■小話

12:見世物な二人


クロセ様
リクエスト

 アンブリッジがスリザリン生の幾人かに特別に与えた権限――尋問官親衛隊は、父親が新聞で糾弾されてからというもの、ことごとく屈辱に塗れていたドラコのプライドを些か回復させた。何しろ、監督生からでも減点できるというのが気分が良い。

 アンブリッジが取り決めた条例の多くは意味不明なものもあったが、その分難癖をつけて減点できるのだから気にはならない。何しろ、最近のドラコは虫の居所が特に悪かった。父親が死喰い人だと「ザ・クィブラー」で取り上げられてからというもの、社交界での父の地位は陰りが出始め、もちろんホグワーツでのドラコの立場も似たようなものだ。

 普段であれば世迷い言と笑って受け流せたものを、甘んじて受け入れるしかないのは、その雑誌に記事を載せたのがハリー・ポッターその人だったからだ。

 ヴォルデモートが復活したなどと妄言を吐き、額の傷が痛むと泣き言を喚き散らすハリー・ポッター。

 これまではずっとハリーを嘘つきだと嘲笑していたのに、この記事が出て以降手のひらを返したように彼の味方をする者が増えた。ホグワーツでもそうだ。

 もちろん、アンブリッジがすぐに「ザ・クィブラー」を禁止したが、それでは余計に火に油を注ぐだけだった。むしろ、ドラコとしては、面と向かってこの記事のことでハリーに文句を言うこともできず、日々歯痒い思いをするばかりだった。

 ドラコは、ハリエットに対しても裏切られたという思いを感じていた。いや、もともとそれぞれの立場を思えば決して相容れる存在ではないので、今回を機に互いがだと改めて認識しただけのこと。

 そうして、そんな積もりに積もった鬱憤を少しずつでも晴らせるのが尋問官親衛隊としての活動だ。ハリー達四人からはあらゆる難癖をつけてたくさん減点したが、まだ気は収まらない。いっそのこと、スリザリン以外の寮をゼロ点にしてやろうという意気込みの下、今日も今日とてホグワーツを見回りしていれば、人気のない廊下の曲がり角を曲がった所で、二人の男女が抱き合い、熱烈なキスをしているのが目に入った。

 怒りなど全て吹き飛んであんぐりとその光景を見つめていれば、男の方と目が合い、彼は慌てて後ろに飛びすさったがもう遅い。ドラコは我に返り、高々に宣言した。

「真っ昼間からお熱いことだ。グリフィンドールとレイブンクローからそれぞれ十点減点。理由は言わないでも分かるな?」

 ――校内でのキス禁止、男子と女子は二十センチ以内の距離に近づくべからず。

 どんな乱心か、アンブリッジが取り決めた条例だ。別にそれくらい良いじゃないかと思う一方で、確かにホグワーツの風紀を思えば禁止したくなる気持ちも分かる。何より、衆目の場でイチャイチャ絡み合ったりキスをしたりというカップルの気が知れない。潔癖気味のドラコは、少しは恥を知れと言いたくなったことも幾度とある。

「……見逃してくれたって良いだろう」

 やけっぱちに反論する男に、ドラコは呆れたように顎を突き上げる。

「見逃す? 僕が? 少しはこっちの身にもなって欲しいくらいだ。誰が君達のイチャイチャしてる光景なんて見たいと思うんだ。君達に理性はないのか? 節度を弁えろ」

 レイブンクローの女生徒は顔を赤くしてわっと駆け出した。ハッとした男も慌ててその後を追う。

 些かスッキリした面持ちで二人を見送っていれば、やれやれと首を振りながら近くの空き教室からフレッドとジョージが出てきた。グリフィンドールの問題児登場にドラコの中の警鐘がけたたましく鳴り響く。

「聞いてたぜ。これだから頭の固いスリザリンの坊ちゃんは」
「また減点されたいのか?」

 警戒心を隠しもせずに言えば、ジョージはわざとらしく驚いた顔をする。

「親衛隊に話しかけただけで減点か? 全く、世の中恐ろしい時代になったもんだ」
「こんな人気のない所で何するつもりだったんだ?」
「それはこっちの台詞だ。こんな所を通りさえしなければあの初々しい二人がこっそりキスしてるのも見なかっただろうに」
「初々しいだと? 昼間から盛ってる奴らがよく言う」

 ため息交じりに言うドラコを見て、フレッドとジョージは顔を見合わせた。

「聞いたか?」
「モテない男の僻みだ」
「典型的な」
「グリフィンドール十点減点。親衛隊に対する侮辱だ」
「ただ事実を言っただけなのに?」

 青白い顔に朱を差し、ドラコは震えた。こんな屈辱的な侮辱を受けたのは生まれて初めてだった。

「あーあ、可哀想に。女の子と満足にイチャイチャしたこともないからああいう奴らが妬ましく思えるんだなあ」
「うちのロニー坊やみたいだ」
「ウィーズリーと一緒にするな」

 血を裏切る者と一括りにするな。

 そういうニュアンスだったのだが、フレッドはきょとんとした後、更にニヤニヤと口角を上げていく。

「じゃあ、君は一体誰とイチャイチャしたことがあるって?」
「俺も聞いてみたい。誰と?」
「僕は人前でそんなことはしない!」

 思わず叫べば、フレッドは軽く受け流した。

「人前じゃなかったらしたことあるのか?」
「誰と?」

 しつこい、しつこすぎる。

 ドラコは怒ってそのまま歩き出した。こんな奴ら相手にする価値もない。

 にもかかわらず、赤毛の双子は執拗についてきて「一体誰とイチャイチャしたんだ?」と聞いてくる。

 ――何がイチャイチャだ。誰がそんなこと――。

 パッと頭に思い浮かんだのは、ハリエット・ポッター。

 だが、不可抗力だ。だって仕方ないだろう。確か三年生の時だったか――あんなに女の子と密着したのは初めてだったし、ついこの間だって、不可抗力にも触れた身体は柔らかかった。

「そういえば、君と仲良い女の子って――」

 不意に聞こえた声にドラコはピシリと固まった。あまりのタイミングの良さに、一瞬頭の中を見られたのかと焦ったほどだ。

「パーキンソンだよな?」
「はっ、はあ!?」

 カッと頬を赤くするドラコを見て、何を勘違いしたか、フレッドが我が意を得たりとばかり、ドラコの肩に手を回して耳元で囁いた。

「パーキンソンとできてるのか?」
「できてない!」
「だって、パーキンソンとじゃなかったら誰とイチャついたって?」
「だからそんなことしてない!」
「俺達の目は誤魔化されないぜ。君はどうやらロニー坊やとは違う匂いがする……」
「俺達の勘が告げてる。君は好い人・・・がいると!」
「結構。下級生を捕まえて恋愛のいろはを説くとは泣かせてくれる……」

 突然目の前に立ちはだかったのは、ドラコの味方。黒いローブを翻し、冷たい目で上から三人を見下ろす。

「だが、我が寮生にまでお節介の手を伸ばすのは止めて頂こう。ここは神聖なる学び舎。そこまでして愛だの恋だのに現を抜かす暇があるのなら、せめて我輩の手伝いをしてもらおう」
「なっ――」

 文句を言う隙もなく双子はがっしり腕を捕まえられた。ドラコはほくそ笑む。狙い通りだった。ドラコをからかうのに夢中で、双子はジリジリとスネイプの研究室に向かっていることに気づいていない様子だった。

 もはや、彼らは減点など痛くも痒くもないようだったので、それならば二人にとって一番嫌なことをお見舞いしなければ、ここまで屈辱に耐えていた自分の立場がない。

 優越感に浸りながらドラコは双子に向かって嘲笑を返し、再びホグワーツの見回りに戻った。

 だからこそ、ドラコは想像だにしていなかった。この時のことが、フレッド達の余計な恨みを買ったことに――。


*****


 尋問官親衛隊としての活動は多岐に渡る。その中の一番の仕事はやはり見回りだろう。校内の風紀を取り戻すため、ドラコは夕食前と消灯時間付近に見回りをするのが常だった。今日も今日とて夕食前に見回りを行い、そろそろ一旦談話室へ戻るかと足を進めていたところ、スネイプの研究室の近くで何やら揉めている声が聞こえてきた。

 特徴的な高い声はパンジーのものだ。また条例違反者でも出たのかとドラコは足を速める。

「何してるんだ?」

 出くわしたのは、パンジーとハリエット・ポッターだった。珍しい組み合わせにドラコは思わず普通に尋ねた。むしろ、キッと鋭い目で振り返ったパンジーを見て驚いたくらいだ。

「この子が一人で地下をウロウロしてるから、何してるのかって問い詰めてた所よ!」
「だから、普通に歩いてただけじゃない……」
「じゃあグリフィンドールがこんな所に何の用があるって言うのよ! どうせ私達の弱みでも握ろうって考えてるんでしょう!」
「だから……スネイプ先生の補習授業で……」

 ハリエットは小さな声でもごもご言う。よほど恥ずかしいのだろう。

 別に庇うわけではないが、彼女のそれが真実と知っている分、ドラコも口を出さずにはいられなかった。

「嘘じゃない。僕もスネイプ先生がそう仰ってるのを聞いた」
「何ですって?」

 ドラコが言うのなら確かだわ、と幾分かパンジーは溜飲を下げた。疑いが晴れたハリエットはホッとしてそのまま研究室へ向かおうとしたが、パンジーがそのままみすみす行かせるわけなかった。

「補習なんて本当に劣等生なのね。ロングボトムでさえ受けてないって言うのに」
「同感だね。実はハリー・ポッターも補習を受けてるっていう話だ」

 もちろんドラコも喜々としてこれに乗っかった。この場にハリーがいないのが惜しいが、せいぜい寮に逃げ帰ったときに馬鹿にされたと言って聞かせると良い。

「兄妹揃って補習だなんて……。スネイプ先生には同情するわ」

 わざとらしくパンジーがため息をついた。

「ポッターも相当な問題児よね。試合で問題を起こすし、傷が痛ーいって騒ぐし、挙げ句の果てにはダンブルドア軍団に補習……。そろそろ自主退学をおすすめするわ」
「…………」

 続く続く、パンジーのネチネチとした嫌味。

 ――どうやってこの場から逃げだそうか。

 そうやって周囲に目を走らせていたハリエットは、ふと頭上で怪しく動く何かに気づいた。ハッとしたときには、反射的に身体が動いていた。

「危ないっ!」

 パンジーの驚いた顔がやけにゆっくり見えた。彼女はそのまま廊下に尻餅をつき、ポカンとする。

「な、何が――」

 次の瞬間には、たくさんのことが起こった。上から網のようなものが落ちてきて、ハリエットと、そしてドラコに覆い被さったと思ったら、また上にシュルシュルと戻っていった――二人を連れたまま。

「〜〜っ!」

 突然の浮遊感と、締め付けられるような圧迫感。気がついたときには、ハリエットはまるで獲物のように網に囚われていた。

「何だこれは!」

 ハリエットのすぐ下でドラコが叫ぶ。網からもがれようとドラコが暴れるせいで、ハリエットはバランスを崩してドラコの上に倒れ込んだ。すると下から潰れたカエルのような声がしたので、ハリエットは慌ててしまった。

「ごっ、ごめんなさい! 大丈夫?」
「早く――そこをどけ!」
「でも狭くて動けないのよ!」

 ようやくと網の底に手を付けば、下から見上げる形となったドラコとの視線がかち合う。不可抗力ではあるが、押し倒した態勢になってハリエットはすぐに視線をそらした。

「パーキンソン! スネイプ先生を呼んでこい!」

 下でおろおろしていたパンジーがハッとし、「任せて!」と叫んで駆けて行った。――と、どこからともなくニヤニヤ笑っているフレッド、ジョージが現れた。

「あーあ、マルフォイがかかった所までは良かったんだけど、まさかハリエットがパーキンソンを庇うとは思わなかった」
「あなた達の仕業なの!? ここから出して!」
「いくらハリエットのお願いでもそれは聞けないなあ」
「俺達はマルフォイに用があるんだ」
「ハリエットには悪いけど、ちょっと我慢しててくれるか?」
「さてさてマルフォイ君」

 下からフレッドが見上げる。ドラコは悔しげに舌打ちした。

「君はこの前俺達にスネイプをけしかけたまま、自分はとっとと逃げ出したな?」
「あの後俺達がどんな酷い目に遭ったかは筆舌に尽くしがたい」

 ハリエットにはなんのことださっぱりだったが、大人しくしていた。早くスネイプ先生が来てくれればとも願っていた。

「だから僕に仕返しをしようと?」

 ドラコは鼻で笑った。

「くだらない。またスネイプ先生に罰則を課せられても知らないぞ」
「マルフォイならすぐにスネイプに助けを求めることはわかってたよ」
「だからちょーっとスネイプには別の用事を作り出してきた」
「俺達の友達に頼んでな」

 うっとドラコは詰まる。もちろんハリエットもだ。

「だったらどうしたら助けてくれるの?」
「そりゃ、俺達だってハリエットにはなんの恨みもないさ。ただ、まあ、逆にこれがいい餌になったというか、何というか……」
「まあ要するにだ」

 カシャリと機械的な音が響き、ハリエットは目をぱちくりさせた。フレットがこちらに向けているものを指差す。

「な、なんで――」
「カメラ? コリンに借りたんだ」

 そういうことを聞きたかったわけではない。

「なんで写真を撮ったの!?」
「証拠写真」

 ニンマリ双子が笑った。

「今度俺達の邪魔をするようなら、うん、これをスナッフルに見せることにしよう」
「あ、スナッフルって分かるよな? ハリエットを溺愛してる怖ーいおじさんだ」
「可哀想に、ハリエットがこんなあられもない目に遭ったって知ったら大激怒だぞ」
「告げ口されたくなかったら――分かってるよな、マルフォイ?」

 ぐ、とドラコが詰まる。フレッド達の口はそれでも留まる様子を見せない。

「スナッフルだけじゃないぞ。ハリエットがこんな目に遭ったって知ったらハリーにも殺されるかもなあ。ただでさえクィディッチができなくて荒れてるって言うのに」
「ドラコ……」

 不安そうにハリエットが見つめてくる。早くこの場から脱出したいのだろう。それはドラコとて同じだ。

「――分かった」

 絞り出すようにしてドラコは言う。

「汚いその取引に応じてやる。だから早く解け!」
「おお、まさかこんなにスムーズに交渉がうまくいくとは……。君のことだ、もっと粘ってスネイプの助けを待つと思っていたのに」
「早く解いて!」

 じれったくなって堪らずハリエットが声を上げれば、フレッドとジョージが顔を見合わせた。

「ごめん、ハリエット。そうしたいのは山々なんだけど」
「それな、イチャイチャしないと解けない仕組みになってるんだ」
「イチャ……?」

 一度では理解できず、ハリエットはポカンと聞き返した。

「うん、だからイチャイチャしないと解けないって言ってる。イチャイチャしてる所をアンブリッジに見せつけて親衛隊を除隊させてやれって思ってたから」
「まあ今回は証拠も撮れたし、アンブリッジは勘弁してやる。ハリエットに飛び火したら可哀想だし」
「充分飛び火してるわ!」

 ハリエットは思わず叫んだ。ドラコも頭を抱える。このお騒がせな双子はなんてはた迷惑な道具を作ってくれたんだ――!

「だからハリエットには悪いと思ってるよ。でも、本当に早いところ縄を解くことをおすすめする。だってそれしか方法はないんだし、野次馬が見てる中イチャイチャするのも嫌だろう?」
「で、でも――」

 何とかして良い方法はないかと頭を巡らせるハリエットだが、ハーマイオニーならともかく、ハリエットがこういう時に役立つ的確な魔法を覚えているわけがない。

 怒ったような、泣きそうな顔でハリエットは黙りこくった。そして徐にキッと顔を上げたかと思うと、ドラコににじり寄り、その手を両手で掴んだ。

「……?」

 ドラコはポカンとし、フレッドとジョージもまた首を傾げる。

「それだけ?」
「そ、それだけって――」
「ぬるいぜハリエット」
「幼稚園児のおままごとじゃないんだから」
「分かってるわ!」

 笑われて思わず言い返すハリエット。険しい表情を解き、途方に暮れた顔で中途半端に腕を広げた。

「は、ハグでもする……?」
「ハグ?」

 間の抜けた表情でドラコは聞き返した。ハグくらい家族や友人とだってやる。そんなぬるいラインを、この双子が設定するわけがないとも思ったが、まあやってみないことにはこの状態も何ともできない。むっつりしたままドラコも両腕を広げれば、まるで野生動物にでも近づくようにじりじりとハリエットは近づき、ゆっくり抱きついてきた。

 ドラコの顔のすぐ側にハリエットの頭があった。そこから漂ってくるのはシャンプーの香りか。背中に回しかけた腕の行き場所がなく、中途半端にわたわたしていると、フレッド達のニヤニヤ顔が視界に飛び込んできた。

『お子ちゃまめ』

 確実にその目はそう言っていた。ドラコはムッとした。その感情のままにハリエットの腰に腕を回し、自分の方へと抱き寄せれば、カクンと彼女の身体から力が抜けて重みがのしかかってきた。体重をかけないように気をつけていたのだろう不自然な空間が消え、一層ハリエットとの距離が近くなる。

「おお」

 どういう感情なのか、双子が感嘆の声を漏らす。

「お、重くない……?」
「いや……」

 重くはない。だが、この態勢はきついものがある。ハグと言えば聞こえは良いものの、二人共が横になっているせいで、傍目から見ればもっと後ろ暗い態勢になってしまっている。

「ねえ、まだ?」
「うーん、あの時の俺達の恨みはよっぽどすごかったらしい。まだ足りないみたいだ」
「たぶんキスするのが一番手っ取り早いと思うんだけど」
「キス!?」

 ガバッと顔を上げたハリエットは、ドラコと目が合ってすぐにまた彼の胸に顔を埋めた。

「そんなのできるわけないじゃない! やり過ぎよ!」
「そりゃあ俺達だって何とかしてやりたいさ」
「マルフォイとパーキンソンならともかく、ハリエットだしなあ」
「でも実際問題そういう風に作っちゃったしなあ」

 わざとらしくため息をつく双子の背後で、ガヤガヤと生徒の声が近づいてくるのが分かった。大方夕食を終えた生徒が戻ってきたのだろう。

 このままでは完全に見世物になってしまう。フレッド達の言う通り、この魔法を解く方法がイチャイチャすることだけだったとしたら、衆人環視で恥ずかしい思いをするのはこちらの方だ。

 ハリエットもそれは分かっているのか、赤い顔で思い詰めた表情をしている。だが、そうこうしている間にも足音は近づいてくるのだ。考えている暇は無い。ドラコは「オブスキューロ」を唱えた。

「うわっ! 何するんだ!」

 どこからともなくするりと布が現れ、フレッドとジョージの目に巻き付いた。突然のことだったので二人は困惑し、互いにぶつかって転んでしまった。

「こんなことして何になるって言うんだ――」

 その疑問は、等しくハリエットも感じていたことだった。だが、珍しく真面目な顔のドラコが徐に顔を寄せてきたのでハリエットは状況を察し、ピシリと固まる。

「まっ! 待って待って――!」

 ハリエットは盛大に仰け反り、ギリギリまで後ろに移動させたが、それ以上動けないことが分かると、観念したようにぎゅっと目を瞑った。

 だが、待てども待てども「そこ」には何も当たらなくて。

 肩すかしを食らった気分でそうっと目を開ければ、その瞬間頬に柔らかいものが当たった。びっくりして丸々と目を見開いた先に飛び込んできたのは透き通るようなプラチナブロンド。

 カーッと熱が集まった頬に手を当て、ハリエットはまじまじとドラコを見返した。目が合うと、ドラコはむすっと不機嫌になった。

「何だよ、これくらい家族とだってするだろう」
「――でも私、ハリーにだってされたことない……」

 両親からの無償の愛を受け取れなかったハリー達は、頬へのキスも、ハグももらったことがなかった。当然、互いにやるという習慣もない。シリウスの頬にキスをしたのだって初めてだったのに、異性の男の子なんてもっとないに決まっている。

「…………」

 恥ずかしがられるとつられてしまうのが心理というものか。

 妙に気恥ずかしくなってドラコも押し黙る。

 気まずい沈黙が場を支配する中、それは突然起こった。固く結び目を作っていた縄が緩み、ハリエット達は重力に従って地面にドスンとぶつかった。強かにぶつけたお尻の痛みに叫ぶ間もなく、いつの間にやら目隠しを解いたフレッド達が近づいてくる。

「肝心な所が見れなかった」
「なあ、やったの?」
「キスしたのか?」

 野次馬の如く両側から聞いてくるフレッド、ジョージにハリエットは我に返った。そもそも、事の元凶は? 私がこんな目に遭ったのは誰のせいだと思って――。

「エクスペリアームス!」

 ハリエットが杖を上げたのは、元凶であるフレッドとジョージ。あまりに無防備だった二人の杖はいとも容易くハリエットの手に収まった。

「こうされても仕方ないことは分かってるわね?」
「ハリエット?」
「ちょっと待て。そう怒るなって」
「元はといえばマルフォイが悪いんだ。俺達にスネイプをけしかけるから」
「確かに最初に仕掛けたのはドラコだったかもしれない」

 ハリエットは一歩二人に近づく。そのあまりの迫力に、フレッド達は顔を引きつらせた。

「でも、これはいくらなんでもやり過ぎだわ! インカーセラス!」

 ハリエットは今までにないくらい怒っていた。もう少しで見世物になる所だった。いや、実際この二人の見世物にはされた。それが今のハリエットには我慢ならない。

「見世物になる気分を自分達も味わえば良いんだわ!」
「ハリエットーっ!」

 双子の息の合った叫びが地下一階に響き渡る。スネイプが駆けつけるまで、フレッドとジョージはハリエットによって多くの生徒達に見世物にされ、更に言えば、スネイプが到着した後も、良い薬だと言わんばかりに見なかった振りをされ、結局ゆうに一時間は双子は解放されることはなかった。