06:次なる指示

「ただいま戻りました!」

 大手を振って帰還するニーナとナランチャを出迎えたのはブチャラティだった。すぐにフーゴとアバッキオも家から出てくる。

「ご苦労だった、二人とも」
「荷物は? 車もないようですが……」
「じ、実は敵スタンド使いに襲われまして……」
「なんだとッ!」

 ホルマジオという敵に襲われたこと、トリッシュを護衛しているのではと怪しまれたこと、応戦していたら、なんやかんやあって車と荷物共々炎上させる羽目になったこと、今にも死にそうな彼をニーナが手を手当てしてしまったこと……。

 全部を聞き終えると、フーゴがわなわな震えだした。

「ニーナ! お前もう一回言ってみろ!」
「だからお誕生日会って誤魔化そうとして……」
「そっちじゃあない! お前今、敵の傷を治したって言ったよな!? 放っておけば口封じできたのになんてことを!」
「だ、だって今にも死、死にそうで……」

 全身大火傷に、エアロスミスの銃弾をもろに食らったのだ。見過ごすことなどニーナにはできなかった。

「でも、完治はしてないよ。容態はひどいから、たぶん今の医療では一週間は目を覚まさないし……」

 スタンドの能力で、ニーナは怪我の具合が分かる。どれだけ重傷か、全治何ヶ月か……。だからこそ、このくらい治しておけば命に別状がない、という力加減もできるのだ。これも、パッショーネに入ってたくさんの怪我を治してきた賜物だ!

「そういう問題じゃあない!」

 フーゴに一喝され、ニーナはしょんぼりする。アバッキオも追随した。

「ブチャラティ! すぐこの隠れ家を出るべきだぜ!」
「ぼくがあれだけ注意したのにッ! コイツらときたらあ!」

 頭を抱えるフーゴに、いつから聞いていたのか、ジョルノが歩み寄った。

「ぼくは、ナランチャたちは……立派に敵を阻止したと思います。二人は的確な行動をしたと思います」
「ジョ、ジョルノ……!」

 なんて良い子!

 キラキラした瞳で見つめたが、ジョルノは決してニーナは見ず、あらぬ方向を見やる。

「敵の命を救うような甘さは、今後ぼくたちの首を絞めるかもしれませんが……」
「うっ!」
「しかし、敵のヒットマンチームに勘づかれた今、賢明なボスなら、きっと何か逃げる方法を指示してくるはずです。ボスからの連絡があるまで、ここを動くべきではないと思います」
「大した頭のキレだな! 参謀にでもなったつもりか?」

 チーム入りしたばかりのぽっと出にあれやこれや指示されるのが気にくわないのだろう。フーゴが横やりを入れるが、いち早くパソコンを確認していたミスタが車から顔を出す。

「ブチャラティ! ボスからメッセージが入ったようだぜェ!」
「――メッセージを確認する」

 ジョルノの言っていたことは本当だった。皆が顔を見合わせる中、ブチャラティが車内でメーセージを開いた。

「ポンペイの遺跡に行け。そこの犬の床絵の所にキーが隠してある。……すぐに調べろ!」

 すぐさま動いたのはミスタとフーゴだ。本と地図とでポンペイまでの距離と時間とを調べる。

「そのキーは、わたしの所まで娘を安全に連れてこれる乗り物のキーだ」
「乗り物? 何だ、安全な乗り物って」
「ヘリコプターだぜえ! そのキーはきっとヘリコのキーだぜ! ヘリコなら追っ手に捕まらずどこへでも行けるもの!」
「ヘリコプターなんて初めて乗る! 楽しみだなあ!」
「オレもちょっと運転させてもらえねーかな!」

 すっかりヘリコプターと決めつけてニーナとナランチャがわちゃわちゃしている傍ら、ブチャラティは冷静に指示を出す。

「ここからポンペイまでは十五キロ足らず……。一時間もあれば行ってキーを手に入れられるはずだ! フーゴ、アバッキオ、ジョルノ! 三人でポンペイに行き、キーを手に入れてくれ!」
「ハイハイ! わたしも行きたい!」

 右手を上げ、ピョンピョンアピールするニーナにアバッキオは厳しい目を向ける。

「元気だけは取り柄だな。遠足じゃあねえんだぞ」
「わ、分かってるよ……」

 ホルマジオとの戦いではほとんど見ているだけだったという無力感と、せめて買い物の失態を取り戻したいという気持ちがあったのだが、アバッキオの目には楽しそうに見えてしまったらしい。何が悪かったのか……。

 しかしニーナの気持ちを察してくれたのか、ブチャラティは優しく言う。

「ナランチャの一件でオレたちを怪しんでいる者がいることが分かった。市内に出れば狙われる可能性は大だ。怪我を治せるニーナが行ってくれたらより安全性が増す。だが、本当にいいのか?」
「うん!」

 連戦となることを心配しているのだろう。だが、ニーナは疲れ知らずなので胸を張った。そんな最中、家の扉からちょこんと顔だけ覗かせていたトリッシュに気付いた。頼んだ品物を受け取りに来たのかもしれない。ニーナは大きく手を振った。

「ト、トリッシュ!」

 初めて名前を読んでしまったとドキドキしながらニーナは彼女に近づく。

「ごめんね。ちゃんと言われてたものは全部買ったんだけど、爆発しちゃって……」
「爆発……」
「うん。でもこれ、頬紅だけは守ったよ!」

 実は、頬紅は二つ同じものを買ってきていたのだ。一つは自分用に。女っ気のない生活をしているので、メイク道具なんて一つも持っていなかったのだが、トリッシュと仲良くなりたくて、つい自分もと買ってポケットに入れていたのが唯一無事に残っていたのだ。高級品なのか、驚くほど高かったので、ニーナの財布はすっかり寂しくなってしまったのだが。

「わたし、メイクってやったことないんだけど、いつか教えてもらえたら嬉しいな」

 ニーナは、スタンドで傷は治せても服は直せない。ボロボロの格好でニコニコ立っているニーナを見て、トリッシュは視線を下げた。

「あなたには三番の頬紅が似合いそう」
「三番?」
「我儘言って悪かったわ」

 それだけ言うと、トリッシュは奥の部屋へ向かった。ニーナはしばしポカンとしていたが、みるみる口角が上がっていく。

「女の子の友達できるかも……!」
「今ので友達認定か!? オメーヤベーぞ!」

 ミスタに茶化され、ニーナは慌てて弁明した。

「だ、だからできるかもって言ったじゃん! まだ認定してない!」
「おい、ニーナ。騒がしいぞ。お前もついてくんならさっさと来い」
「う、うん……」

 行きたいとは言ったものの、ニーナの足取りは重たい。なぜかというと単純な生理現象であって――。

「お腹空いた……」

 ぐうぐう音を立てるお腹を押さえ、ニーナは肩を落とす。

「ブチャラティ……本当に冷蔵庫に何もないの?」
「ああ。隠れ家として備蓄していた食料は昨日全部食べてしまったからな。宅配でピッツァを頼んでおこう。お前たちの帰宅に合わせて」
「さっすがブチャラティ!」

 ピッツァは熱々が一番なので、気が利くリーダーである。ピッツァが待ってると思えばポンペイなんてあっという間だ。

「マルガリータがいいな! チーズたっぷりの!」
「分かった分かった」
「おいニーナ!」
「はあい!」

 せっかちなアバッキオに元気よく返事をし、ニーナは車に駆け寄った。運転はフーゴがするらしい。いつものようにニーナが助手席に行こうとすると、アバッキオがそれを制してジョルノに地図を押しつける。

「テメーが道案内しろ。下っ端の役目だ」
「分かりました」

 頷き、ジョルノは大人しく地図を受け取って助手席に乗り込んだ。

 道案内が苦手なニーナはホッとした。地図は苦手だし、おまけにフーゴはちょっとしたことでキレやすいので、いつも怒られてばかりなのだ。後輩ができるというのはなんて気持ちが良いものだろう!

 単にニーナの道案内が下手すぎて、結果、ポンペイまでずっとフーゴがキレ散らかす声を聞いていたくないから、とアバッキオが考えているとは思いもしないニーナである。

「じゃあ行ってくるね!」

 窓から顔を出し、ニコニコとニーナは手を振る。

「くれぐれも気を付けるんだぞ」
「はーい!」

 ウキウキとニーナは窓を閉める。行き先はポンペイ、それまで後部座席、家に帰ればマルゲリータ。

 少しばかりニーナが遠足気分になってしまうのも仕方ないだろう。