し出された。扉からの問いかけに少し悩んだ後、合言葉を口にする。そこで映像は途切れた。

「今の、なんなの? さっきも同じことが起こったわよね?」
「とても不思議な光景でしたわ。まるで目の前で見ていたような……」
「その、なんだ……イレブンの特殊能力的な?」

 まさかイレブンが勇者だと明かせるわけもないので、カミュが下手に誤魔化した。だが、性格的に鋭く追求しそうなベロニカは「なるほどね」と言って話を終わらせた。

 ちょっと拍子抜けしながらも、イレブンたちは扉へ近づいた。先ほどと同じように扉に合言葉を問いかけられるが、イレブンは自信満々に叫ぶ。すると、鍵がガチャリと開いた。そうっと扉を押すと、イレブンたちは隙間から中を覗き込んだ。

「オレがあれだけ注意したのに獲物に逃げられやがって! ごめんなさいじゃ済まねえんだよ!」

 中には何体かの魔物がいた。竜のような魔物と影のような魔物だ。

「あのベロニカっつう女はただ者じゃねえ。桁外れの力と極上の素質を秘めた、何年に一度現れるか分からねえ逸材だった。あの女の魔力を全部お納めすれば、いずれ現れる魔王様の右腕になれたろうに、それをお前らはアァァァッ!」
「あの竜の側に大きなツボがあるでしょ?」

 イレブンの後ろからひょっこり顔を覗かせながら、ベロニカが囁いた。

「あたしの奪われた魔力はあそこにみっちり閉じ込められているはずだわ」
「何とか魔物達の気をそらしたいところだけど……」
「お、お姉様っ!」

 何か異変を感じたのか、セーニャがいやに緊迫した声を上げる。何よ、と訝しげに振り向いたベロニカの目の前には一体の魔物が。

「きゃーー!!」
「ぎゃーー!!」

 ベロニカの悲鳴に驚き、魔物も叫んだ。二人の叫び声が辺りに響き渡り、もちろんそれは中の魔物たちにも聞こえている。

「な……なんだおめーらは!? このデンダ様のアジトに勝手に入り込みやがって! ……ん?」

 ぽっこりお腹のデンダは、こちらを睨みつけている小さな少女を見て笑った。

「ははーん、なるほど。おめーらは俺が取り逃がした獲物をわざわざ届けに来てくれたって訳か。さあ、野郎ども! 仕事の時間だ! こいつらの魔力全部吸い尽くしてやるぞ!」
「返り討ちにしてやるわよ! あたしの魔力、返してもらうわ!」

 てやあっとベロニカは勇ましくデンダに飛びかかった。両手杖を振りかぶって殴るも、ポコンという可愛らしい音が鳴り響く。

「なあにが返り討ちだってえー? こんなの痛くも痒くもねえや!」

 大きな掌でデンダはベロニカを叩こうとした。が、すんででイレブンが間に入り、その攻撃を受ける。カミュが叫んだ。

「ベロニカ! 闇雲に突っ込むんじゃねえ!」
「てめえらも何ノロノロしてやがんだ! 早くあいつをやっちまえ!」

 デンダのこぶんが慌ててイレブンを狙い撃ちにした。真正面からヒャドを受けるも、すかさずセーニャがホイミをかける。

 デンダのこぶんは、次にカミュにラリホーをかけた。イレブンの方に気を取られていたカミュは一瞬にして眠りに落ち、ガクッとその場に倒れる。

「そう言うあんただってなに寝てんのよ! しっかりしなさい!」

 両手杖で殴るという攻撃的な方法でカミュは起こされた。「わりいっ……」と一瞬カミュは素直に謝るが、すぐに我に返ってベロニカを睨む。

「だからって殴ることねえだろ! 不可抗力だろ!」
「この方法がてっとり早かったのよ。あんた寝起き悪そうだし」
「んだとこのチビ……!」
「二人とも! 喧嘩してる場合じゃないでしょう!」

 ダイアナが一喝した。慌てて我に返る二人だが、もう遅い。こちらが悠長にしている間、デンダは大きく息を吸い込み、次の攻撃に備えていたのだ。

 お腹の底からの冷たい息は、すさまじい冷気となって五人を襲った。大ダメージと共に、一気に身体の芯が冷え、手足がかじかむ。ダイアナは矢を握るのさえ覚束なくなった。

 ただ、それはそれとして、今は回復が先決だ。イレブン、セーニャ、ダイアナがホイミで傷を癒やし、その間にカミュは土属性の魔法陣を仕掛けた。痛手を負ったまま相手の懐に飛び込むのは得策ではないと考えたのだろう。

「ぐっ! 小癪な……!」

 ジバリアでダメージを受けつつ、デンダはカミュに飛びかかって叩いた。ダイアナはラリホーで援護しようとしたが、デンダは大きな身体の割に意外と身軽で、なかなか呪文が当たらない。

「ギラ!」

 その間に、イレブンはこぶん一味を一掃しようと炎を放った。目を見張るほどの威力ではないが、グループ攻撃できるのが大きい。こぶんたちは悲鳴を上げて逃げ惑う。

「イレブン!」

 MPが少なくなってきたイレブンにベロニカがまほうのこびんを投げた。MPが回復し、イレブンはまたギラで追撃する。

「てめえら! 情けねえぞ!」

 デンダは大きく息を吸い込んだ。カミュが叫ぶ。

「また冷たいのが来るぞ! 身構えろ!」

 冷気が襲ってきた時、カミュはひらりと避け、イレブンはダイアナとセーニャを背に盾で耐えた。離れた所にいたベロニカは防御が間に合わず、大ダメージを食らう。

「仕方ねえ……。こいつだけでももらっていくぞ! てめえら、あいつを足止めするんだ!」

 ふらふらとようやく立っているだけのベロニカの前に立ちはだかり、デンダはニヤリと笑う。命令されたこぶんはイレブンたちを取り囲み、ラリホーやヒャドでベロニカへのカバーを妨げる。

「ベロニカ!」

 ダイアナが弓でデンダを攻撃しようとするも、指がかじかんでうまく当たらない。

「ぐははは! これで俺も魔王様の右腕に――ん?」

 デンダが一歩足を踏み出した時、罠が発動した。地面から燃えさかる巨大な岩が突き出し、デンダに大きなダメージを与えたのだ。

「デンダさんよ、足下に気をつけな」

 ニヤッと笑い、カミュはヴァイパーファングで追撃した。

「なっ、お前、いつの間に!」

 デンダは歯噛みして吠える。厄介な魔法を使うイレブンに気を取られ、カミュがゾーンに入っていたことにも気づかなかったのだろう。おまけに、デンダがもたもたしている間にイレブンはこぶんたちをギラで一掃したところだった。

「さあて、後はお前だけだな」
「ぐ……!」

 五対一のこの状況で、デンダに勝ち目はなかった。動こうとするたびに発動するカミュの火炎陣、それによって炎耐性が下がったのも嬉しい誤算で、イレブンのかえん斬りもかなり効いた。

 とどめの一撃が入ると、デンダはその場に仰向けに倒れた。

「くっ……魔王様の右腕になるという俺様の野望もここで潰えるのか……」
「おい、その魔王ってのはなんだ? さっきもそんなこと言ってやがったな」

 短剣を突きつけ、カミュが問う。デンダは不気味に笑った。

「くくく……いずれ魔王様にやられちまうおめーらに何を教えたって無駄さ……ぐふっ」

 それきり、デンダは息絶えたようだ。不穏な言葉に一同は困惑を隠せないが、ベロニカがパンッと手を叩いた。

「さっ、こうしていても仕方がないわ。ひとまずあたしの魔力を取り戻さないと」

 部屋の隅に置かれた壺の蓋を開け、ベロニカが中を覗き込む。――と、中から紫色の煙が噴き上げ、ベロニカの小さな身体を包み込んだ。

「これで魔力が戻るといいんだけど」
「お姉様……」

 祈るように両手を合わせていたセーニャだが、やがて霧が晴れ、そこに立つベロニカの姿を見て思わず膝をつく。

「そんな……魔力は戻らなかったのですね……」

 ベロニカは、相も変わらず子供姿のままだった。だが、彼女はにっこり微笑むと、ピンと人差し指を立て、その先に炎を宿して見せた。セーニャの目が丸くなる。

「ご心配なく。この通りすっかり元通りよ」
「ですがお姉様、そのお姿は……」
「年齢までは元に戻らなかったみたいね。でも、せっかく若返ったんだし、まあいいわよねっ!」

 天真爛漫にそうのたまうベロニカは、本気でそう思っているようだった。

「女って分からねえ」

 カミュが呟く。イレブンがそっと頷いたことに、ダイアナだけが気づいた。

「ところでお姉様……」

 セーニャは何やらベロニカに囁いた。ベロニカも頷き、イレブンに向き直った。そうして二人手を合わせ、微笑む。

「命の大樹に選ばれし勇者よ。こうしてあなたとお会いできる日をお待ちしておりました。私たちは勇者を守る宿命を負って生まれた聖地ラムダの一族。これからは命に変えてもあなたをお守りいたします」

 ――あなたは災いを呼ぶ悪魔の子などではありません。

 セーニャが静かに紡いだ言葉に、当事者ではないが、ダイアナは目頭が熱くなるのを感じた。勇者が悪魔の子ではないとダイアナも信じていた。だが、父も、グレイグもホメロスも、全員がそうだと口を揃えて言うのだ。味方のいない四面楚歌の状況に、ダイアナは不安と心細さを感じていたのだが、初めて会った二人も同じように信じてくれている。たったそれだけで随分と心が温かくなった。

「ま、あんたにはまだ話したいことが一杯あるんだけど、その前にもうちょっとだけあたしに付き合って。もう一人助けてあげたい人がいるの」

 ベロニカは奥の部屋へと案内した。物々しいそこは、いくつも檻が並ぶ牢獄だった。

「もう大丈夫よ、おじさん。あの悪い竜はあたしたちがやっつけたわ」

 デンダから奪った鍵でベロニカが檻を開けた。中から猫背の男がそうっと出てくる。

「いやあ、ありがてえ。もう少しであの魔物たちの餌にされるところだったぜ」
「全く、あんな可愛い娘さんをほったらかしてこんな所で魔物に捕まるなんて」

 やれやれとベロニカが首を振れば、男は目を瞬かせた。

「え? あんたらまさかあの子を……ルコを知ってるのか!?」
「心配しなくても大丈夫よ。ホムラの里の酒場で預かってもらってるから、里に戻ったらマスターにお礼を言うのね」

 どこか見覚えがあると感じていたその男は、ルコの父親らしい。男はホッと笑みを零した。

「ありがとう……俺の名前はルパス。あんたたちから受けた恩はきっと忘れねえよ
「ルパス? その名前、どこかで聞いたことあるような……」

 訝しげにカミュが呟く。ルパスはあからさまにギョッとした。

「そ、それじゃあ俺はルコが心配だから先に行くぜ。あんたたち、本当にありがとうな」
「あ、外は魔物が……一緒に――」

 ダイアナが全て言い終える前に、ルパスは脱兎の如くその場から逃げ出した。カミュは肩をすくめる。

「なんだ、あのおっさん? 何かやましいことでもあるのか?」

 カミュはなおも気になっている様子だったが、疲れていた一行は、ひとまずリレミトで迷宮を脱出することにした。

 イレブンの元に集まる五人。隣に来たカミュに、ベロニカは小さく囁いた。

「さっきはありがと。あんたのこと、少しは見直したわ」
「こりゃ明日はヤリが降ってくるか?」
「何よその言い草!」

 むうっとベロニカはカミュを睨む。素直なお礼がむず痒かったのか、カミュは茶化すように腕を組む。

「お前、オレのことは杖で叩き起こしといて、イレブンにはめざめの花使ってたのちゃんと知ってんだからな」
「細かい男ね!」

 キーッと睨み合う二人を差し置き、イレブンがリレミトを唱えた。ぼうっと辺りの景色が霞む中、なおも二人の言い合う声が響き渡る。

 喧嘩するほど仲が良いと言うが……。本当の意味で仲良くなれるのは、もう少し先になりそうだとダイアナは苦笑した。