■繋がる未来―賢者の石―
05:誕生パーティー
家に帰ると、一行は慌ただしく夕食の準備を始めた。予定ではもっと早くに帰ってくるはずが、なんだかんだ買い忘れたものがあったり買い物に時間がかかったりと、ついこんな時間になってしまったのだ。
朝のうちに下ごしらえしていて良かったわ、とリリーが料理を作り始めて小一時間ほど経つと、ポッター家に新たに来客があった。ジェームズの親友の一人、リーマス・ルーピンである。
「やあ、ハリー、ハリエット。誕生日おめでとう」
「ありがとう!」
「いらっしゃい、リーマス」
「すごくおいしそうだ。今日はリリーの手料理を楽しみにお腹を空かせてきたんだ」
「子供みたいなことを言うなあ。さてはムーニー、食後のケーキを独り占めするつもりじゃないだろうな」
軽く挨拶を終える頃には、夕食の支度もあらかた終わりが見えてきた。
「ハグリッドは来られないってさ。ダンブルドアの頼まれごととやらで」
大人たちにはワインを、子供たちにはジュースを注ぎながらジェームズは言った。
「なんだ、残念だね。久しぶりに会えると思ったのに」
「リーマスも今日ダイアゴン横丁に来れば良かったんだ。ハグリッドにも会えたし」
「今日はちょっと用があったんだ。それに、この年で君たちの間に挟まれての喧嘩はうんざりなんでね」
「別に喧嘩はしてないよ」
「してたじゃない」
豪勢な料理の皿を持ってリリーが現れた。
「どっちがハリーに箒を買うかなんてくだらない内容で」
「ハリーの初めての競技用の箒なんだよ!? その特権を父親が取るか、後見人が取るかで争うのは仕方がないことだ」
「どっちでもいいでしょう」
リリーは呆れた口調でバッサリ切り捨てた。もはや日常茶飯事の光景だった。
「さあ、早く始めましょ。二人もお腹空かせてるみたいだわ」
ハリーとハリエットは、ぶんぶん首を縦に振った。今日のおやつはアイスだけだったので、お腹と背中がくっつきそうなくらいなのだ。
「コホン、じゃあ早速。あー、ハリー、ハリエット。君たちがこの世に生まれたときのことはまるで昨日のことのように覚えているさ。そう、あれは爽やかな風が吹き荒ぶ、ほんの少しだけ暑い夏の日――」
「その話、長くなる?」
「ジェームズはいつもこの口上から入るんだから、もう聞き飽きたよね?」
「二人は父親の話よりも、目の前のご馳走の方に興味があるようだぞ」
シリウスはニヤニヤ笑いながら目で双子を指し示す。すぐに始まるものだとフォークを手にしていた双子は、慌ててテーブルに戻した。ジェームズがショックを受けた顔になる。
「自分たちが生まれた日のことを知りたいだろうから、折角二人に話そうと……」
「毎年聞かされてるんだから、耳にたこができてるわ、ねえ?」
「それに、今じゃなくたっていいと思うな。私も早くリリーの料理を食べたいし」
「ジェームズ、乾杯の挨拶はわたしが代わろうか?」
「分かったよ! 短く終わらせる!」
ふて腐れたような顔でジェームズはグラスを高く掲げた。
「ハリー、ハリエット、お誕生日おめでとう! そしてホグワーツ入学おめでとう! これからも健やかに過ごせますように。パパたちに手紙を送るんだぞ。ピーブズやスリザリンには近寄らないこと。それから――」
「おめでとう!」
長くなる気配を察し、シリウスがグラスをハリーとハリエットに寄せた。カチンと音が鳴る。リリーとリーマスも後に続いた。ジェームズは双子と最後に乾杯することになった。ちょっとふて腐れた顔だった。
リリーが腕を振るって作った豪勢な料理は、とてもおいしかった。双子の大好物がこれでもかと並べられているので、ハリーとハリエットは常時ほっぺたをリスのように膨らませていた。
並べられた皿を全て綺麗に平らげたところで、ハリーとハリエットはソワソワしだした。二人の気持ちが手に取るように分かったシリウスはにんまり笑う。
「さあて、お待ちかねのプレゼントタイムだぞ!」
そうして彼は嬉しそうに両手を擦り合わせた。まるで自分がプレゼントをもらう側だと言わんばかりの表情である。
「まずはハリー、パパとママからプレゼントだ」
ジェームズは膝を折ってハリーに細長い包みを指しだした。クィディッチ専門店で父が買っているその場面に居合わせたからといって、ハリーの幸せに水を差す要因にもなりやしない。
「うわあ、やっぱりニンバスは格好いいや!」
「最新の箒だぞ。これで必ずクィディッチ選手になるんだ。いや、ハリーなら絶対になれる」
「でも、ホグワーツに持って行くのは二年生からよ? それまでは私が預かっておきますから」
「母さん……」
「リリー……」
リリーからそう宣言されると、途端にハリーとジェームズは、そっくりな顔で落ち込んだ。素直な二人に若干絆されかけたリリーだが、リーマスも笑って同意したので持ち堪えた。
「そうだね。焦ることはないよ。ハリーほどの実力者なら、二年生からでもすぐに選抜入りだ」
「ジェームズの息子だからな」
なぜかシリウスが得意げに言った。
ジェームズは、今度はハリエットの前で膝を折った。
「さあ、ハリエットにはテディベアだ。大きいのが欲しいって言ってただろう?」
「わあ……可愛い!」
一体今までどこに隠していたのか、ジェームズが背中から取りだしたのは、ハリエットが抱きついても余るほど大きいテディベアだ。毛並みはつやつやで、身につけているベストは精巧な作りをしている。
「お父さん、お母さん、ありがとう!」
「これにはちょっとばかり魔法がかかっていてね。話しかければ、皆の声で返事が返ってくるよ。寂しがり屋のハリエットにはピッタリだろう?」
「ジェームズが張り切ってわたしたちの倍以上声を吹き込むから、おそらく大抵ジェームズの声で返ってくるだろうが……がっかりするんじゃないぞ」
「失礼な! パパの声が一番ハリエットが元気になるんだ!」
「私からはこれだ」
やいやい口論する親友二人を尻目に、リーマスはにっこり微笑み、大きな包みをハリー、ハリエットそれぞれに渡した。喜色満面で包みを開けば、ハニーデュークス店のお菓子がこれでもかとボックスに詰められていた。ハリーは好物の蛙チョコに顔を輝かせ、ハリエットは砂糖羽根ペンを抱き締めた。
「私、これ大好き!」
砂糖羽根ペンは、本物の羽根ペンそっくりの甘いお菓子だ。だが、ハリエットは最近までこのお菓子の存在を知らなかった。知ったのは、リーマスに「闇の魔術に対する防衛術」の理論を教えてもらっていたときだ。リーマスから出された問題にうんうん唸っていると、彼は徐に自分の羽根ペンをペロリと舐め、更にはパキリと割ってしまったときには、ハリエットは心底驚いたものだ。それがリーマスの悪戯だと知ったときには、ハリエットはお腹を抱えて笑ってしまった。
「喜んでもらえて良かったよ。でも、約束してくれるかな。決して食べ過ぎないこと。食べたらちゃんと歯を磨くこと」
「はーい」
まるで先生と生徒のような微笑ましい光景に、リリーは頬を緩ませた。
「さあて、次はわたしの番だな。ハリーのふくろうほど気に入ってもらえると良いんだが……」
どこか自信なさそうにシリウスが取りだしたのは、オーク材の四角い箱だ。ちょいちょいと手招きされたハリエットが不思議そうにその箱を開ければ、中から軽快な音楽が流れ始める。
「マグルの童謡だ。気分に合わせた曲が流れるように細工した」
「君にしては洒落たものを贈るじゃないか」
「そりゃあ、ハリエットは女の子なんだから、人一倍気を遣うに決まってるだろう?」
父たちのやり取りは上の空で、ハリエットは箱の中身に釘付けだった。
開け放たれた箱の壇上では、たくさんの動物たちが仲睦まじげに走り回っていた。鹿に、犬に、狼に、猫に、ふくろうに……。ハリエットは声もなくその素晴らしい光景に見とれる。
「でも、狼や鹿って、珍しいね。何か意味があって選んだの?」
ハリエットなら小動物の方が喜びそうなのに、とハリーは付け足す。シリウスはぎくりと頬を引きつらせた。
「ああ……いや、まあ……可愛いだろう?」
「ええ、とっても可愛い!」
ハリーの些細な疑問は、ハリエットの無邪気な声によってなかったことにされた。
「だろう? ハリエットなら気に入ってくれると思ってな……クマみたいに大きいこの犬、格好良いだろう?」
「ええ、とっても!」
「鹿だってイカしてる! ほら、この角なんて、ハリエットをどんな敵からでも守ってくれるぞ!」
ジェームズまでもが便乗した。ハリエットは大きく頷く。
「本当ね!」
「ほら、狼だって全然怖くないだろう? ちょっと大きいだけの犬みたいなものさ」
「顔が鋭くて格好いいわね!」
「だろう!」
「ジェームズ……」
リーマスは、どこかソワソワした様子で親友に声をかける。ジェームズは素知らぬ顔だ。
ハリエットはうっとりと再びオルゴールに視線を戻した。
大きな黒い犬は、鹿とじゃれあっていた。狼は気持ちよさそうに湖で水浴びをしている。そして猫は――。
「あっ、ミモザもいるわ!」
よくよく見れば、猫はミモザだった。ふわふわとした毛並みに、足の短い特徴的なその体躯は、まさしくミモザだ。現実のミモザと同じように、オルゴールのミモザもまた草原の上で幸せそうに眠っている。そしてその隣には。
「ネズミもいるわ。猫なのに、二人、すごく仲が良さそう――」
その時、ガタン、ゴトンと突然物音がした。皆の視線が玄関へと向いた。
「もしかして――」
リリーが玄関へ足を向けた。だが、それよりも早く、居間へと続く扉が大きく開く。そこからひょっこり顔を出したのは。
「やあ、遅れてごめん。遅くなった」
「ワームテール! 待ちくたびれたぞ!」
ジェームズがいち早く親友を出迎え、ハグをした。ピーターは人の良さそうな笑みを浮かべて頬をかく。
「仕事が立て込んでてね。ようやく一息ついたんだ」
「ピーター、忙しいのにありがとう」
新たな客人のために、リリーはキッチンから新たに山ほど料理を出してきた。
「ちゃんとあなたの分は残してあるのよ。ワインは飲む?」
「いただくよ。ありがとう」
ピーターは、着席する前に、今日の小さな主役の二人を見た。
「ハリー、ハリエット、お誕生日おめでとう」
「ありがとう、ピーター!」
ハリーとハリエットは、顔を見合わせて嬉しそうに笑った。ようやく招待客全員が集まり、嬉しくて堪らないのだ。
ハリエットは、騒がしさに目を覚まし、眠そうに大きな欠伸をするミモザを抱き上げ、ピーターの所まで駆け寄った。
「ピーター、ミモザを撫でてあげて。最近ピーターに会えなくて寂しそうだったの」
「それは悪いことをしたね」
ピーターはハリエットの腕から老猫を抱き上げた。ミモザは眠そうに瞼を開け、ゴロゴロ喉を鳴らす。
「ミモザも随分長生きしてるよ。ホグワーツには連れて行くのかい?」
「ううん」
ハリエットは首を振った。皆は驚いたように声を上げた。
「どうしてだい? ペットは一匹まで連れていってもいいんだよ?」
「うん……でも、ホグワーツは相部屋でしょう? ついお喋りしちゃって、私、きっと騒がしくしちゃう。寝るのが大好きなミモザにとっては、ホグワーツよりもここの方がゆっくりできると思うわ」
ピーターからまたミモザを返してもらって、ハリエットはふわふわの毛布の上に老猫を置いた。ミモザは丸まってすぐすやすやと眠り始める。
「そうか……わたしはてっきりハリエットはミモザを連れて行くものと思って、ふくろうは買わなかったのに……」
なぜかシリウスの方が落ち込み始めたので、ハリエットは慌ててしまった。
「気にしないで! 私、ミモザで充分だもの。手紙を送りたいときは、ハリーのふくろうを借りるし……いい?」
「もちろんだよ」
ハリーは躊躇いなく頷いたが、それでもシリウスは渋い顔だ。やっぱり何としてでもふくろうを買っていれば、と後悔が残るのだろう。
「ハリエット」
心配そうにシリウスを見るハリエットに、ピーターが躊躇いがちに声をかけた。
「タイミングが良いのか悪いのか……私からの誕生日プレゼントだよ」
ピーターは、持っていたバッグの中から小型の檻を取りだした。「ホウ、ホウ」と途端に居間に元気な鳴き声が響き渡る。その声の主は、フサフサした灰色の毛を持つ、小さな豆ふくろうだった。
「この子――」
「知ってるのかい?」
「今日ふくろう百貨店で見かけたの。まさか、でもこんなことって……」
ハリエットがじっとふくろうを見つめれば、檻の中の小さなふくろうも、またじっと見つめ返す。黒々とした円らな瞳が可愛らしい。
「ぴ、ピーター、本当にいいの?」
「もちろんだよ。君のために買ってきたんだ」
「ありがとう……」
ハリエットは檻を受け取った。ふくろうも嬉しそうに囀る。
「とっても可愛い。ありがとう」
檻の隙間からそっと人差し指を伸ばせば、ふくろうは力強くハリエットの指を噛んだ。初対面の時も同じことをやられたのにすっかり忘れていた。ハリエットは悲鳴を上げた。
「大丈夫!?」
「ちょっと凶暴じゃないか?」
シリウスは心配そうにハリエットとふくろうとを見る。ピーターは申し訳なさそうに眉を下げた。
「この子、びっくりするくらいの力で噛んでくるから、店員さんも困ってるみたいだったけど……でも、私にはこの子が愛情に飢えているように見えてね。ハリエットなら、たくさん可愛がってあげられると思って買ってきたんだ」
ハリエットは紅潮した頬のまま、こっくり頷いた。確かに少し驚いたが、ふくろうからの愛情表現だと思えばなんてことない。
「ハリエットを生き物で釣るなんてずるいぞ、ワームテール」
ハリエットがすっかりふくろうに釘付けなのを見て、シリウスは恨めしそうに言った。
「わたしだってふくろうを買っていればこんなことには……」
「女々しいな、パッドフット」
ジェームズはクスクス笑った。
「そういえば、ハリエットの一歳の誕生日のときも、ワームテールにハリエットの関心を総取りされたっけね。ミモザをもらったときの、ハリエットの喜びようと言ったら……」
ハリエットの一歳の誕生日、ピーターはペットショップで買ったという猫をハリエットにプレゼントしていた。その時も、両親やその友人たちからのプレゼントなどすっかり頭から吹き飛び、猫を構い倒して喜んでいたものだ。シリウスなんて、巷で一番人気のぬいぐるみセットを買ってきたのにハリエットに見向きもされず、ぐぬぬと非常に悔しそうな顔でピーターを睨んでいたものだ。ハリエットには動物系統が一番だとわかっていたのに、まさか本物を持ってくるという考えはなかったのだ。ミモザと一緒にコロコロ床を転げながらきゃっきゃとハリエットが喜びの声を上げていた光景は記憶に新しい。
「ハリエット、ミモザのことはお母さんたちに任せて。ホグワーツには、その子を連れて行けば良いわ」
「う、うん、でも……」
ハリエットはなおも気がかりにミモザを見たが、ミモザは特に気にした様子もなく大欠伸をしている。むしろ檻の中の豆ふくろうが老猫にちょっかいをかけているが、思い切り無視している。その様子を見てハリエットもようやく踏ん切りがついた。
「ありがとう、お母さん。ホグワーツにはこの子を連れて行くわ」
ハリエットはもう一度檻を抱き締めた。シリウスは複雑そうにため息をつき、ピーターは困ったように笑った。
「あれ? ピーター、いつもの奴は?」
プレゼントタイムが終わったところで、ふとリーマスが声をかけた。それだけでピーターは何のことかわかったのか、「あっ」と声を上げてポケットに手を突っ込んだ。
「忘れてたよ。さすがに職場でつける度胸はないからね」
笑いながらバッジをつけるピーター。キラリと光るバッジの中央、そこには堂々と「S・P・E・W」――つまり、反吐と書かれていた。
七月三十一日、ハリーとハリエットの誕生日の日、いつも大人たち五人はこのバッジを身につける。聞けば、リリーは「しもべ妖精福祉振興協会」の会員を示すバッジだと言うし、ジェームズは「命運を分けたもの」だと言うし、シリウスは「仲間の印」と言うし、リーマスは「友達の証」と言うし――。
そういえば、ピーターにはまだ聞いていなかった。ハリーは何気なく尋ねる。
「ピーター、いつもつけてるそれ、何なの? 毎年僕らの誕生日につけてるけど……」
「これかい?」
バッジに少し触れ、ピーターは微笑んだ。優しい顔だ。
「大切な人からもらったんだ」
「ふーん……」
やっぱりよくわからない。そもそも回答に一貫性がないのだ。ハリーにはそのバッジが何を示すのか、どういうものなのかさっぱりわからなかった。ただ、ピーターは幸せそうなので水を差すこともできない。代わりにハリエットが脳天気に口を挟んだ。
「でも、可愛いバッジよね。皆でお揃いなんて」
一瞬の間を置いて、五人は同時ににっこり微笑んだ。あんまり嬉しそうなので、ハリーは「褒められて喜ぶなんて、よほどそのバッジが気に入ってるんだろうな」と少し呆れる思いを抱いた。