07:ポンペイ遺跡へ
目的地まで運転しながら、フーゴがポンペイについての知識を披露してくれた。とても興味深い……と途中までニーナも聞き入っていたのだが、しかしながらつい先ほどナランチャと共にホルマジオと戦ったばかりなので、車の揺れも相まってこっくりこっくり居眠りをかいていた、そんな最中。
「次とかそういう話じゃあないんだよ! そういう話じゃあ!」
ビクゥッ! と身体を揺らし、ニーナは飛び起きた。ついでにもたれていた窓ガラスに頭をぶつけてしまったので涙目になる。
「えっ、なに、もう着いたの?」
「ガキは寝てろ」
「ね、寝てないしッ!」
慌ててニーナは反論するも、たぶんよだれでバレバレだろう。それからも、ニーナは必死で睡魔と戦うも、フーゴの運転はキレなければ基本丁寧なので、再び夢の中へと旅立っていった。
しばらくしたら、車が停止する揺れで起きた。今度こそ到着したようだ。
「う~ん、良い天気だね! あんまり人もいないし」
「…………」
せっかく人が話しているというのに、フーゴもアバッキオも仏頂面だ。ジョルノも相変わらず表情の変化は少ない。
「ポンペイってさ、すっごい昔に壊滅しちゃった都市なんだよね? どうして壊滅したんだっけ?」
「ニーナ……お前寝ててぼくの話聞いてなかっただろう」
「へっ!? そ、そんなことないよ!」
「嘘つくんじゃあない!」
イライラしたようにフーゴがニーナの脇腹を突っついてくる。泣きそうになってニーナは逃げ惑った。
「だって眠かったんだもん! アバッキオ、突っつかないようフーゴに言ってよぅ!」
「いつまでもじゃれてんな。遊びじゃあねえんだぞ」
そう言いながら歩くアバッキオの足取りは迷いがないように見える。アバッキオの隣に避難しながらニーナは尋ねる。
「アバッキオはポンペイ来たことあるの?」
「ガキの頃遠足で来たきりだ」
「アバッキオにもそんな時代があったんだね」
「あ? ったりめーだろ。舐めてんのか?」
ちょっと冗談で言っただけなのにアバッキオが啖呵を切ってくるので、ニーナはジョルノの横まで逃げた。いつもならブチャラティやナランチャの側が安全なのだが、今回はアバッキオ、フーゴと特にキレやすい人ばかりなので注意が必要なようだ。
「ジョルノも二人を怒らせないように発言には気を付けなくっちゃあいけないよ」
「はあ、気を付けます」
先輩からのアドバイスなのだが、いまいちジョルノは分かっていないようだ。
フーゴを先頭に、一行は遺跡の中を進んでいた。犬の床絵まで百メートルほどというところで突然フーゴが立ち止まる。
「用心を。こんなに早く見つかるとは」
「何人だ?」
「一人……。今のところ。後ろの石柱の影からぼくらを覗いている」
「石柱……どの柱にいるんです?」
「ボケっとしてんなよ、ジョルノ! 柱は一本しかない。角度で見えないのか!?」
ニーナもどこに敵がいるのか分からなかったのだが、怒られているジョルノを見て賢く口を噤んでいることにした。だが、分からなかったのはアバッキオも同じなようだ。
「フーゴ……確かに柱は一本だが、オレも誰一人見えない!」
「ふざけんじゃあないぞ! 向かってくるぞ! スタンドを出したぞ! 誰が戦う!?」
一人焦るフーゴだが、ニーナたちにはさっぱり状況が分からなかった。しきりにフーゴは鏡、鏡と口にしている。
「この鏡がどうかしたんですか!?」
「まずい! 攻撃されるぞ! 鏡から離れろーッ!」
その声を最後に、フーゴの姿は突然消えてしまった。まるで最初からいなかったかのように忽然と。
「フーゴ! どこだフーゴ! おいお前ら! 何か見えなかったのか!?」
「分かりません! ぼくにも突然消えたように見えました!」
「わ、わたしもさっぱり……」
「チッ! フーゴ! どこだ!」
「フーゴは最後に鏡から離れろと叫んだ。石柱から出てきた男が見えないのかとも……。鏡……何か……この鏡に何かあるのか?」
ジョルノが鏡を調べ、アバッキオとニーナは辺りを捜索した。何か少しでもフーゴの手がかりが見つからないものかと探していたのだが、ふと気配を感じ、ゆっくり視線を滑らせると、鏡の近くでフーゴのスタンド、パープル・ヘイズが蹲っているのが見えた。
「ひぃぃッ! アババ、アバッキオ!」
「分かってる! おいジョルノ! ゆっくりとオレたちの方に来るんだ!」
「ゆっくりと何ですって?」
「いいから来いって言ってんだボケェ! もうゆっくりじゃあねェ! 早く来い!」
「なにッ!? こ、こいつは!」
ジョルノもパープル・ヘイズに気付いたようだ。反射的にスタンドを出したジョルノだが、アバッキオが素早く制止する。
「そいつには構うなッ! そいつは敵じゃあない! フーゴのスタンドだ!」
「そ、そうだよ、ホントに危険なんだって! 早く……早く離れてってばァ!」
ニーナは必死にジョルノの腕を引っ張るが、驚いたことにビクともしない。どうなってんのこの体幹ッ!?
「とにかく早く離れろ!」
アバッキオの必死の叫びにようやくジョルノも下がってくれてひとまずは一安心だ。フーゴのスタンドだけが出現しているのは謎だが、とりあえず彼自身は無事だという証拠だろう。
「フーゴはこいつを滅多に出さないんだ……。かなり追い詰められてなきゃあ出さない! つまり、フーゴはどこかで戦おうとしてるんだ! もっと下がれジョルノ!」
アバッキオがジョルノの肩を掴んだ矢先、パープル・ヘイズが空中を殴り始めた。まるでそこに敵がいると言わんばかりの勢いだ。そしてその能力の真価が発揮されたのか、無惨な死体となってカラスが一羽落ちてくる。
「カラスが! いきなりッ!」
「近づくなよ! パープル・ヘイズが拳を使うとき、何者もそばにいてはならない! 殺人ウイルスだ! あれがフーゴのスタンド、パープル・ヘイズの能力……」
「ウイルスですって!?」
「奴の手の甲を見ろ。奴が拳で殴ると、あのカプセルが破れる。そして中から噴き出すってわけだ! ウイルスが! ウイルスは空中に撒き散らかされ、呼吸か、皮膚接触で体内に侵入する。そして――」
アバッキオが説明してくれている間に、ニーナはパープル・ヘイズが怪我をしているのに気付いた。敵にやられたのかもしれない。
「ニルヴァーナ! 治してあげて!」
ニーナはすぐさまスタンドを出現させた。だが、指示に反してニルヴァーナはいやいやと全力で首と両手を振る。
「ちょっと! こんな時こそ勇気を出さなくっちゃあ! 大丈夫、スタンドにはウイルスは効かな――」
「効くに決まってんだろうがッ! このガキどもが、もっと離れろ!」
ニーナとジョルノ、二人の肩をグイッと掴んでアバッキオは充分後ろまで下がらせた。お守りをしている気分でアバッキオのストレスは沸々と溜まる一方だ。
パープル・ヘイズの方はというと、今は殴るのを止め、おかしな挙動をしていた。神経質に膝を擦っているのだ。
「……何してるんです?」
真面目な顔でジョルノが尋ねた。
「足についたよだれを擦ってるのかな」
アバッキオも真面目に答えた。
「いつも怒ったような顔をしているが、神経質な奴で、身体の汚れが気になるらしいんだ。言うなれば、スタンドの癖ってやつかな」
ついさっきまでは殺気立っていたのに、その人間くさい様子にニーナも思わず笑みを零す。
「ああして見ると、ちょっと可愛いよね。フーゴも綺麗好きなところがあるんだよ」
「スタンド自体に知的さはほとんどないみたいですね……」
ジョルノはこれを無視した。アバッキオもだ。
「凶暴な面だけを発現させているのだからな……。そしてそれは、フーゴにはあのパープル・ヘイズが見えてねえって証拠だ。完全にコントロールできてねえ。じゃあなきゃあ、あんな行動はさせねェ」
アバッキオの言った通り、パープル・ヘイズはいきり立ち、唐突に鏡を割った。恐ろしい咆哮に思わずニーナはビクつく。
「先を急ぐぜ、ニーナ、ジョルノ!」
舌打ちし、アバッキオは躊躇いもせず歩き出す。ニーナはポカンとした。
「え……アバッキオ、まさか」
「おいテメーら! ボサッとしてんなよ! 急げ!」
「質問します。行くってまさか、キーを取りに行こうというのでは? 今危機がせまっているフーゴを見捨ててですか!?」
「言葉に気ぃつけろよ貴様……! フーゴを助けたいのはオレもお前と同じ気持ちだ! だが、いいか、オレたちの任務はキーをとって娘を安全にボスのところまで護衛することだ! もし今フーゴの代わりにオレが襲われているのだとしても、オレは見捨ててほしいと思う!」
「言葉を返すようですが、そうは思いません! フーゴは危機に陥っていますが、敗北したわけではありません! 命をかけて彼を助けるべきです! それに、敵の能力の謎を解かずに動くのは、ぼくらにとっても危険です!」
「違う! 全員全滅する危険を冒すことがまずいんだッ! もう一度言う! 先へ進むぜ! 来いッ!」
「拒否します!」
ガンと言い張るジョルノにアバッキオは上から鋭い眼光で睨みつける。ニーナは慌てて二人の間に割って入った。
「仲間割れは駄目だよ!」
「ここで謎を解き、フーゴを助けて敵を倒す! それがみんなの安全を守ることです!」
「この状況では先輩であるオレの命令が絶対だ! それを拒否するってんだな……! 覚悟してろよ! ただしテメェが生き残ったらの話だがなァ!」
ジョルノの胸ぐらを乱暴に離し、アバッキオは言い放つ。そのままの気性の荒さで今度はニーナを睨みつけた。
「ニーナ、テメェはどうするんだ」
「……わたしもフーゴを置いて行くのは嫌だよ……。ニルヴァーナが反応してるの。フーゴが戻ってきた時に怪我の手当てをしたい」
ニルヴァーナは、血や痛みに反応する特性がある。今も反応があるということは、確実にフーゴは怪我をしている。
「チィッ!」
激しく舌打ちし、アバッキオは走ってキーを取りに行ってしまった。先輩に逆らってしまった、とニーナは少し落ち込む。
きっとブチャラティにも報告されてしまうだろう。きっとフーゴだってなぜキーを優先しなかったと言われるだろう。だが、正しいだけでは動けない人もいる。それが人情というものだ。
【STAND MASTER】
パンナコッタ・フーゴ

パープル・ヘイズ