59:風穴のかくれ家
湿っぽい洞窟を進むと、広々とした空間に出た。バイキングのアジトというだけあって、海に面した洞窟を根城にしているのだろう。どこからか漂う潮の匂いが強いので、入り口は近いのかもしれない。
辺りを見回してみて一番に目についたのは、きらびやかな黄金だった。うず高く積み上げられた黄金の山々は、お宝大好きなカミュでなくとも胸踊る。カツカツの旅をするうち、貧乏性が染み付いてしまったようだ。
「あれ、ぜーんぶおれのものになるんだぜ。黄金兵、運んでおけよ」
「エイサホー!」
いつの間に戻ってきていたのか、金色の魔物が従順に黄金を運んでいく。
「キラちゃんはお金持ちなのね」
「あったり前! 世界中の黄金を集めて世界一のお金持ちになるんだから」
可愛い夢にダイアナは微笑んだ。命の大樹は崩落してしまったが、まだ自分たちはこうして生きている。希望も夢も捨ててはいけない。
決意を新たにしたダイアナは、その後すぐ食料庫らしき場所を見つけた。ただ、ここを根城にしているバイキングたちの性格が窺えるようなそこは、決して衛生的とは言えない場所だった。乱雑に食料を置いただけの食料庫。きちんと保管しておかなかったせいで腐っている食べ物もある。入るのに少し躊躇してしまったくらいだ。
「ここ、もしかしてキッチンも兼ねてるのかしら? 調理道具もろくにないけど……」
「アイツらホントいい加減だな。もういいよ。その辺にあるもの適当に食えば腹は膨れるし」
「駄目! 何か……何か作るからちょっと待ってて」
こうなったら意地だ。お鍋とジャガイモ、タマネギは何とか見つけたので、ひとまず一度カミュから教わったことのあるシチューを作ることにした。探せばまだ他に食べられるものが見つかるかもしれない。
ダイアナが調理をしている間、マヤは黄金兵に洞窟内のお宝を運び出させていた。嬉しそうに声を張り上げていることから、よほどお宝大好きなのだろうことが窺える。ちょっとカミュに似ていて可愛いなと思った。
そうしてしばらく、何とかして何とかシチューを完成させると、食料庫からひょっこり顔を出してご飯を告げた。だが、やって来たのはマヤだけだった。
「黄金兵たちは?」
「あいつらは食べなくていいよ。その辺のもの勝手に食うよ」
「たくさん作ったのに……」
魔物だって食べなくては生きていけないだろう。マヤの仲間のようなので、後で食料を持って行った方が良いだろう。
「おかわりもあるからたくさん食べてね」
ダイアナが言うよりも早く、マヤはシチューにがっついていた。熱いだろうに、それを苦とも思わずに掻き込む姿は素直に嬉しく思った。
「おいしい?」
「……っ?」
ニコニコと見つめられ、急にマヤは食事の手を止めた。ばつが悪そうにそっぽを向く。
「まずくはないけど、おいしくもない。味薄いし、水っぽいし。ずっと何も食べてなかったから腹減ってるだけ」
「……!」
おいしいからこそのがっつきようだと思ったのだが、とんだ勘違いだったようだ。衝撃を受けた顔でダイアナもシチューを一口食べてみれば、なるほど、確かにおいしくない……。たくさん作らないとと思うあまり水をたくさん入れてしまったというのは、今となっては言い訳にしかならないだろう。
「ご、ごめんね……。次は上手に作るから」
「別にいーよ」
どっちの意味の「いいよ」なのか。ダイアナは情けない顔でシチューを啜った。
ただ、おいしくはないシチューでも、マヤはおかわりしてくれた。よほどお腹が空いているようだ。ダイアナも二杯目に突入したところでふと周りを見渡した。
「そういえば、バイキングたちはどこに行ったのかしら。規模的には十人以上は暮らしてると思うけど」
「あいつらのことなんか気にしなくていいよ」
素っ気なくマヤは言う。ダイアナは一旦スプーンを置いた。
「ねえ、キラちゃん。あの人たちに何かひどいことされてない? さっきのバイキング、乱暴なこと言ってたけど……」
もし虐待されているのなら、何としてでも彼女をここから連れ出さなければならない。
真面目に見つめるダイアナをマヤは一笑した。
「おれのこと心配するくらいなら自分のこと心配しなよ。あんたに何ができるってんの? さっきだってバイキングにやられそうになってたじゃん」
「そ、れは……。でも、弓があれば私も多少は戦えるのよ」
「近づかれたら終わりじゃん」
「…………」
「おれは強くなった。黄金兵もいる。もう文句を言う奴も命令する奴も全員こてんぱんにできるんだ」
マヤは爛々と目を光らせ、胸元の首飾りに触れた。その目がついとダイアナに向けられる。
「だからあんたもおれに逆らおうなんて思わない方がいいよ。すぐにでもコレクションにできるんだから」
「コレクションって?」
「あいつらみたいにしてやるんだ」
マヤは悪びれもせず黄金兵を顎でしゃくってみせる。つまりは、手下にするということだろうか。言っている当人が年下の可愛い女の子なので、ダイアナもあまり本気にはしない。
「分かったわ。気をつけるわね」
「分かればいーよ」
「キラちゃんはどこに住んでるの?」
「この奥の洞窟」
「洞窟? 寒くない?」
「もう慣れた」
ようやくお腹が膨れたのか、マヤはスプーンを置いてふうと息を吐き出す。ダイアナもちょうど食べ終えたところだったので、真面目な顔でマヤと向き直る。
「ねえ、私、一人で不安なの。いつバイキングが戻ってくるかも分からないし……。キラちゃんについて行っちゃ駄目?」
一人で不安なのも、マヤが心配なのも本当だ。彼女には両親がいないのではと思ったのはバイキングの言葉を聞いたからだ。兄はいるらしいが、現に今彼女の側にいないのは気にかかる。
「私、もっとおいしいご飯作れるようになるから!」
掃除も、洗濯もやるから! と続けて言うが、マヤはあまり乗り気ではない。
「掃除も洗濯も黄金兵をこき使ってやればいいだけだし、あんたは別にいらない」
「い、いらない……」
「――でもあいつら、気が利かないからウンザリはしてたんだ。じゃあこれからあんたがおれの手下ってことでいい?」
「て、手下……」
逆らってはいないのに、手下にさせられてしまった。だが、相手はマヤなので可愛いものかもしれない。少なくともバイキングの手下よりは百倍マシだ。
「分かったわ。頑張るわね」
ダイアナは胸を張って答えた。
そうして連れられた場所は、住まいにしては似ても似つかない場所だった。洞窟とは言っていたが、まさかこんな雨ざらしだとは思いもしなかったのだ。寝床以外は屋根もない。その肝心の寝床も、大きな板に薄いタオルを敷くだけというという粗末さだ。寝床の上には一応簡易的な屋根はあるが、それも立てた木の棒に布を張っただけだ。周囲を岩で囲われているため、風は防げるだろうが、じわじわと忍び寄る冷気だけはどうしようもない。こんな所でよく暮らせたものだ。
戸惑っているダイアナを余所にマヤはすぐに寝床に横になった。身体を少し丸め、右側に寄るように寝そべっている。ただ、ダイアナのために空けたというよりは、「誰か」のために日常的に右に寄る習慣ができていたといった方がしっくりくる。
「兄」はどうしたのだろうか。やはり、もう……。
「隣、借りてもいい?」
「勝手にしなよ」
マヤがごろんと向こうを向く。お言葉に甘えてダイアナも横になろうとしたところで、枕元にある膨らみに気付いた。袋から覗く、ピカピカに光るそれは、道中何度も目にしたもので。
「ちいさなメダル! こんなにたくさんどうしたの? 集めてたの?」
「おれじゃない。欲しかったらあげるよ」
「え――え、駄目よ、そんなの」
袋一杯のメダルをイレブンにあげたら、それはそれは喜ぶだろう。だが、これだけのメダルを集めるのは相当苦労したはずだ。それに、ここまでピカピカに磨き上げているのはそれだけメダルを大切にしていたからだ。
「それにね、ちいさなメダルは景品と交換できるのよ」
「景品? お宝もあんの?」
興味を惹かれたのか、マヤはバッと起き上がった。
「ええ。風のぼうしとか、はやぶさの剣とか。装備品のレシピとも交換できるみたい」
エトワール装備のレシピというのがシルビアに似合いそうだとイレブンが唸っていたのが今となっては懐かしい。その時のメダルの所持数ではどうあがいても手に入らなかったので、非常に悔しそうだったことをよく覚えている。
「なーんだ、装備品ばっか? そんなのもらったって金になんねーじゃん。じゃあやっぱあげる」
急に興味をなくし、マヤはまたごろんと横になった。お宝に反応するところが誰かさんそっくりで、ダイアナは懐かしくなって笑った。袋をきちんと閉じ、枕元に戻す。
「やっぱりここに置いておくわ」
「別にいらないのに」
マヤに倣い、ダイアナも横になった。板が敷かれているとは言え、地面から這い上がってくる冷気は抑えようもない。足を曲げ、薄く小さいタオルを首まで覆うようにしても、それでも寒いものは寒い。
ガタガタと震えているのがマヤにも伝わったのだろう。ポツリと言った。
「こんな貧乏くさい所さっさと出てやるんだ」
「……?」
「おれ、あっちに城を建てようと思うんだ」
急にまたマヤが起き上がり、北の方を指さした。洞窟は奥にも続いているようだが、もしかしたら外に繋がっているのかもしれない。
「集めた黄金でできたでっかい城! あんたもトクベツに住まわせてあげるよ」
「ありがとう……」
相も変わらず震えは止まらない。だが、ダイアナは優しく周りを見つめた。
「でも、ここもとても素敵な所だと思うわ」
始めは粗末さばかりが目についたこの場所。だが、よくよく見れば、至る所に何とかしてここでの生活を良くしようと奮闘するマヤたちの頑張りが見えた。
手作りのたき火跡に、あちこちに置かれた色とりどりのプランター、ちぐはぐな食器たち。花にも食器にも統一感がないのは、外に出るたびどこからか持ってきたからだろう。
「あんたくらいだよ。そんな物好き言うの」
「そうかしら」
クスクスと笑って、ダイアナは一層タオルを肩まで引き上げた。
「くっついてもいい?」
「勝手にしなよ」
こちらに背を向けたマヤにぴったりくっつくと、少しだけ寒さが和らいだ気がする。背中から伝わるマヤの呼吸音が心地良くて、ダイアナはあっという間に眠りの中に引き込まれていた。