■繋がる未来―賢者の石―
10:不幸の連続
それから、ホグワーツでの生活が始まった。ハリエットは、同室となったハーマイオニーとよく行動を共にすることになった。
彼女はとても勤勉だった。寝室で、教科書を全て暗記したという言葉は本当だったらしく、授業の度に生き生きと挙手をして正解し、加点をもらっていた。魔法使いに囲まれた生活をしていたにも関わらず、ただホグワーツ入学を楽しみに毎日を過ごしていただけの自分をハリエットは恥じた。だが、それからは、ハリエットは己の勉強に対する態度を、少し改めるようになった。なんと言っても、父と母はどちらもホグワーツの首席だったのだ。二人の名に恥じない成績を取りたいと、ハーマイオニーと共に勉強に精を出すようになった。
ハリーやハリエットは「魔法界の英雄」ジェームズ・ポッターの子供ということで、しばらく皆から注目を浴びたが、それもほんの僅かな間だった。ハリーもハリエットも、日々宿題に追われるただの子供だということが知れると、自然に生徒たちの注目は他に逸れていったからだ。
変身術、薬草学、天文学と受けていく中で、最後の授業は魔法薬学だった。担当教授のスネイプはかなり「性根が腐っている」と有名で、スリザリン以外の寮生にはかなり厳しいらしいのだ。
そして、それは事実だった。ハーマイオニーに釣られて前の方の席に座ったハリエットは、すぐ目の前で、スネイプがネチネチとハリーに嫌味を言う様を延々と見せつけられたからだ。
極めつけは、おできを治す薬を調合しているときだ。ネビルが間違っていることをしようとしたのをハリーが見て見ぬ振りしたとして、またしても減点を食らわせたのだ。
ハリーは怒りを爆発させるのを堪えたようだが、授業が終わると、怒った顔でロンと共に一番に教室を出て行った。ハリエットも一言スネイプにもの申したい気分だったが、ハリーも我慢したのに、自分が出しゃばる訳にはいかないと、必死に堪えた。その代わり、ついハーマイオニーには愚痴を零す。
「さっきの、ハリーに対してひどくなかった?」
「スネイプ先生? でも、ハリーもハリーだわ。あんな風に言い返したら、先生だって怒るもの」
「だからって理不尽だわ」
「ミス・ポッター。我輩のやることに何か文句でもおありかね?」
ビクッと肩を揺らし、ゆっくり振り返れば、そこにはスネイプが立っていた。ハーマイオニーはサッとあらぬ方向を向いたが、ハリエットは果敢にスネイプを見上げ続けた。
「ハリーが何が悪いことをしたんですか? ハリーはただ真面目に授業を受けていただけなのに……。完全な言いがかりだったと思います。ハリーは誰かの失敗を見て見ぬ振りするような人じゃありません」
「我輩にはそのように見えたが」
「お父さんと仲が悪いって聞きました」
ピクリとスネイプは眉を動かした。しかしハリエットは怯むことなく続ける。
「でも、ハリーはハリーです。初めて会ったばかりなのに、先生は偏見の目で見すぎていると思います」
「――ハリエット!」
ハーマイオニーは慌ててハリエットのローブを引っ張った。そしておざなりにスネイプに頭を下げた後、無理矢理ハリエットの腕を掴んで何とかスネイプの前から脱出する。
角を曲がった所で、ようやくハーマイオニーは胸をなで下ろした。だが、ホッとしたのも束の間、すぐにキッと顔に力を入れてハリエットを見た。
「もう、ハリエットったら……。私、絶対に減点されると思ったわ!」
「だって、許せなかったんだもの! ハリーは何も悪くないのに!」
ハリエットの怒りは、その後しばらく収まらなかった。その後、大広間でハリーと顔を突き合わせたハリエットは、思いのほかハリーがスネイプのことを気にしていないので、逆に拍子抜けしてすぐに怒りは鎮火してしまった。
*****
スリザリンと合同の、初の飛行訓練でも一騒動が発生した。箒から落ちたネビル医務室に連れて行くため、担当教師のマダム・フーチがいなくなったために、事は起きた。
「見たか? ロングボトムのあの泣き顔」
「なんてこと言うの?」
ハリエットは顔を顰めて言った。人の失敗をあげつらって笑うなんて人として最低だ。
「へえ、ロングボトムの肩を持つの? まさかポッターがチビデブの泣き虫小僧に気があるなんて知らなかったわ」
「止めてやれよ。泣き虫同士お似合いなんだし、祝福してやろう」
パンジー・パーキンソンの合いの手に、ドラコは気をよくして笑った。そして彼は、地面に何かを見つめ、拾い上げる。
「見ろよ。ロングボトムのバカ玉だ」
彼が拾ったのは、ネビルが祖母から送られた思い出し玉だった。すぐに彼の前にハリーが立ちはだかる。
「マルフォイ、それを返してもらおう」
「それじゃ、ロングボトムが取りに来られる場所に置いておこうか? そうだな、木の上なんてどうだい?」
「返せったら!」
掴みかかるハリーを難なく避け、ドラコは箒に飛び乗った。そして気の高さまで上がった。
「ここまで取りに来いよ。ジェームズ・ポッターの息子の腕前を見せてみろよ」
ハリーの瞳に闘志が宿り、彼もまた果敢に箒に飛び乗り、すぐにドラコの所まで飛び上がった。ハーマイオニーが必死に注意を促すが、男の子二人は耳に入ってもいないようだった。
「ハリエットからも何とか言って!」
「ハリーが退学になるのは困るわ。でも、ネビルが……」
ハリエットもまたおろおろしていた。ハリーのことは心配だが、しかし、ネビルの思い出し玉が、ドラコに取り上げられたままなのは困る。紛失したとあらば、ネビルはそれは落ち込むだろう。今のハリエットには、どうにかハリーが箒に乗ったことがフーチにバレなければいいと祈ることしかできなかった。
そうこうしているうちに、ハリーは素晴らしいダイビングキャッチで、ネビルの思い出し玉を取り返した。ハリーはもはやグリフィンドールの英雄だった。怒れるマクゴナガルが来るまでは。
「だから言ったのに! ハリー、退学になったらどうするつもりなのかしら!」
ハーマイオニーはぷんぷん怒っていた。ハリエットも心配する気持ちはあったが、ハリーがネビルのために行動を起こしたことが、とても誇らしかった。
その後、マダム・フーチも戻ってきて、授業が再開した。彼女の合図に従って、皆が箒に乗り、上昇する。上手く乗れない者は、端の方でチャレンジし、きちんと乗れた生徒は、フーチの指導によりもう少し高い場所まで移動した。ハリエットは何とか後者だ。あまり箒の腕前は良くはなかったが、幼い頃からジェームズに指導され、何とかマシな具合にはなっていたのだ。
宙に足が投げ出される感覚がどうしても慣れず、よろよろとロンの後をついて回るハリエットに、あからさまに馬鹿にしたような笑みを浮かべてドラコが近づいてきた。
「ポッター、君のその箒の腕前では、お父上もさぞがっかりしただろうねえ」
「あなたに関係ないでしょ」
一瞬でも違うことに気取られたら落ちてしまいそうで、ハリエットは素っ気なく応えた。それが気にくわないのか、ドラコはやはりハリエットの隣に箒を横付けし、ついてくる。
「どうだい、君もこの際、兄上と一緒に退学したら?」
「まだハリーが退学って決まったわけじゃないわ」
ハリエットは果敢に言い返した。
「そもそも、あなたが悪いのよ。あなたがあんなことをしなかったら、ハリーは箒に乗らなかったわ。もしハリーが退学なら、あなたも退学――」
ハッと気づいたときにはもう遅かった。ハリエットの目の前には大きな樫の木があり、どうあっても避けることなどできなかった。ハリエットにできたのは、半身を捻らせ、少しでも衝突を避けようと足掻くくらい――。その先にドラコがいたことは、運が悪いとしか言えなかった。
「きゃああっ!」
ハリエットの箒は真正面から木に激突し、不可抗力にも、ハリエットはドラコの箒にぶら下がっていた。だが、彼の箒もまた、もう一人分の重さが追加されたことに耐えかね、コントロール不能になった。
「お前っ――」
ドラコの抗議の声は、それ以上言葉にならなかった。ハリエットと共に、真っ逆さまに地面に向かって落ちていったからだ。