マルフォイ家の娘

15 ―操り人形の反抗期―








 黒い集団の正体を知ったのは、翌朝の新聞記事でだった。

 ――死喰い人。

 ヴォルデモートに忠誠を誓う人々で、彼のしもべ。彼らが殺戮を行った場所では、必ず闇の印が上がったという。そして、あのキャンプ場にも同じものが夜空に打ち上げられていた。

 朝、居間へ向かうと、ルシウスは涼しい顔で着席していた。ハリエットの姿を認めると、彼は杖を差し出した。ハリエットの杖だ。曰く、キャンプ場に落ちていたのを魔法省の役人が見つけたのだ、と。

 礼を述べ、ハリエットは何食わぬ顔で受け取った。

 ――死喰い人に武装解除されたはずの、杖。

 目を閉じれば今でも思い出す。杖を振り上げた彼。そのフードからもれるプラチナブロンドは、ハリエットがよく見慣れたものだった。


*****


 死喰い人の活発化と闇の印という、最悪の形でスタートを切った新学期だが、ホグワーツで三大対抗試合が始まるというビッグニュースは、上手い具合に暗い雰囲気を吹き飛ばした。参加資格があるのは、十七歳以上の魔法使いのみという制限は、多くの血気盛んな生徒を絶望にたたき落としたが、しかしそれでもダームストラングやボーバトンの生徒がやってくるにつれ、その不満もかき消えていった。

 新学期も始まり、しばらく経って、ようやく新生活も落ち着いてきたハリエットは、ハリーと共にホグワーツの厨房を訪れた。ホグワーツ城地下一階にある厨房は、本来の生徒であればなかなか知る機会のない秘密の場所だが、ハリエットは知り合いからこの場所のことを聞き及んでいた。その知り合いというのは――。

「ドビー!」

 大勢の屋敷しもべ妖精の中から、ハリエットは見事家族を探し当てた。ドビーは、ハリエットがプレゼントした綺麗な衣裳に、帽子代わりのティーポット・カバーを被り、キラキラしたたくさんのバッジを留めていた。ドビーらしい自由な服装にはハリエットは思わずにっこりする。

「久しぶりね、ドビー! 元気そうで良かったわ!」
「お嬢様、ハリー・ポッター様! おいで頂けてドビーめはとても嬉しいです!」

 ハリエットはドビーをギュッと抱き締めた。もうドビーは「ドビーめに触れてはいけません!」なんて言葉は吐かなかった。

 マルフォイ家からドビーが解放されて以降、ハリエットはドビーと欠かすことなく文通していた。ドビーの字は少々いびつで読みにくかったが、それでも文面からドビーの生き生きした状況が伝わってきて、ハリエットはとても嬉しかった。度々プレゼントの交換もしていたが、会うのはこれが初めてだった。

 一度解雇されたしもべ妖精が再び職を得ることは難しい。ドビーは、この二年はずっと仕事を探して国中を旅していたらしいが、あるとき、ホグワーツで働くことをダンブルドアから許可してもらったのだ。それも、きちんと給料と休日付きで。

 ようやく身辺が落ち着いてきたので、会いに来て欲しいとドビーがハリエットに手紙をしたためたという訳だ。

「ねえ、ドビー」

 ハリエットはドビーから離れて、彼の顔をよく眺めた。

「二年前、あなたが言っていたことが、私、ようやく分かったわ」

 ハリエットはハリーを振り返ると、にっこり微笑んで再びドビーを見た。

「ハリエット・ポッター」

 ビクッとドビーの肩が揺れた。

「これが、私の本当の名前ね?」
「ああ……お嬢様……本当にお知りになったのですね? 全て……?」
「ええ、全て知ったわ。私とハリーは兄妹なのね? 実の兄妹だったのに、離ればなれになって、私はマルフォイ家に預けられた」
「お嬢様……」

 ドビーはボタボタと涙を落とした。清潔そうなシャツに水滴が吸い込まれていくのを見て、ハリエットは苦笑した。

「私の名前を呼んで。ドビー、約束でしょう?」
「ああ……ハリエット様……ハリエット・ポッター様……」
「素敵。私、ドビーにずっと名前で呼ばれたかったの」

 ハリエットはぎゅうぎゅうドビーを抱き締めた。久しぶりの家族との再会に、胸が一杯になった。


*****


 ハロウィーンの夜、代表選手の発表が行われた。ダームストラングはビクトール・クラムで、ボーバトンはフラー・デラクール、そしてホグワーツがセドリック・ディゴリーだ。

 そのままその場は解散になりかけたが、再びゴブレットの炎が燃え上がり、一枚の羊皮紙を吐き出した。

「ハリー・ポッター」

 しばしの躊躇いの後、ダンブルドアが読み上げたのは、ハリーの名だった。

 その日以降、ハリーのホグワーツ生活は一変した。ゴブレットに名前は入れていないとハリーは必死に否定したが、目立ちたがり屋の末の行動だと生徒達は誰も信じてくれなかった。スリザリンからは蔑みの目で、レイブンクローからは冷めた目で、ハッフルパフからは敵意の籠もった目で見られた。グリフィンドール寮生も、ハリーがゴブレットに名前を入れたことを信じているようだった。

 ハリーの訴えを信じてくれなかったのはロンもだった。名前を入れるにしても、自分には相談してくれなかったと一方的にハリーとの話を打ち切り、それ以降ハリーには近寄りもしなくなった。ハリーの味方は唯一ハリエットとハーマイオニーだけだった。

 そのうち、スリザリンで趣味の悪いバッジが流行りだした。喜々としてバッジを付けている者の中にドラコの姿もあるのを見て、ハリエットはすっかり辟易してしまった。

「いい加減バッジを光らせるのは止めて。ハリーがどんな気持ちになるか分からないの?」
「裏切り者の気持ちなんか分かりたくもないね」

 唇の端を歪め、ドラコは胸元のバッジを押した。「セドリック・ディゴリーを応援しよう」の文字が、みるみる「汚いぞ、ポッター」に様変わりした。

「ハリーはゴブレットに名前は入れてないわ。これは誰かの陰謀なの。ハリーを危ない目に遭わせようとしてるんだわ」
「どうしてそんなことを言い切れる?」

 ドラコは急にバッジへの興味を失い、手を下ろした。

「どうして奴を信じられるんだ?」
「それは――友達だからよ」

 少しの間を置いてハリエットが言い切れば、対するドラコは押し黙った。悔しそうに睨まれたが、ハリエットは彼が何を言いたいのか分からなかった。


*****


 対抗試合第一の課題は、ドラゴンが守る卵を盗み出すことだった。巨大なかぎ爪、灼熱の炎――更には卵を守ろうと気が立っているという点も付け加えなければならない――そんな中から、どうやって若干十四歳の少年が卵を盗み出せるというのだろう?

 ハリエットは祈る思いでハリーの試合を見守った。ハリーよりも年上の選手達でさえ、危機一髪の試合だった。それがハリーであれば、なおのこと危険であることは言うまでもない。彼らよりも知っている呪文も、知識も、実力も劣っているのだから。

 だが、ハリーは見事やり遂げた。彼の一番得意な箒で、見事最速で卵を盗み取ったのだ。

 ハリーの勇敢で見事な勝利に、ホグワーツ中が沸いた。ロンも今までの態度を改め、ハリーがゴブレットに名前を入れたのではないと信じてくれた。これから第二、第三の課題と、危険はまだまだ続くのだろうが、その日の夜だけは、ハリーの勝利にグリフィンドール寮は明け方までお祭り騒ぎを続けた。

 第二の課題は、年明け以降に行われる。しばらくは落ち着いた暮らしが戻ってくるとハリエットも安堵していたが、取っても大切なことを忘れていた。――ダンスパーティーだ。

 聖夜の夜にダンスパーティーが行われるからこそ、ハリエットはこの夏散々な思いでダンスを習得したのだ。まだハリエットの受難は終わってないのだ。

 ダンスパーティーがハリエットの課題となっているのは当然のことだが、ハリーとロンにとっては、そのパートナー探しが大きな課題らしかった。ハリーなんかは、「ドラゴンと戦う方がまだマシだったよ」と零すくらいには、なかなか女子にアタックできずにいた。

 それはそのはず、ハリーは第一の課題を経て一躍人気者になりはしたものの、目下気になる女子――チョウ・チャンには、セドリックがパートナーだからと断られてしまったのだ。ロンもロンで、フラーの魅力に当てられたかのように彼女を誘い、そして返事をもらう前に逃げ出してしまったのだという。

 今朝難しい顔を突き合わせ、パートナーができるまで戻ってこないと宣言していた割には、散々な結果だ。

「冗談じゃないよ」

 ロンはすっかり打ちのめされ、まるで周りを窺うかのようにキョロキョロ見回した。

「相手がいないのは僕達だけだ――まあ、ネビルは別として。あっ、ネビルが誰に申し込んだと思う? ハーマイオニーだ!」
「えーっ!」

 ハリーもその話は初耳で、遠慮のない大声を上げた。ハリエットは呆れた顔でハーマイオニーから教えてもらった編み物に集中した。もうすぐクリスマスも近い。ハリエットは、シリウスやハリー、ドビーに靴下や帽子をプレゼントするつもりだった。

「そうなんだよ! 魔法薬学の後ネビルが教えてくれたんだ。でも、断られたんだって。もう他の人と行くことになってるからって!」

 丁度その時、ハーマイオニーが肖像画の穴を這い上ってきた。ロンはパッと彼女の方を向いた。

「ハーマイオニー、ネビルの誘いを断ったって本当? もう他に行く人がいるからって言ったって」

 ロンは、ハーマイオニーの返答を聞くよりも早く続けた。

「強がらなくて良いんだ。ほら、ここにはネビルもいない。君が僕達のうちどっちかと行くって答えれば全て丸く収まるじゃないか! パーティーに一人で行くなんて惨めだよ?」

 ハリエットが怒るよりも先に、ハーマイオニーの堪忍袋の緒が切れた。バンッと教科書をテーブルの上に叩き付けた。

「お生憎様、私には本当に・・・パートナーがもういますから! あなたとは違って!」

 フンと鼻を鳴らし、ハーマイオニーは階段を駆け上がった。ロンはポカンと口を開けて真正面に向き直る。

「あいつ――まさか、いつまで意地を張るつもりだ? もうパーティーは目前なのに……」
「ロン……」

 ハリエットは呻くように呟くことしかできなかった。どうして彼はハーマイオニーを怒らせるような言い方しかできないのだろう? それに、鈍感すぎる。デリカシーにも欠けている。

「そうだ、まだ君がいた! ハリエット!」

 ロンのデリカシーに欠いた矛先は、まだ切っ先を鈍らせてはいなかった。ハリエットは彼の標的が己に向けられたのに気づき、顔を引きつらせた。

「君も誘われてたけど、断ってたよね? ほら、スリザリンの奴らに何人か声かけられて。でも、行くつもりはないんだろう? だってスリザリンだぜ。奴らと行くくらいなら、一人でダンスを踊った方がまだマシだよ!」
「ロン、それはダンスに誘ってるつもりなの?」

 見ていられずハリーが口を出した。ロンは間の抜けた返事をした。

「アー、ウン、まあ、そのつもり。君もパートナーはまだいないんだろ? だったら僕と行けばいいよ」
「ロン、悪いんだけど、私にも既にパートナーがいるの」

 誘い方はどうあれ、断ること自体は申し訳なく、ハリエットはしぶしぶ返事をした。ロンがまたもパカッと口を開ける。

「まさか! 誰と行くんだい? 断ってばかりだったじゃないか!」
「正確には、まだパートナーは決まってないんだけど……。お父様が決めた相手とダンスをするよう言われてるの。きっとスリザリンの男の子になると思うわ。候補は、クラッブかゴイルか、あとはセオドール・ノットかって仰っててたけど――」
「クラッブかゴイル!? 正気か!?」

 いきり立ってハリーが立ち上がった。ハリエットは目を白黒させる。ロンも真っ赤な顔で何度も首を上下に振った。

「どんな罰ゲームだよ! ハリエットとクラッブとゴイルだなんて――月とグールお化けじゃないか!」
「あ……ええっと……」
「ルシウス・マルフォイの言いなりになるの!?」

 思いも寄らない反応に、ハリエットは終始縮こまっていた。特にハリーの真っ直ぐな詰問には、何故だか後ろめたい思いをさせられた。

「そんなつもりじゃ」
「ダンスのパートナーくらい、ハリエットが好きな相手で良いんだ」
「でも、私、他に気になる人がいなくて……」
「僕と組めば良い!」

 途端に元気になったロンが、胸を反らして叩いた。

「それならハリーも安心だろ? なんたって、誰が妹をクラッブやゴイルの生け贄にしなくちゃならないんだ! せめてちゃんと意志疎通ができる奴が相手じゃないと!」
「僕もロンの意見には概ね賛成だよ。スネイプが百点減点したとしても、ハリエットをあの二人のパートナーになんてできない。別にロンじゃなくても良いんだよ。他に誰かパートナーにしたいって思える人はいないの? これからそういう人を見つけたって良いし」

 ハリーの言葉に、ロンはひどく残念そうな顔をしたが、何も言わなかった。ハリエットは頭を捻って考えた。今まで、パートナーはルシウスの指名した相手で、と思っていたので、そんなこと今まで一度だって考えたことがなかったのだ。

 パートナー、パートナー……。

 小さく唸るハリエットの視線は、ハリーのところで落ち着いた。十年間近く離ればなれだった片割れ。ハリエットの双子の兄。

「それなら私、ハリーとダンスがしたいわ」
「……えっ?」

 ハリーは素っ頓狂な顔になった。

「えっと……僕の聞き間違い? 今なんて?」
「ハリーとダンスがしたいって言ったの」
「あの……もしかして忘れてる? 僕達、実は兄妹なんだ」
「忘れてないわ!」

 ハリエットは憤慨して答えた。

「そのことを知ってるのは私達と先生方だけだわ。それに、先生方は私達が知ってるってことも知らない。だったら、友達同士がダンス踊ってるだけになるわ」

 兄と踊るという羞恥心は、今のハリエットにはなかった。むしろ、十年近くも離ればなれで暮らしていたのだから、少しの時間くらい、ハリーを独り占めしたって良いんじゃないかと思えた。こんなこと、口が裂けても言えないが――ハリエットは、ハリーの一番近くにいたかった。いずれは、ドラコのように、ハリエットの存在を煩わしく思うようになるのかもしれない。でも、少なくともそんな時期が来るまでは、ハリーの側にいたい。だって、自分達は血の繋がった家族なのだから。

「私、一度ハリーとダンスを踊ってみたいって思ってたの。だから、これが良い機会じゃないかと思って……。妹とダンスを踊るのは嫌?」

 それとも、もうハリーには思春期が到来していて、ハリエットのことを面倒に思っている最中だっただろうか。

 そうだとしたら、寂しい。

 そんな気持ちを込めてハリーを見つめれば、彼は盛大に狼狽えた。

「ハリー、もうここまで言われたら諦めろよ。マルフォイとダンスに行くって言わないだけマシじゃないか」
「ロン!」

 ハリーは鋭い声を上げた。ハリエットのことだ。今の今までドラコ・マルフォイの存在を忘れていたということは多分にあり得る。ならば、自分に断られた後は、「じゃあドラコを誘ってみる!」なんてことも言いかねない! そんなこと、ハリーはクラッブとゴイル以上に認めたくなかった。

「あら、私だってドラコがパートナーはちょっと……恥ずかしいわ」
「だよね?」

 誰があんな奴、とロンは呑気に付け足すが、残念ながら、彼とハリエットの理由は同じものではない。

「だって、私達兄妹なのよ」
「ハリーだって兄妹じゃないか! マルフォイと違って本物の!」
「だけど、ハリーともまた違うのよ。今までずっと一緒に育ってきたから、いざ踊るとなると、たぶん気恥ずかしくて堪らないと思うわ」

 絶対に無理、と苦笑いを浮かべるハリエットに、ハリーはどこかもやもやした違和感を覚えた。自分と踊るのは良くて、ドラコ・マルフォイと踊るのは恥ずかしい、と。どちらも、兄妹であることに違いはない。血の繋がりがあるにしろないにしろ、自分達がそう・・だと認識すれば、兄妹にはなれるのだから。――だからこそ、自分と踊るのは良くて、ドラコは嫌だと、そんな違いが出てくるのはおかしくないだろうか?

「夏休みの時は、ドラコを練習に誘ったりもしたんだけど、やっぱり今思うと恥ずかしくて」

 そんな追加情報も、更にハリーを悩ませる。

 うんうん首を傾げる兄に、ハリエットは先に痺れを切らした。

「ハリー、どう? 私と踊ってくれる?」

 不安そうに、ちょっと上目遣いで見つめてくるハリエットは、文句なしに可愛かった。いろんな意味で。ハリーは白旗を揚げた。

「分かった……一緒にパーティーに行こう」
「本当!? ありがとう!」

 パッと華やぐほどの笑みを浮かべ、ハリエットは早速パートナーのことをハーマイオニーに報告しようと階段へ向かった。ハーマイオニーにも、パートナーがクラッブかゴイルになるかもしれないことを告げ、それはそれは心配されていたのだ。

 ハリエットの姿が見えなくなると、ハリーはまたもため息をつき、ロンに助けを求めるような視線を送った。

「僕……ハリエットに弱いみたい。あんな風に甘えられると、どうしたらいいか……」
「あれが妹ってものだよ。ハリエットは特にそれを心得てるみたい。……マルフォイ相手に鍛えたのか?」
「そう考えるとちょっと気分悪いけど」

 二人の兄は、やれやれと首を振ってソファに身を預けた。


*****


 人目のある場所でドラコに呼び止められるのは珍しい。

 それも、新学期に入ってからは、数えるほどしか話していないので、ハリエットは一瞬自分に向けられた声ではないと思い込んでそのまま素通りしてしまった。

「父上の手紙だけでなく、僕のことも無視するつもりか? 随分反抗的になったものだな」
「……そんなつもりはないわ」

 ハリエットは驚きのまま振り返った。

「お父様の手紙も、無視はしてないわ。ちゃんと返信したもの」
「父上はお怒りだ。パートナーは誰だと聞いたきり、返事がないと」
「……それは、言ったら怒ると思ったから」

 小声でボソボソ言い返せば、ドラコは苛立ったようにため息をついた。

「なぜ急に反抗的になったんだ? パートナーはノットだ。セオドール・ノット。クラッブやゴイルじゃない」
「そういう意味で反抗してるんじゃないわ」

 ハリエットは憤慨してドラコを見た。

「それに、こんなのは反抗とは言わないわ。私のしたいようにさせてって言ってるだけよ。周りの子達は、みんな自分でパートナーを決めてるのに、どうして私はお父様の言いなりにならないといけないの? ドラコだって、パーキンソンとパートナーになったのは自分が誘ったからでしょう?」
「向こうから誘ってきたからだ!」

 なぜか急に怒ったように叫ぶドラコに、ハリエットは困惑する。

「……だから、そういうことでしょう? ドラコだって、お父様に言われたパートナーと行く訳じゃない。私だけ見繕われるのは不公平だし、ノットにも失礼だわ」
「ノットの両親には話してあるし、ノットにもそのうち話が行くだろう」
「そういう問題じゃないわ! 私は、あなた達の操り人形じゃないの!」

 ドラコはショックを受けたような顔をした。途端にハリエットはばつの悪い表情になった。ちょっと言い過ぎてしまったと自分でも思ったのだ。ドラコは、ただルシウスからの伝言を伝えに来ただけで。

「……私、もっと自分を大事にしようと思うの」

 ハリエットは根気強く、ゆっくり言葉にした。

「今までずっと自分の意志を押し殺して生きてきたけど、私のこと、ちゃんと大切に思ってくれている人がいるの。それなのに、私が私のこと蔑ろにしてたらいけないわ」

 しばらくドラコは動かなかった。視線はずっと下を向いている。

「……誰と行くんだ」

 掠れた小さな声でドラコが尋ねた。

「……ハリーと行くの」
「好きなのか?」

 間髪を入れず返ってきた言葉に、ハリエットは目を白黒させた。困惑してドラコを見上げる。

「ハリーは……ただの友達だよ。そういう意味での好きじゃないわ」

 ドラコからの返事はない。人通りも多くなってきたので、ハリエットはサッと周りに目を配った。

「お父様には、ちゃんと返事をするわ。わざわざありがとう。もう行くわね」

 ハリエットが向かうのは、もちろんグリフィンドール塔へと続く階段だ。これから地下へ降りていくドラコとは正反対の方向で。

「……嘘だ……」

 ドラコの小さな囁きは、彼にしか届かなかった。