■炎のゴブレット
10:新聞の大見出し
第一の課題翌日の日刊予言者新聞には、大見出しでハリーのことが書かれていた。最年少で最短記録を出したことがデカデカと載っているし、ハリーが金の卵を抱えている写真も一番目立つところに貼ってあった。クラムとは同点一位であること、フラーの順位についても、前回と同じように最後の一行に詰め込まれていた。相変わらずセドリックについての文章は全くといっていいほどなかった。
ハリエットは少し油断していた。一日、一日と過ぎていくたび、もしかしたら秘密の部屋なんてものは、スキーターのお好みに合わないのでは、なんて期待も抱いていた。ハリー・ポッターの不祥事ならまだしも、その妹のことなんて、誰も興味がないはずだ。
そう思っていたのに、その丁度一週間後、ハリエットは現実に直面させられた。
朝起きたときは普通だった。いつも通りハリー達と一緒に大広間へ向かい、朝食を食べ始め。ふくろう便がやってくる頃だった、皆がハリエットの方を見てざわつき始めたのは。
ハリエットは最初は気づかなかった。だが、ハリーに小突かれて、いくつかの視線が自分に向けられているのを見て悟った。記事が出てしまったのだと。
ハーマイオニーもこの異変に気づき、同じグリフィンドール生から日刊予言者新聞を借りた。そしてすぐに読み終えると席を立ち――ハリエットの腕を引いた。
「行くわよ」
「えっ……」
「ハーマイオニー、一体どこに? 僕らまだ全部食べてないんだけど」
「あなた達も来て!」
鋭く一喝すると、ハーマイオニーはハリエットの腕を引いてツカツカと広間を出た。終始視線がハリエットに突き刺さった。居たたまれなかった。ハリエットは縮こまるようにして身体を丸めた。
ハーマイオニーはもどかしそうだったが、わざわざ談話室まで戻った。他の人に話を聞かれたくなかったのだ。皆朝食のために出払っているため、談話室に人気はなかった。ハーマイオニーはソファに座り込み、その隣にハリエットを座らせた。
「一体何だって言うのさ」
「これよ」
ハーマイオニーは忌々しげに新聞をロンに放り投げた。
「本当は見せたくないけど、でもいつか知れると思うから……」
ハリエットにも新聞を見るよう彼女は促した。ハリエットは青い顔でロンの側から新聞をのぞき見た。
『「衝撃! 秘密の部屋を開いたのは、ハリー・ポッターの双子の妹!」』
想像していた通りのタイトルだった。目の前が真っ白になる。
記事は、ハリーのときと同じように一面大見出しだった。全てを余すことなく使って長々とまとめられている。
『二年前、ホグワーツを異例の恐怖が襲ったことはご存じだろうか? 複数の犠牲者を出した「あの」事件である。ホグワーツの校長アルバス・ダンブルドアは、当時、加害者を闇の魔術の品に操られた生徒だと明らかにし、その生徒は不問とされた。
そもそもの事件というのは、ホグワーツの伝説ともされていた「秘密の部屋」である。真の継承者がこれを開くとき、その中の恐怖が解き放たれ、ホグワーツから魔法を学ぶにふさわしからざる者を追放するという伝説。この部屋を開いた者がハリー・ポッターの双子の妹というのだから驚きだ。
生き残った男の子ハリー・ポッターの双子の妹、ハリエット・ポッターは、普段は目立たない学生である。魅力的な赤毛に可憐な容姿ではあるものの、常日頃脚光を浴びるハリーに比べたら、地味と称される学生生活を送っている。
だからこそ、彼女の心に忍び寄る闇に、本人も気づかないうちにのまれてしまったのだろうか?
ハリーとハリエットは、親戚のマグルの家に暮らしているという。だが、哀れなことに、双子はそこでは悲惨な扱いを受けており、暴力も日常茶飯事だという。双子の学友は言う。
「ハリーはしょっちゅう言ってました。いつかダーズリーの家を出てやるんだって」
暴力で荒んでしまった心の闇は、いつしか育ての親への殺意を抱くまでに膨らんでしまったとしても、致し方ないと言えるのではないだろうか。
「秘密の部屋を開こうと思ったのは、悩んでいたからです」
豊かな赤毛を振り乱し、涙ながらにハリエットは語った。
「虐待されながら育っていたとき、兄が唯一頼れる存在でした。その兄が、ホグワーツに入学してからは、あのハーマイオニーなんかと一緒にいて、私には目もくれない。頭がおかしくなりそうだったんです」
彼女の一つ下の後輩、コリン・クリービーは語る。ハリエットはハリーのことが大好きなのだと。
「彼女は、とても兄思いなんです。僕はよく写真を撮るんですけど、ハリーの写真ばかり欲しがるんです」
彼の証言からも明らかだ。幼い頃から虐待され、頼れるのは双子の片割れであるお互いのみ。そんな状況下が続き、いざホグワーツに入学すると、急に現れた優等生ハーマイオニー・グレンジャーに大好きな兄をかっさらわれる。そんなハーマイオニーの一番の特徴は、マグル生まれであること――。
「マグル生まれが悪いというわけではありません。でも、私のハリーを奪う人がマグル生まれで、私たち双子をいじめるのもマグルで。そう考えると、たった一つのことしか頭に浮かばなくなりました」
秘密の部屋を開き、そして犠牲者を出したことを今では後悔しているというハリエット。ごめんなさい、ごめんなさいと譫言のように繰り返す彼女を、一体誰が責められるだろうか? 当時齢十二歳の幼気な感情を、誰が責めることができようか?
だが、私たちは心配している。此度の三大対抗試合で、ハリー・ポッターとハーマイオニー・グレンジャーの距離が一層縮まり、そしてそれを側で見守り続けなくてはならないハリエット。そのことで彼女の繊細な心が揺さぶられ、二年前の恐怖――秘密の部屋が開かれ、再びホグワーツが恐怖の渦に巻き込まれるのではないかと、私たちはただそれだけを心配している』
「何だよこれ!」
ロンは新聞をグシャグシャにして投げ捨てた。
「全部嘘っぱちじゃないか! スキーターの奴!」
「ハリエット、あの……もしかしてスキーターに会ったの?」
ハリーは躊躇いがちに訊ねた。ハリエットは青白い顔で頷く。
「そして取材を受けた?」
またも彼女は頷いた。
「どうして! 僕言ったじゃないか、あいつは危険だって! ハリエットも読んだだろ、僕のときの新聞!」
「だっ……でも、逃げられなかったの! 私も取材なんて受けたくなかった。ほとんど何も答えなかった。それなのに――」
「ハリエットを責めないで!」
ハーマイオニーが叫んだ。
「悪いのは全部スキーターよ! 問題は、これからどうするかってことでしょう!?」
冷静な声に、皆は沈黙した。これからどうするかなんて、誰も何も思い浮かばなかった。こみ上げてくるのは、この腹立たしい記事への怒り、恨み、愚痴ばかり。
「犠牲者なんてわざとらしい書き方しちゃって! 書くならちゃんと『死傷者はいない』って書けよな!」
「スキーターって人、よっぽど悲劇が好きみたいね」
「ダーズリーのことは事実だけど、こんな使われ方されるなんて癪だよ!」
皆が個々に怒りをぶつける中、ハリエットはハーマイオニーに向き直った。
「あの、ハーマイオニー……ごめんなさい」
「どうして謝るの?」
「私のせいで、ハーマイオニーはまた……」
実際に事件を起こしたハリエットはまだいい。だが、何もしてないハーマイオニーの実名がどうして出されなくてはならないのか。それも、悪女のような書き方で。
「いいのよ、私のことは気にしないで。ハリエットは何も悪くないわ」
「本当にごめんなさい」
ハーマイオニーは泣きじゃくるハリエットを抱き締めた。ハリエットは彼女の胸に顔を埋め、声を押し殺した。
その時、唐突に談話室の扉が開いて、皆は皆は弾かれたように入り口を見た。息せきって入ってきたのはコリンだった。
「すみません!」
コリンは入ってすぐハリエットの所にやってきた。泣きそうな顔だ。
「僕……僕、誤解を解きたくて、ハリエットはいい人だって言いたくて、それで写真のこと言っちゃったんです……。まさかこんなことになるなんて」
そう言ってコリンは泣き出した。ハリーは躊躇ったが、慰めるように彼の頭に手を置いた。ハリエットもこくりと頷く。
「気にしないで。私だって……大して話してないのに、こんな記事になって驚いてるもの。悪気がなかったのは分かってる。大丈夫よ」
「でも……でも」
コリンは、ロンに慰められながら寝室へ行った。また四人だけになった。
「でも、どうしてハリエットのことを知っていたのかしら」
ハーマイオニーは考え込んだ。
「ルシウス・マルフォイはこのことが露呈したら自分の身も危ないから、絶対に言わないはずよ。生徒たちはハリエットが継承者だとすら知らなかったし……。知っているとすれば、石になった人たちだけ」
「その中の誰かがバラしたってこと?」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。コリンみたいに悪気なく……ううん、これに関しては悪気がないなんてので許されることじゃないわ」
「…………」
皆真剣な表情だった。ハリエットは、この話し合いが解散されるまで、ついぞジャスティンやアーニーと口論したことは言わなかった。言ったとしてどうにかなるわけではないし、そもそも彼らがスキーターに漏らしたかも定かではない。ハリエットにはジャスティンを石にしたという後ろめたさがあった。今回むやみに疑って、また不快な思いをさせたらと思うと、どうしても言い出せなかった。
第一の課題が終わって、ハリーとロンが仲直りして、今が幸せなときのはずなのに、それからの毎日もハリエットには非常に辛いことだった。
最近入ってきた新入生やマグル生まれはハリエットのことを露骨に怖がるし、陰口も叩かれる。『犠牲者』を出したのに、どうして無罪放免なのかという声もある。保護者からたくさんの手紙や吠えメールも来た。ダンブルドアは、再度声明を出した。ハリエット・ポッターは闇の魔術のかかった品に操られたのであり、彼女自身の意志でしたとではないと。そして再度スキーターのホグワーツ侵入禁止を掲げた。そのおかげで、ハリエットに同情的な者もいた。だが、それ以上にハリエットを敵視する者が圧倒的に多かった。
唯一の救いは、クリスマスにダンスパーティーがあることを、新聞が出た当日の夕食時にマクゴナガルが発表したことだろう。クリスマスはまだ随分と先のことで、発表にしては日が早すぎると思ったが、わざとそうしてくれたのではないかとハリエットは思っていた。パーティーのパートナー探しで、生徒たちの注意が他へ向くように。
パーティーのことが明らかになっても、ハリエットへの攻撃は止まなかったが、少しだけ落ち着きを見せたのは嬉しいことだった。