■死の秘宝
20:DA再結成
思う存分近況を語り合った後、両面鏡はしまって、今度はハリエット達がたくさん話す分だった。ハリエットも、ホグワーツのことが知りたかったし、ジニー達も、ハリエットが今まで何をしているのかを知りたがった。とはいえ、ハリエットはホッグズ・ヘッドで掃除くらいしかしていない。もっぱら、そこで知り得た騎士団の情報について話すくらいだった。
「じゃあ、ネビルのその顔の傷は授業で?」
スネイプが校長に、死喰い人のカロー兄妹が教師に就任してからというものの、ホグワーツはすっかり様変わりしてしまったという。闇の魔術に対する防衛術では、罰則を受けることになった生徒たちに『磔の呪文』をかけて練習することになっているというのだ。
「そんな、ひどい……」
「僕がそんなことはやらないって言ったから、こうなったのさ。でも、はまってる奴もいる。クラッブとゴイルなんか、喜んでやってるよ」
ドラコの顔が微かに歪んだ。かつての取り巻きに、思うところがあるのだろう。
「妹のアレクトの方はマグル学を教えていて、これは必須科目。マグルは獣だ、間抜けで汚い、魔法使いにひどい仕打ちをして追い立て、隠れさせたとか、自然の秩序が今再構築されつつある、なんてさ。この傷は――」
ネビルはもう一つの顔の切り傷を指した。
「アレクトに質問したらやられた。お前にもアミカスにもどのくらいマグルの血が流れてるかって聞いてやったんだ」
「そんな危険なこと――」
「君はあいつの言うことを聞いてないからさ」
ハリエットの声に、ネビルは落ち着いて返した。
「でも、あいつらに抵抗して誰かが立ち上がるのは良いことなんだ。それが皆に希望を与える。僕はね、ハリーやハリエットたちがそうするのを見てそれに気づいたんだ」
「私……達?」
ハリーならまだしも、自分の名が出てくるとは思わず、ハリエットは当惑した。
「うん。アンブリッジの時さ。皆になんと言われようとも、君たちは真実を伝えようとした。スキーターに記事にしてもらってたじゃないか」
「でも、あれは……」
ハリエット自身の勇気からではない。ハーマイオニーが思いつき、ハリーがそれにやる気を見せ、セドリックが協力したのだ。ハリエットは、ただそれを側で見守っていただけ。
「ハリエット、実は私達、ダンブルドア軍団を再結成させたの」
「ええっ」
まだまだ出てくる武勇伝に、ハリエットは混乱を隠せずにいた。
「ほら、これ」
ジニーが差しだしたのは一枚の金貨だ。ダンブルドア軍団の連絡に使った、偽のガリオン金貨――。
「これで上手く連絡を取り合ってるのさ。カロー兄妹は、僕たちがどうやって連絡し合うのか全然見破れなくて、頭にきてたよ。僕たち、夜にこっそり抜けだして、『ダンブルドア軍団、まだ募集中』とか、色々壁に落書きしてるんだ。スネイプはそれが気に入らなくてさ」
「…………」
気がつけは、ハリエットはクスクス笑い出していた。今の話のどこに笑う様子があっただろうとネビル達はポカンとする。それが余計におかしくて、ハリエットの笑い声はしばらく止まなかった。
「どうかした?」
「ううん、違うの。皆、本当に頑張ってるなって思って。ちゃんと自分にやるべきことをやってる」
ハリエットは真面目な顔に戻った。彼らに比べて、自分はどうだろうと思ったのだ。安全な所に隠れて、しかも死喰い人に居場所が暴かれて、アバーフォースにも迷惑をかけた。
「私達にできることがあったら、何でも言ってね」
後ろめたさのあまりハリエットはそう言ったが、自分たちが大して役に立たないだろうことは分かりきっていた。死喰い人から隠れ住んでいるような自分たちが、どうネビル達を助けられるというのだろう。
「あ、でも、それなら忍びの地図を貸して欲しい」
ネビルが言った。
「どうして?」
ハリエットが尋ねると、ジニーはニヤリと笑った。
「私達、ずっと計画してたの。スネイプの部屋からグリフィンドールの剣を盗み出せないかって」
「ええっ!」
ハリエットは恐れおののきジニーを見た。
「そんな、危険よ……!」
「でも、あれはダンブルドアの遺言で、ハリーにって贈られるはずだったものよ。それを、ダンブルドアを殺したスネイプが部屋に飾ってるなんて許せないわ」
「それに、ダンブルドアがあの剣をハリーに残そうとしたのには、何か訳があると思うんだ。ダンブルドアが意味のないことをすると思うかい?」
「…………」
ハリエットは黙り込んだ。確かに、ネビルの言うとおりだと思ったからだ。
「ハリエット、このことはハリーやロンには内緒にして。絶対に危険だって止めると思うから」
「え、ええ……」
躊躇いながらも、ハリエットは頷くしかなかった。折角計画を打ち明けてくれたのに、その信頼は裏切れないと思った。
*****
ジニー達は、それから不定期に必要の部屋に訪れた。ハリエット達にも複製したガリオン金貨を渡してくれ、訪れるときは金貨に日時を表示させた。
着実に、グリフィンドールの剣を盗み出す計画は立てられていた。ハリエットは忍びの地図の使い方を教えたし、ドラコは役立ちそうな呪文を教えた。
「これで準備はバッチリね」
「本当にやるの?」
「ここまでやっておいて、怖じ気づいたじゃあ、ダンブルドア軍団の名が廃るよ」
ネビルは肩をすくめた。その瞳はやる気満々だ。
「ああ、でもやっぱり心配だわ。私達に何かできることはないの?」
「大丈夫だよ。二人はここであたし達のこと待っていてよ」
「そうよ。私達よりも、二人が捕まる方が危険なのよ。大人しくしてて」
「本当に気をつけてね……!」
ハリエットとドラコは、部屋の外まで出て三人を見送った。グリフィンドールの剣を盗んだ後は、三人はすぐにハリエット達に預け、そこからハリーの元へ届ける計画だった。グリフィンドールの剣を盗んだならば、スネイプはすぐに大々的な手荷物検査をするはずだ。一刻も早く剣は手元から離さなくてはならない。
だが、数時間経っても、一向にネビル達は現れなかった。この様子では、何かあったと思わざるを得ない。次の日になっても、ガリオン金貨に変化はなく、ハリエットは不安で堪らなかった。心配と不安で押しつぶされそうになる中、ハリエット達は、思わぬ所から三人の安否について知ることとなった。
「ハリエット!」
怒ったようなロンの声は、両面鏡から発されていた。ハリエットは慌てて鏡を覗き込む。
「ジニーが捕まったって! どういうこと!? 何か知らないの!?」
「捕まった!?」
鏡を掴む手に力が入った。
「わ、私達もよく分からないの。グリフィンドールの剣を盗みに行くって計画は知ってたけど――」
「知ってたなら、どうして止めなかったんだよ!」
「――っ」
ハリエットは言葉に詰まった。
「ご――ごめんなさい」
ようやく言えた言葉は、たったそれだけだった。
「……もういいよ。君もハリーも、どうせ自分のことしか考えてないんだ」
「ロン!」
「ウィーズリー!」
鏡の向こうとこちら側から、同時に声がした。
「何だよ。何か文句でもあるのか?」
鏡の向こうで、ロンが荒々しい目つきで睨んだ。
「ロン、お願いだからロケットを外して……」
ハーマイオニーは弱々しく懇願した。ロンの胸元には、まがまがしい雰囲気を放つロケットがあった。
「君たちはいいよな。安全なところで待ってるだけで良いんだから」
「ロン!」
ハリーがロンに掴みかかった。
「何だよ! 事実じゃないか!」
「ジニー達は、自分の意志で動いたんだ。僕たちと同じように! それをハリエットに当たるのはお門違いだ!」
二人の口論する声が聞こえたが、すぐに鏡は真っ暗になってしまった。もう一方の鏡が、地面に落ちてしまったのだ。それからは何も見えなくなった。声すらも聞こえない。
ハリエットは辛抱強く待った。
やがてようやくハリーの顔が映し出されたとき、彼の顔は憔悴しきっていた。
「ロンは出て行った――」
「えっ?」
「行ってしまったんだ……」