■不死鳥の騎士団

08:新キーパー


 ある夜、談話室が騒がしいので、ハーマイオニーと二人で降りていくと、主にクィディッチの選手達がジョッキを手に盛り上がっていた。

「どうしたの?」
「どうしたのって、今日は栄えあるクィディッチ・チームの選抜だったんだ。まさか我らがシーカーの妹殿が忘れてたなんてことはないよな?」

 まるで酔っ払ったかのようにジョージはハリエットの肩に手を回す。悪気なくハリエットは合点がいったと顔を明るくした。

「そうだったわね。新しい選手は誰になったの?」
「それがな――」

 勿体ぶった様子でジョージが言おうとしたとき、ババッとロンが走ってきた。

「ハーマイオニー、ハリエット、僕やった! 受かったんだ!」
「もしかして、ロンが……?」
「キーパーにだよ!」

 女子二名はパアッと笑顔を咲かせた。詳しい状況は分からないが、とにかくおめでたいことは確かだ。

「おめでとう、ロン!」
「本当におめでとう! でも、選抜受けてたことどうして教えてくれなかったの? 見に行きたかったのに!」
「そんなの恥ずかしくて言えないよ。落ちるかもしれないし」
「ハリーは知ってるの? 絶対に喜ぶわ」
「ハリーも一応知ってるよ。受かったことは知らないけど。早く帰ってこないかな」

 ロンは興奮冷めやらないようで、ソファを進めても決して座ろうとはしなかった。ハーマイオニーは、毎晩夜遅くまで編み物を頑張っているので、いつの間にかすやすやと肘掛け椅子の上で眠りに落ちている。

「でも素敵だわ。ハリーとロン二人で一緒にクィディッチするなんて。あ、もしかして、このところいつもいつの間にかいなくなってたのって、キーパーの練習をしてたから?」
「うん。火曜日から毎晩……。一人でだけど。クアッフルが僕の方に飛んでくるように魔法をかけたんだ」
「すごい。言ってくれたら私も宿題手伝ったのに。夢日記とか」
「折角手伝ってくれるなら、魔法薬学とかの方が有り難いよ」

 ロンのキーパー入りを祝っていると、ハリーも帰ってきた。ロンはすぐにハリーにバタービールを押しつけながらキーパーのことを報告した。ハリーも嬉しそうにお祝いの言葉を述べる。

 ロンはその日の主役だった。フレッドに呼ばれ、ロンが行ってしまうと、ハリーとハリエットだけになった。

「ねえ、ハリー、その手どうしたの?」

 ハリーのジョッキを持った右手の甲は、赤く腫れ上がっていた。目を細めてよく見ようとすると、ハリーは慌てて手を下ろした。

「何でもない――」

 そうやって隠すときは、大抵何かあったときだ。ダドリーによく嫌がらせされていたときに覚えのある行動だった。

「見せて」

 ハリエットが無理矢理右手を掴むと、手の甲に何やら文字が刻まれていた。痛そうにそこからは血が滲み出している。『僕は嘘をついてはいけない』と書かれていた。嫌な文章だ。ハリエットはしばらく考えてアンブリッジだと思い至った。

「これ、アンブリッジでしょう? ひどい! 最低な人ね! こんなの体罰だわ! マクゴナガル先生に言わないと!」
「嫌だ」

 ロンにも同じことを言われたのを思いだし、ハリーはキッパリと言い切った。

「負けたくない。それに、罰則は終わった。気にしないでよ。もう痛くない」
「痛くないわけないわ……。傷が残ったらどうするの?」

 せめて医務室にと言ったが、ハリーはそれすらも断った。ハリエットは落ち着かなくなってハリーを見た。

「ねえ、アンブリッジにはもうあんまり逆らわない方が良いわ。何を言ってもあの人には無駄だもの」
「でも、黙ってたって何も良い方向には進まない」
「他の所から切り崩していくべきなのよ。アンブリッジに、私が間違ってましたって言わせることが最終目標じゃないでしょう?」

 ハリーはチラリとハリエットを見たが、何も答えない。こういうときのハリーは頑固だ。ハリエットが先に折れた。

「私、心配なのよ。またハリーが罰則になったらって思うと」
「うん、分かってる。心配かけてごめん」

 ちっともそう思ってない顔で、ハリーは口早に続けた。

「でも、罰則のとき、アンブリッジが僕の腕に触ったんだけど、その時に傷が痛んだんだ」
「傷が?」
「うん。ヴォルデモートがクィレルの身体に取り憑いたときみたいに、アンブリッジもそうじゃないかって思うんだ」
「でも、例のあの人が強い憎しみを抱いてるときも傷が痛む可能性があるってダンブルドア先生がおっしゃってなかった?」
「言ってた。でも、僕が裁判に行ったとき、マルフォイの父親が魔法省に出入りしてるのを見かけたんだ。きっと他の死喰い人も出入りしてると思う。そうなったら、アンブリッジを服従の呪文で操ることも可能だと思わない?」
「そうね……」

 ハリエットは首を傾げた。可能性は考え出したらきりはないが、少しでもおかしいと思ったら忘れないようにしておくべきだ。

「このことはダンブルドア先生には伝えるの?」
「いや。こんなことでダンブルドアの邪魔はしたくない。僕、シリウスに手紙書いてみるよ。シリウスはダンブルドアとやりとりしてるみたいなんだ。シリウスが重要だと思ったらダンブルドアに伝えてくれる」
「そうね、それがいいかも」
「明日の朝手紙書くから、ウィルビー貸してくれる? ヘドウィグだと目立つから」
「もちろんよ」

 そう言ってその日はそれぞれ寝室に戻った。ハリエットは、もちろん途中で眠りこけてしまったハーマイオニーを起こすのを忘れななかった。


*****


 ロンを加えての、初めてのグリフィンドールチームの練習日がやってきた。ロンの選抜を見逃してしまったハリエットは、絶対に見に行こうと思っていた。だが、ハーマイオニーはそうではないようだ。彼女が怒っているわけは単純明快で、宿題をほっぽり出して自主練に行ったハリーとロンが許せないのだ。昼食のときも二人に対してずっとツンケンしていたが、やがてハリエットが練習を見に行こうと身支度を始めると、ソワソワしだした。

「ハリエットも宿題やらずにクィディッチを見に行くの?」
「ええ。もう後は少ないし。それに、ロンがキーパーしてるの見てみたいし」

 ハーマイオニーだって、本当は見に行きたいのは丸わかりだ。ハリエットはわざとらしく首を傾げた。

「ハーマイオニーは行かないの? もう宿題は終わったんでしょう?」
「…………」
「一緒に行かない?」
「……そうね。気晴らしにはいいかもしれないわ」

 そう言いながらも、ハーマイオニーはいそいそと片付け始めた。だが、ちゃっかりと編み物の用意はしていく。

「こうしている間にも、自由になりたいしもべ妖精は刻一刻と増えているはずだわ!」

 観客席に行くと、憂鬱な緑色が目に入り、ハリエットとハーマイオニーは顔を顰めた。今日はグリフィンドールの練習日だというのに、観客席の中程には、スリザリンのクィディッチチームと取り巻き連中数人が陣取っていた。

 彼らの前を通るとき、ドラコが喜々として声をかけた。

「ウィーズリーの応援か? それにしちゃ随分とこじんまりしてるな」
「お生憎様、皆あなた達みたいに暇人じゃないのよ。わざわざ偵察ご苦労様」

 ツンと澄ましてハーマイオニーは答えた。そしてうんと高い場所に席を取って、彼らが視界に入らないようにした。

 だが、練習が始まってからというもの、否応なしに彼らの存在が観戦と練習の邪魔ばかりしていた。スリザリンの野次が聞くに堪えないのだ。

「ウィーズリーが乗ってるのはなんだい?」

 ドラコはせせら笑った。

「あんな古くさい棒っ切れに飛行呪文をかけた奴は誰だい?」

 ハリエットは激しくドラコを睨み付けたが、彼らはハリエット達の前に座っているので、もちろん牽制することはできない。

「ハーマイオニー……!」
「分かってる。私に考えがあるわ」

 キャーキャー、ゲラゲラうるさい笑い声の中、ハーマイオニーは杖を振るった。

「エイビス! 鳥よ!」

 銃を撃つような音と共に、杖先から小鳥が一羽囀りながら飛び出した。そのままハーマイオニーの頭の上を踊るように飛び回る。

「可愛い……!」
「マルフォイめ、見てなさいよ! オパグノ! 襲え!」

 小鳥が金色の丸い弾丸のようにドラコめがけて飛んでいった。そして長いくちばしで、小鳥は肌という肌をつつきまくった。可愛い見た目に反して、恐るべき攻撃力である。

「なあっ! 何だこいつは! 止めろ!」

 ドラコは焦って立ち上がり、小鳥を払い落とそうとしたが、小鳥はその小さな身体を活かして上手い具合にその手を掻い潜る。ドラコはクラッブとゴイルに助けを求めたが、動きが鈍い彼らは何の手助けにもならなかった。それどころか、ゴイルの叩いた手がドラコの背中にぶち当たり、ドラコは顔を真っ赤にして咳き込んだ。

 ハリエットとハーマイオニーは懸命に笑いを堪えた。笑ってしまったら、主犯がバレてしまう。だが、ドラコには犯人が分かっていたようで、ようやくの思いで小鳥を捕まえながら、ジロリと睨み付けた彼とバッチリ目が合ってしまった。ハリエットは慌てて咳払いをして誤魔化したが、自分でもこんなに下手な誤魔化し方はないと思った。

 当然ながら、グリフィンドールの練習が終わると、ドラコは真っ直ぐハリエット達の方へやってきた。未だ恨みがましく小鳥を手に捕まえたままだ。それをずいとハリエット達に突き出す。

「お前達がやったということは分かってるんだぞ」
「何の話?」
「この鳥のことだ! 僕を襲わせただろう!」
「証拠はあるの?」

 ハーマイオニーは小憎たらしいほど純粋な顔で首を傾げた。

「何の呪文を使ったのかまで分かってから声をかけてくれる?」

 顔を赤くしたり青くしたり忙しいドラコの横を、ハリエットとハーマイオニーは笑いながら通り過ぎた。グリフィンドールの練習は野次のせいで散々だったようだが、少なくともドラコに仕返しはできて爽快だった。


*****


 次の日の夜、宿題が溜まりに溜まっていたハリー、ロンを手伝って、ハリエットとハーマイオニーが真夜中を過ぎても談話室に残っていたとき、暖炉にシリウスの生首が現れた。彼が言うには、四人だけになるのを、一時間ごとに様子を見ながら待っていたと言う。

「もし誰かに見られていたら?」

 ハリエットが心配そうに言った。

「まあ、女の子が一人さっきちらりと見たかも知れない。だが、心配しなくてもいい」

 ハリエットがあっと手で口を覆ったので、シリウスの部屋が急いで付け加えた。

「その子がもう一度見たときにはわたしはもう消えていた。変な形をした薪か何かだと思ったに違いないよ」
「でも、シリウス、そんなとんでもない危険を冒して――」
「君、リリーみたいだな」

 シリウスが言った。

「ハリーの手紙に暗号を使わずに答えるにはこれしかなかった――暗号は破られる可能性がある」

 ハリエットはしゅんとなった。手紙を送ったのは事実だったし、そのせいでシリウスは危険を冒す羽目になったのだ。だが、シリウスの口調に少し棘のようなものを感じ、戸惑っていた。いつもだったら、リリーみたいだと言われるのはとてつもなく嬉しい言葉なはずなのに――。

「君の傷跡についてだが」

 落ち込むハリエットを余所に話は続けられた。

「それほど深刻になる必要はないと思う。去年はずっと痛みが続いていたのだろう?」
「うん。ダンブルドアは、ヴォルデモートが強い感情を持ったときに必ず痛むって言ってた。でも……じゃあ、罰則を受けていたとき、アンブリッジが僕に触れたこととは関係がないと思う?」
「ないと思うね」

 シリウスはすぐに答えた。

「アンブリッジのことは噂でしか知らないが、死喰い人でないことは確かだ――」

 シリウスが言うには、アンブリッジは二年前に反人狼法を起草し、人狼が就職するのをほとんど不可能にしたという。アンブリッジは半人間自体を毛嫌いしていて、水中人を一網打尽にして標識をつけるキャンペーンも行ったという。

 アンブリッジ教科書を読むだけの授業を行うのも、ファッジが生徒たちに戦う訓練をさせたくない意向があるからだ。ファッジは、ダンブルドアが私設軍団を組織して、魔法省と抗争するつもりだという考えなのだ。

 真面目な話が終わると、シリウスは悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「ところで、次のホグズミード行きはどの週末かな? 実は考えているんだが、駅では犬の姿でうまくいっただろう? たぶん、今度も――」
「駄目!」

 ハリーとハリエットが同時に大声を上げた。

「シリウス、日刊予言者新聞を見なかったの?」

 ハリエットは気遣わしげに言った。

「ああ、あれか」

 シリウスはにやっとした。

「連中はしょっちゅうわたしがどこにいるか当てずっぽうに言ってるだけで、本当はさっぱり分かっちゃいない」
「うん、だけど、今度こそ手がかりを掴んだと思う。見送りの時、マルフォイの父親もホームにいたんだよ。あの時、犬がシリウスだって見破ったんだ。だから来ないで、どんなことがあっても。ルシウス・マルフォイはアンブリッジに告げ口するかも――」

 ハリーの言葉に、ハリエットも頷いた。

「分かった、分かった」

 シリウスはひどくがっかりした様子だった。

「ちょっと考えただけだ。君たちが会いたいんじゃないかと思ってね」
「会いたいよ。でも、シリウスがまたアズカバンに放り込まれるのは嫌だ」

 ハリーが答えると、一瞬沈黙が流れた。シリウスは火の中からハリーを見た。落ち窪んだ目の眉間に縦皺が一本刻まれた。

「君はわたしが考えていたほど父親似ではないな」

 しばらくしてシリウスが口を開いた。はっきりと冷ややかな声だった。

「ジェームズなら危険なことを面白がっただろう」

 ハリーは一瞬言葉を失った。ハリエットもだ。

「ハリーはジェームズじゃないし、私だってリリーじゃないわ」

 ハリエットは、俯きながら小さな声で言った。

 ジェームズとリリー。

 その名がシリウスの口から出てくるだけで嬉しかったのに、今はすごくモヤモヤしていた。二人の名に嫉妬しているのだと分かっていた。ハリーとハリエットが、ジェームズとリリーの子供だというのは変わらない事実だ。だが、それでも、自分たちは自分たちとして見て欲しいというのは、我が儘なことだろうか。

「――もう行った方が良さそうだ。クリーチャーが階段を降りてくる音がする」

 聞こえたのか聞こえていないのか、シリウスはそう早口で言った。シリウスが嘘をついているということははっきり分かった。そんな音は聞こえてこなかったからだ。

「それじゃ、この次に火の中に現れることができる時間を手紙で知らせよう。いいか? その危険には耐えられるか?」

 ポンと小さな音がして、シリウスの首があった場所に再びチラチラと炎が上がった。