■小話
08:揺れる純情
R様
リクエスト
まだ十一歳、されど十一歳――幼少期は惨めで散々な境遇だったハリエットだが、それでも彼女は年頃の女の子だった。かつては女の子の友達もできず、好きな人の話をしたり、星座で相性を占ってみたりということもなかったが、だからといってそういったことに興味がないわけではなかった。
ホグワーツに入学して数カ月。ハーマイオニーの付き添いでやって来た図書室で、ふと胸を揺さぶられるようなタイトルの本を目にし、思わず手に取ってしまったのは、半ば必然的なことだったのかもしれない。
――運命の人はあなたの手で。
誰がどう見ても、恋愛関係の本だ。運命の人――そんな言葉にちょっと胸が踊ってしまうのは、何もハリエットだけではないはずだ。
とはいえ、誰かにこの本を読んでいるところを見られるのは恥ずかしかった。ハリエットは小脇に本を抱え、注意深く周りを観察しながら図書室の奥へと駆け込んだ。一番端の席を陣取ると、ドキドキしながらページをめくる。
それほど分厚い本ではなかった。だが、その中身は驚くほど多彩で濃密だった。効果は定かではないが、惚れ薬の作り方や、逆に嫌わせる魔法薬の作り方、偶然的に意中の相手と話す機会を作り出す魔法なんてのもあった。
あくまで『年頃の女の子』の域を出ないハリエットは、この中のどれも実践してみたいとは思わなかった。まだ魔法が未知のものという認識でもあったし、『運命の人』という言葉に焦がれることはあっても、無理矢理誰かの気持ちを捻じ曲げたいとは思わない。あくまで普通の、ちょっと運命的な恋をしたいのであって、直接的に干渉したい訳ではないのだ。
とはいえ、実践しないからと言って、読むのを止めるということにはならない。読んでいるだけでも胸がドキドキして、まだ見ぬ自分の運命の人に思いを馳せ、まるで今まさに自分が恋をしているような、そんな感覚を擬似的にでも味わうだけでも楽しかったのだ。
一定に動いていたページをめくる手、それが止まったのは、最後の数ページでだった。
――運命の人が分かる方法。
そんな項目がハリエットの目に飛び込んできたのだ。
女の子とは、総じてこういった占いやら呪いやらが好きな生き物だ。ハリエットもその類にもれず、食い入るように読み耽った。
方法は、ホグワーツ一年生のハリエットでも実践できそうなものだった。一週間ほどかかるが、それでも念入りに準備を進めれば、数日だけ運命の人が探せるようになる。探し方は簡単だ。調合した魔法薬を飲めば、自分の小指に赤い糸が結ばれるのが見えるので――ただし他の人には見えない――その先を辿って探し出せばいい。
赤い糸の話はマグル界でも有名だ。いつか出会うだろう運命の人とは、己の小指から伸びる赤い糸で繋がっているという逸話だ。
誰かの気持ちを操るなんてことは怖くてできないが、これくらいなら。
始めは、そんな軽い気持ちからだった。プライマリースクールでも、クラスメイトの女の子達が、運命の人が分かる占いをきゃあきゃあ言いながらやっているのを見たことがある。が、結局の所占いは占いで、本当に効果があるかどうかは怪しい。この本だって同じようなものだ。いくら魔法界といえど、運命の人が分かるなんて、そんな大層なことあり得る訳がない。
ただ、ハリエットが大きく勘違いしていたのは――彼女のいるここは、不可思議が大いに通じる魔法界だということ。人の気持ちを操れる魔法も、他人になりすます魔法薬も、透明になる道具だってあるのだ。運命の人が分かる呪いなんて容易いもの。加えて、更に誤算だったのが――今まさにハリエットが読んでいる本は、本来は閲覧禁止の棚にある本だということだ。数日前、閲覧禁止の棚にピーブズが入り込み、大暴れした後、本があちこちに散らばってしまった。マダム・ピンスがカンカンになって本を元通りにしたが、生憎と、この本のみ一般書籍の本に紛れ、ハリエットの手に渡ってしまったのだ。
マダム・ピンスに見せてさえいれば、読むことすら禁じられている本だということが判明し、実践するなんてとんでもない規則違反だったのだと震え上がっていたはずが、ハリエットは、この本を借りることを誰にも知られたくなかった。ひとえにその思春期の恥じらいからにより、ハリエットは『運命の人が分かる方法』の部分を羊皮紙に書き写し、寝室に持ち帰った。早速今夜から準備を始めるためだ。
そんなこんなで、約一週間。ドキドキしながら念入りに準備をした結果――ハリエットは、肌寒い土曜日の朝、悲鳴を上げることになる。
「ハーマイオニー、これ――!」
歓喜か、興奮か、恐怖か。
自分でも良くわからない感情を持て余しながら、ハリエットはハーマイオニーに飛びついた。彼女の目の前でぶんぶん振るハリエットの小指には、まさに赤い糸としか言いようのないものが伸びていた。
「見える!? これ、見える!?」
「……何が見えるって言うの? 怪我でもしたの?」
「ち、違うの! 見えない? 本当に見えない?」
「だから何が見えるの?」
朝が早いせいか、ハーマイオニーの声は眠たげだ。とはいえ、目はぱっちり開いている。寝起きだから注意力散漫というわけではないだろう。
「ご、ごめんなさい……急に」
しどろもどろになりながら、ハリエットはベッドに戻って頭から毛布を被った。――赤い糸が他の人には見えないということは分かったが、それでも無意識的に、誰かに見られたくはないと思ったのだ。
僅かに開けた毛布の隙間から朝日が差し込み、ピンと立てたハリエットの小指を照らし出す。そしてその付け根には、寝ぼけて見間違えた訳ではない、立派な一本の赤い糸がくるくると巻き付いている。
この糸の先に、私の運命の人が――。
そこまで考えたとき、ハリエットははたと気づいた。この糸、下に……続いてる……?
ハリエットは再び飛び上がった。毛布を被ったままのハリエットの奇怪な動きに、ハーマイオニーが何やら声をかけてくるが、集中しているハリエットの耳には入ってこなかった。
何度見ても、赤い糸は、若干斜めになってはいるものの、下へと続いていた。確率的に言って、まさか地球の裏側に運命の人がいるだなんてことはないだろう。ならば、運命の人は、このすぐ下――ホグワーツに、いる?
ハリエットはぶるりと身体を震わせる。正直な所、ちょっと恐怖すらもあったかもしれない。そもそも、この占いが成功したとして、せいぜい赤い糸はずっとピンと張られていて、どこか遠くに繋がっていて、運命の人だなんてたった数日では見つけられないと思っていたのに、まさか、こんなにすぐ近くにいるだなんてことがあり得るのだろうか?
知りたいような、知りたくないような。
相変わらずピンと張ったままの糸を見ていると、ハリエットはムズムズしてきた。ついには毛布からそろりと這い出し、徐に着替え始める。
「一体今日はどうしたの? 体調悪いの?」
「ううん、大丈夫……。ちょっと変な夢を見ちゃって」
気もそぞろにハリエットは言葉を返した。正直な所、今のハリエットには、この赤い糸のことしか頭になかった。グリフィンドール寮よりも下にある寮は、ハッフルパフかスリザリン。運命の人は、そのどちらかの寮生かとも思ったが、今は朝食の時間だ。運命の人は大広間に行けば会えるかもしれない。ハリエットは浮き足立っていた。
あっという間に身支度を終えると――とはいえ、いつもよりは丁寧を心掛けた。なんと言っても、運命の人に会えるのかもしれないのだから――ハリエットはハーマイオニーと共に大広間へ向かった。その間、終始ハリエットはチラチラ小指を観察した。もしも糸に何か変化があれば、対象との距離、方向に変化があったということになる。少しの変化も見逃さないよう、ハリエットは目を皿のようにして糸を見つめた。
だが、一階まで降りても、あまり糸に変化はない。むしろ、大広間に行くにつれて糸は次第に後ろへ向いていく。
思わず反対方向へ歩きかけたハリエットを、ハーマイオニーは飼い主のようにそのローブを掴んだ。
「どこへ行くの? 朝食は?」
「あー、えっと……ちょっと、向こうに用事が」
「どこに? ニコラス・フラメルについて調べるのが嫌になったんじゃないでしょうね?」
「そ、そんなんじゃないわ! ただ、その……」
「だったら良いじゃない。今日も朝食が終わったら図書室に籠もるわよ」
調べても調べても一向に記録の出て来ないニコラス・フラメルは、どうやらハーマイオニーの知識欲を刺激してしまったようで、ここのところずっと図書室に入り浸っている。今日くらいは、運命の人探しに時間を費やしたいものだが、ハーマイオニーが初めての女友達だったハリエットは、自己主張ができなかった。たとえできたとしても、恥ずかしくて本当のことは話せないので、結果は同じだっただろうが。
失意の中ハリエットは朝食を終え、図書室へ直行した。途中ハリー、ロンを拾い――廊下で遭遇した所、ハーマイオニーが強制的に引っ張ってきたのだ――皆で手分けして本を読み漁った。
いくら集中して本を読んでいても、ページをめくるときに必ず小指は目に映る。だからこそ、その変化にはすぐに気づいた。始めは代わり映えしなかった赤い糸が、ふと気づいたときには、ゆったりとたわんでいたのだ。まるで、この糸の先が、ほんの数メートルと離れていないかのように。
どういう感情か分からない。しかし、ハリエットはぞわっと鳥肌が立つのを感じた。この先に――いるかもしれないのだ。運命の人が。
気がついたときにはハリエットは立ち上がっていた。早足というよりも、もはや半ば駆け出していたかもしれない。マダム・ピンスに見つからなかったのが幸いだ。いくつもの本棚を通り抜け、糸がまっすぐ伸びるその方向へ向かう。
脇目も振らずに走っていたハリエットが、六つ目の本棚を通り過ぎようとしたとき、出会い頭に誰かとぶつかってしまったのは、当然としか言いようがなかった。
両者ともども尻もちをつき、相手が持っていた本もバサバサと地面に散らばる。ハリエットの頭は一瞬にして冷静になった。
「図書室で走るなんて何を考えてる!」
抑えてはいるが、それでも刺々しく響き渡るその声はここ最近聞き慣れた声で。
「ま、マルフォイ……」
「マグル界で育った奴は常識もないのか? 箒も下手だし、元いたところに帰った方がいいんじゃないか?」
額に皺を寄せ、こちらを睨み付けるドラコ・マルフォイ。しかし彼の機嫌などものともせず、ハリエットは見逃さなかった。見過ごせるわけがなかった。
突然起き上がったかと思えば、ハリエットにギュッと手を握られ、ドラコは困惑した。青白い頬がパッと分かりやすく色づいたが、ハリエットは頓着しない。
「…………」
糸だった。運命の赤い糸。それが、ドラコの小指にもあり、そして、ハリエットの小指のものと確かに繋がっていたのだ。
「気安く触るな!」
手を振りほどかれてもなおハリエットは呆然としたままだった。力なく己の小指を見る。そしてドラコの小指も。――やはり何度見ても、その両者は繋がっている。あまりにも明瞭な答えなのに、ハリエットはそれを理解することができなかった。
まさか――だって――マルフォイが私の運命の人?
ドラコはいつもの二割増で文句やら嫌味やらを口にしたが、ハリエットはほとんど言葉を返すことができなかった。心配してハーマイオニーが探しに来るまで、ずっとその場に放心状態だった。
*****
小指の赤い糸は、ハリエットの困惑も何のその、それからずっと居座った。もしかしたら今日のことは全部夢だったのかもしれない、とハリエットはあの後寮に戻ってすぐにベッドに潜り込んだ。だが、一夜明けても赤い糸は消えておらず、相変わらずその先はドラコへと続いている。ハリエットはほとほと困り果ててしまった。
杖を振っているときも、魔法薬を調合しているときも、ご飯を食べているときも、いついかなるときも、ハリエットの視界に赤い糸が入ってきて、嫌でも意識してしまうのだ。おかげで授業は減点ばかりで、ハリエットはすっかり心身共に消沈してしまった。誰かに相談したくても、恥ずかしくてできやしない。ましてや、自分の運命の人がドラコ・マルフォイかもしれないだなんて、口が裂けても言えない。
ドラコは案外教えるのが上手で、目も当てられない飛行技術の自分に尽きっきりで教えてもらっていることに、もちろん感謝はしている。だが、あの性格だ。ハリーに突っかかったり、ロンやネビルのことを馬鹿にしたりしたことをハリエットはちゃんと覚えている――というよりも、現在進行形で彼は嫌味が多すぎる。どうしてそんな人が運命の人だなんて言えるだろうか?
折角の休日も、ハリエットは朝から毛布を被ってベッドに居座った。ドラコと同じ時間にご飯を食べるのは気まずすぎる。せめて時間帯だけでもずらすつもりだった。
だが、タイミングを逃してしまったようで、斜め下へ伸びていた糸がいつの間にか真横で激しく動き始めるようになった。
始めこそふくろう小屋で何かしているのかもと思ったが、どうやらこの激しさは違う。きっと箒の練習をしているのだろう。
ただ、答えが判明したとしても、上へ下へと自由に動く糸が気にならなくなるわけでもなかった。一緒にいるわけでもないのに、自分だけがドラコのことをずっと考えているのも理不尽に思えて、ハリエットは勢いよく起き上がると、そのまま手早く身支度を整えて寝室を飛び出した。談話室を通り抜ける際、ハーマイオニーの『ニコラ――』という声が聞こえたような気がしたが、聞こえなかった振りをした。
息を切らせてたどり着いたのは、いつもの箒の練習場だった。斜め下辺りで動いていた赤い糸は、いつの間にか真上で激しく動いている。辿るようにして上を見上げれば、そこには当たり前のようにドラコがいる。ハリエットは上を見ながら壁を背に腰を下ろした。
ドラコは、小さいボールが何かに浮遊術をかけ、それを掴む練習をしているようだった。ハリエットが箒の練習をしている間によくやっているものだ。代わり映えのない光景ではあるが、不思議と見飽きることはなくじぃっと眺めていた。
やがて、ようやく休憩を取ることにしたのか、静かにドラコが降りてきた。ハリエットの存在に気づくと、ドラコは目を丸くしたが、すぐに不機嫌そうに眉間に皺が寄る。
「何か用か?」
「用って訳じゃないけど……」
「箒も持ってないくせに?」
言われてはたと気づいた。もう冬も近い。約束をしているわけでもないのに、箒も持たずにわざわざ城裏まで来たのを見れば、確かに『何の用だ』と問いたくなるのも無理はない。むしろ、この状況だけを見れば、まるで自分がドラコに会いに来た様子だ……みたいで。
赤い糸が気になってここまで来たのは確かに事実で、でもそれをドラコに知られるのは堪らなく恥ずかしくて、ハリエットはもごもごと話をそらした。
「べ、別にそんなことどうでもいいじゃない。それよりも、休みの日にも練習してるの?」
「練習じゃない。好きで飛んでるんだ!」
なら友達と飛べばいいのに、とハリエットは思ったが、クラッブとゴイルが休みの日に箒に乗っている姿が想像できなかったので口にするのは止めた。
かじかむ手指を擦り合わせながら、ハリエットはちらりとドラコを見る。相変わらず赤い糸は健在だ。間近で、それもハンカチで汗を拭うなんて動作をしているせいで、やっぱり糸の存在が気になって仕方がない。
「……マルフォイって好きな人いる?」
ほとんど無意識だった。だが、はたとドラコの動きが止まって、ハリエットはようやく己の口がしでかした所業を悟った。ぶんぶんと手を降って訂正に入る。
「ちっ、違うの! あの、その、ラベンダーが、セドリック・ディゴリーのこと格好いいって言ってて! オリバーも人気だし、皆、あの、そういうこと言ってて……」
我ながら言い訳している姿がひどく見苦しい。否定すれば否定するほど怪しく思えてくるのは気のせいだろうか?
これじゃ、まるで私がマルフォイのこと好きみたいに見えるわ!
「お前たちの寮ではクィディッチをしてるだけで人気者になれるのか?」
ハリエットの慌てようには気にも留めず、ドラコは馬鹿にしたように一笑した。
「そういう訳じゃないけど……」
「まあグリフィンドールにはお似合いの話題だな」
「そういう話、スリザリンではないの?」
「僕達は君達と違って低俗じゃない。婚約者が決まってる奴もいるし」
「婚約者!?」
ハリエットの声は裏返った。まさか婚約者なんてものが身近に存在するとは――。
「あの、えっ、マルフォイもいるの? 婚約者……」
別に、いたからってどうこうなる訳ではない。赤い糸の存在はあれど、ハリエットはドラコのことが好きなわけではないのだから――。
でも、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ気になるのは『婚約者』という聞き慣れない言葉にドキドキしたからであって。
「いない」
思わずホッと息を吐いてしまったのは、ドラコがまだ自分と同じ場所にいるという安心感からだ。そうに決まっている。
ハリエットは無意識のうちに小指に触れた。
「でも、もうあと何年かしたら相手を見繕うことになる。純血の、家柄も釣り合うような」
「純血って?」
「そんなことも知らないのか? マグルの血なんか一切入ってない由緒正しい家柄のことだ」
「マグル……」
ハリエットは小さく呟いた。母はマグル生まれだ。ドラコのその判断基準で言えば、ハリエットは選択肢にも入らないだろう。
別に、選ばれたいと思っているわけではないが――!
ハリエットはぶんぶんと首を振った。何だか、告白をしてもないのに振られた気分だ。
「私は普通に恋がしたいな」
――そのせいも相まってか、ハリエットは、思わずとそう呟いていた。対抗したかった訳でもなく、言い合いたかったわけでもない。
だが、冬の風に乗って運ばれたその言葉は思いのほか凜と響き。
ハリエットは、急に我に返った。マルフォイ相手に何を話しているんだろう、と唐突に正気に戻ったのだ。ハリーとだってこんな話したことないのに、何がどうなって、彼に色恋沙汰云々を話しているのだろう。
全ては、この赤い糸のせいだ。
もとは自分が引き起こした事態のくせに、ハリエットは思いも寄らなかった人物を『運命の人』として提示してきた赤い糸を恨めしく思った――。
「指がどうかしたのか?」
「えっ?」
「ずっと触ってる。気になるだろう」
ドラコに言われて、ハリエットははたと気づく。また無意識のうちに小指を触っていたのだ。これはもはや、赤い糸が見えるようになってからのハリエットの癖だった。
「べ、別に何も……」
気恥ずかしくなって、ハリエットは両手を握りしめてローブの中に隠した。それがドラコの癇に触ったらしい。
「どうして隠した? 何かあるのか?」
「何もないわ! ただちょっと……怪我しちゃっただけ……」
ハリエットの余計な動作は、訝るドラコの目に怪しく映ったようだ。
「見せてみろ」
秘密を暴いてやろうとするドラコに腕を掴まれるも、ハリエットは対抗した。何としてでもローブから手は出すまいと踏ん張る。
「どうして掴むの?」
「やましいことがなければ見せられるだろう?」
「ドラコに見せるメリットなんて何もないもの……!」
躍起になっているドラコのその表情から、ハリエットの怪我を心配している訳ではないことはゆうに理解できた。むしろ、嘘だと見破ったからこそのこの所業なのだろう。だからこそハリエットは余計に焦る。
ハリエットは必死に抵抗した。狡いことに両手を使い出したドラコに対抗してハリエットも右手を出さざるをえなかった。
傍目からすると何とも間抜けな光景だが、本人達は至って真面目だ。こんなくだらないことに頭を働かせるくらいには。
ドラコは、不意にハリエットの肩を押した。引っ張ることに重きを置いていたハリエットは、突然の逆の力に反応することができず、コロンと地面に転がった。ポカンとするハリエットの腕を掴み上げ、ニヤリと笑うドラコの顔はひどく対照的だった。
「ず、ずるい! 卑怯よ!」
「狡猾と言って欲しいね。我がスリザリン寮に恥じぬ勝利だ」
酔いしれたようにしみじみと言い、ドラコはハリエットの指をジロジロ見た。手のひらから手の甲まで、隅々まで見たが、怪我どころか、何の変哲もないことが分かると、ひどく落胆した顔になった。
「なんだ、何もないじゃないか! なんで隠そうとしたんだ?」
「だって……」
ハリエットの視線は小指に注がれる。無理矢理掴み上げられた左手は、同じくドラコの左手に支えられ、そしてその小指の赤い糸は、緩くたわみながらもしっかりとお互いの小指を結んでおり――。
別に、赤い糸が他の人には見えないのは確実なのだから、隠す必要はなかった。だが、どうしても恥ずかしいと思ってしまうのは仕方ないだろう。ハリーやロン、ハーマイオニー、その他知らない人でも知り合いでも、誰にだって見せても構わないのに。ドラコ以外だったならば。
だって、他の誰でもないドラコに赤い糸が繋がっているのに、どうしてその張本人にマジマジと見られないといけないのか!
抵抗虚しく小っ恥ずかしい状況に陥ってしまったハリエットは、更に余計なことに気づいた。小指の根元に数回巻かれている赤い糸。これじゃまるで――。
ペアリングみたいだわ!
ハリエットはぶわっと音を立てて顔を真っ赤にした。ハーマイオニーとだってお揃いのグッズを持ったことないのに、と頭の中がぐるぐると変なことを考え出す。
恋に恋するハリエットにとっては、それだけでもう許容範囲を超えてしまっていた。信じられないほどの馬鹿力でドンとドラコを押し返すと、勢いよく起き上がった。
「こ、これは何かの間違いよ!」
「は?」
「失敗しただけなんだから!」
そう、これは、魔法薬が失敗しただけなんだわ――。
そう心の中で必死に言い訳しながら、ハリエットはドクドクとうるさい鼓動に気づかない振りをしてグリフィンドール寮まで一気に駆け上がった。