■賢者の石
18:特訓の成果
禁じられた森での出来事を話しながら、ハリー達は飛行訓練へ向かっていた。
「ユニコーンの血は、死の淵にいても命を長らえさせてくれる。だからヴォルデモートはそれを飲んだ。そしてゆくゆくは、命の水を作り出せる賢者の石を奪うつもりなんだ!」
「頼むからその名前を言わないで」
ロンが身を震わせながら言った。
「ケンタウルスのフィレンツェは僕を助けてくれたけど、ベインの方はものすごく怒ってた。『干渉するな、ヴォルデモートが僕を殺すなら、それをフィレンツェが止めるのはいけない』って。……もしもスネイプに石が盗まれたら、ヴォルデモートがやってきて僕の息の根を止める。それでベインは満足するだろうさ」
「ハリー、ダンブルドアはあの人が唯一恐れている人だって皆言ってるわ。ダンブルドアが側にいる限り、あの人はあなたに指一本触れることはできないわ」
ハーマイオニーの言葉はあまり慰めにならなかった。現に、森では、フィレンツェがいなかったら殺されていたかもしれないのだから。
「さあさ、今日も良い天気ですね。早速飛行訓練を開始します」
マダム・フーチの合図によって、授業が始まった。普通に箒に乗れる者たちは、生徒同士でチームを作ってちょっとしたゲームをした。クィディッチもどきで、ブラッジャーやビーター、スニッチ、シーカーなどがなく、至って平和なクィディッチもどきである。とはいっても、箒同士でぶつかって落ちそうになったり、クアッフルが箒にぶつかって箒のコントロールがなくなったりと、多少の危険はつきまとう。スニッチがない分、試合の運びは落ち着いていた。もちろんチームはグリフィンドールとスリザリンで綺麗に分かれた。四チーム作って、交代で試合を楽しむ中、ハリエットとネビルは未だ地上付近で箒の個人訓練をしていた。
だが、最初の頃とは違って、もう箒の乗り具合に不安定さはない。特にハリエットは、もうクィディッチもどきに参加してもいいと言われるくらいには乗りこなせていた。とはいえ、ただ一人で箒に乗るのと、クアッフルを取ったりシュートしたりしながら箒に乗るのとでは大違いなので、ハリエットは丁重に辞退した。
夏休みも近づき、この飛行訓練ももうすぐ終わりかと思うと、何だか少し寂しい気がする。飛行訓練は一年生のみで、二年生からはまた別の授業が始まるのだ。
「ハリエット、本当に飛ぶのがうまくなったね」
ネビルは感心したように下から声をかける。
「そうかな? ありがとう」
「だって、始めの頃はほとんど僕と同じくらいだったじゃないか。なのにいつの間にかこんなに離されて……」
「そうね……私、人から箒を教わってるから、多分そのせいだわ」
「ハリーから教えてもらってるの?」
「いいえ、別の人よ」
「さあ、集まって! もうすぐ授業が終了しますよ。最後に一つお話しがあります」
パンパンと手を叩いてマダム・フーチが生徒を呼び集める。
「ミス・ポッター! 来週からはあなたもクィディッチもどきに参加なさい」
「えっ!」
ハリエットはいち早く声を上げた。オロオロと周りを見て縮こまる。
「でも先生、私自信がないです」
「私がこう言うのですから、安心なさい。あなたは充分上手ですよ。それに、いつまでも次の段階に進まなければ更なる上達もしません。ミス・ポッター?」
マダム・フーチが珍しく優しい声を出した。
「この一年間本当に努力しましたね! あなたが一番目に見えて上達しましたよ。グリフィンドールに十点!」
ワーッとグリフィンドールから拍手が起こった。スリザリンは逆に失笑である。上達したというだけで点数がもらえるのなら、誰だって苦労はしないと馬鹿にする声が聞こえてきた。
ハリエットもその通りだと思った。苦手があるなら誰だって練習するだろうし、もし点数が与えられるとしたら、根気よく教えてくれた方にだろう。マダム・フーチの気持ちはとても嬉しいが、このままではいけないと思った。
「……先生」
気づけば、ハリエットは口を開いていた。
「どうしました?」
「マルフォイ――スリザリンのマルフォイが、ずっと私に箒の乗り方を教えてくれてたんです。私が上達したのも、彼のおかげです、先生」
マダム・フーチはにっこり笑い、そして声を張り上げた。
「素晴らしい! ミス・ポッターの上達の鍵はミスター・マルフォイでしたか! スリザリンに十点!」
拍手は止み、その場は騒然となった。どういうことだという視線がドラコに向けられる。当のドラコは、驚いたように目を丸くしていたが、やがて見られていることに気づくとツンと顎をあげた。いつものおすましポーズである。
「ハリエット……君、気でも狂ったの!? 箒の乗り方を教えてもらったって……。人を怒らせる方法を教わったの間違いじゃないの!?」
ロンが近寄ってきてこんなことを言う。ハリエットは思わず笑ってしまった。
「本当よ。ずっとアドバイスをもらってたの」
「マーリンの髭! あいつがそんなことするなんて全然想像がつかないけど……」
授業が終わった後、箒を返しに行くときに、ばったりドラコと遭遇した。彼に近づくと、ハリエットが口を開く前にドラコが機嫌悪そうに言った。
「十点じゃ足りない」
皆の前で思わぬ注目を受けることになったのがよほど気にくわないらしい。
「一体何時間僕の練習時間を削ったと思ってるんだ。百点くらいもらわないと割に合わない」
「贅沢言わないで」
ハリエットは唇を尖らせた。ドラコには感謝で一杯だが、少しくらい素直に気持ちを受けて欲しいとも思った。
しばらく二人で歩いていると、ハーマイオニーの後ろ姿を見つけた。ハリエットはドラコに片手を上げた。
「じゃあまた」
ドラコは返事をせず、チラリと視線を上げただけだったが、ハリエットはそれでも十分だった。
ハーマイオニーの隣にはハリーもいた。妹が隣に来たことに気づくと、ハリーはすぐにその腕を引っ張った。
「どういうこと? マルフォイから教わってたなんて、僕、聞いてないよ」
「言ったら気を悪くすると思って。それに、言うほどのことでもないかなって……」
「言うほどのことだよ!」
ハリーは極力声を潜めてはいたが、苦々しい表情までは隠せていない。
「箒なら僕が教えたのに!」
「ハリーはクィディッチの練習で忙しいじゃない。だから一人で練習しようと思っていた所に、マルフォイがいたから」
「歩いてたら猫がいたからみたいな口調で言わないでくれる?」
例えが可愛くてハリエットはクスクス笑った。そのことに調子を崩され、ハリーは一瞬黙り込んだ。
「でも、よくあのマルフォイが教えてくれたわね」
自分を挟んで喧嘩されるのはごめんだと、ハーマイオニーが言った。
「うーん、まあちょっと……」
ハリエットは言葉を濁した。誤魔化すのは忍びないが、正直に話せば、一年生なのにドラコが箒を持っていたということまで話すことになる。それに、何となくではあるが、努力をしているということを、ドラコは隠したいのではないかと思ったのだ。少なくとも、ハリーやロンには絶対に知られたくないだろう。
「でも、教えるのはとても上手だったわ」
「僕だってその気になれば……」
とハリーはブツブツ言っていた。
その後も、いつ、どこで練習していたのかとか、意地悪なことを言われてないかとか、ハリーはまだまだ聞きたそうな顔をしていたが、ハリエットは全て笑って受け流した。