■不死鳥の騎士団

21:ザ・クィブラー


 三本の箒につくと、もう既にハリーとハーマイオニーは来ていた。

「二人とも、こっちよ!」

 店の奥でハーマイオニーが手を振っていた。彼女と同じテーブルに着いているのは、ハリーだけではなかった。飲み仲間としてはあり得ない組み合わせ――ルーナ・ラブグッドと、まさかのリータ・スキーターまでいたのだ。

「二人は一緒に来たの?」
「店の近くで会っただけ――」
「素敵ざんす! 三大対抗試合の代表選手と、ライバルの妹の禁断の恋?」

 スキーターはワニ皮ハンドバッグを引っつかみ、中をゴソゴソ探した。

「二人はそんな関係じゃないし、そもそもセドリックには恋人がいるわ。だからそれはすぐしまいなさい」

 スキーターは羽根ペンを手にしていた。だが、見るからに不満そうな顔でバッグにしまい込む。

「一体何をするつもりなの?」

 ここにいる中で、ルーナ以外の四人は多かれ少なかれスキーターに嫌な思い出がある。ハリエットは特に苦々しい顔つきになった。

「私はね、この人に、ヴォルデモートについてあなた達が言うことを記事にして欲しいのよ。真実の記事を。全ての事実を。あなた達が見た、『隠れ死喰い人』の名前も、現在ヴォルデモートがどんな姿なのかも」
「そんな記事は誰も載せないと思う」
「ファッジが許さないから、予言者新聞は載せないって意味でしょう。そこで、ルーナに来てもらったの。ルーナのお父さんは、喜んでハリーのインタビューを引き受けるって」
「『ザ・クィブラー』だって!?」

 スキーターは馬鹿にしたように笑った。

「ハリーの記事がザ・クィブラーに乗ったとして、皆が真面目に取ると思うざんすか?」
「そうじゃない人もいるでしょうね」

 ハーマイオニーは冷静だった。

「だけど、アズカバン脱獄の日刊予言者新聞版には、何が起こったのか、もっとマシな説明はないかって考えている人は多いわ。だから、たとえ異色の雑誌でも、別な筋書きが載っているのであれば、読みたいという気持ちが相当強いと思う」
「よござんしょ。仮にあたくしが引き受けるとして、どのくらいお支払いいただけるざんしょ?」
「パパは雑誌の寄稿者に支払いなんかしてないと思うよ」
「ギャラなしでやれと?」
「ええ、まあ。さもないと、私、あなたが未登録のアニメーガスだって然るべき所に通報するわよ」

 ハーマイオニーの淡々とした説明が決め手だった。スキーターは口元をヒクヒクさせながら、結局は記事を書くことを了承した。


*****


 『ザ・クィブラー』にヴォルデモート復活の記事が掲載したのは、それからしばらくしてだった。記事がいつ出るかは分からないということだったが、三月号にすぐ掲載されていた。

 ルーナの父親から一部無料で送られ、それと共に読者からの手紙も送られた。頭がおかしいと言う者もいれば、ハリー達の事を信じるという者もいる。

 だが、この異変をすぐにアンブリッジは嗅ぎつけた。大広間でたくさんの読者からの手紙を読んでいるときだった。大量のふくろうは、生徒のみならず、アンブリッジの視線をも引きつけたためだ。

「何事なの? どうしてこんなにたくさん手紙が来たのですか、ミスター・ポッター?」
「僕がインタビューを受けたので、皆が手紙をくれたんです。六月に僕の身に起こったことについてのインタビューです。これです」

 ハリーは『ザ・クィブラー』をアンブリッジに投げ渡した。アンブリッジは表紙を凝視し、そしてページをめくり、食い入るようにハリー達の記事を見た。

「いつこれを?」
「この前の週末、ホグズミードに行った時です」
「ミスター・ポッター、あなたにはもうホグズミード行きはないものと思いなさい。よくもこんな……あなたには嘘をつかないよう何度も何度も教え込もうとしました。その教訓がどうやらまだ浸透していないようですね。グリフィンドール五十点の減点、それと一週間の罰則」

 ハリーを一睨みし、それからまたアンブリッジは記事に目を落とした。他にも名前を見つけたからだ。

「……あなたまでこんなことをするとは思っていなかったわ、ミス・ハリエット・ポッター。あなたにも一週間の罰則を科します。同じくハッフルパフのミスター・セドリック・ディゴリーにも」
「二人は関係ありません!」

 ハリーが叫んだ。ハーマイオニーが立ち上がろうとしたが、ハリエットはそれを何とか抑える。

「まあ、記事の端っこの方に、二人の名前が載っていますが、わたくしの見間違いだと?」

 アンブリッジが叩き付けた雑誌には、確かに最後の方に、ほんの申し訳程度にハリエットとセドリックの名前も載っていた。

 アンブリッジが立ち去った後、ハリーは崩れるようにしてその場に座った。

「ごめん……ごめん、ハリエット。君にまで」
「本当にごめんなさい、二人とも。企画の立案者として、私も罰則を受けるべきだわ!」
「ハーマイオニー、止めて。いいの、気にしないで。むしろ、あの顔見た? 私スカッとしちゃった」
「ハリエット……」

 それから、アンブリッジは直ちに教育令第二七号として、『ザ・クィブラーを所持しているのが発覚した生徒は退学処分に処す』を宣言した。だが、この掲示を見るたび、ハーマイオニーはいつもにっこりした。

「学校中が一人残らずハリー達のインタビューを確実に読むようにするためにアンブリッジができることはただ一つ。禁止することよ!」

 ハーマイオニーの言うとおり、ザ・クィブラーは学校で全く見かけなくなったものの、そこたら中で記事の内容について話している生徒は大勢見かけた。シェーマスとも仲直りした。彼はハリー達の言うことを信じると言ってくれたのだ。

 ドラコ、クラッブ、ゴイルの反応も顕著だった。彼らはよくセオドール・ノットという少年と共につるむようになった。彼もまた、ドラコ達三人とあわせて、父親が死喰い人だと記事で名指しされた生徒だ。記事を読んだと認めることができないので、四人はハリー達に喧嘩をふっかけることもできず、ただ遠巻きに睨み付けるだけだった。

 ドラコの強い視線に、ハリエットはいつも身を縮こまらせていた。同級生の父親を幾人も告発するということに、ハリエットは抵抗を見せたが、ハリーやハーマイオニーは頑として譲らなかった。ヴォルデモートを支持し、そして今後も敵として立ちはだかる者たちに温情はいらないと。

 父親を攻撃したハリエットに、ドラコはもう以前のように話してはくれないだろう。そう思うと、心に一抹の寂しさが染みていくのを感じた。


*****


 スネイプとの閉心術の授業は二ヶ月以上も行われたが、ハリエットは未だ進歩を見せていなかった。一度も抵抗と呼べる抵抗ができず、スネイプはかなり苛立っている様子だった。

「君がなぜここにいるのか、分かっているだろうな、ミス・ポッター? 我輩がなぜこんな退屈極まりない仕事のために夜の時間を割いているのか、分かっているのだろうな?」
「はい」
「なぜここにいるのか、言ってみたまえ」
「閉心術を学ぶためです」
「そう、閉心術だ。心を閉じる術を学んでいる。にもかかわらず、この二ヶ月、君は自分の心を一度でも守ることができたかね? 一度でも抵抗してみせたかね?」
「いいえ」
「君の心は無防備だ。まるで赤ん坊のようだ。開心術に心得のないものでも、君の心にはやすやすと押し入ることができるだろう」

 スネイプはこんこんと説教した。ハリエットは項垂れるばかりで、何も言わない。

「もう一度行くぞ、一、二、三――レジリメンス!」

 何度やっても無駄だった。気がついたときには、ハリエットはその場に崩れ落ちている。走馬灯のように過去の記憶が頭の中に流れ込んできて、しかしそれをどうして良いか自分でも分からない。抵抗しろと言われても、身体が動かないのだ。スネイプは叫んだ。

「心を強固に保たねば、お前の秘密は全て暴かれるぞ! もし! 敵にお前が捕まれば! お前の持つ秘密は全て奴らの知るところとなる! 今は臆病に屋敷に引きこもっているお前の後見人も、お前のせいでどこで何をしているかが全て分かってしまうんだぞ!」
「――っ」

 泣きそうになってハリエットはスネイプを見た。――嫌だ、自分のせいでシリウスが捕まってしまうなんてこと、そんなのは嫌だ。

「レジリメンス!」

 シリウスとの思い出ばかりが荒らされた。スナッフル、ホグズミード、キングズ・クロス駅で――。

 気がついたときには、床に横たわっていた。汗が額をしたたり落ち、不快だった。また為す術もなく見られてしまったのだ。

 緩慢な動作で立ち上がると、スネイプは杖を下ろしていた。黙ってハリエットを見下ろしている。

「せ、先生……?」

 いつもと様子がおかしかったので、ハリエットは恐る恐る声をかけた。スネイプはハッと目を見開くと、杖をローブにしまった。

「……お前に、閉心術の才能はない」
「――っ」

 分かっていたことだった。この二ヶ月、何の進歩もないとなれば、嫌でも気づく。でも、言葉にされるのは辛かった――。

「だが、今のポッターよりは随分マシだ」
「えっ?」
「お前は……意識しているのかは知らんが、大事だと思う情報は頑なに見せない、ということが分かった」
「ど、どういうことでしょう……?」
「お前のする抵抗なんて皆無と言って良い。その代わり、無意識のうちに、絶対に知られてはならない情報は記憶の奥底に、自分すらも見つけられないような場所に隠しているようだ。現に、我輩はお前の記憶からお前の後見人の居場所を暴こうとしたが……できなかった。断片的に屋敷の場所は映るものの、明確な場所の名前とそれに繋がるような情報は得ることができなかった。……それも、一種の抵抗と言えよう」
「じゃ、じゃあ」
「だが、閉心術としては完璧とは言えん。重要な情報が漏れなかったら良いのか? 否。そもそも完璧に閉心術をこなせていたら、無駄に体力を消耗することなく、反撃の機会を窺うことができる。ミス・ポッター、君はまず物理的に抵抗してみせるところから始めろ。次の練習は来週の木曜日。時間に遅れるな」
「は、はい。ありがとうございました」

 よく分からないながらも、ハリエットは部屋を出た。褒められたのだろうか、とも思うが、やはりスネイプはいつも通り不機嫌だったので、そうではないのだと思った。