■死の秘宝
01:ダーズリー家
キングズ・クロス駅から乗車した客は、随分変な客だった。
一人はくしゃくしゃの黒い髪に、丸い眼鏡をかけた少年だ。意志の強そうな緑の瞳をしていたが、今は機嫌が悪いのか、唇はむっつりと閉じられている。
もう一人は、助手席に座っていた。肩にかかるくらいのプラチナブロンドで、整えたらさぞ綺麗だろうに、今はかなり無造作だ。その上、ただでさえ青白い顔が血の気を失い真っ白で、夜に彼を見かけたら幽霊だとすぐに判断を下す自信があった。
最後の一人は――これが一番奇妙だった――赤毛の小柄な少女だ。乗車したときから気絶しているのか眠っているのか彼女は意識がなく、ずっと黒髪の少年に抱かれていた。今もなお後部座席で身を横たえている。見たところ外傷はないようだが、タクシーが急停車しても起きる気配はない。
一体、この三人は何なんだろうと運転手は首を傾げた。
友達――にしては仲が悪いようで、意識のある黒髪とブロンドは、一言も言葉を交わさない。だが、赤毛の少女のことはどちらも気にかけているようで、ブロンドはずっとソワソワと落ち着きなく後ろを気にしていたし、黒髪の方は、痛ましげに少女の赤毛を撫でていた。
始めは誘拐かとも思ったが、この様子を見るに、そうではない。ますます疑問が募るばかりだった。
「プリベット通り四番地です」
重苦しい沈黙を割いて、運転手が口を開いた。運転手はブロンドの方に声をかけたが、彼は戸惑ったように後ろを見る。黒髪は慣れた手つきで財布を取り出した。その間に、ブロンドはタクシーを出、後部座席のドアを開けた。
「触るな!」
ブロンドが少女を外に出そうとして、黒髪が吠えた。ブロンドはハッと手を止め、顔を強ばらせる。
「僕はまだお前を認めたわけじゃない」
お金を支払うと、黒髪はまず自分が外に出た。そして守るようにして少女を抱きかかえる。
「ハリエットのためだ。じゃなかったら、こんなこと――」
黒髪はドアを閉めた。少し開いた窓から小さく声が入ってくる。
「お前しか……薬を頼めないから」
後ろ髪を引かれる思いで、運転手はタクシーを出した。バックミラーから後ろを覗けば、少女を抱えた黒髪の数歩後ろで、ブロンドが項垂れてついていくのが見えた。
運転手が視線を前に戻そうとしたそのとき、少し離れた場所に、黒い大きな犬と、みすぼらしい格好をした一人の男が見えた。彼らもまた、黒髪とブロンドが入っていった家をじっと見つめていた。
異様な雰囲気に、思わず見入っていたが、やがて後ろでクラクションが鳴り、運転手は慌ててタクシーを発進させた。また、同時にバシッという音が鳴り、驚いて先の場所に視線を戻したが、そこにはもう男と犬の姿はなかった。
*****
チャイムが鳴ると、バーノンは重い腰を上げた。宅急便かとも思ったが、そろそろ『奴ら』が帰ってくる時期だ。嫌な予感を覚え、ドアを開けると、バーノンは顔を顰めた。
嬉しくもない予感が当たったのだ。我が家の玄関に忌々しい『奴』がいた。一年見ないうちにまた背が伸びたようで、今やもうすっかりバーノンの背を越している。
次に、バーノンは『奴』が抱えるものに目をとめた。――『奴』の双子の妹だ。どうしたというのか、彼女は意識がなく、『奴』に抱えられていた。『奴』は真っ直ぐバーノンを見た。そこにはもうかつての怯えはない。
「こんにちは」
ちっとも挨拶をしているような顔ではなかったが、ハリーはそう言った。バーノンは舌打ちする。
「ご丁寧にまた来やがったのか。たまにはお前のお仲間とやらの所へ行ったらどうだ、え? それとも泊めてくれる友達もいないのか」
「僕だってできることならそうしたい」
バーノンの横を通り過ぎ、ハリーは中へ入った。バーノンは眉を吊り上げる。
「おい、まだ話は終わってないぞ! 許可なく我が家に入るな!」
ハリーは聞く耳持たなかった。そのままずんずんリビングを進み、寝室へ続く階段を目指す。だが、運の悪いことに、ソファにはダドリーがぐでんと座っており、ハリーはすぐに彼に捕まった。
「生意気な奴め――」
前を向いたバーノンは固まる。――まだいた。『奴』の仲間かとバーノンは顔を歪めた。
「誰だお前は。小僧の知り合いか?」
「初めまして、ミスター・ダーズリー。ドラコ・マルフォイと申します。僕は、ミス……ミス・ポッターの友達です」
「小娘の?」
思いも寄らない言葉に、バーノンは数度瞬きをした。
「おい、一体全体どういうことだ」
ドラコとやらをそのままに、バーノンはリビングへ戻った。ダドリーはハリーにちょっかいをかけ、ハリーはそれにキレる寸前だった。
「おい! 小娘の友達とやらがいるぞ! あいつはなんなんだ! 玄関に居座ってる!」
「今日からここに住むんだ」
端的に伝えたハリーは、ダドリーを冷たい目で一睨みすると、階段を上がった。呆気にとられたバーノンは、口をパクパク開けたまま動けない。ようやく我に返ったのは、ハリエットをベッドに横たえ、ハリーが階段から降りてきたときだった。
「お前は! 自分が何を言っているのか分かってるのか!」
「分かってる。あいつもここに住むんだ」
「な……なぜどこの馬の骨ともわからん奴が我が家に――」
「ハリエットは病気だ」
ハリーは吐き捨てるようにして言った。
「ハリエットの薬を煎じるために、あいつはここに住む」
「びょ、病気だと!?」
「バーノン……?」
土いじりをしていたペチュニアが帰ってきた。嫌なところだけを聞いていた。
「あの子が病気って……何の? 感染症じゃないでしょうね! 可愛いダドリーちゃんに移ったらどうするのよ!」
「ママ! 僕死んじゃうの!?」
「ああ、ダッドちゃん、そんなわけないわ。ママが守ってあげるから。すぐにあの子を追い出すわ。そうでしょ、バーノン!」
「ああ、もちろんだとも。厄介な爆弾を抱えるほどうちは優しくない! さあ、今すぐ出て行け! 小娘を引きずり下ろしてやる!」
「感染症じゃない」
ハリーはバーノンの前に立ちはだかった。
「あなた達に害はない。魔法界特有の病気――」
「まのつくそれを言うな!!」
バーノンは轟くような叫び声を落とした。ハリーは顔色一つ変えなかった。
「僕達はもうすぐ十七歳だ」
そして冷静に話をする。
「それまでは絶対にここにいなきゃならない。ここが一番安全だから」
そしてゆっくりダーズリー一家を見渡す。厄介なことに、彼らの許しを得なければ、ハリエットの身の安全は保証できない。
「十七歳になれば、僕たちの安全を守ってきた守りの呪文が破れる。だからもう僕たちがここに来る理由はない。十七歳までなんだ。僕たちがここにいるのは」
ハリーは苛立ちを押さえるように拳を握った。
「ハリエットは、ずっと目を覚まさない。危険な状態なんだ。安全なところで休ませてあげたい」
「施設にぶち込め! 隔離すればいいだろう!」
「病院も安全じゃない。僕たちにとっては、ここが世界で一番安全な場所なんだ」
皮肉なことにね、とハリーは小さく付け足す。
「あ……あいつは誰なんだ。あいつも、ま……お前達の仲間なのか?」
「そうだ」
少し迷って、ハリーはドラコをリビングに連れてきた。ドラコは今の今までずっと玄関先でハリー達が話すのを聞いていた。家主のバーノンの許可を得られなかったので、入ることができなかったのだ。
ハリーは渋々紹介した。
「ドラコ・マルフォイ。ハリエットの薬を煎じる」
ドラコは頭を下げた。バーノンはそれを見て吠える。
「なぜ一緒に住まなきゃならん!」
「毎日薬を煎じないといけない。出たり入ったりしてたら怪しまれる」
「誰に!?」
「僕たちの……敵だ」
「ああ、バーノン!」
ペチュニアが崩れ落ちた。ハリーは諭すように続けた。
「何度も話し合ったはずだ。ダンブルドアが去年おじさんに言ったし、キングズリーも、ウィーズリーおじさんも! 守りの呪文が効いている間はあなた達に危害は絶対に加えられない! ここは安全だ! だからハリエットもここに置きたい!」
激情を露わにしたハリーに、バーノンは怯んだ。しかしそれもほんの一瞬だった。
「くそったれ……本当にお前達は、厄介ごとを押しつけて、のうのうと生きている」
バーノンは憎々しげにハリーを睨んだ。
「いいか、ここにいるのは十七歳になるまでだ! それ以上は蟻一匹通さないからな! 分かったか! そしてお前!」
バーノンは辺りが震えるほどの大声を出してドラコに指を突きつけた。
「ここで世話になるために守らなければならない約束事を小僧から聞いてその身に刻み込め! 絶対にここでは問題を起こすな! いいか、分かったか!」
唾がドラコの顔に飛び散った。ドラコは眉を上げただけで、それについては何も言わなかった。
「分かりました。ミスター・ダーズリー。ここでお世話になります」
「ふん」
最後にもう一睨みすると、バーノンは足音も荒々しくソファに座り、テレビをつけた。もう少しの興味をハリー達に示さなかった。
「ダッドちゃん、絶対にあの子達の寝室に近づいちゃ駄目よ。病気を移されるわ」
「分かったよ、ママ」
ペチュニアもハリー達を睨み付けると、庭へ戻った。ダドリーは少し怯えたようにハリーを見ていたが、忌々しげに口角を上げると、バーノンの隣に腰掛けた。
疲れたようにため息をつくと、ハリーは玄関に置いたままのトランクを抱え、二階へ移動した。ドラコも彼の後を静かについていった。